私は高校3年生の夏休み、1時間も勉強しませんでした。本当です。机にも就けませんでした。いろんなことで思い悩んで壊れてしまい、寝るか、マンガを読むか、食べるかでした。
 過食に苦しむ人のお気持ち、よく分かります。自分がこの上なく卑しく思え、ブクブク太るし、胸もお腹も気持ち悪くて仕方ない。それでも食べずにいられず、ますます自己嫌悪に陥る日々でした。

 夏休み明けてすぐの校内実力テスト。受けたくない一心で、熱でも出ないかと一晩中扇風機の強風を浴びてみましたが、何の甲斐もなく、普通に受けざるを得ませんでした。その朝の自転車の重さ、いまでも体に残っています。休んでいいという発想はありませんでした。
 そして忘れもしない、国語の34点(200点満点中)。平均点が100点を切るような難しさとは言え、ひどすぎます。でもその時は、全く文章が読めず空欄だらけで提出したので、仕方ないです。

 苦悩は大学時代以降も続き、授業に行けず、散らかり放題の部屋に引きこもって、音楽ばかり聴いていました。レポートや卒論はギリギリのやっつけ仕事で、明るく順調に進む友だちを横目に、コンプレックスの塊でした。
 何年生の時か忘れましたが、自分の部屋で飼っていた手乗りのセキセイインコを死なせてしまいました。生活がグチャグチャで水も餌もやり忘れ、ある時気付いたら冷たく固くなっていたのです。ヒナの時から私が餌付けをして懐かせて、ずーっと一緒にいたのに。
 庭に埋めてやったのは覚えていますが、泣いたとか悲しんだとかの記憶すらないのです。
 名前は「アマデオ」ーモーツァルトの愛称です。「あまちゃん」と呼んでいました。うすいブルーのきれいなインコでした。

 なんであんなに苦しかったのか、当時は全然分からず、それがまた妄想を呼びました。今になって思えば、あれは愛着障害からくる鬱状態でした。
 それに、中学のころから、人間とは何か、いかに生きるべきかなど、悶々と一人哲学に嵌り、答えが見つからずのたうち回り、こんな苦しみは誰にもわかるはずはないと、自分をますます孤独に追いやっていました。生きていけるとは思えませんでした。
 はたからは、私はしっかりした優等生に見えていたらしいのですが、実はこんな感じだったのです。

 教員になって、担任したクラスに大変なしんどさを抱えている生徒がいたことからカウンセリングの勉強を始め、私も救われました。こんな世界があるのか、心を大切にするとはこういうことなのかと驚きでした。たくさんの人に助けていただきました。
 インコが死んでから、あっ、お水やってない!という夢をしょっちゅう見ました。不思議と、夢ではすんでのところで間に合っていたのですが、30歳過ぎのころでしょうか、この時のインコはいよいよ瀕死状態でダメそうでした。けれど急いでお水をやると、インコはムクムク膨らんで、大きな極彩色の翼を広げ、鳥かごを抜け、さらに窓の外に羽ばたいていったのです。まるでアニメのようでした。以来、インコの夢は見ていません。
 
 今は責任を持ってネコを可愛がれます。食欲をはじめ、だいたいの自己管理はできます。
 私のフルートを「あまちゃん」と名付け、今発表会に向けて一生懸命モーツァルトを練習しています。
 34点の答案を、思春期の苦闘の証として残し、額にでも入れておけばよかったと思います。
 人生は変わるもんです。

                          心理面接室TAO 藤坂圭子
                         HP:http://tao-okayama.com