2009年08月15日

多くの跡をネットに残すのは

時には友人のブログを読んだことがある。長間に連絡しらないいくつの友達がブログをやめるように見えるね。ブログばかりでなく他のネットの活動もとまった様子が、ほとんどあの人たちがインタネットの世界から消える様子ってもおおげさに言わないの。

彼たちが忙しいか。忙しくなければ、だたネットに現れたくないか。

たしか消えることが正しい決定かもしれない。たぶんいろいろな個人的な情報をネットに残すのは危ないだ。誰もネットからいくつの僕の発言や生活状態や知れるの。もしこれらのことを不正のために使うが、おそらくどうな悩みを起こすなぁ。

そうはいうものの今は遅すぎか。それにネットから立ち去るとすれば、人生の半分を失う感じがあるよ。

ともかくネットをやめられる友人はうらやましいなぁ。

2008年08月18日

とんでもない


君が私をはねつける以外、私が諦めない!


この生活や苦しむことの中に他のアンカもないが、もしある日君がいないで、僕の不運を引き起こす。そういうことならそうしましょう。

幻に違いない


不意にそんな親しい感じがじょじょに消えて去って行ってる。幻に違いない。どうやって二人の仲を離さないにしたほうがいいか。

2008年08月10日

私がいなくても

たぶん一週間ごろかのじょに連絡しないの。いつも思い出すが、かのじょに携帯をかけないし、IMもしないし、自分にどのような連絡しないをずっと強いている。


しかし、この心に何か震えてるが、逃げることが悩みを増やすだけ。かのじょが私がいなくてもよさそうで黙ってる。


解かなさそうな宿題を懸命に解くのが必要があるか。どうやら正しいか。

2008年08月09日

鼻水


いつからか涙を目の外で流さなくて鼻涙管の中へ流し慣れるんだよ。明らかに風邪を引かないけれども、悲しみを思うと、ずっと鼻水を垂らしている。


その通りに態とするのではない。実は泣きたいの時に何も考えなくて泣ける人が幸せだと思うだ。涙が殆ど消えて鼻水になることは困らせるんです。

2008年08月07日

七夕

今日が七夕だ。ウィキペディアによって、七夕は:


七夕(しちせき、たなばた)は、日本、中国、越南、朝鮮、台湾などにおける節供、節日の一つ。旧暦の7月7日の夜のことであるが、日本では明治改暦以降は7月7日又は月遅れの8月7日に多く七夕祭りが行われる。五節句の一つにも数えられている。古くは、「七夕」を「棚機(たなばた)」とも表記し、今日に至り、一般的に「七夕」を「たなばた」と発音するのはその名残である。元来、中国での行事であったものが奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた言葉である。


そのうえ:


近年の台湾では、バレンタインデーと同様に男女がプレゼントを交換する日とされている。


そうして、ただ台湾人が七夕をもう一つのバレンタインデーにしてるか?われ台湾人はあきびとに騙され易いね。


とにかく、好きな人からプレゼントを受け取りがあり得ないだろう。

2008年08月04日

まただよ

なまぬるい関係で苦しめられた記憶なお心にある。彼女がベシのように僕を騙す可能性が殆どないけれども、どう言っても苦しめられてる感じが同じだ。

2008年07月27日

生まれてすみません

生まれてすみません。日本語のwikipediaによって、これがもともと寺内寿太郎の詩句で、太宰治の短篇「二十世紀旗手」の冒頭において、エピグラフ「生れて、すみません。」として剽窃されるに至った。他で映画の『嫌われ松子の一生』の中にも同じな文句があります。

映画の中国語字幕で「生而在世,我很抱歉」と翻訳されましたが、地口を言う可能性がありませんか。

すみませんって、済まないという完成できないの意味あるかないか? 詳しく言って、「生まれて、すみません」と言う意味が生まれて自分など他人などあることを済まなくさせる解釈が適当ですか。

2008年07月20日

エゴ!

多くの先輩がエゴです。自分の考えに食い違いなら、キャンペーンに益するか問わずけれど、なんでも反対している。


先輩たち、本当に自分の理性的じゃないのが問題がないって思うか。こんな人間は先輩が呼ばれる資格であるかないか。


心の奥に見下す感じがだんだん起こってるよ。

2008年07月02日

つまらない夏期休暇

学期末レポートを完成して渡す後から、夏季休暇が実際に来ます。然し、これは私が楽しみにして待っているような休暇じゃないだ。


2ヶ月ぐらいの時間があって、どこへ遊びに行って論文計画が掛かり合う本を読もうとした。休暇がまだ始まなくでも、基金会や学校からもういろいろな仕事が頼まれた。それに従って、休暇がまずくさせてしまった。休みや読書や他の僕がしたいのことなどが不可能になったぞ。


心の中にそろそろと爆弾のようなものが生じたが、いつか爆発するかもしれない。