人間社会では古来、誕生・成人・結婚・死亡など、人生の節目節目に際して、数々の儀式ーイニシエーション(通過儀礼)が行われてきました。各自が自分の成長を心に刻み、次の段階への移行の覚悟を決めます。同時に、その新しい段階の人として、地域社会に認められ、役割を与えられます。
 体は自然に成長していきますが、社会で生きていく上で、どんな心持ちで、どう役割を担っていけばいいのかについては、時の流れに任せていても簡単には自覚できません。だから、人工的に、イニシエーションというものが企画・実行されてきたのです。先人の知恵です。

 日本では、地域や時代によって呼称や違いますが、12~18歳くらいでいわゆる「元服」を迎えたようです。今で言う「成人式」ですが、今と違ってそれは本当に「大人の仲間入り」でした。髪型・服装が改まり、職を持ち、結婚もします。
 文化人類学の研究では、未開部族の様々なイニシエーションが報告されています。多くは、抜歯・刺青・穿孔・断指・割礼など身体的苦痛を伴う残酷なもので、「野蛮」としか見えないかもしれません。しかし、そうして否応なく大人社会に放り込まれた者は、古い自分を捨てて自我を鍛え、社会は維持されます。「野蛮」にも意味があるのです。
 ただ、女子のイニシエーションは、伝統・文化の名のもとに、男性社会に都合よく歪められていることがあります。全くの人権蹂躙です。

 最近では、成人式にしろ結婚式にしろ葬式にしろ、儀式というものが軽んじられるようになりました。「形」だけのためにお金や労力を費やすより、自分が納得できればそれでいいというのももっともです。
 けれど、社会が担っていたこの大きな役割を、個人で引き受けるというのは、実は大変なことです。

 儀式が消滅したり形骸化したりする中で、個人個人が、自分の節目をしっかり自覚しながら、心持ちを改め、ステージを上がっていかなければなりません。漫然と流れていく時間の中で、自ら立ち止まり意味づけをしていかなければなりません。
 それは、儀式の形をとらない、ごく個人的な出来事かもしれません。
 一人旅をする、ボランティアに参加する、自分自身を表明してみる。また、親への反抗、何かをぶち壊すこと、危険な恋に賭けてみることも、大きなイニシエーションとなるでしょう。夢の中で象徴的に成し遂げることもあります。
 大切なのは、その意味をきちんと自分の中に落とし込むことです。

 先日8日は成人の日でした。各地で華々しく成人式が行われましたが、今年もお酒をひっかけ、我が物顔で振る舞う新成人の姿が報道されました。彼らにとっては、今こそが大人に対する復讐のときなのでしょう。それから、振袖で着飾ることにどれほどの意味があるのか、と思わされもしました。 

 従来のイニシエーションが機能しない今、もう一度社会全体でイニシエーションの意味を問い直し、再構成しないと、個人の成長も社会の安定も、ますます危うくなってしまいそうです。
 こんな難しい時代だから、意図的に個人のイニシエーションを進めることも必要です。意を決して自分の殻を破ってみる。そうはできなくても、困難の渦中にあるときは分からなかった意味を、じっくり振り返って自分のものにする。
 イニシエーションの軌跡を確実に留めながら、丁寧に人生を紡いでいきたいものです。

                            心理面接室TAO 藤坂圭子
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