「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
 言わずと知れた、夏目漱石「草枕」の冒頭です。

 人の世で生きるのは一苦労です。
 何をするにも人にどう思われるかが気になる。腹が立っても妙な配慮が働いて訴えることができない。言ったら言ったで敵を作ってしまう。何でこんなことをしなければならないのか。何で人は分かってくれないのか。何で自分だけこんな目に遭うのか。学校でも職場でも家庭でも、憤りながらも身を粉にせざるを得ない。だから、ついふて寝をしてしまう。お酒を飲んでしまう。ゲームをしてしまう。そうやって怠惰に暮らす自分にまた腹が立つ…。
 そんなお話をたくさんお聴きします。
 仏教では「生老病死」を「四苦」と言いますが、真っ先に来るのは「生きる」苦しみなんですよね。

 私も教員時代は、いろんな葛藤がありました。一緒にはやりにくい人もいたし、納得できないこともたくさんありました。際限のない仕事量も辛かった。
 心のことを勉強していたので、生徒や保護者の方の悩みを聴く係でしたが、生徒指導や体育会系の先生方からはうっとうしがられたものです。私の心の発達もデコボコだったので、うまく対応することができず、ずいぶん嫌味な人に見られていたと思います。
 傷ついたり、腹が立ったり、情けなかったり、しょっちゅうグチャグチャになりました。

 でも、逃げはしなかったという自負があります。一つ一つの困難にどう対処したらいいか、いつも自分の課題として受け止めました。まず自分の気持ちをしっかり確かめ、どう振舞ったらウインーウインの関係の中で自分のしたいことができるのかを探りました。
 だんだんと、言いたいことが言えるようになり、相手を尊重しながら程よい距離を保つことができるようになり、交渉することが怖くなくなりました。やりたいように仕事もできるようになり、教員生活の最後は、組織の中で役に立てるという自信もつきました。
 
 早期退職して、今はこうやってTAOやほかの心理関係のお世話をしていますが、何一つ嫌な仕事はないし、毎日は楽しくハレバレです。 
 でも、これまでの過程を振りかえると、やっぱり苦しかった! この先あと何十年もあるかと思うと、正直ため息が出ます。人生いつ何時何があるか分からない。「老病死」の苦しみだって避けられません。
 
 考えるのも面倒くさいことをたくさん抱えたクライエントさんと、毎日お話をしています。一緒にため息をつきながら、逃げても問題を先送りにしてますますドツボにはまるだけ。今しっかり取り組んでおくと、きっと老後が違ってくるよね、と話しながら頑張っています。すると、不思議なことに、ふと抜けて身軽さを感じる時が来るようです。
 
 生きるのは苦しい。死ぬまで苦しい。
 でも、毎朝ラジオ体操をしながら空を仰ぎ、朝ごはんをおいしく食べられ、夜はいつのまにか懐にねこたちがいるという幸せをかみしめながら、これからも毎日を丁寧に過ごして、生き切りたいと思います。最期、いい人生だった、と思えるように。

                           心理面接室TAO 藤坂圭子
                           HP:http://tao-okayama.com           



  

 去る11月2日、「心理面接室TAO~『私』の人生を生きる~」は、おかげさまで3周年を迎えることができました。
 たった一人でやっている小さなカウンセリングルームですが、日々いろんな人々においでいただき、大切にしていただいているなあとしみじみ感じます。みなさま、本当にありがとうございます。 

 開室から3年経って、お聴きするお悩みも多様になってきました。
 ・漠然とした不安や自己嫌悪を拭えず、生きづらい
 ・対人関係が苦手で人の中に入れない
 ・親子関係・家族関係のしがらみの中で悶えている 
 ・過去のトラウマが疼く
 ・うつ・解離性障害・強迫性障害、パニック障害・依存症などの精神症状
 ・子育ての悩み
 ・不登校・引きこもりや発達障害、支えるご家族の苦しみ
 ・自死遺族の方の苦しみ
 ・職場での不適応や転職のご相談
 ・夫婦関係の見直し
 ・人生これでいいのかをじっくり見つめたい 
 ・相談に携わる方のスーパーヴィジョン      ・・・etc.
 年齢は10代から60代まで。個人でいらっしゃる方がほとんどですが、親子やご夫婦で来談されるケースもあります。

 TAO開室前も学校等でたくさんのお話をうかがってきましたが、開業カウンセリングではさらに腰を据えて、深く細やかにその方の人生にお付き合いすることができます。私も学ばせていただくことや考えさせられることが増えました。 

 生きづらさはほとんどの場合、育った環境ー親子関係に影響されていて、根底には「愛着障害」があるようです。家の中に温かい情緒が通わないと「心」は育ちにくいです。ちぐはぐなコミュニケーション、一方的な価値観の押し付け、虐待的な言動が蔓延する家の中で、怯えを抱えたままどう生きていいか分からなくなっている方が、何と多いこと。外からはごく普通に見える家庭の中で、実は頻繁に起こっていることです。

 しかし、誰かが悪者というのではありません。日本はもともと「個」を尊重する文化風土ではないので、真の「思いやり」はなかなか定着しないのでしょう(「おもてなし」はできますが)。家族も社会もこんなもの、と育った世代には、「空気」を読むことが一番で、集団主義や根性論がもてはやされたのも分かります。
 でも今は、そうして「空気」を読んで人に合わせて生きていても、守ってくれる「ムラ」があるわけではないので、多くの人が生きる指針を見失ったまま放り出されているように思えます。

 そんな苦しさにも真正面から向き合おうと、TAOに通って来てくださる方々には本当に頭が下がります。やはり、「空気」や「世間」の呪縛からの開放、「世代間連鎖」からの脱却がテーマになることは多いです。また、自分自身への赦し、「わがままー我が儘」になること、好意を受け取ること、時間やお金を豊かに使うこと、などなど。
 泣き笑いをともにしながら、クライエントさんが苦しみの背景を紐解き、自分ならではの生き方を見つけて楽になっていかれるのは、私にとってもこの上ない幸せです。

 ありがたいことに忙しくなって、なかなかブログの更新ができず、今回は1ヶ月以上も空いてしまいました。でも、またTAOでの気づきを頑張って発信していきたいと思います(しょうもない話もありますが…)。この不安定・不確実な時代での幸せの築き方、「『私』の人生を生きる」ことを、ご一緒に地道に探っていきましょう。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

                          心理面接室TAO 藤坂圭子
                          HP:http://tao-okayama.com
 

 前回「ロジャーズの3条件」のうち、①「純粋性」(genuineness,congruence)を端折りましたが、やはりおさまりが悪い気がして、ちょっと難しいですがご紹介したいと思います。

 「純粋性」はよく「自己一致」とも訳され、相手に対して思ったことを正直に伝えること、「自己開示」することという風に解釈されるのですが、厳密には違います。「自己概念」と「経験」が一致していることを言います。
 「自己概念」は、自分はこんな人とか、自分は今こんな気持ちだと意識している、自分に対するイメージのこと。
 「経験」とは、(普通の意味とは全く違って)自分の奥深いところで感じている(ロジャーズは「内臓レベルで」とも言いました)ホンネの部分。
 「自己一致」とは、自分の意識とホンネが一致していること、自分をごまかさないこと。だから、相手に対して自分が一致することではなくて、自分が自分と一致するということなのです。

 例えば、相手に対してイライラしているのに、優しく受け入れているつもりになっていると、それは全くの「不一致」です。イライラしているという「経験」をそのまま自覚し、「自己概念」に組み込むことが「自己一致」。
 でも、カウンセリングに限らず、相手に対してネガティブな感情を抱くのはよくないという思い込みがあるし、波風を立てたくないので、無意識のうちにいい人になろうとして、自分のホンネを置き去りにしがちです。そんな時は何だか白々しくて、自分でも気持ち悪いものです。 
 自分の生活についても、心のどこかでは、何か物足りないとか自分のしたいことではないと勘づいているのに、人生こんなもんだ、自分もこれで十分だと言い聞かせながら過ごしてしまっているとしたら、それも「不一致」。その惰性の毎日も実に辛いものです。
 「自己一致」すること、「純粋」であることは難しいです。自分のホンネに気づいてしまうと、現実的には不都合がいっぱい起こるので。ホンネを受け入れてしまったら、じゃあ次はどうしたらいいんだ!?となります。
 
 それでも、そのホンネを土台にしてこそ、納得のいく人間関係や人生があります。
 例えば、ある人に対するイライラを受け入れながら、それを相手にぶつけるという選択肢もあれば、いろいろ考えて表明せずに付き合うという選択肢もあります。自分が腹の底で納得して進むことなら、それはそれで「自己一致」です。
 カウンセリングの「自己一致」も、瞬間瞬間、自分が自分と一致することが大前提(私の場合は、一致していないとお腹か腕のあたりがザワザワします)。そして、必要ならば相手に「自己開示」するということなのです。
 いつもいつもバカ正直に体当たりしていては、何事もうまくいきませんものね。

 大切なのは、自分のホンネを大切にして、自分の主体性で動くこと。自分に向き合い、考え抜く姿勢が必要です。辛抱も勇気もいるでしょう。でも、そうでないと自分に対しても人に対しても、ウソをついて生きることになり、どこか空っぽ感をぬぐえません。
 「ロジャーズの3条件」ー「純粋性」「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」は、人が人とつながり、心豊かに生きていくための大きな指標となります。そうやって自己実現を果たすことを、「自己概念の再体制化」と言います。
 ロジャーズ自身、壮絶にそれを貫いて生きた人でした。
*「カール・ロジャーズ入門ー自分が自分になるということ」(諸富祥彦・コスモスライブラリー)-お勧めです。



                           心理面接室TAO 藤坂圭子
                           HP:http://tao-okayama.com 

↑このページのトップヘ