2016年10月

 私は吉本ばななさんが好きなのですが、ばななさんのエッセイを読んでいて、ウイリアム・レーネンというサイキック・カウンセラーを知りました。ばななさんのカウンセリングもなさっているようです。
 ずいぶん前ですが、レーネンさんの本を何冊も読みました。私たちはみな宇宙とつながっていて、宇宙に守られているということを実感させてくれる本たちです。魂が洗われるような気がします。是非、一読をお勧めします。

 その中で、強烈に印象に残っている言葉があります。
  「障害のある子は、発達したたましい」  (「幸運力が高まる生き方」中経の文庫)
 レーネンさんは、人は何度も輪廻転生を繰り返しながら、魂が成長していくという考えをお持ちです。その上で、次のように言います。
 肉体的、精神的な障害を持って生まれてくる子どもは、非常に発達した存在です。
 彼らは、親や自分を関わる人たちに成長する機会を提供するために、障害を持って生まれてきているのです。
 ですから、障害のある子どもに対して、親や祖父母はもちろん、社会全体が愛のあふれる環境を提供してあげなくてはならないのです。(中略)
 そうすることで、彼らの成長と同時に、社会全体も成長していくことができるのです。

 行政で福祉関係のお仕事をされているある人が、「不思議と、障害のある人は、大変すぎる環境には生まれてらっしゃらないのよねえ」と言われていたのも思い出します。天のはからいは絶妙です。

 障害のあるなしにかかわらず、自分にとって思い通りにならない人というのは、自分を育ててくれるために布置されていると思うのです。
 教員としての現職時代、やはり、どうしてもウマが合わない生徒、喰ってかかってくる生徒もいました。ともに仕事をするのが難しい同僚の先生もいらっしゃいました。
 もちろん非常なストレスですが、いかに自分を見失わず、かつ相手を尊重することができるか。そのためには、それまでとは違った考え方や態度が必要でした。そうして一皮むけ、二皮むけ、多少はたくましくなれたように思います。本当にありがたい出会いでした。

 あなたは私であり、私はあなたである。すべての人、すべての物事には意味がある。
 そう思いながら、日々を過ごすように心掛けています。
 TAOに来てくださるクライエントさんからも、たくさんのことを教えていただいています。感謝です!
                                    

                            心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com

 

 以前、「『発達障害』とともに」でも書きましたが、「発達障害」への支援が国の施策となってから10年余り。「発達障害」の概念が一般に行き渡り、支援の窓口も広がっています。
 
 同時に、「発達障害が増えてきた」という声をあちこちで聞きます。
 特別支援教育が始まった10年ほど前、小中学生のうち、発達障害の診断がある子ども、診断はなくても可能性がある子どもの割合は、文部科学省の調査で6.3%でした。2012年には、調査方法が若干変わってはいますが、6.5%となりました。学校現場の感覚としてはさらに多く、10人に1人以上は発達障害ではと言われます。
 本当にそうでしょうか? たった10年ほどの間に、先天的な大脳の機能障害がそんなに増えるものでしょうか? 人類の長い歴史に照らしても、ちょっと考えにくいです。

 教員としての現職時代もそうでしたが、現在スクールカウンセラーとしても、先生方から「あの子は発達障害に違いない。どう接したらいいでしょう?」という相談をたくさん受けます。
 落ち着きがない子ども、人間関係が苦手な子どもなどが、「発達障害」としてひとくくりにされつつあります。でも、子どもの様子をよく話を聞いてみると、必ずしもそうではなく、むしろ「愛着障害」が疑われるケースが多いです。

 「愛着障害」は、主たる養育者から十分に愛情を受けられず、愛情飢餓の状態にあって、人への信頼感や自尊心が育たない障害です。当然、集中して何かに取り組んだり、人と親密な関係を築いたりすることができません。虐待を受けた子どもは、もちろんそうなります。でも、そうでもなく、一見普通の家庭環境で育ちながら、愛着に問題がある子どもは多いのです。
 「発達障害」なら、学習方法や環境を調整することによって、不適応を克服できるように支援できるのですが、「愛着障害」の場合はそう簡単にいきません。「発達障害」に「愛着障害」が絡んでいると、なおさらです。
 学校でも家庭でも、子どもをよく見、ありのままを受け容れて、情緒を安定させることが不可欠です。人間関係の中で安心できる体験を積み重ねていくことで、子どもも落ち着いてきます。

 しかし、それの何と難しいこと! 「愛着障害」は関係性の障害ですから、世代間で連鎖していきます。子どものことで苦しんでる親御さんの多くは、自分の親との関係でも苦しんでいます。大切にされた実感や、温かくて深い人間関係の体験が少ないと、子どもに真っすぐに向き合い、受け容れるというのがどういうことか、イメージしづらいです。
 それに加え、やはり世間体や評価が気になったり、「みんなと同じように」という強迫観念に脅かされたりして、「うちの子を負け組にしたくない」という焦りも生じ、ますます子どもをコントロールしようとしてしまいます。それがさらに子どもの成長を阻むという悪循環を生みます。その時、自分の親との関係がよみがえり、複雑な思いにかられる方も多いと思います。
  
 大人も子どもも含め、3分の1もの人が大なり小なり「愛着障害」を抱えていると言われます。誰かが悪者というのではなく、連鎖が続いているのだと思います。一人ひとりに、他者に甘え受け容れられる体験が必要です。戦々恐々と腹の探り合いをするのではなく、お互いがありのままを認め、支え合って生きていけるおおらかな家庭や社会にしていかねば、と切に思います。「勝ち組・負け組」という言葉もなくしたいものです。

                             心理面接室TAO 藤坂圭子
                             HP:http://tao-okayama.com
     

 現在、心理面接室TAOでは「ユング心理学」のセミナーを行っています。9/22の「ユング心理学入門」を皮切りに、4回シリーズで行う予定です。初回に参加できなかった方のため、昨日、同じ「入門」の2回目を行いました。前回と昨日、ご参加のみなさまとともに、波乱万丈のユングの人生をたどり、それにまつわる様々な思いを語り合う中で、私も改めて、ユングという人物の苦悩と偉大さを実感しました。

 ユングは、自ら惚れ込んで手紙を送り、後にもったいないほど自分を重用してくれたフロイトと袂を分かちます。フロイトの、症状の全てを性欲の抑圧に帰する治療理論や高圧的な態度に愛想をつかしたのだと言われています。そんなフロイトとは訣別して当然!と言うのは簡単ですが、ユングにとっては大変なダメージでした。その後、ほとんど精神病状態のドロドロの7年間を過ごします。
 父親コンプレックスが強かったユングにとって、父親と慕ったフロイトに絶縁状を叩きつけるのは、身を切るほどの痛みを伴ったことでしょう。それに加え、フロイトとの訣別は当時の精神分析医学界からの追放を意味しました。まだ自分の理論も治療法も確立していないユングが、研究者・職業人としての足場も失ったのです。「中年期の危機」どころの話ではありません。
 しかし、ユングは幻覚や悪夢にうなされながらのこの時期を、自らを研究対象にして乗り切り、次々に新しい理論を生み出していくのです。凄まじい精神力。そして、意味のある「不倫」の数々! それもこれも、ユングの深奥から湧き起こる「個性化」への希求がそうさせたのだろうと思います。

 この時期を経て打ち出したユング初期の「タイプ論」を、ご参加のみなさまと学びました。簡単なタイプテストで、自分が8つのタイプのどれに属するかを知るのも面白かったですが、肝心なのは、うまく機能していない部分をいかに活性化させ、包括的に生きるかです。それこそがユングの主眼ー「個性化の過程」でした。
 その後発表された理論はどれも非常に独創的でかつ、行き詰っていたキリスト教的な二元論からの脱却でもありました。あの苦悩の7年間を潜り抜けたユングだからこそ、成し遂げられたことです。まさに「創造の病」でした。

 自分の中に眠っていて生きられていない部分を、ユングは「影」と言いましたが、そこに目を向けずに「人生こんなもんだ」と高をくくっていると、いずれ「影」のしっぺ返しを食らいます。事故に遭ったり、病気になったり、大失敗をしたり…。
 でも、その時が真の自分に出会うチャンスです。
 「私」を生きるのは、そう楽なことではありません。私自身も、生きるか死ぬかの危機を何度も乗り越えて今日に至りました。こんな風に流れてきたのだから、このまま「タオ」に乗るしかないという思いです。ここに来てくださる方々とともに、そんな「個性化の過程」をじっくり進みたいと思います。

 次回「ユング心理学Ⅱ(元型論)」は、11/23に行います。同じくHPでご案内しています。ご関心のある方はどうぞお越しください。
 
                            心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com

 
 
 

 先日10/2、「初めてのTAOエンカウンター」として、新しいメンバーの方々と一日を過ごしました。
 
 エンカウンターは、一般的には2泊3日~4泊5日の合宿形式で、一期一会の出会いを味わいます。が、昨今の忙しなさの中、それだけの時間を割くのが難しい方もたくさんおられるので、TAOでは1日単位のエンカウンターを、ほぼ固定メンバーで継続的に実施しています。開室当初から実施している「TAOエンカウンター」が定員いっぱいとなったので、新しいグループの立ち上げとなりました。

 今回の参加者は6名。縁とは不思議なもので、私自身も全く面識のなかった、エンカウンターが初めてという方々もHPを見て来てくださり、とてもうれしかったです。
 新しいグループの船出はいつも独特の緊張感に包まれます。メンバーはどんな方なのか、自分の何が噴き出してくるのか、みなさん不安な気持ちでいっぱいだったと思います。でも、午前中には緊張もほぐれ、安心感が漂うようになりました。終わってみれば、あっという間の一日でした。

 ご参加の方々の感想を、一部紹介させていただきます。
●初めてのエンカウンターでした。長いようで短いような不思議な時間でした。今日感じたことが、自分のこれからの人生の中で何かに育っていけばいいなと思います。
●6時間、いい時間を過ごさせていただきました。自分の中にあるじゃまなものをどうしたらいいか? これからもよろしくお願いします。
●話したくなければ話さなくて良い、円座になって横になっても良いとどんな感じなのか、とても不思議な雰囲気を味わいました。自分を語るのはなかなか勇気のいるものだなあ、と終わってみての感想です。また、色々な思いを抱えての皆さんのお話を聞かせて頂くのも、勇気が必要でした。
●私はどこにいても居場所がないような気がしていましたが、ここに居場所ができればいいな、できそうな気がします。自分の心の闇が少しでも晴れるようになればいいなと思います。
●他の人が自分のことと同じように自分を大切に思い、感じてくださっていること、分かろうとしていることに、とてもうれしく思いました。自分を知る作業はつらいですが、きっとこの先には新しい自分に出会えるのだろうと思います。このTAOエンカウンターに来るべきタイミングだったと感じました。少し肩の荷がおりたような、ほっとした思いです。
●濃密な一日をありがとうございました。


 エンカウンターは、時間と空間を厳密に限定することで、自分や他人に誠実に向き合う仕掛けが働きます。だから、本当に日常とは違う、時計の時間とも違う、特別な時間になります。その中で、今まで置き去りにしてきた自分に出会い、人生を問い直すことにつながります。
 今回ご参加の方々は、実生活では平穏に過ごしておられながらも、知らず知らずにのうちにもっと充実した自分を追い求めるハメになっていて、もっと楽に生きる方法もあろうに…と思いながら、やっぱり自分を大事にしたいとあがいていたところで、このTAOエンカウンターへのご参加となったようでした。人生の転機がいつやってくるかは人それぞれですが、同じようなテーマを持った人たちがこうして集う、ご縁の不思議とありがたさをしみじみ感じました。
 このグループも、今後継続していきます。あと若干名新しいメンバーをお迎えできると思います。近日中に次回のご案内をいたします。

                            心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com




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