子どもが不登校ということで相談にいらっしゃる方に、私はよく、しっかり話をしましょうと言います。子どもとだけではなく、夫婦の間でも。
 でも、多くの方は苦~い顔をされます。簡単なことではありませんよね。
 子どもは、「学校」の「が」の字が出ただけで、ふさぎ込む、逃げる、または荒れる。そして、「主人とは合わないんです」「子どもが主人を恐れてしまっていて…」。 表面的には穏やかさを保っても、家じゅうが硬直状態に陥ってにっちもさっちもいかない状況で、内面的にはそれぞれが孤立して苦しんでいらっしゃいます。

 そもそも、日本人は「対話」が苦手です。「以心伝心」を美徳とし、それが可能だと信奉しているフシがあります。伝統的に、「個」よりも「家」を守り、「空気」を重んじてきたので、メンと向かってヒザを突き合わせて話をするなんて照れくさくて、文化の中に定着していません。
 結婚するときは誰しも、温かい家庭を築こうと夢見、こんな生活をしたい、子どもは何人ほしい、いつどんな家を建てようかとかのライフプランは持ちます。でも、それを実現するためには深い「対話」が必要だ、という覚悟がありません。 
 
 河合隼雄氏がよく書かれていますが、欧米人の結婚と日本人の結婚は大きく違うところがあります。
 欧米では、まず男女とも何らかの試練を経て「個」を確立した後に結婚する。モーツァルト「魔笛」のタミーノとパミーナのように。
 一方、日本では「個」の感覚がなく、互いに未成熟なまま結婚します。昔話では、「鶴女房」のように素性を隠しての異類婚ー結局は破綻しますーも、たくさん伝えられています。
 「個」が確立しない日本人には、「自分と人は違う」という感覚が弱いように思います。結婚して一緒に暮らしていれば、愛があれば、何とかなる。お互いに、話はしなくても自分のことは分かってくれるはずと思い込み、期待します。それは幻想だったと気づいた後も、修正する「対話」のスベを持ちません。

 子どもは、「対話」によって自分という存在を確認していきます。言葉が鏡になるからです。でも、家庭内がコミュニケーション不全だと、子どもは自分のことがよく分からないまま、コミュニケーション能力も身につかず、学校で苦労することとなります。
 しかも、父親と母親の態度が違い過ぎると、子どもは甘い方、多くは母親に付きます。そこで、母親は父親から子どもを守る形で過保護となり、子どもの自立をますます妨げてしまいます。また、子どもの親イメージは、外の世界に投影されるので、人は自分の思い通りになると勘違いしたり、訳もなく人を怖がったりしがちです。

 家族療法では、不登校の子どものことを、クライエントとは言わず、「IP(Identified Patient)ー患者とされた人」と言い、家族の問題が子どもに具現されていると見ます。つまり、子どもは「こんな家族は嫌だー!」と叫んでいるのです。
 本音を語り、よく聴き合って違いを理解し、それでもお互いを尊重しながら、落としどころを見つけていいく。本当に難しいことです。でも、そんな家族の「対話」を一から積み上げていく努力を始めると、絶対に将来が変わってくると思います。そして、それぞれが伸び伸びと「私」の人生を生きることができますように。

                            心理面接室TAO  藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com