新型コロナウイルスのパンデミックが加速しています。全世界の死者は1万5千人に迫り、アフリカなどの途上国にも広がり、収束の目途が立ちません。 
 世界中の観光地から賑わいが消え、経済は大打撃を受け、数えきれないほど多くの人々が、明日の生活を心配しています。
 日本は何とか「持ちこたえ」ているとは言うものの、いつ感染爆発が起こって、「都市封鎖」を余儀なくされるか分かりません。オリンピックも延期となるようで、それに付随して新たな問題が山積です。
 世の中から、次々に光が消えていくようです。息苦しさと、日常が遠くに行ってしまったような妙なフワフワ感が漂っています。

 辛いのは、これがいつまで続くのか分からないことです。
 人間、先のことが見通せると頑張れる。けれども、見通せないと我慢もきかなくなってしまう。だから、困難にぶち当たると、つい手っ取り早い「解決策」を欲しがります。
 このコロナウイルスにいたっては、いまだに有効な「解決策」が見つからず、人類の叡智が通用しません。それでも、この出口のない「不安」を抱えたまま、とにかく凌がねばなりません。いつの世だって、「一寸先は闇」で、確定的なものは何一つないのですから。
 
 心が「持ちこたえる」のもなかなか難しく、開き直って羽目を外したり、自暴自棄になったりといった様子も見受けられるようになりました。人も自分もお構いなしに。
 帰国者や感染者に対する差別や排斥も、悲しいです。国の指導者からして、罪の擦り付け合いやウイルスの政治利用ですから、この期に及んで何やってんだ!って思います。
 自分の中の「不安」を抱え切れないと、人は自滅、あるいは保身に陥るようです。
 
 かく言う私も、よく「不安」にかられるので人のことは言えません。花見に誘うと、怖くて桜の下も歩けないと言うような、非合理的な不安に支配されている母親に育てられたので。
 「不安」は世代間で連鎖しがちで、自分をコントロールできず、踏ん張れなくてしんどい人はたくさんいます。「意識高い系」や「ポリティカル・コレクトネス」に対する毛嫌い感も、無理もないと思います。「きれいごと」なんかくそっくらえ!でしょう。
 
 それでも、この人類史上稀に見る危機のとき、「不安」に負けるわけにはいきません。「私も不安、あなたも不安」で手を携えて凌いでいきたいです。人は、一人では「不安」を抱えきれません。
 実際に、心ある人たちによる支援の輪や新しい取り組みがいっぱい生まれていて、とても励まされます。
 
 ニール・ドナルド・ウオッシュの「神との対話」という本に、「愛」の反対は「不安」だと書かれていて、強く印象に残っています。「愛」の反対は「憎しみ」ではなく、「不安」。「不安」が、人と人とのつながりを阻むのです。
 20年以上前からのベストセラーです。人生に行き詰った筆者が、「神」に対する文句をタラタラ書いていると、いきなりペンに「神」が下りてきて、「神との対話」が始まったという、不思議な実体験がそのまま描かれています。お勧めです。人間や宇宙に対する信頼感が持てます。

 何だかゴチャゴチャまとまらなくてすみません。ここのところ、いろんなことを考えさせられて、書き切れません。お許しを。
 とにかく、希望を持ってみんなで克服しましょう。岡山では、今日桜が開花となりました。
 

                           心理面接室TAO 藤坂圭子
                           HP:http://tao-okayama.com