2005年05月18日

太っちょのオバサマのために

この前の日曜をもって、「引きこもり」生活も終わりです。

なんとなく、サリンジャーの『フラニーとゾーイー』を読んでみる。

前に読んだときよりも、断然面白く感じる。
俗物たち(自分も含めて)の自意識過剰と自己顕示に溢れた世の中に対して嫌悪感をあらわにするフラニー。
そんな妹に優しく、厳しく諭していく兄のゾーイー。
二人をはじめとして、それぞれの人の間のやりとりが非常に示唆に富み、一気に読んでしまう。

真摯に生きようとすればするほど、フラニーのように(あるいは『ライ麦畑』のホールデン・コールフィールドのように)嫌悪感と絶望感にさいなまれてしまう。
そこに目をつぶるのではなく、それでも矜持を持って生きることを説得しようとするゾーイーの努力は、自らが過去に同じ経験を経ているだけに、極めて真剣である。

そして、それはゾーイーが思い出として語る「太っちょのオバサマ」の逸話に集約される。

「あれはたしか、ぼくが『これは神童』[TV番組]に出てから五度目ぐらいのときだと思うけどね。…これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いてゆけと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな低脳だ、アナウンサーも低脳だし、スポンサーも低脳だ、だからそんなののために靴を磨くことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。どっちみち、あそこに坐ってるんだから、靴なんかみんなから見えやしないってね。シーモアは、とにかく磨いてゆけって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いてゆけって言うんだよ。…それからあと放送に出るときには、いつもぼくは『太っちょのオバサマ』のために靴を磨くことにしたんだ…。『太っちょのオバサマ』の姿が、実にくっきりと、ぼくの頭の中に出来上がってしまったんだ。彼女は一日じゅうヴェランダに坐って、朝から夜まで全開にしたラジオをかけっぱなしにしたまんま、蠅を叩いたりしてるんだ。…とにかく、シーモアが、出演するぼくに靴を磨かせたがったわけが、はっきりしたような気がしたのさ。よく納得がいったんだ」(新潮文庫版227〜8ページ)


低脳な俗物ばかりに囲まれているなら、逆に、考え得る限り最大限に形而下的な「太っちょのオバサマ」を想定し、彼女のために自分を「きちんと」すること。
なんか、妙に説得力を感じてしまった。


フラニーとゾーイー


tantot at 00:26コメント(10)トラックバック(0)book  

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コメント一覧

1. Posted by 眠い@よ   2005年05月18日 12:12
ちょっとマックス・ウェーバーを思い出してしまう話だよね。
さすが西洋人というべきか。。。
こういうのって「プロ」ってなーに?ってとこで考える事多いです。
で、大塚愛とかそういう人かなあ、と思うわけです。
2. Posted by tantot   2005年05月18日 22:58
大塚愛は間違いなくプロですねえ。前に「僕らの音楽」のゲストに出ていたのを見たときに実感しました。

一方でゾーイーがフラニーに、「俳優は観客のためなどではなく、自分のために演じなければいけない」ということを言っているくだりもあったりします。
そして、最後には「太っちょのオバサマ」とはすなわちイエスにほかならない、とも言っています(ここが最後のキモ)。

いろいろ考えさせられますね。職業、というだけでなく、生き方における「プロ」ということにつながるのかもしれません。
3. Posted by 眠い@よ   2005年05月19日 14:08
すごく分かる話だ。
たとえば女性ボーカルの方がそういう傾向強いかも。
観客に訴える、ではなく自分のために「音楽の神様にその身を捧げ尽して少しの悔いもない」というような姿勢こそが、本当に観客に訴えるし奇跡を生む。

私がトーキングヘッズ(デビッド・バーン)を、最高に好きな理由の一つがそこにあります。
4. Posted by tantot   2005年05月20日 12:34
あんまり音楽関係はわからないのですが。。。でも確かにわかりますね、そういう姿勢は。「顧客満足」を言ってるだけじゃダメなのよ、といってしまえば、どんな仕事にも通じそうです。

まぁ少しだけ補足しておくと、『フラニーとゾーイー』の場合は、徹底した絶望に根ざしているというところがあるので、「観客に訴えかけよう」なんて前向きな姿勢じゃないんですが。むしろ、観客の前で演じることそれ自体の虚栄的態度に嫌気がさすフラニーに、「それこそ傲慢な態度である」とゾーイーが言うわけです。そんなことを考える「資格」は俳優にはない、と。
なんか、プロテスタントの「天職」観っぽいものを感じてきました。
5. Posted by こっぱ   2005年05月20日 18:28
おいおい、そこの二人。
知識で競い合わないの。
 
あたしなんて、ゾーイーっつったらセサミストリートのゾーイしか思い浮かばんわ!!
どうだ!ゾーイ知らないだろ!エルモのガールフレンドなんだぞー!
日本版には出てこないんだぞー!!
6. Posted by 眠い@よ   2005年05月20日 20:13
おー、ィエルモねーさん登場!
言っとくけど、セサミで眠い@よに勝てると思うなよー。
こちとら、アメリカ200周年の頃に本場で見てたんだからねー。
カウント伯爵の真似させたら私の右に出るもの無し。
7. Posted by tantot   2005年05月21日 00:54
>こっぱ(ィエルモ)どの
いらっさい。そちらのブログもいつも拝見しちょりますよ、へへ。

僕、セサミストリートってあんま馴染みがないのよね。多分英語ばっかで意味がわからないから好きじゃなかったんだと思う。まぁそれなりに見てはいたけど。
ていうか、そっちのゾーイはオンナノコなのね。なんだか不思議。
カウント伯爵って人も知らないので、今度横川さんに真似してもらいたいと思いました。
8. Posted by こっぱ   2005年05月25日 19:51
書き逃げして久々にのぞいたら・・・
カウント伯爵の文字が!!
むー眠い@よ氏、なかなかのツワモノ。
tantot氏のために書いておくと、
カウント伯爵は名のとおり、
数えるのが好きな伯爵です。
ちなみに「伯爵=count」でシャレになっているというトリビアも。

ジム・ヘンソンものはいいっすよねー
フラグル・ロック、再放送してほしい。
もう1トリビア。
カーミットはオクスフォード大学で講演したことがある。
へーへーへー。
9. Posted by 眠い@よ   2005年05月27日 20:15
>カーミットはオクスフォード大学で講演したことがある。
>へーへーへー。

かくて、こっぱは謎を残して去りぬ。
(ランナーズハイ?)
10. Posted by tantot   2005年05月27日 23:48
もう、意味がわかんなーい(T_T)

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