2004年05月30日

ジョゼと虎と魚たち

ea92a9b7.jpg「ジョゼと虎と魚たち」を観た。
いい映画。

障害を持った相手といかに付き合っていくか、同情から始まる恋愛というのはあり得るのか、そんなある意味で特殊な問題とは違う、もっと難しく、しかし普遍的な問いを、この映画は孕んでいたと思う。

それがなんだかわからなくて、とりあえずサガンに手を伸ばしてみた。
「ジョゼ」の名前の由来となっている、フランソワーズ・サガンの『一年ののち』。映画の中でも、重要なモチーフとなっている。

映画の中で朗読される、小説の末尾の一節。
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"いつか貴女はあの男を愛さなくなるだろう"とベルナールは静かに言った、"そして、いつか僕もまた貴女を愛さなくなるだろう。
 我々はまたもや孤独になる、それでも同じことなのだ。其処に、また流れ去った一年の月日があるだけなのだ……"
"えゝ、解ってるわ"とジョゼが言った。
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もう少し、引用を続けよう。

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それからかの女は、陰影の中でベルナールの手を取ると、かれの方に眼を上げずに、一瞬、その手を強く握った。
"ジョゼ"とベルナールが言った、"それは不可能だ。我々一体みんな何をしたっていうんだ……何が起ったんだ? 一体これはみなどういう意味なのだろう?"
"『そんな風に考え始めてはいけない』"とかの女は優しく言った、"『そんなことをしたら気違いになってしまう……』"
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『一年ののち』は言ってしまえば、パリの社交界で「数人の男女が入れ混って、くっついたり離れたりする」話なのだが、そこには、そうした人間の所業の虚しさと美しさを見据える、透徹した視点が存在している。
上に引用した小説の締めの箇所では、ベルナールとジョゼという、互いに惹かれ合いながらも愛し合うことのない男女の会話の中に、そうした視点をとることへの誘惑とその危険とがともに語られているのである。


「ジョゼと虎と魚たち」は、なぜ「ジョゼ」なのか。それを考えると、この映画を新しい視点で見ることができるかもしれない。

『一年ののち』のジョゼは、ジャックという若くて粗野な男性と愛人関係にあるのだが、ベルナールが言うように、それは「いつか愛さなくなる」関係だ。
それをジョゼは充分に理解しつつ、それでもジャックとの今を楽しんでいる。

映画の中の「ジョゼ」もだから、恒夫とのあまりに幸福な日々を生きながら、それが「いつか愛さなくなる」関係だとわかっていたに違いない。その未来に目をつぶるのではなく、それを解りながら、今を楽しむこと。それがジョゼが選んだ道だった。

「おさかなの館」で「世の中で一番エッチなこと」をした後のジョゼの独白が、そうしたジョゼの「選択」を見事に語っている。
恒夫と会う前にジョゼのいた「真っ暗な世界」。
「暗い海の底から、あんたと、世の中で一番エッチなことをするために、やってきた。
 いつかあんたがいなくなったとしても、もうその真っ暗な世界には帰れない」

「明るい」世界に来ることは、それと同時に、失うことの寂しさ、独りになることの寂しさを知ってしまうこと。
真っ暗な世界は、それはそれで居心地がよかったのに。
それでも、ジョゼは真っ暗な世界を捨てることを選んだ。
それは、つまり、生きるということ。

誰だったか、生きるというのは、生まれてから死ぬまでの緩慢な持続ではなく、ある一瞬の、神々しいまでの輝きの瞬間なのだということを言った人がいた気がする。

ジョゼにとって、恒夫と「世界で一番エッチなこと」をしている(いや、別に浜辺で楽しく遊んでいるときでもいいのだが)今このときが、その「生きる」瞬間だったのだろう。

その瞬間を生きたこと、それは何も残りの人生を単なる「余生」にすることではなく、むしろ全く正反対に、彼女の人生の全てに意味を与えることなのだ。

だから、映画のラストシーンで、独り魚を焼き、買い物をするジョゼの姿は、あれほどまでに堂々としていて、美しいのである!



「ジョゼと虎と魚たち」公式サイト

サガン『一年ののち』




それにしても、恥ずかしくなるくらいあっけらかんとした「濡れ場」の多い映画でした。

なんというか、あまりに等身大でリアルなんだよね。その表情とか、仕草とかが。
けっこう映画のベッドシーンって、男女が獣のように求め合う、みたいのが多いと思うんですが、この映画の場合、そんな「演技感」がなくて、本当に幸せそうなベッドシーンなんだわ。完敗です。

tantot at 01:45コメント(3)トラックバック(0)movie/play  

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コメント一覧

1. Posted by かおりんご。   2004年06月02日 00:10
やほー。ワタシもコレ観ましたよー。
「ジョゼ〜」かぁ・・・。私はね、観終わってから今まで正直この映画キライだったんだ。コレを観る前に「解夏」を観たってことも影響してるんだろうけど、なんか前向きなのか後ろ向きなのか分からなくて。
でも、たんたんのコメント読んで、なるほどなぁと思ったよ。
サガン読んで、今度もう一回観てみようかな。
あとさ、このお話ってちょっとだけ「人魚姫」に似てるよね。ま、ジョゼは人魚姫みたいに心が砕けて泡なんかになっちゃわないけどね!

でもってワタシもブログ始めたのでヒマなとき来てみてください(^0^) でわね☆
2. Posted by tantot   2004年06月02日 13:00
カキコサンクス。
俺も見終わった直後は、なんともよくわからない「観後感」だったなぁ。
最後のジョゼの場面の意味づけも難しかったんだけど、サガンを読んで、自分なりに落ち着けた感じ。
それで思い起こしてみると、なんとも「いい映画」じゃないか、とね。
多分、人によって見方は違うと思うから、かおりんごさんももしサガン読んだらご報告のほどを。

人魚姫、っぽさは確かにあるなぁ。おさかなはそのモチーフかもね。
それにひきつけて考えるなら、ジョゼは「人間になれた」んじゃないかな?


ついにおぬしもブログに手を出したか。書き込んでおくぜ♪
3. Posted by キャンキャン   2011年02月08日 21:30
はじめまして。

ジョゼの映画を観た後、いろいろ調べてたらここにたどり着きました。

ジョゼいい映画でしたね。観終わった後、いろいろなことを考えさえられ、一緒に観てた友達といろいろ話しました。

ハッピーエンドで終わって欲しかった、という友達もいましたが、僕はあの終わり方がしっくり来ています。
あと、個人的にはベッドシーンの池脇千鶴のかわいさにテンションが上がり、「むっちゃ彼女欲しい!」ってなりました(笑)

この記事を読んで、興味が湧いたのでサガンの『一年ののち』も読んでみようと思います。ありがとうございました。

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