ふたたび、ねこ話です。子ねこ2匹が我が家に来て2ヶ月、お互いにたいぶ馴染んできました。

 「ねこ」の語源は「寝子」だという説がありますが、本当によく寝ます。すっかり安心しきったのか、アラレもない格好で眠りこける姿は何とも和みます。ミャ~ミャ~叫びながら膝の上に乗ってきたり、夜中に喉をゴロゴロ鳴らして擦り寄ってきたりされると、可愛くてメロメロになります。
 でも、2匹でじゃれ合っているときは、飼い主は完全なる蚊帳の外。何をしようと見向きもしてくれません。おかげでその間は家事がはかどりますが。 
 ねこの気の向く時でないと、飼い主はかまってもらえません。やっぱりねこは気ままです。

 でも、ねこにしてみると、ごはんの時間がまちまちだったり、どうしても入れてもらえないドアがあったり、遊んでいたお気に入りをいきなり取り上げられたり、いつまでたっても帰って来ないときがあるし、勝手に客を連れてきて見世物にされるし、今寝てるっつーのに腹を撫でられたり…。人間の方がよっぽど気ままで自分勝手かもしれません。

 ねこたちはヒマなとき(?)、飼い主のすることをただジーっと見ています。照れるくらいです。私はねこに代わって、「人間って大変よねー。バカよねー。何をそんなにゴチャゴチャバタバタやってんの」と呟いてしまいます。夏目漱石が「吾輩は猫である」を書いた心境が想像できます。
 
 お互いに分かり合えもしないし思い通りにもならない存在なのに、不思議と共存している楽しさを味わっています。
 ゲシュタルト療法の創始者、F.S.パールズの「ゲシュタルトの祈り」を思い出します。

 私は私のために生きる。
 あなたはあなたのために生きる。
 私はあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。
 そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。
 私は私。
 あなたはあなた。
 でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。
 たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

 人間同士の関係も、こんなふうにお互いを尊重しながら、自由で風通しがいい感じでありたいなと思います。
 でも、それが難しいこともあります。そんなときは、相手に求める気持ちに素直になりたいですね。心が満たされてこそ、「私は私。あなたはあなた」になれると思います。自由気ままなねこだって、ゴロニャ~ンと甘えますから。


                           心理面接室TAO 藤坂圭子
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