「この年になって…」という言葉をよく聞きます。
 クライエントさんの中にも、「この年になってまだ親を許せないなんて情けない」「この年になっても自分の中の子どもが癒されていない」「この年になってこんなに自分が思い通りにならないなんて、今まで何をやってたんだろう」などと言われる方がたくさんいらっしゃいます。
 私は、「『この年になって』はないですよ。何事も気付いた時が『時機』ですよ」と、「年齢」に関係なく、クライエントさんの「今」の中にある疼き(うずき)を、一緒に丁寧に見ていくようにしています。
 
 実際、人間の心って、年を重ねたからといって教科書通りには出来上がりませんよね。行ったり来たりしながら、デコボコも残したまま、いびつだけども私たちはそれを抱え、その時その時をがむしゃらに生きています。やり残したこともあるし、古傷が痛むこともあります。このままではいけないなあ、と思いながらも忙しさにかまけて、なかなかゆっくり考えてみようとは思えないものです。

 でも、不思議なもので、ふとそれに取り組んでみようという「時機」が来るようです。そんな時、また不思議なことに、「出会い」があるようです。
 もう限界だーと行き詰ったとき、今まで気づかなかったTAOの看板が目に飛び込んできたとか、大切な人の3回忌には心の整理をしようと思っていたら、ちょうどプラザにTAOの記事が出ていたとか、「いろんな偶然が重なってここに来ました」ということがよくあり、「ご縁ですねえ」などと言いながら、しみじみとカウンセリングが始まります。

 時計のように直線的に進んでいく量的な時間を「クロノス」、時計では測れない内的で質的な時間を「カイロス」と言いますが、現代人はものすごく「クロノス」に縛られています。いついつまでにこれを仕上げなければならない、何歳になったらこれができて当たり前、何事も効率よく時間を無駄にしてはいけない。
 もちろん、現代社会をうまく生きるためには「クロノス」に沿うことも必要ですが、度が過ぎると大切な「カイロス」が置き去りにされて、中身のないカスカスの時間ばかりが過ぎ去ってしまいます。
 「カイロス」は時計的時間の長短とは関係なく、真に「生きている」時間。バタバタしているときほど、「今」自分の中で起こっていることに目を向け、海に錨を下すようにしてそこにとどまり、じっくりと味わう姿勢が大切です。そうするとなぜか「機が熟して」思わぬ変化が起こるものです。これこそ、「タオ」に従うということなのでしょうね。

 私は、このブログを、一応「クロノス」的に1~2週間に一度は更新しようと思っていて、そうすると少しずつ書きたいことがまとまってくるのですが、それは時計が進むからまとまるというだけでなく、何となく自分の中で何かが流れて形になるといった感じなのです。(というか、そうなるまで書けない…)
 今回は3週間も空いていしまいました。暑いし、やることが多くて、何だか「カイロス」とうまくつながらず、やっと今日になりました。ご勘弁あれ。
 でも、いつも読んでくださってありがとうございます。これからも、「カイロス」の中で生まれた嘘のない言葉でお届けしたいと思います。また読んでくださいね。


                            心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com