久しぶりに映画「ひまわり」を観ました。イタリア映画だと思っていたのですが、伊露仏米の合同制作だったのですね。1970年、まだ冷戦下のソ連でロケが許可されていたのだと思うと、今の方がずっと不穏な世の中になってしまいました。
 あの広大なひまわり畑は、現在のウクライナで撮影されたということで、今あちこちで再上映されています。岡山でもありましたが都合がつかず、先日のBSの放映を録画して観ました。(以前、VHSのビデオテープを買っていたのですが、デッキがもうない…)
 
 戦争によって引き裂かれた夫婦の、悲劇の再会と別れ。戦争とはこんな不幸をもたらすのだ、というのも一つのメッセージでしょうが、私が二十歳代で初めて観たときのショックは、また別のものでした。
 本当に別れてしまうの⁉
 
 戦争が終わって何年経っても引き上げてこない夫。残されたと思われるソ連の地まで赴き、足を棒にして探し回り、数知れない墓標を目にしてもなお夫の生存を信じ、やっと探し出した。けれども、立ちすくむ夫を残し、汽車に飛び乗らずにはいられなかった。
 夫は、約束をした土産を持って再びミラノを訪れた。妻に再開を拒まれ諦めるが、何とバスのストという偶然が再開を可能にした。二人は思いを確かめ合った。
 なのに、本当に別れてしまうの⁉
 若い私には信じられなかったのでした。

 今でも「ひまわり」は、私の大好きな映画の一つです。
 何事も自分の思い通りになるわけではない。どうにもならない現実というものがある。運命を受け入れるしかないこともある。そんな覚悟をさせてくれた映画でした。
 ミラノ駅で静かに夫を見送るソフィア・ローレンの気高さ。ヘンリー・マンシーニの切なく美しいメロディー。悲しげに首を揺らす無数のひまわりの花。
 今回の鑑賞後もしばらく余韻に浸りながら、それでも人は生きていけると、勇気づけられました。

 「物語」の意味についても、考えさせられた映画です。何でこんな悲劇をわざわざ描くのか。古代ギリシャでも、喜劇より先にまず悲劇が生まれています。
 「物語」によって感情移入や疑似体験をすることで、人間は目の前にある現実だけではない、起こり得るさまざまな事象についての想像力を鍛えることができるのでしょう。他者の気持ちへの想像力にもつながります。
 この力が発達していない人は、とても生き辛そうです。
 「物語」に限らず、音楽や美術やアニメなど様々な文化芸術は、お腹を膨らませるものではないですが、心の中に豊かな世界を育みます。困難を生き抜くための人間の知恵なのでしょう。
 コロナや戦争や気候変動やいろんなことで息詰まる昨今、意識してこういう時間を大切にしたいものです。

 話は流れましたが、もう一つ私の好きな映画を紹介します。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。これまた、悲しすぎる、美しすぎる、衝撃の作品です。よかったら観てみてください。

                            心理面接室TAO 藤坂圭子
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