食玩日記とレビ-認知症なアーちゃんと生きる日々

おまけの情報ブログですが、母の突発的に始まった非アルツハイマー型レビー小体性認知症の日記でもあります  ホームページの作品も是非御覧下さい

アーちゃんと絵本

7月21日 日曜日

午後からアーちゃんのいる施設へ行く
いつもいるはずの リビングに居なかったので
アーちゃんの個室を見に行った

パッと見 アーちゃんが居ないように見えたが
ベッドでカタツムリのようになって寝ていた

アーちゃんは熱があって このところ調子が悪い
16日に電話が入り ベッドで吐いて
微熱があり内科受診する旨の連絡があった

レントゲンは異常がなく 抗生物質が処方されて
その後 服用しているが 微熱が続いていて
ゼロゼロと痰が絡んだように 苦しそうに咳き込む

今朝はベッドで朝食を摂ったが 食欲はある・・

と施設の人は言うが 【いらん 食べたくない 】
と言いながら スプーンを口に持っていくと
アーちゃんは いくらでも食べるのであって
どちらが本音か 分からないのである

おやつのプリンは 今日はやめたが
脱水症に掛かる事が怖いので とろみを少し付けた
麦茶をカップ半分程飲ませた

少し落ち着いた頃 持参してきた絵本を見せた

熱の出た16日から日が経っているので
体調も戻っていると思い ここに来る前に
明石のステーションで 買い足した【旅の絵本】を見せた
昔の日本の風景をデフォルメした絵本である

旅の絵本




言葉は一切無い

アーちゃんは表紙の蒸気機関車を
長い時間眺めていたが ページを捲ってやると
そこに昔の小学校の絵をみつけた

アーちゃんの顔が 突然パッと笑顔になった
小学校





この絵の小学校は 校舎といい
朝礼台といい アーちゃんが小さい頃
ここに通い 終戦後は先生として教鞭を執っていた
小学校 まるでそのままの風景だった

広島県比婆郡西城町の【西城小学校】である

アーちゃんは その後もその小学校を見つめ続け
何やら指差して 回らない口から言葉が毀れる

その本にはビニールが 掛かっていたので
tantanも中身は まるで分からないまま購入したが
買ってきて本当によかった・・・

来週はtantanも大好きな【夜行列車】を見せたいからサ

アーちゃん 元気になっていてよ・・・

(※比婆郡は現在、庄原市に編入されている)

アーちゃんの記憶のひき出し

7月7日 日曜日

今日は月初めで 施設の支払があるので
アーちゃんのところへ行った

昼食が終り 寝たきりでない入所者は
テレビを見ていた というか・・・

ダイニングチェアに
そのまま腰掛け テレビに向かっている人

ソファに座れる人はそこに移され
車椅子の人はその間に配置され

テレビの野球中継の音だけがリビングに響いて
テレビの内容など 誰も気にしていない

誰も口を開かない とても静かな空間である
大声をあげる人も無く
いわれなき文句を言う人もない

ある意味 平穏な時間である

どこか変・・・まったくといっていい程
そこには刺激がないのである

平和ではあるが こんな時間の中で
アーちゃんは日々に物事を忘れていく

自分の名前は わからないけど
氏名を漢字で書いて見せると 読む事ができる
読めば それが自分の名前だと気が付く

記憶の引き出しが開いたので
tantanの名前も蘇えってくる

見た事がある人だという 希薄な記憶から
時間を掛けて やっと娘だとわかる

わかるんだけど・・・それだけである

帰り際も 以前のように
未練があるようには見えず
感情がないように 振り向きもしない

息子が幼稚園の時 買った絵本
福音館の『夜行列車』や『お店』
次回はこれを持って来ようと思っている

アーちゃんがtantanを育ててくれた頃の
一言も言葉のない 情景絵本である

これを見て アーちゃんは何か大切なものを
取り戻すだろうか・・・

tantanの癒し

7月6日 土曜日


tantanは 3年程前に 閉所恐怖症という
パニック障害を発症してしまい 閉鎖空間に
突然 体が反応して 訳も無く固まってしまう

電車やバスが 予期せず停車した時や
車が渋滞し始めた時

窓のないトイレで 鍵をかける時の不安
このまま閉じ込められてしまうかのような
いわれの無い恐怖を感じてしまう

発作予兆があるので 発作が激しくならないように
対処できるようになってきた

発作に慣れてきた感じで
トランキライザーに頼る程には
ほとんど進行しないが

息子が転勤して行って3ヶ月余り
会社が終わる午後7時過ぎから
眠るまで 誰とも言葉を交わさない日がある
テレビのほかに何も物音がしない

朝や日中はなんて事はないのに
じっとしていられないような衝動に
腰が浮きそうになるのが
午後9時頃からの1時間である

この時間帯を 遣り過ごす事が平静を保つコツ
そのうち 習い事でもしようか・・・と思っているが
とりあえず 今は週に2・3回
スーパー銭湯に行っている

三井アウトレットパークの西端にある
太平の湯 垂水である

家から歩いて1キロメートルはあるので
午後9時10分発 駅前からの送迎バスを利用している

午後9時からの『夜風呂』なので450円
残念な事に 天然温泉ではないが 今の所

tantanの身体とともに 心をも
解放してくれる スーパー銭湯なのである

日本三名庭 岡山後楽園へ行った

6月27日 木曜日

今日は主人と一緒に車で福山の息子の所へ行った
残業続きの息子とは 遅い夕食を共にするだけで

その前に 中国地方を観光しようという事で
岡山県の名庭園【後楽園】へ行った

後楽園は 岡山藩主池田綱政公から
孫に当たる池田治政公までの長い年月をかけて
造園された 総面積約13、3haの
広大な庭園になった日本三名庭園

【まっぷる】 によると そういう事だそうである

快晴とはいえない空模様の中
山陽道を走って 昼前には到着

ガレージの関係で正門ではなく
茶店が並ぶ南門から入った

後楽園

人は・・・多くない
【庭園が広大すぎるのだろうけど】



蓮

久しぶりに主人と歩く 口数は少ないが
気を使わないでもよい この雰囲気が好き

後楽園

戦災で消失した後
再建された建物も多い中

【流店】と名付けられた東屋では



今も当時の藩主と同じように 休憩することができた

後楽園
途中の茶屋で頂いた
冷たいほうじ茶と黍団子や

池の鯉に餌をやりながら 回遊して行く

後楽園




後楽園





巨大な岩をこの庭に設置するために 
90ブロックに細分化して運んだという石を見て

後楽園後楽園





【一天四海】という
大輪の白蓮が咲くという
【花葉の池】を巡り

川向の岡山城まで足を伸ばす

後楽園
南門前のさざなみ茶屋でお昼にした

竹を割った容器に
綺麗に盛られた【冷やしソーメン】が
川面を渡って吹く風とともに
心地よかったけれど

食べるのが先に立って 写メしそこなったのが残念!

人形の町 【まっちゃまち】へ行った

6月23日 日曜日

今日も プログラマーちゃんと大阪へ行った
大阪のまっちゃまち【松屋町】へ行った

先日 公売で落札したお雛様の 小道具を買いに行くついでに
目新しいハンドクラフト材料を 探しに行ったのである

地下鉄で谷町6丁目まで行く

松屋町筋商店街を谷六から谷四まで歩いて
探すつもりで来たが 空模様が少し怪しくなってきた

並んでいる人形屋さんは この時期は『花火』がメインで
雛人形類は 倉庫の裏の裏へ仕舞い込んであるらしく
どこの店員さんの返事もつれない

『この時期 そんなんあらへんなぁ うちには 』・・とか
『本体のにんぎょさん ウチで買って貰ろたんデッカ?』

みたいなことを言うので
半ば諦めかけて 正月早々にでも再度来て見ようかなぁ・・

と思いかけた時 入った1件のお店の番頭さんらしい男性が
長い時間 倉庫の中に消え 目当てのものを探しだしてくれた

扇裏




探していた桧扇は 半径7cmサイズ
探し出してもらった桧扇はピッタリサイズで
しかも 漆喰を塗った手書きの木製高級品
太刀もプラスティックではなく 細かく細工もしてあった

ヒオウギオビナ小道具





案の定 『これは高級品ですから・・・』という番頭さん
先手を打たれた でも tantanは買う気でいた
その気で来たのである

『平安天鳳作の 正倉院再現古裂を着たお雛さんです』 というと
穏やかな表情の番頭さんが
『あ〜!本着せのね! エエお顔していはるでしょ』 と咄嗟に言われた

それから 人形談義に花が咲き、とうとう
その小道具の値段も聞かず 買う気満々なtantan

ここのお店は気持ちがよかった

今まで何軒かのお店で 気持ちが萎えかけていただけに 本当に嬉しかった
お人形さんが大好きなんだなァ・・と感じさせる人だった

『で? おいくら?』

『う〜〜ん??』・・・間をおいて

『千円・・・くらい』 『えっ〜!!?? ええええっ!!』

姫殿

電車賃を
使って来た甲斐が
あったヨ!!

ホンマ!


最近 気難しいアーちゃん

6月16日 日曜日

今日は 2週間ぶりにアーちゃんの施設へ行く

息子が家を出て3ヶ月近くが経ち 時間が出来た分
もっと頻繁にアーちゃんを訪ねて行けると思ったが
何の事はない 多用になり ほぼ隔週になってしまった

一ヶ月に一度の土・日は 息子の所へ行くと決めている事もあるが
最近アーちゃんの所へ来ると 気持ちが落ち込むことがある

5月末にtantanの弟君と
姫路城天守見学に行った帰り
アーちゃんを訪ねた

誰を見ても弟君に見えて
弟君の名前しか言わなかったアーちゃんは
あれほど逢いたかった愛息子の事もわからない様子で 
表情も乏しく 会話も無く 不思議そうに見つめていた

弟君は それ以上アーちゃんと向き合う事ができず
ほんの20分もいただろうか 
何物にも替え難い 最愛の息子と母なのに・・・である

何の感情の変化も無く 喜びも表現できないアーちゃんに
弟君は 想像以上にショックを受け 虚しさで心が一杯になったのだろう

毎週のようにアーちゃんを訪ね来ていたtantanですら
最近アーちゃんといても 心が満たされる事が無く
救われないのである

スプーンを口元に運ぶと 無造作に反応して口を開けるアーちゃん
オヤツを食べさせても 美味しいとも言わなくなった

そんな食事介助は
坦々と続く作業のように虚しい

6月2日の日曜日のこと

『アーちゃん 手の平が汚れているから拭こうヨ』 と
予めアーちゃんに告げて お湯に浸したタオルで拭いてやろうとした時

アーちゃんは思いの外の力で tantanを叩いた
咄嗟の事にタオルを取り落とした

その後も 回らない口で激怒するアーちゃん
タオルが熱いわけでもなく 力を入れて拭いているのでもない

今までは こんなことは一度もなかった
そういうふうに構われる事に優越感を感じ
笑い乍ら されるがままに身を任せていたアーちゃん

どうなってしまったのだろうか?
戸惑いと失意で 急速に気持ちが萎えた

アーちゃんの近況に付いて 施設側の報告は
『お元気で食事も旺盛で頗る健康 いつも笑顔で穏やかです』

本当かな?

定期便 福山行き 

6月9日 日曜日

午前8時18分のバスに乗る
息子の家からバス停までは徒歩2分なのが有難い

今日は 福山駅からJR快速ライナーで倉敷に行く
乗車時間は37分程で たった3駅で倉敷駅だが
途中いくつも駅を通り過ぎたように思う

息子はまず 駅北のチボリ公園跡地にできた約120店舗が入っている
アウトレットパーク倉敷へ行きたいと言う

ここはtantanの神戸の家から歩いて5分のところにある
三井アウトレットパークマリンピア神戸の系列である

【アリオ倉敷】というショッピングモールが隣接していて
かなり大きな商業地域を形成している

 tantanは【アートバーグ】というお店で主人に鞄を買った
個性的なデザインがtantan好みなお店だった

息子はジーンズを物色していたが 美観地区に出店している
暁ジーンズグラフゼロや桃太郎ジーンズなどの
児島ブランドデニムを狙っている

駅前にあった桃太郎ジーンズを尋ねると
いつの頃からか 閉店していて お店は無くなっていた

とても残念がる息子は このまま【児島駅】迄行くゾ!
と言い出しかねない そんな息子の気を逸らすように

以前 2度程行った事がある 東町の料理旅館
昼食にしようと水を向けた

DVC00003DVC00010





その後 美観地区を散策して 息子はグラフゼロで
16.5オンス・セルヴィッチ(生機織)の
マニアックなジーンズを買った

この品質で2万円弱の値段はとても安いんだって!
たかがジーンズ されどジーンズ  である

夕刻 息子とは この倉敷でお別れである
岡山まで在来線で行き 岡山から新幹線に乗る

いつもの帰りは福山から 各駅停車(こだま)号しかないのだが
今日は違う 岡山から姫路 姫路から西明石と2度乗り換えて
48分ほどで帰り着くことができるのである

アウトレットで買ったスニーカーとジーンズの
ショッピングバッグを肩に 息子はいとも淡々と

『ほんじゃ・・・僕はもう少し回ってから帰るわな』
とtantanに告げ 『お母さん元気で 又おいでよ』 の言葉も無い

改札を入り 息子の方を振り返ると
そこには 既に息子の姿は無かった

そんなもんヨ 子供って!

ジーンズ代とスニーカー代を
『自分で払うからいいよ』

という息子を無理矢理遮り
その代金を支払った事は

息子に感謝されるべき代償ではなく
tantanの 心のケア代金に過ぎない

定期便 福山へ行った 

6月8日 土曜日

息子の携帯電話は無事に戻り
通信停止も解除して やっとtantanの休日が戻ってきた

福山市には【ポンパドール】  という
美味しいパン屋さんがあって いつも混んでいる
もともとは横浜のパン屋さんであるらしいが 残念な事に神戸には無い
特に 1本189円のミルクフランスは
tantanのお気に入りでおすすめである

イーインして ここで昼食にした
息子は神戸にいた頃からパンが大好きで
お昼はしかたなく(会社から補助がでているので)
会社の仕出弁当を食べ 夕食をパンにしているらしい

ショッピングセンターを回って
午後4時 バスに乗って やっと息子の住む町へ帰って来た

息子の家や会社から徒歩で5分程にある
【アトリエ】 というカフェに寄る

ここは息子の入社前に家族で何度か来た
カフェレストランであるが
都会的なセンスと落ち着いたシックな内装で
おとな的に 随分寛げるので
息子もtantanもお気に入り

ワッフルセットをぺロリとたいらげた後
チョコパフェを頼んだ

アトリエパフェ
近くのスーパーで
食料品や雑貨を買って帰るが
その後は掃除と洗濯で
その日はおしまい

明日は倉敷の美観地区と
アウトレットへ行く


tantanに何か買ってくれるのかと思ったら 何のことはない
自分のジーンズを探しに行きたいと言った

定期便 福山へ行った

6月8日 土曜日

今日1日会社の有給を使い日曜日を挟んで 息子んちへ行った
いつもの新幹線 【ひかり493号 広島行】 に乗る
この列車は西明石駅に止まり しかも福山駅まで50分足らずで到着する

今日は福山駅からバスで息子んちへ直行する予定だったが
昨夜遅くに息子から電話があった それも公衆電話・・・
何事かと思えば 仕事帰りに立ち寄った福山市内のゲーゼンに
『携帯電話を忘れて来た』 という とんでもない電話である

しかも終バスを逃して 自宅まで電車に乗るので
これから電話もできないというので 神戸からtantanはゲーセンに電話して
携帯電話を探してもらった  案の定 どこにも無いという返事

あるわけないヤン!そんなもん!
ネツトを開けてドコモへ紛失届けをするが
本人でなければ受け付けてくれない

あのね〜 でもね息子んちには固定電話はないのよ
それに 公衆電話があるような駅ではないの!
しかも息子の携帯電話の支払口座は tantanのままになってるんよ!!
と電話口でつい大声になるが 規則は規則!融通が利かない

当然だろうと思う 他人の携帯電話を勝手に停止扱いできるはずがない
でもね それでもね!最近まで息子の形態はtantan名義だったし
tantanはドコモさんの もう20年来のお得意様なのに・・・

番号も息子の生年月日も 何だったらtantan自身の
ドコモ携帯電話の暗証番号や 出来れば言いたくはないけど
tantanの生年月日だって言ってもいいよ
だから【停止扱】受理して下さい! 何が何でも!

上司に相談してくれて 『今回だけは大目に見ます』 という事になった
ありがとう ドコモさん

・・・な訳で 土曜日の朝 福山駅近くのドコモショップで息子と落ち合った

会うなり息子はtantanの携帯からゲーセンに電話している
ゲーセンは24h開いているらしい
充電できるスペースがあるらしく
そこに置いているから見てきてほしいと言っている

何の事はない・・・あったらしい 携帯電話は充電器に繋がれて
そのまま残っていたのである

昨晩午前0時の あの騒ぎはなんだったのか
ドコモの担当者の印象を 頗る悪くしただけでなく
親ばかチャンリンを披露したtantanって 本当の馬鹿っ母だわ!

天空の白鷺

5月26日 日曜日

今日は 平成の大修理中である姫路城天守を
見学に行く事になっていた

過日 京都に単身赴任中のtantanの弟君が
『見に行きませんか?』 と誘ってくれたのである

傍に息子がいなくなって 一人になったtantanを
気遣ってくれての事だと思うけれど 姉と弟・・・なんて
なかなか一緒に 出掛ける機会がないので
とても有り難いと思う

姫路パンフ


晴れたらいいなぁ・・と思っていたら
暑いくらいに天は晴れた




天守ホロ
11時〜12時でネット予約して行ったので
天守へ昇るエレベーターの順番が早くなった

・・・少し優越感



仮設だとは思えないような 立派な建物の中から
ガラス越しに修理の様子を見る

室内にはモニターがあって 昔ながらの伝統技術による
瓦や土壁の修理の様子が映写されていた
天守の見学時間は約30分

天守





天守以外や長局(百軒廊下)などは 普通に見学できた
千姫化粧櫓の床の間付の二間には畳が敷かれ
当事の様子が偲ばれるように 千姫と長女の勝姫が
百人一首に興じる姿がマネキンで再現されていた

団体のガイドさんが何やら天を見上げて説明している所へ出た
その様子を見て 路傍にある説明版に気が付いた
姫路城十字架札姫路城 十字架





丸瓦の端に十字架が刻まれていたのである
こんなん 何回も来ているけれど一回も見た事がない
いかにテキトーに回っていたか・・・と言う事である

北側に隣接する歴史博物館の2階で
ホロを被ったお城を見ながら 昼食にした
姫路城に来ると いつもここで食事をする事にしている

息子が居なくなったら 途端に
カレーライスを作る機会が無くなったので
迷わず『カレーライス!』と言う
今日は全部 弟君の驕りである

帰り アーちゃんの施設に行きたいと
弟君がいうので 訪ねていった

午後のひとときを いねむりしていたアーちゃんは
誰が来たのか ハッキリしないまま弟君と別れた

いつも誰を見ても 長男の名前しか
言わないアーちゃんなのに 可哀相ではあるが
記憶が曖昧である分 アーちゃんは
なんとか今を 遣り過すように
生きていけているように
tantanは 思えてならない

再び 福山へ

5月17日 金曜日

今日は公売オークションで落札した
内裏雛を受取る為に 主人の車で福山へ行った

tantanには女の子がいない
よって 家にはお雛さんが無い

今までに 木目込み人形は沢山作ったし
古い市松人形なども オークションで落札しては
新しく仕立て直なおしてきたが 衣装雛は手がけた事が無く
いづれの時にか 品質の良い物を買いたいと思ってきたわけで
雛1





それが今回 福山の府中市役所から出品されていた
平安天鳳作の8番〜9番親王で かなり大きな内裏雛一対である

一般店舗で買えばかなり高額なお人形であるので
この機会を逃したくなくて 思い切って落札した

思い切ったわりには 申し訳ないような落札価格だったが
tantanにとって 往年の夢が叶った訳で

雛人形としてではなく 伝統人形として
普段から飾っておきたいと思い落札した
tanatanのお人形さんである 

雛2雛3
【人形作家 天鳳氏】のお人形は
十二単を実物通りの仕立てをして
実際の着付けどおり お人形に着せてあるので
大変見栄えがする
 
着払いで送って貰えば それで済む話であるが
ついでに息子の所へ行こうという事になったのである

というのも 出品者は府中市役所で
息子のいる隣町だった

こういう事でもない限り tantanのダンナは
休みを進んで取ろうとはしない人であるからして
これ幸い 息子にも会えるので思い切って行こう という事になった

府中市は見るものが何もなくて
午後3時に市役所でお雛さんを受け取った後
時間を潰すのに困った 日帰りの予定できているので
今から主だった観光地へ行くのには 少々時間がないのである

息子は入社して依頼 2時間ほどの残業がほぼ毎日続いている
会えるのは午後8時頃になるので 一緒に夕食をした後
今日はそれでオシマイ 

例によって親ばかで
ペットボトルや嗜好品を買い込んで息子を待った
横目で 主人が甘やかすナ!と言っている

でも 息子は親の気知らずで 僕の居ない時
勝手に部屋には入って欲しくないねんけど・・・

などとイッチョ前をヌカしたので
近くのカフェレストランで時間を潰す事に

でも 主人といると無口になる 会話が弾まない
そのまま無言で たとえ何時間過ぎようが
気を使わないでも良いので 楽な事は楽なんだけれど・・・

午後8時過ぎ やっと息子到着!

黒ぶちめがねを掛けて
(彼もtantanと同じく目が悪い しかもコンタクトレンズの使用ができない)
会社のロゴ入りの上着を来て ビジネスバックを下げてやってきた

少しの間に 見かけはすっかり社会人ぽくなったけれど
中身は左程 変化してはいなかった

自分の時間が しこたまあった大学時代と違い
自由な時間がなくなって 判子で押したような生活に
戸惑いがあるようで

精神的にシンドイわ〜!!というのが
ここ2ヶ月間の感想である

当たり前ちゃうのん!

就職するってことは
自分の時間を買って貰っている事なんだからサ

【取りあえず 春夏秋冬 頑張ってごらんよ】
そう言い残して帰ってきた

今はtantan 息子より車の後部座席のお雛さんが
数段 気になっているのである

tantanも 韓国映画へ行く

5月12日 日曜日

今日は朝のうち アーちゃんを訪ねて
午後から映画を見に行った

韓国ドラマの『私は王である!』である
tantanは かの有名な『冬のソナタ』も見ていないし
チャングムも最近になって やっとDVDを見た

なのに 韓国時代劇にハマった
tantanは 日本史・世界史等
どこの国であろうが 歴史が大好きなのである

特に難しい事ではなく
豪華な宮殿や 綺麗な衣装のお姫様が好きなだけであるが

今回 見に行ったのは
昨日が封切りだった チェジフンの時代劇である

マーク・ トウェインの【乞食と王子】さながらのストーリーで
韓ドラ特有の ドロドロ的復讐劇でもなく
時代劇に付き物の リアルな拷問シーンもなくて
最近の時代劇風 フュージュン物っていうか 軽快で可笑しく
2時間の上映時間は あっという間だった

娯楽映画 単純に楽しめたヨ
 
なんで 韓国ドラマにハマった・・かというと
劇中の何気ない俳優達のセリフが 時として
グググ・・・と迫り 感動させられるからだ 

あるドラマを見ていた時・・・

久しく親を訪ねていなかった息子が
手みあげもなく 突然 親を訪ねた

『何も持ってこなくて・・』と言うと
老いた男親が言う 『子供は見ているだけで笑えるものだ』

たった一言の 何気ないこの言葉が心に残った

韓国ドラマって どんなドラマにも
1つや2つ 感動するセリフがあるのである

日本では 決して言わないであろうと思う
言葉の言い回しや表現が あったりする

『私は王である!』も 最後 人が変わった皇太子が
居並ぶ重臣や父王の前で 大演説するシーンがあるが
これがハングルを発明した 韓国の偉大な【世宗】の誕生である

帰り ひとりで 早めの夕食を取った
休日にパン好きな息子とよく来た 三宮のパン屋さん

pann

ここは気楽に ひとりができる
ベーカリーカフェ である

ゴールデンウィークの1日 息子と

5月5日 日曜日

先月28日に福山へ行ったばかりだが
今日はtantanひとりで 新幹線に乗って
福山の息子んちへ出かける

tantanの会社は3日から6日まで連休を取った
主人はいつもの如く 『忙しい 忙しい』と
仕事に追われているので 連休後半の二日間を利用して
息子のところへ行く事にした 新幹線は連休中割増料金であるが
ひとりで休日を過ごすのって信じられへん!

息子は友人宅で3.4日お泊りしているらしく
『3・4日は来たらあかんデ』 と釘を差されていたので
5・6日 行く事にした 
尾道観光・・・というエサを下げて
4日朝の【ひかり】に乗った

福山で友人宅から直行してきた息子と会った
このまま JRで尾道駅まで行く

流石に電車は連休で混んでいた
尾道はtantanの父親の生まれ故郷で
親戚も多いが 息子は初めての土地だった

尾道といえば 千光寺
レトロバスでロープウエィ乗り場まで行った

P5030005


山頂まで左程 距離はなさそうに見えるし
歩いて上れない距離ではないが
折角 そこにロープウェイがあるのに
乗らないという手は無かろうと
上りだけの片道切符を買う



P5030006P5030007





下りの狭い坂道で猫に出会った
頭や背中を撫でても 逃げもしないで
転寝を決め込んでいる 人馴れした観光地の猫である

商店街でリノベ喫茶に寄る
アルマイトの食器でケーキが出た

P5030009P5030010









海沿いに歩いて【ちりめん】をお土産に買った
ここでは炊き立てのごはんが出て
すべての品種を試食できる

今日は祝日で鯛めしも付いて来た
得した気分になって しこたま買い込んだ
商売上手・・・に填まってもうた〜!

尾道は大きな町でもなく 息子は寺社も興味は無く
夕刻前には 福山駅に帰り着いた

今夜は1日息子のところへ泊まる

大阪へ行って・・こんなん出来ました!

5月3日は 大阪へ出た
以前tantanの会社でPCのアルバイトをしてくれてた
プログラマーの女性と出かけて行ったわけである

年は親子以上に離れているが
何かと気があって 今も交流がある

本来 彼女は東京勤務なのだが 今は神戸にいる
これ幸いと 何日か前にも神戸ハーバーランドの
阪急後にオープンした『umie』へ行ったのであるが
これがまた楽しかったわけで
次回は『大阪へ行かへん?』という事になったのである

開業したばかりの商業施設【グランフロント】は避けて
同じ趣味を持つ関係で ビーズやクラフトのお店を回った

大阪駅周辺は 混雑を極めていたが新快速も往復で座れたし
買い物やお茶や食事も 難なく済ませて
自宅に帰り着いたのが 午後9時過ぎだった
ホント よく歩いたワ〜

雑貨や手芸や文房具店などを回っていたら
ある文房具店で 24分の一スケールの
ペーパークラフトを見つけた

クラフトキット





ウもスも無くそのシリーズの一つを買って
『はい 製作してね!』・・・って
プログラマーちゃんに渡す

なんやのん!自分で作るンちゃんの?! 
という顔していたが そんな事・・・お構いなしである

押し付けられたも同然なのに 1日してメールが来た
『できました!1時間30分もかかりました』

流石ですねェ!今度会う時 実物持ってきてヨ
ブログで紹介するからね って返信した

これは引き出しもチャンと開くようになった
昔の足踏み式のミシンである

そういえば 食玩の隆盛時代にグリコから出た
【懐かしの昭和シリーズ】に
同じようなミシンがあったっけ・・・

いろんなミニチュアや情景をいっぱい製作したナァ・・・あの頃

息子もいなくなった事だし そろそろこの辺りで
フンギリ付けて 前進するかなぁ

いきなりドールハウスっていうと気が重いけれど
息子が大学の教材で使った 皮革の残りもたくさん保存しているし
確か 皮用キットもたくさん買い込んでたワ!

って事で・・・作ってみました
革製アクセサリーの鞄と靴(鞄はオリジナル)

革アクセ2



これをきっかけにドバーッ!って
製作意欲に火が付いたりして

な、事はないか・・・

福山市 鞆の浦

4月28日 日曜日

今日は 忙しい 忙しい・・が口癖の
主人をやっとの思いで動かして
息子のところへ行って来た

そうでもしないと 多分このまま
1年でも2年でも会わないだろうと思う

一ヶ月に1度は このようにして
無理矢理 連れ出そうと思っている

連休にしては 山陽自動車道もスムースで渋滞はなかったが
福山西から東の区間で事故が発生 渋滞が伸びる寸前で
福山東インターを出た

折角行くのだからと 尾道観光を予定していたが
この渋滞で 一般道路でいける近場の鞆の浦に変更した

息子と合流して鞆の浦へ行く

ここは以前息子の就職先が内定した時
息子の第二の故郷となるだろう所が
どのような所か下見に来た時
一度来ているので まるで知らない土地ではない

なので 今回は『るるぶ』を買って
入念に下調べをして来たが
肝心の『るるぶ』を神戸に忘れて来た

ここがネ 鯛飯が美味しいと評判の店、のような気がする  多分・・・
ここからネ 復元した昔の船が出る、のような気がする  多分・・・

穴が開く程 『るるぶ』を見て奮闘したtantan
その割には ヌケていて頼りないけど 
鞆の浦3

鞆の浦1







息子と主人を導いて 町を巡る お天気もよくて 春うらら
久しぶりの 家族旅行の真似ができた

ホラ!来て良かったでしょ〜が!?
仕事人間など もう捨てて 一緒に老後を
楽しもうではありませんか? 亭主ドン

写真は 対潮楼(福禅寺)座敷の
望遠鏡から見た仙酔島と復元いろは丸からの仙酔島遠景鞆の浦4鞆の浦2










これから こんなふうに一ヶ月に1度くらいは来ようよ ね?
日帰りでいいから アイコチ 行きたいのよね tantanは
鞆の浦5 

仙酔島の五色岩
(太古の溶岩が地表に現れたもの)

アーちゃん再び診察

4月13日

会社終業時間の間際に携帯電話がなった
アーちゃんの施設からだった

アーちゃんがベッドから落ちたようで 頭を下にして
『ちょっとグッタリしているので病院へ行かれます?』
みたく 状況のわからないtantanに打診してきた

落ちた時の様子を聞いても 介護人が巡回した時
既に落ちた後だったので良くわからないと言う
何となく 落ちたと言うより ずり落ちた雰囲気だそうで
緊急性は無い様に思って電話しているとの事だった

そんな報告をされて【様子見して下さい】とは言えない状況
判断しかねるので 『行くっきゃないでしょ?』

『じゃ どこの病院を希望されます?』・・・って
つい最近大腿骨の手術をした 明石市民病院に決まっている
じゃないですか・・・

連絡してもらうと 本日救急外来が混んでいるので
午後8時40分の診察予約です という事になった

今から電車とバスで行ったら丁度 tantanも
それくらいになるので 都合が良い

時間通り 車椅子に固定されたアーちゃんが
施設の車でやって来たが案外元気だ
これだったら来なくても良かったかな・・と思うが
先日手術したばかりの大腿骨が
もしも ズレていたら厄介な事になるし

『痛いか?』 と聞いても
いつも『否や』と返答するアーちゃんだから
診察は受けておく事に 越した事はないのである

レントゲンと頭のCTを受けて 先生から説明を受けたが
別段 これといって今は症状がでているわけではないが
1日注意して見守っていて欲しい という見解だった

高齢者は 突然様態が変化する
今年になってアーちゃんの施設でも
夕食を普通に食べ いつもどおり就寝したが
翌早朝 何度目かの巡回時
既に 行き途絶えていた入所者がある

ある日の日曜日 元気に昼食を取っていた人を見かけたが
その後 肺炎で入院 1度は施設に帰って来れたが
再度の入院で他界された入居者

これも今年になってからの事である

そんなこんなで 用心に越した事はない
何も異常なくて良かったネ アーちゃん
アーちゃんを乗せた介護車は 静かに病院を去って行った

時刻は午後10時を とうに回っていた
バスがあるかどうかもわからないので
明石駅まで歩いた ここまでくれば
後は帰宅するのは楽勝だが

食事を取るの・・・忘れていたわ

最後の晩餐は『焼肉定食』

3月27日

とうとう この日がやって来た
今日は息子を主人の車で福山へ送っていく日である

朝からお天気が悪かったが
備前のサービスエリアでは大雨になり
tantanの心も より一層重たくなった

父親と息子は 至って呑気なもので
サービスエリアのテントで出店していた
アウトレットジーンズを物色している
まるで物見遊山な その姿に
『人の気持ちも知らないで』
と腹を立てていると 主人は
雨の中で試着して 1着のジーンズを買った

男親ってこんなものだろうなぁ・・・

昔 友人の結婚式で 結婚して直ぐに
遠くへ行ってしまう花嫁の母親が
泣き崩れるように 大泣きしているのを見て
『なんでなん?』 と思ったが
理解できますワ 今なら充分に

今回 主人は息子の3DKハイツを初めて見たのだが
テレビのBS設定をしてやりながら キョロキョロ
部屋を見回して 『ここエエトコやなぁ・・』
などと 言っている

何から何まで新品の息子のハイツは
可愛い小さな食器棚もあって
新婚家庭のようである

パイプハンガーの組み立てなど 生活基盤を整えて夕刻
『最後の晩餐』 は近くのお店の焼肉定食

息子をハイツまで送り いよいよ帰る時となった
『ほんじゃ・・・また来るわ』 心がザワザワ騒いで
これ以上の 別れの言葉は言えなかった

昔 親戚のおっちゃんやおばちゃんや従姉妹たちが
遠路訪ね来ての別れ際 寂しくてワンワン泣いた

子供の頃のように 心から大泣きできたら
どれだけ気持ちが楽になるだろう

そう思いながら 大海に息子を送り出す
余裕のある母親の態度を 最後まで装いながら
夕暮れの彼方に沈む 息子のハイツを
いつまでもバックミラーで追っていた

息子が去る日

2月28日

アーちゃんの退院がバタバタ決まり
息子の住居もバタバタ決まり
後は【春を待つ】のみとなった

次は 息子の家具や電化製品を買わなければいけない
今 神戸で使用の物品を引越センターに頼むと
ほんの少しの荷物なのに 最低でも10万円掛かる
という見積りだった なら新しく電化製品を買った方が安い

最近 大型電気店は全国規模になっているから
送料も全国無料である物が多いのである

tantanが勝手に 一揃買い物リストを作ったら
息子はその中から 掃除機を除外した
ハナから掃除する気がない息子は
『ひとりやから汚れヘン!』 と抜かした

どうにか 洗濯はする気らしく
電気洗濯機は 辛うじてリストに残った

これらを3月10日に入れてもらう段取りを組んだ
衣服だけは神戸から荷作りして送るが これが意外と多い

3月10日に 息子と二人で行って
ライフラインの開栓や雑貨小物を揃える事にした

最終は3月27日に車で行く
この日は 家から持ち出す唯一の家具である
テレビを積んで 主人と息子の3人で行くのだが
その日の夕方 息子をおいて帰神してくる予定

今から別れの日の事を思うと 寂しさで胸がつまりそうで
閉所恐怖症と同じ発作が起きそうになる

こんなんで ホンマにtantan 大丈夫なんかいな!!
それって自分でも 大袈裟やろ〜が! と思うが
その日から息子がいない・・と思うと
どうしようもない感覚に襲われる

tantanはもともと一人で行動するのが大好きだった
何をするにも 何処へ行くにもひとりが良かったのに
今のこの変わりようと言ったら・・・信じられヘン!

『亭主がいるやろ! これからは夫婦の時代やデ』
とは友人の言葉だが 『主人は主人 息子は違うネン』
とtantanは思っている

息子と福山へ

新幹線で西明石から福山へ出かける
地元不動産屋の営業マンが駅前で待っていてくれた

1週間ほど前 予め 目をつけていた物件が
あっさり別人で決まってしまった事に恐れをなした息子は
tantanに早い広島行きを強く希望した

なら自分ひとりで決めてきたらエエ!と思うが

生まれて初めての独居 まるで不慣れで
何をどういうふうに決めたらいいのか
自分ひとりではオロがくる と言う事で
今回もtantanが借り出された

福塩線の上戸出駅近くに息子の行く会社がある
会社から歩ける所に住まいたい という息子の要望は

その上に【安くて 広くて 便利】でが付くので
余計に面倒である

3物件を見るが やはり最後に見た2階建ハイツ
2階の端部屋3DKに決定した 古い物件だが
会社から徒歩15分以内で スーパーやホームセンター
量販店薬局や外食店舗すべてが10分の徒歩圏内
そのわりにはとても静かな所だった

エアコン・給湯付で家賃は4.3万円である
家賃 立地条件 環境 ・・・
息子にとってはこれ以上に無い申し分なき物件
に見えたらしい

設備や外観は申し分のない
最新の1DKを選ばなかった息子
家賃は 決めたハイツと同じ4・3万円なのであるが
会社へはバス利用となる

3DK・・・マァ これで良かったのではないかい?

tantanの居場所がここにもありそうで・・・
そう思ったが 息子には言わなかった

契約を済ませた不動産屋担当営業マンが
福山駅まで車で送ってくれたが
余裕で時間があったので 駅周辺のデパートや
ショッピングモールに行った

息子は面接や内定式で何度も来ていて
福山市内を熟知していて 既に友人もできていた

そんな息子は一刻も早く 福山へ赴任したいように言うが
そのたびに 複雑な心境のtantanだった

アーちゃんの退院 あっさり決定

平成25年2月10日

tantanの申し知れで 今日
外来にて アーちゃんの退院について
地域医療科の部長さんと施設のケアマネとtantanで
担当医に話を聞く事になっていた

目的は カラ回りする話の筋道を通す事にあった

時間が来て診察室へ入ると 担当の先生からtantanに
一言 『やっぱり アカンかったな リハビリ』

少しでも歩けるようにしてやりたいと思っていたけど・・・
というような意外な言葉が出た
初めからそういう事になってたのと違うの?

話の筋が見えたような気がする

先生は勘違いしていたのだ
入院当初から歩けないアーちゃんを
術後リハビリに回したのである

リハビリ科はそれによって
スケジュールを組んでいた
コレに基づいて地域医療科が動く
施設に伝える 『退院許可は出ていません』と

この時 地域医療科は担当医に
『間違っていませんか?』と言う事を
単刀直入に言えなかったのである

だから 『家族さんが希望している』
などと言い訳しなければならなくなった

希望も何もtantanはない アーちゃんの回復を望み
毎日少しでも時間を割いて 来院しているのであるが
tantanの年齢で フルタイムの仕事を抱えているなど
周囲の誰もが 思っていなかった様子

悠々自適に病室へ通い 楽しげに
アーちゃんと向かい合っているのだろう・・・
と周囲は思っていたみたいで
    
『ご家族さんは 決して退院を希望されていません・・・』
と言うような声が上がった感じ

何はともあれ 先生の勘違い 退院は即日決定
2月12日に退院することに あっさり決まった
こんにちわtantanです
兵庫県空模様
行ってきました〜
本ブログパーツの提供を終了しました
tantan'aqua
楽天市場
livedoor × FLO:Q
携帯コード
QRコード
タグクラウド
  • ライブドアブログ