私はエリザベス女王を見た!らしいです。

 まだ若かった教員時代、3週間イギリスにホームステイしました。毎夏100人以上が3方面に分かれての留学なので、外国語科以外の教員も引率要員に駆り出され、と言うか、私は希望して行かせていただいたのです。(夏の補習授業を他の先生にお任せして、すみません…)

 休日、ホストファミリーとウインザー城に行きました。この年の夏は寒いくらいで、芝生を渡る風も爽やかでした。お城に真っすぐ向かう道路脇を散歩しながら、ホストファーザーからいろいろ聞かされていました。エリザベス女王は素晴らしい。ダイアナ妃も、亡くなった時はこの子はまだ3歳だったけど泣きながら花を手向けたんだ。王室の人たちはいろいろ書きたてられても反論できないのは気の毒。でも日本の皇族と違って、普通に電車に乗るよ、車も運転するよ、エリザベス女王もこの道を運転してお城に帰るんだ。
 「あ、女王だ‼」。
 ということで、そのお姿をちらっと見たような見なかったような…。一瞬だったので、残念です。
 先日の訃報と荘厳な国葬に接し、懐かしく思い出されました。

 それとは別のイギリスの印象について。
 はっきり言って、東洋人蔑視がありました。石を投げられたりホストファミリーにいじめられたりの生徒もいて、毎日トラブル続きでした。その上事情があって、引率者は3人いましたが、国語教員の私がほとんど全ての対応を担わざるを得ないハメになり、毎日カタコト英語でクタクタでした。

 が、それ以上にしんどかったのは、イギリス人のクールさでした。家に到着するとまず、「どうぞ好きにして」。歓迎の御馳走めいたものもなく、スルッと普通の生活に突入という感じ。「おもてなし」の観念はないらしい。バーベキューパーティやクリケットの試合に同行しても、紹介してもらえることも話し掛けられることもほぼありません。要は、こちらから入って行かないと相手にされないのです。生徒に対してはそうでもなかったようですが、大人は気を遣う対象ではないのでしょう。

 生徒たち、ホストファミリー、現地の先生方が全員集ってのお別れパーティがありました。日本人はみな浴衣を披露。帰路、私ともう一人の教員とホストたちとともにウインザー城に寄り、白鳥に餌をやったりして優雅に過ごしたのですが、誰一人、私たちの浴衣姿に目もくれません。別に見てほしいわけでもないし、かつての日本人のガイジンに対するような視線を投げられても嫌ですが、この無関心ぶりにはビックリでした。

 私のホストファミリーはとても素敵ないい人たちで、慣れてくると気持ちよくお世話になれましたが、結構なカルチャーショックでしんどかったです。帰国前にそんな印象を話すと、ホストファーザーは「そのclosed(閉鎖的)なところがイギリス人の問題なんだ」と言っていました。
 帰国後、知り合いの国際的なカウンセラーに話すと、「欧米人は、こっちが泣いて叫ばないと分からないのよ」と教えられました。確かに。

 大変な3週間でしたが、欧米人と日本人ではこんなにも気質が違うのだということを心底実感でき、とてもいい体験でした。明治期にイギリスに留学した夏目漱石が鬱になったのも、無理はないです。
 「以心伝心」を期待し共依存に陥りがちな日本人が、「個人主義」の欧米と肩を並べるというのは、相当困難な道のりだったろうと想像できます。それは今もなお。
 自由に生きていい、自己主張が大事、空気を読むなと言われても、そんなに簡単に欧米風には切り替えられない。けれど、変えていかないと、社会適応も自己実現も難しい世の中です。
 TAOのクライエントさんの多くも、そこのところで苦しんでいらっしゃいます。
 日本人のアイデンティティの収まりどころはあるのだろうか? 明治以来、日本はとても難しい状況に置かれていると思います。
 
 話が流れ流れて長くなりました。最後まで読んでくださってありがとうございます。


                               心理面接室TAO 藤坂圭子
                            HP:http://tao-okayama.com