2017年12月

 冬至から1週間が過ぎ、冬本番となってきました。今年の冬は特に厳しくて、お正月の準備も辛いです。これからますます寒くなります。でも、少しずつ日は長く、空気は明るくなってくるはずです。

 「冬来たりなば春遠からじ」は、イギリスのシェリーという詩人の、”If Winter comes,can Spring be far behind?” の和訳ですが、なかなかの名訳で、この季節になると思いだす言葉です。

 「冬至」はめでたい日です。太陽の力が最も衰えるどん詰まりの日。だから、あとは復活・上昇しかありません。
 クリスマス、つまりイエス・キリストの誕生は、きっと冬至と無関係ではないでしょう。
 冬至をお祝いするお祭りは、古来世界各国で盛んです。
 日本では、毎年11月23日に宮中で「新嘗祭(にいなめさい)」が行われますが、もともとは旧暦11月の中卯の日の神事で、冬至のお祭りでした。天皇が新穀に感謝して太陽神の天照大神に奉納して食し、次年の豊穣をお祈りします。
 新天皇の即位後初めての新嘗祭は、「大嘗会(おおなめさい)」と言われます。2年後ですね。日本に明るい兆しがもたらされますように。

 小学生の時、明日の遠足が雨で中止になるかもしれないとクラス中で大騒ぎしていたら、担任の先生がいきなり「絶対に止む!」。みんなで「ホント~!?」と詰め寄ったら、「アホか! 今までに止まんかった雨があるか!!」と言われ、大爆笑。妙に印象に残っているエピソードです。
 中学高校時代、「エースをねらえ!」が大好きで、試験前になると読み耽っていました(逃避行動です)。セリフも全部覚えこむほどでした。今ではほとんど忘れてしまいましたが、「より高く飛ぶためには、より低く身を屈めなければならない」は、以来私の座右の銘の一つとなっています。

 あるクライエントさんは、「ずーっと海の底に沈んでいると思っていたけど、気がついたら浮かんでいた」と言われました。また別の方は、幾度も死にそうな苦しみを経た後、「今は寒風の中の莟。いずれ大輪の花を咲かせる」と。

 冬来たりなば春遠からじ
 夜明けの前が一番暗い
 陰極まれば陽に転ず

 2018年が、みなさまにとって良い年となりますように。

                            心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP: http://tao-okayama.com

 相手のことが信頼できない、一緒にいることが幸せにはつながらないと分かっていながら、関係を絶つことができずに苦しんでいませんか?
 たびたびの長電話や長メールに辟易しながら応じたり、お金の無心にまた負けてしまったり、暴力を受けながらも涙声で謝られるとつい信じてしまったり。できるだけ波風が立たないように、不都合には目をつぶってしまいます。
 そのときにいろいろと理屈は立つのです。相手にもいいところがあるとか、自分が見放すと相手がかわいそうとか、嫌われるのが怖いとか。別れると生活が成り立たないという現実の厳しさもあったりします。そうやって、どうにかこうにか自分を納得させています。

 いわゆる「共依存」かもしれません。
 「共依存」は一人で成り立つものではありません。文字通り、共に依存し合う「もたれ合い」の関係で、どちらからも切ることも変えることもできず、ズルズルと同じパターンを繰り返してしまいます。
 どうしてでしょうか?
 少々どぎつい言葉で言ってしまうと、どちらも「空っぽ」だからです。もたれるものがないと立っていられない。だから、その関係にしがみつき続けるしかありません。

 「困っている人を放ってはおけない」とか「この人には私しかいない」と思い込み、自ら苦労をしょい込んで駆けずり回るのも要注意。いわゆる「メサイア・コンプレックス(救世主妄想)」です。
 「空っぽ」の自分に気づかず、「救われたい」自分を他者に投影し、人を救うことで、自分の「空っぽ感」を満たして救われようとします。相手の自立を妨げ、やはり「共依存」に陥る危険性があります。

 こんな風に書いてしまうと、何だか身も蓋もないですね。そもそも依存せずに生きられる人なんて、いるわけありません。人間は、誰しもどこか「空っぽ」です。その人間同士が触れ合うから人生は面白いとも言えます。ドロドロの人間模様も、映画や小説で描かれると、思わずなるほど!と呻ってしまいます。
 
 でも、できれば温かく、風通しのいい人間関係の中で、幸せに暮らしたいものです。
 好き好んで「共依存」に甘んじる人はいません。幼少期からたくさんの傷を負い、自分の芯が作れず、人を信頼することが難しくなっていると、「類は友を呼ぶ」で、つい同じ匂いの人に惹かれます。そして、再び傷つき傷つけ合いながら妥協するという関係に陥ってしまうのです。
 これを変えるには、おおらかな友人や師、自助グループやカウンセリングなど、第三者の助けが必要です。尊重し合える関係を味わいながら、「空っぽ感」をちゃんと受け入れ、丁寧に自分を作り直していくことです。
 そして、日常での関係も改めて紡いでいけたらいいですね。あるいは、勇気を出して古い関係を断ち切り、新しい自分として立つ、という選択もあります。
 
 「共依存」から脱出するのはとても困難です。が、いくつになっても人生は再出発できると信じ、今までとは違った関係性を模索していきましょう。


                          心理面接室TAO 藤坂圭子
                          HP:http://tao-okayama.com



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