2013年05月06日

【その40】同じく胆嚢を摘出した元上司の慢性的な下痢症状を憂慮するの巻

DSCF8288過日、私は、久しぶりにサラリーマン時代の上司と呑みました。
彼は、そもそも胆石持ちだったのですが、胃の辺りの痛みが酷くなり(→痛みが胆嚢炎だと解かるまで相当の歳月を要しました)、私から遅れること(笑)約二年後の2011年の12月、本ブログを参考に(笑)、自宅近くの総合病院において、同じく腹腔鏡により胆嚢を摘出しました。
彼は、術後も定期的に連絡をくれましたが、食欲と酒欲(?・笑)が減少したこと以外、変化の知らせはありませんでした。
しかしながら、私は、今回彼と久しぶりに面会し、彼が他にも深刻な変化に遭遇し、困惑していることを知りましたので、参考情報として記しておきます。

術後、彼が遭遇している深刻な変化とは、慢性的な下痢の症状です。
術前は、毎日、朝一回、普通に便通があったのが、術後は、多い時で毎食後、下痢的な(=下し気味の)便通に変わったそうです。
実際、今回呑んだ折も、一次会兼夕食の焼肉を17時にスタートしたものの、二次会のカラオケを終える21時半頃、即ち、夕食を済ませてから約二時間後、彼はしばしトイレに篭りました。
本症状の原因は不明で、今の所、特段何も対処していないとのことですが、彼は、出張が多いこともあり、相当困惑している様に窺えました。

ちなみに、彼は、術後、執刀医から「(本来摘出すべき胆)石が一つ見当たらない」旨申告されるは、肝機能の血液値がなかなか下がらないはで、術後、ひと悶着&ひと苦労あったようです。
私は、術後、当然執刀医からかくなる申告を受けず、やや便秘気味(→いつもお腹が張っている感があります)になるは、肝機能の血液値は速やかに下がったはで、驚愕すると共に、一層憂慮しました。
私は、彼が速やかに本症状から解放されるのを願うばかりです。

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tannouen at 13:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2011年03月08日

【その39】術後一年後の傷口記念写真を撮るの巻

fe25f774.jpg胆嚢を摘出する手術を行って、今日で丁度一年になります。
ついては、傷口(※正面ヘソ上下と左の三箇所)の「綺麗になり具合」検証するべく(笑)、記念写真を撮ってみました。

「綺麗になり具合」は一年前と比べて特段進化しておらず、跡に残ることが確定した模様です。
いずれの箇所の傷口も赤みを増し、僅かではありますが凸度が上がっているように感じます。

ただ、幸いなことに、痒みはたまにあるものの、痛みなどの違和感は全くありません。
私は、これらの傷口と生き抜く所存です。

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tannouen at 09:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2011年01月18日

【その38】アントニオ猪木さんが胆石でショック死寸前になられたことを知り、胆嚢を摘出して良かったと思うの巻

10614345.jpg標題の件、以下の報道記事に対する所感です。
実際にショック死する確率は「yahoo知恵袋/〔胆石〕の痛みで、死ぬ事があるって本当ですか?」によると非常に低いようですが、塩澤先生が仰っていたように、胆管が胆石で詰まると相当痛い&厄介なのは間違いないようです。

「猪木退院…痛み十分タンノウしました」

胆石の除去手術で入院していたIGF会長のアントニオ猪木(67)が17日、都内のホテルで会見し、前日16日に退院したことを報告した。6日に腹痛や背中の張りを訴えて救急車で病院へ運ばれ、翌7日に胆管に入った胆石を内視鏡手術で取り除いた。13日には胆のうを摘出と、2度の手術を受けたという。病名は急性胆のう炎、胆管炎、胆のう結石症。まだ腹の痛みは残るが、元気な姿で登場。「失恋したときと同じぐらいの痛さだった。痛みは十分タンノウしました」。

胆石は遺伝的な原因もあり、猪木には同じ病気に悩まされたきょうだいもいるという。一方で、食生活にも思い当たるふしもある。「脂っこいものが好きだったりするから。葉巻はやめよう。酒も毎日2~3本は飲んでるし、夜遊びも(午前の)4~5時になることもある。取りあえずやめようと、今は決心した。でものど元過ぎれば何とかって言うから…」。5キロほどやせたといい、会見に同席した初代タイガーマスクには「病院食ダイエット」を勧めていた。

★↓の2011年1月17日付nikkansports.comから転載
http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20110117-725554.html


「燃える闘魂・猪木、胆石にも打ち勝つ!」

今月6日に、緊急入院をしたアントニオ猪木が16日に退院。翌日の17日には、都内ホテルに記者を集め、元気な姿を披露した。

猪木は6日、都内で家族とあいさつ周りをしている最中に腹痛を訴え、救急車で緊急搬送。虎ノ門病院に入院し精密検査を行うと、急性胆のう炎 胆管炎 胆のう結石症が判明。翌7日に胆管内の結石を除去する手術を行うと、さらに13日には全胆のう、胆のう内の結石を完全に取り除く手術も行った。術後は経過も良好で、16日に退院の運びとなった。

■ホーガンのアックスボンバー以来の病院搬送

会見では「昨年は結構テレビなどに出まくったので、今年は静かにと思ったら、バカヤロー! 元気があれば胆石にもなる(笑)」といきなりの猪木節をさく裂。救急車に乗るのが1983年のハルク・ホーガン戦(6.2両国大会で行われたIWGP決勝リーグ戦でアックスボンバーを食らい失神KOとなった)以来と話すが、いつもと変わらぬ調子に戻っていた。

また、入院生活で5キロも体重が落ちたということだが、「昨年は会食が多く、体重が増えていた。それでひざが厳しく、階段の上り下りもきつかった。しかし、おかげさまで歩くのはめちゃくちゃラクになった。ダイエットしたい人はオレのところに来い」と転んでもただでは起きない不屈の精神を見せ、会場を笑わせた。

■人生最大級の痛みにも「笑いながら歩こうよ」

しかし、「もう少し時間が立っていたら、ショック死もあるようなことだった」と重症だったことも明らかにした。2010年は新日本プロレスでともに戦った星野勘太郎さんや山本小鉄さんらが亡くなっており、「今回はお迎えが来たのかな」と心境を吐露。日本でも有数の『痛みに強い人』が弱気を吐くほど、壮絶な痛みだったことが計り知れる。

猪木の話によると、胆のうから取り出された結石は小指ほどの大きさのものが1つと、細かいものが5つもあり、今回の痛みは「どうにもならなかった」と話す。
(以下省略)

★↓の2011年1月17日付sportsnaviから転載
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/text/201101170006-spnavi.html


「胆石の緊急手術を行った元プロレスラー・アントニオ猪木さんが復活会見」

胆石の緊急手術を行った元プロレスラー・アントニオ猪木さん(67)が17日午後、復活会見を行った。
猪木さんは「最後は体がブルってですね、黄だんも出たり、菌も回っちゃったりとか」と話した。
猪木さんは1月6日、腹痛や吐き気を訴え、病院に救急搬送された。
猪木さんは、「アイタタタ…なんちゃってね」、「もうちょっと時間がたっていたら、ショック死も起きるようなことだったようです」と話した。
胆のうを摘出する手術を受け、16日に退院した猪木さんが、その激痛を語った。
猪木さんは、「今回だけは、本当、どうにもならなかったというか、痛みが」、「ガーッと痛みが広がっていくんですね。こっちが連鎖した感じで痛みが走って、背中もバンバンに張ってきて...。呼吸がだんだんできなくなっていくんですよ」と話した。
強靱(きょうじん)な体を持つ猪木さんが、音を上げるほどのすさまじい痛みを与えた胆石。
胆石について、聖路加国際病院の小野寺消化器センター長は「女性で、中年の方で、やや肥満傾向にある人が多いといわれています」と話した。
脂肪の消化を助ける胆汁が、胆のうや胆管に固まってできるのが胆石。
男性より女性の方が1.5倍から2倍多く発症し、女性ホルモンの関係ともいわれているが、その因果関係はよくわかっていない。
街の人は、「痛いんだってすごく。うちの姉が胆石手術して、これくらいの石が取れたの。もう、岩みたいな」、「ちょっと怖いですね、年も年なので」などと話した。
来週胆石の手術を受ける女性(43)は「最初に気持ち悪くなります。少しの痛みからだんだん大きくなるような痛みが出てきまして、嘔吐(おうと)してしまうんですね」と話した。
胆石の予防について、聖路加国際病院の小野寺消化器センター長は、「(原因は)やはり油もの、高脂肪食ですよね。規則正しい、バランスのよい食生活。これが大事なことだと思います」と話した。
17日の会見で猪木さんは、「酒も毎日、つきあいなんですけど、多いときは2本、3本とか、そんなときもありましたし。夜遊びも朝4時、5時というのもありますし。全部やめようかなと、とりあえず今はそう決心したんですけどね」と話した。

★↓の2011年1月17日付FNNニュースから転載
http://210.167.32.241/news/headlines/articles/CONN00191369.html


「猪木『ショック死寸前だった』」

胆石除去手術などで東京都内の病院に入院していたプロレス団体「IGF」代表の元プロレスラー、アントニオ猪木(67)が17日、東京都内のホテルで退院会見。全快をアピールしつつ、一時はショック死寸前だったことも明かした。

猪木が腹痛と嘔吐(おうと)などの症状で救急車で都内の病院に搬送されたのは6日。「妻と子供とホテルで食事をしていたら、やたら背中が突っ張ってきて。マッサージを受けたら、痛みがひどくなった。横にも四つんばいにもなれない。悪寒は走るし、黄疸(おうだん)の症状も出て、痛みで呼吸もできない状態。病院探しに1時間くらいかかったけど、もう少し遅れたらショック死もあった」と、恐怖体験を赤裸々に語った。

7日に内視鏡で胆管内の結石を除去。13日には腹腔(ふくくう)鏡下胆のうの摘出手術も受け、16日に退院した猪木。「現役時代は異種(いしゅ)格闘技戦をやってきたけど、石(いし)格闘技戦が一番、苦戦した」「胆のうの痛みは堪能した」「さんずの川を渡るには、懐が寂しくて旅費が足らなかった」など、ダジャレとジョーク連発で復活をアピール。転んでもただでは起きない猪木は「起きたことは全て良し。5、6キロダイエットもできた。石は2億円ベルトの飾りにして、3億円ベルトにする」と、2月5日の「GENOME14」(福岡)のPRに余念がなかった。

★↓の2011年1月18日付中日スポーツから転載
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/battle/news/CK2011011802000076.html


「猪木ショック死寸前だった 胆石手術退院」

胆石の手術で入院していたIGF会長のアントニオ猪木(67)が17日、都内のホテルで会見し、16日に退院したことを報告した。病名は急性胆のう炎、胆管炎、胆のう結石症。今月6日に腹痛や背中の張りを訴えて救急車で緊急搬送され、翌7日に胆管に詰まった石を内視鏡手術で取り除いた。さらに13日には胆のうを摘出と、2度の手術を受けたという。一時は体に黄疸(おうだん)が出て、ショック死寸前の危険な状況から脱した。

入院中の病院食で約5キロやせたといい、「学生の時に遅刻魔だったから、あの世行きの乗り物に乗り遅れてしまった。まだ何か(この世で)役割があるんだなと思った。死に直面したときを笑いながら迎えられるような人生を送りたい」と笑顔で話した。

★↓の2011年1月18日付nikkansports.comから転載
http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20110118-725841.html



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tannouen at 08:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年10月11日

【その37】執刀医の金先生からお礼のメールを頂戴するの巻

過日、私は、執刀医の金先生に再会の礼状を投函しました。
それに対し、本日、金先生から、以下お礼のメールを頂戴しました。

前略

先日は丁重なお手紙をいただき,ありがとうございました.
偶然にもあのような形で堀さんと奥様に再びお目にかかることができましたことは,私にとってうれしい驚きであり,しかも心のこもったお言葉までいただいて大変感激いたしました.

体にメスを入れるということは患者さんにとっては一生の大事ですし,私たち医師にとってもそれなりの覚悟がいることでもあります.堀さんのように順調に元の生活に戻られ,社会復帰されるお姿をみることは,私たちにとっては喜びであり,安堵する瞬間でもあります.奥様とサイクリングに出かけられるところを偶然拝見することができ,病を克服して健康と人生を楽しまれていることを本当にうれしく思いました.
一生の恩人とまで言っていただくのは予想外のことで面はゆい限りですが,今後また堀さんご夫妻のお身体のことで何かご心配なことがありましたら,ご遠慮なく相談いただければと思っております.

(中略)

堀さんご夫妻は私たちにとって人生の先輩にあたります.公私ともお付き合いさせていただくことは,私たちにとって光栄なことで大変ありがたく存じます.どうぞよろしくお願いいたします.

お手紙を差し上げようかとも思いましたが,同じマンションで文通もどうかと思い(笑),非礼ながらメールでお返事させていただきました.お許しください.

(以下省略)

私は、かくも元患者を気遣ってくださる金先生に深く感謝すると共に、金先生に胆嚢を摘出いただけて本当に良かったと思いました。

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tannouen at 20:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年10月05日

【その36】自宅の玄関で再会できた執刀医の金先生に再会の礼状を投函するの巻

過日、私は、執刀医の金先生と自宅(マンション)の玄関で再会しました
私は、その幸運と、当時の金先生のお心遣いに感謝すべく、金先生に以下の礼状を作成し、金先生宅のポストに投函しました。

前略

先週の土曜は、不肖の患者である私をお見つけいただき、ありがとうございました。
私と妻は、金先生に覚えていてもらえたことに加え、金先生と同じ集合住宅に住まわせてもらっていることに、大きな光栄感と喜びを感じました。

来年アラフィーになる私は経営コンサルティングの会社を経営し、アラフォー真っ只中の妻は広告代理店の会社に勤務しております。
そんな私たちの今一番の共通の趣味は、ご覧いただいた通り、都内近郊をサイクリングすることでございます。(笑)

私たちはかくなる平凡な夫婦(笑)ですが、金先生は私たちの一生の恩人です。
つきましては、金先生さえよろしければ、今後私たちと公私共々お付き合いいただけると望外の喜びでございます。

以上、不躾ではございますが、先週のお礼&改めてのご挨拶&お願いごとをさせていただきました。
非礼の折は、深謝申し上げます。(礼)

末筆ですが、金先生ならびにご家族の益々のご健勝とご成功を祈念申し上げます。

早々

2010年10月5日

堀 公夫
××@gmail.com
堀 △△(※妻の名前)
▽▽@gmail.com

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tannouen at 08:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年10月02日

【その35】執刀医の金先生と自宅の玄関で再会するの巻

今日、驚くべきことがありました。
妻とサイクリングに出かけようと自宅(マンション)を出たところ、玄関で執刀医の金先生と再会したのです。
私は、金先生と同じマンションに住んでいたのです。
私は、正に「世間は狭い」と思いました。(笑)

金先生は、一足先に私を発見→声がけくださったばかりか、すぐさま体調に変化が無いかどうかを尋ねてくださいました。
私は、「ここ(右腰部位の傷口)がたまに痒かったりしますが、それ以外は特段ありません」と答えました。
金先生は、「それはさほど気にしなくてもいい。気になる変化があればすぐ病院に来て欲しい」旨おっしゃりました。
私は、「本当にびっくりした!」と笑顔でおっしゃりながら、プライベートの時間に元患者を気遣ってくださる金先生に心底感心&感激しました。

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tannouen at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年06月01日

【その34】第四回(最終)術後外来診察を受けるの巻

第四回術後外来診察を受けました。

執刀医の金先生は、異常や気になることの有無を訊き、私は、以下答えました。
<1>以前ほどではないが、食欲は出てきた。
<2>術後続いていた胸につかえる感は近頃無い。

金先生は、安心したのか傷口も見ず(笑)、「術後の診察としては今回で最後にしたいのだが、それでいいか」と訊きました。
私は、「ご判断に任せる」旨答え、以下を訊き返しました。
<1>酒を飲み始めても大丈夫か?
<2>健康維持目的の水泳を再開しても大丈夫か?
<3>傷口は今よりも綺麗になるか?それとも跡に残るか?

金先生は、以下答えました。
→<1>大量でなければ「イエス」。
→<2>「イエス」。但し、腹筋に強い力が入る運動はまだ当分控えて欲しい。
→<3>今のまま跡に残るかもしれない
そして「二十年後に(合併症として)腸閉塞になる可能性が無きにしも非ずなので、このことを覚えておいてもらうと共に、少しでも気になることがあったらすぐ診察に来て欲しい」と付け加えました。
私は、合併症の発生リスクが二十年もあることに驚きましたが、今回の診察で2006年に突然発症した胃炎もとい胆嚢炎と決別できたことに気を良くし、帰路につきました。

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2010年04月27日

【その33】第三回術後外来診察を受けるの巻

第三回術後外来診察を受けました。

執刀医の金先生は、異常や気になることの有無を訊き、私は、以下答えました。
<1>食欲は相変わらずまだ無いが食事は普通にしている。
<2>胸につかえる感は依然有る

金先生は、「胸につかえる感は、もう少し様子を見て欲しい」旨第一回、第二回と同様にコメントし、傷口を見ました。
そして、「回復が順調である」旨コメントし、約一ヵ月後の6月1日の再診を求めました。
私は、同意し、帰路につきました。

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tannouen at 09:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年04月03日

【その32】術後約一ヵ月の傷口記念写真を撮るの巻

d8a85e4b.jpg入浴中、最後の絆創膏が剥がれました。
金先生から「剥がれた絆創膏は貼り直さなくてもいい」旨言われていたので、貼り直さず、術後約一ヵ月の記念写真を撮りました。
半年後もしくは一年後に再撮影し、傷口(※正面ヘソ上下と左の三箇所)の「綺麗になり具合」を比較検証してみたいと思います。(笑)

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tannouen at 08:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)第三部/退院後 

2010年03月30日

【その31】第二回術後外来診察を受けるの巻

第二回術後外来診察を受けました。

執刀医の金先生は、異常や気になることの有無を訊き、私は、以下答えました。
<1>食欲は相変わらずまだ無いが、食事は普通にしている。
<2>胸につかえる感は依然有る。

金先生は、「胸につかえる感は、もう少し様子を見て欲しい」旨第一回と同様にコメントし、傷口を見ました(※今回は剥がした絆創膏は貼り直しませんでした)。
そして、「回復が順調である」旨コメントしました。
私は、「まだ剥がしていない絆創膏があるが、剥がれてきたら、貼り直さなくてもいいか?というのも、最近は傷口周辺が痒くなってきたので、可能なら貼り直したくないもので」との旨訊きました。
金先生は「貼り直さなくてもいい」旨答え、約一ヵ月後の4月27日の再診を求めました。
私は、同意し、帰路につきました。

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