今週日曜日は母の日でした。
 生んでくれ育ててくれた母親に感謝したいところだけれど、どうしても母親を許せないという中高年の方がたくさんいらっしゃいます。
 思春期の頃に「くそばばあ!」と吐き捨ててプチ家出でもできていたら、「あのころはお互いに大変だったけど…」と、今は笑い話にできるのかもしれません。
 けれど、その頃は特に母親のことなど意識せず、学生時代も無難に乗り切り、でも年齢を重ねるにつれて何だか生きるのが苦しくなり、どうしてこんなに息苦しいんだろうと問い続けて、はたと「母親だった」と気づくのです。
 「父親だった」ということもありますが、圧倒的に「母親だった」が多い、または強いです。

 小さいころから、「~しなさい」「~してはダメ」と支配され、人の目を気にすることを強いられ、自分を大切にすることなんてまったく教えてもらえなかった。あらゆることにおいて先回りしてお膳立てされ、自分の思うようにはさせてもらえず、いまだに子ども扱いをやめてもらえない。ちょっと反抗すると、「私がこれだけしてあげているのに」「どうして私が悪者にならなきゃいけないの?」と逆ギレされる…、などという話がヤマほどです。
 親が若ければともかく、もう高齢になった親をそう邪険にもできない。でも、私の人格を認めず、私の人生を奪った母親を、どうしても許すことはできない。
 切実な叫びです。

 母親にしてみれば、子どもは十月十日は自分のお腹の中にいて、間違いなく「自分の一部」だったわけで、分娩後も「子どもは自分のもの」という感覚をぬぐえないのは生理的に当然です。
 子どもが女の子の場合はより一体感が強く、母親は支配的になりがち。男の子の場合は、フロイトも言ったように異性愛的な要素も加わるので、過保護になりがちです。母親に取り込まれた男性は心理的に去勢されたようなもので、社会生活がかなり困難になる場合もあります。
 
 昨年6月のこのブログに、「グレートマザー」について書いていますが、「母性」にはポジティブな面とネガティブな面があって、やはりネガティブな面の影響は深刻なものがあります。特に日本においては。(ただし、グレートマザーは母親・女性に限る特性ではなくて、男性の中にもそして社会全体に潜んでいることは忘れてはなりません)
 でも、上記のような有形無形の母親の支配から逃れようとするとき、母親個人への憎しみだけにとらわれていては、傷つけ合って亀裂を深めるばかりです。その背後にある「グレートマザー」なるものの支配力と、それを育んだ日本の風土のことも考える必要があると思っています。

 それに、戦中世代と戦後世代の価値観や人生観のギャップもあります。
 日本の伝統的な社会ではもともと「個」という意識は希薄で、何より「家」を円満に維持することが重要とされました。女性に「自分の人生」なんてありません(実は男性にも)。ただ「家」の犠牲となり、子どもを「家」ひいては「社会」に奉仕する人材に育てることが至上命題でした。でも、それを地道に頑張ってさえいれば、子どもは順調に育ち、「いいところ」に就職し、結婚し、そしてかわいい孫に囲まれてのんびり幸せな老後を送れるはずだと信じていたことでしょう。
 それが、戦後の高度経済成長に伴って核家族化が進み、個性・自由・多様性が尊重される時代に移り、夢はかなわず、子どもになじられ、親世代からしてみれば悲劇です。
 民族の意識はそう簡単に変わるわけではないので、このズレはまだ何代にもわたって続きそうです。

 私たちは難しい時代に生きていると思います。「自立」というのは、親への裏切りでもあるのです。子にとっても親にとっても、お互いに生木を裂かれるように痛く、苦しいことです。
 それでも、私たちはもはや「自分の人生」を生きるしかありません。それを許さなかった親へのわだかまりは根深く刻まれ、簡単には消えません。が、「親の悲しみ」にも思いを致しながら、親と交渉し続け、丁寧に「自分」を作っていかなければなりません。その先に、親子の和解の時は来るし、こうして一人ひとりが真に「自立」していくことで、社会全体が成熟していくのではと思います。

 
                          心理面接室TAO 藤坂圭子
                          HP: http://tao-okayama.com