芦田太郎のブログ

芦田太郎が日々思ったことを書き連ねます。

就職活動に「個性」は必要ですか?

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☆就職活動に「個性」は必要ですか?

というテーマが「ブログネタ」として掲載されていたから、思わず口車に乗って書いてみる。
以下、それに対する自分なりの回答。


必要です。
が、「個性」があれば就活を乗り切れるかといえばそうではなく。

自分が歩んできた20数年間
(つまりそれは、その人しか持たない唯一無二のもであるからして個性と呼ぶ)を、
自分なりにまとめ、整理し、質問に応じて端的に言葉で表現する能力が
就職活動には「必要」です。

回答終わり。


ここで終わってもいいけども、その前に言うべきなのは、
おそらくここで定義されている「個性」っていうのは、

「あの人は個性的だ」

みたいな例文に当てはまる個性だと思う。

就活生は不安になりやすい症候群に陥りやすい症候群なので、
この「個性」というキーワードにめっぽう弱い。

「自分には「個性」がないんですが、どうしたらいいんですか?」

OB訪問時、このような趣旨で質問されたことは確かに多々ある。

で、私はこう聞き返す。

「あなたが20数年間生きてきた人生は個性ではないんですか?
その20数年間って人類であなたしか経験していませんよね?
それって個性じゃないんですか?」

つまり、自分が先ほど回答で用いた「個性」は、上文で使用された「個性」になるわけだ。


何がいいたいかって言うと、
就活生が陥りがちな、「自分は個性がない」っていう普遍的な悩みや不安は、
実は角度を変えれば、いや角度を変えなくたって、

「個性はすでに誰もが持ちうるもので、君にもあなたにも個性がある」

という、悩みにすらならない前提条件としてその人個人にあるってこと。

だから「個性が必要か?」なんて悩む前に、

前提条件として持っているあなたの「個性」(=20数年間生きてきたあなたの人生)を
表現(自分なりにまとめ、整理し、質問に応じて端的に伝える)する練習と鍛錬をするべきです。

そう思います。


以上。








前田敦子について

どうも皆さん久しぶりです。
久しぶりのブログ更新かと思ったらAKBかよ、と。
前田敦子推しなのか結局、と。

本当のAKBファンの皆さん。
未熟なAKB論をこれから展開しますが、ご容赦ください。



今更なんだが、録画していた情熱大陸の前田敦子回を見た。

放送時のツイッターを見ていたら賛否両論で、
どちらかといえば否が多く聞こえた回だが、確かに消化不良。

が、別に毎日放送をフォローするわけじゃないが、
前田敦子の性格がそもそもドキュメンタリー向きではない。
内向的だし、明らかに外面用の受け答えを上手にするタイプでもない。

が、

この情熱大陸を見て、少なからずAKBについてというか、
前田敦子について今までわからなかったことがわかったような気がした。

そんなことまじめに言われても、、
なんて声が聞こえてきそうだけども、個人的記録として記そうと思う。


前田敦子に限らず、AKBの子たちは
「来年はもういないかもしれない」、「今が絶頂」、「どうせすぐに飽きられる」
みたいな事を平然と真顔でカメラの前で話す。

今ではある程度当たり前になったこの光景だが、
冷静に考えてみて、こんなアイドル今までいただろうか。

情熱大陸における前田敦子も
「いまのAKBではすぐに忘れられてしまうレベル」
みたいなことを笑顔なしの冷静な顔をして話していた。

これを先日の異常ともいえる盛り上がりを見せた総選挙において、
14万票近く獲得したAKBのセンターを務める子が平然と言えることがすごい。

だが、

そんなことは別に今までもわかっていた事実。
こんなことを言うためにわざわざブログを書いたわけじゃない。


じゃあ何か。


今回の情熱大陸では、
結局なぜ彼女がAKBのセンターに成り得たのかってことがわからない。

僕みたいなAKBかぶれの人間、
つまりある程度AKBについて知識・情熱を持ちえた人間が見ても、

「なぜ前田敦子があれだけの集団のセンターなのか?センターたりえるのか?」

という疑問には決して答えられていない。


この疑問は一般論としても広くいきわたっている疑問で、

「何であっちゃんがセンターなの?」
「大島優子のほうが可愛いじゃん」
「板野の方がよくない?」
「どこが可愛いのかわからない」
「センターっぽくない」

みたいな疑問や不満の声はよく聞く。
なるほど確かにそうだ。

どうでもいいけど、僕個人的には、あっちゃんがセンターで良いと思っている。
でもそれはなぜか?と聞かれれば、
その答えは至極主観的で、個人的な理由になってしまい、
あえて普遍的な解答を搾り出すならば、
「普通な感じが逆に良い」みたいな糞みたいな回答になる。

しかし、今回この疑問への解答に少し近づいた気がする。


この消化不良の情熱大陸内で最も衝撃的だったのは、

前田敦子は「自分のことが嫌い」で、「どこが?」と聞かれ、
「とにかくすべて」みたいなことを答えたこと。

その発言にオーバーラップするように、初センターを告げられたとき、
「私は前に出るような人間じゃない。前に出たくない。」と泣きじゃくる映像が。
ここが最もリアリティーがあった。

「自分は可愛くもないし、人前で感情を表すのも苦手だし、歌も全然上手くないのに、何でこんなに沢山歌わなきゃいけないのかって思う」

こんな普通のアイドルでは絶対に放送できないコメントを、ファンの前で泣きじゃくりながら言うAKBのセンター。

しかし、だからこそ、
こんな前田敦子だからこそ秋葉原の「本当のファン」は、
彼女をセンターにのし上げたんじゃないか。のし上げようと決めたんじゃないか。

これこそまさに、前田敦子を、「アイドルを育てる」、「普通に生きていれば絶対に陽のあたりそうもない子を自分たちがトップアイドルに育て上げる」という、
AKBの根幹を成すRPG思想の権化とせしめた原点なんじゃないか。そう思えた。

この「RPG思想」ってのは、前に少しつぶやいたことで、そのときのつぶやきを引用します。

AKBがモー娘と比べて局地的な熱狂に見え、「AKBを語る男子​を冷めた目で見る女子」という構図が蔓延しているのは、AKBが​男子特有のRPG(自分で育て上げる≒ドラクエ・モンハン・ポケ​モン的感覚)というオタク文化圏発の思想を徹底的に反映した集団​であるから。
僕が清き1票を投じた増田有華が選抜入りした感動を表現したころ​で、女子たちに「キモい」と吐き捨てるのはそのせいだ。これは仕​方ないし、これからいくらAKBが売れても続く。そんな女子は、​どちらかといえば少女時代のような育て上げようのない完成型に拍​手を送るわけだ。


引用終わり



だから、前田敦子が「暗い」とか「愛想ない」とか「性格悪い」とか言われるのは、
ある意味事実で、
でもだからこそ、そんな既存のアイドル像としては欠陥だらけの彼女は、その欠陥性ゆえに、ファンの心をひきつけ、AKBのセンターになりえた。

アイドルとしてのパフォーマンスレベルでは前田よりも圧倒的に秀でている大島や、
ファンサービスというアイドルとしての基本を徹底して3位にまでのし上がった柏木や、
既存のアイドル路線にのり、大衆化してしまった板野などを、
それでもなお数万票突き放し、トップの座を奪還できたゆえんは、
そんな前田の欠陥性にあったんじゃないか。

そういっても過言ではないと思った。

だからやっぱり前田敦子はフジテレビの日曜9時代なんていう、
既存のアイドルが上り詰めるような場所を戦闘地域として選ぶべきではないし、戦えないんじゃないか。

そう思っています。

そんな情熱大陸・前田敦子を見ての気持ち悪い感想でした。

就活生の皆さん、こんなブログですいません。
いてもたってもいられなくなっちゃいました。
最後に情熱大陸より前田敦子がわかるドキュメンタリーをご紹介。



就活の時期が近づいたら、就活について書きます。たぶんね。

社会人4年目の思索

どうも皆さん。


4月1日で無事社会人4年目を迎えることが出来ました。


「3年は働け」


なんて、よく言われますが、
とりあえず僕は入社したテレビ朝日で3年働きました。


確かに、「3年は働け」という言葉は
あながち間違っていないなと思える4年目の今日この頃であります。


それはやはり、
昨年末に念願の企画書が通り、初演出できた『キャラブレイク』。


これは3年働かなきゃ経験できなかったことです。


3年働いたことによって、
「早くもう一度自分で企画演出した番組をやりたい」という、
次なる大きな欲求と目標とモチベーションを得ることが出来たわけです。


これはやはり3年働かないと得られなかったものです。


中学生のころから大好きだったアンタッチャブルと仕事が出来ることにとどまらず、自分が書いた台本やカンぺでザキヤマさんや小木さんや大木さんが動いてくれる、
どうやったら面白くなるかを打ち合わせることが出来る、
そんな鳥肌もの、感動的なことを実現できたわけです。


ある意味夢をかなえてしまったわけです。



そして迎えた4年目。


いつの間にか番組内では年下のADがほとんどになりました。
当然新入社員も入ってきました。


東日本大震災というまさに未曽有の大災害に日本は見舞われ、
メディアの人間、バラエティに携わる人間として無力さや焦燥感を感じ、
自分に何が出来るのか、何をすべきなのか、
なんて答えのない疑問を疑問としてとらえてみたり。


しかし、冷静になれば。

きれいごととして語ってしまえば、

「自分の夢」なるものに、ひたすらにひたむきに直進することが、
結果的に自分が出来ることで、自分がすべきことで、
更にその結果としてバラエティが世の中に対して出来ることになればいいし、
僕はそう信じて進むしかない、と。



昨年末、1つの夢をかなえたと言え、まだその夢は第一段階にすぎず。


第一段階をクリアしたことで、第二段階の階段を上りたいという欲がさらに高まる。


第二段階の壁はディレクターになることであり、
もう一度自分の企画を通して番組を創ることでもあったりする。




「常に日常に危機感と疑問を持て」



という村上龍に教えられた生き方を実践し続ける。




「常に短期・中期・長期の目標を持て」



という自分なりの戒めをもう一度かみしめ、

桜の散り始めた今日この頃、社会人4年目の決意としてここに記す。




何が出来るか考える前に自分を信じて動け。

金八ファイナルを見て思う

今さらだが、19%台という高視聴率をたたき出した金八のファイナルを見た。


僕のドンピシャ世代は、ジャニーズの風間君の代、そして自分と同級生でもある上戸彩の代だ。

なるほど、確かに見ていて「なつかしいなぁ」という感情だけである程度の時間見れてしまう。

これが何シリーズに分かれて続くわけだから、様々な世代を取り組むことが可能⇒高視聴率なわけだ。


そんなことより、何よりも気になったこと。


「老い」というものがいかに残酷であるかを知らしめる金八4時間SPだった。

上手に年を取るということがいかに難しいかということが金八を見ていて痛いほどわかる。


特に最後の20%後半を叩き出し続けた「最後の送る言葉」。


あの体育館に座っている卒業生たちの8割が、金八出演時に人生の頂点を経験してしまったのではないか。


だから視聴者である僕は、画面を通して「老い」の狂気を見てしまったのだろう。


名前を呼ばれ、返事をして、起立をして、当時の映像がオーバーラップするという感動の演出が、逆のその残酷性を際立たせていた。


嗚呼金八。


そしてそのあと、堂本兄弟にて吉高由里子の美しい「現在」を見て、過去の残虐性を忘却してしまった。

やっぱり「今」を生きることが一番。

世界が見た日本と日本人

定期購読しているクーリエ・ジャポンの5月号がデスクに届いた。

世界各国の東日本大震災に関する記事のタイトルを見ただけで鳥肌が立つ、というか震えた。


「崩れるたびに日本は立ち上がってきた」(イギリス)

「危機で真価を見せる国民性」(イタリア)



その他世界各国からの応援・称賛記事多数。

そして世界各国で日本のために祈る人たちの写真。



これまでスマトラ沖の地震や、四川大地震や、チリ大地震など、世界の大災害は日本でも報道されてきた。

その映像を見て確かに日本人である僕らは心を痛めた。

だけど、こんなにも他国のことを思い、花を手向け、祈り、涙を流し、メッセージを送り、義捐金を募っただろうか?


世界の人たちが温かいのか、日本という国が世界に愛されているのか?

そのどちらが正解で、いや、正解なんでないし、正解を導くことは不要なのかもしれないけれど、政治も経済も信用できなくなっていたこの国は、世界にまだ見放されていなかった、「嫌われていない国」だったんだとふと思った。

というか、そういう前向きの解釈で良いんじゃないかと思った。


僕ら日本人が必要以上に日本国民や国民性を自画自賛する必要はないけども、この国には世界の目線を借りれば「尊敬すべき」「賛美すべき」ものがまだあるし、実はずっとあったってことを改めて確認することで、何か目に見えない正のパワーが湧き出てくる感覚は間違いだろうか。


僕はとりあえずそれを信じる。


と、村上龍のニューヨークタイムス寄稿文的な締めくくりで呟きを終えてみる。



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全国の悩める就活生に捧ぐ

全国の悩める就活生たちへ。

Facebookに過去掲載された5万字にも及ぶ『就職活動論』を多少修正・改定して第1章から掲載し始めました。是非ご覧ください。

基本的にはこのブログに掲載されている就職活動論シリーズと内容は変わりません。

見れない人はご気軽に申請をどうぞ。Googleで「芦田太郎 Facebook」で検索してみてください。



僕はというと。

毎日、バラエティ番組を担当する人間として、今回の震災に対してどんなことができるか自問自答しています。




ではまた。

夢の続き

突然ですが、僕は今、テレビ朝日の制作1部という主にバラエティ番組を制作する部署では働いています。

2008年に入社したので、3年目ということになります。

そんな僕に今回、会社があるチャンスを与えてくれました。
そのチャンスが「番組」という一つの形に姿を変え、明日12月29日(水)23時40分から放送されることになりました。

番組名は『キャラブレイク』

上司から企画書通過の知らせを受けたのが11月中旬。
そこから様々な人の力を借りながら、企画書のブラッシュアップ、タイトル、キャスティング、構成案、スタジオセット、、など、今までのAD業務と異なり、最終的な決定権が全て自分にあるという状態で作業を進めてきました。

そして、明日、いよいよそんな初企画・演出の番組がテレビを通して世の中に流れようとしています。


このブログでも『就職活動日記』として5万字近くの文字数を割いて、僕が何故『テレビ朝日』という選択肢をとったかということを書き連ねてきました。

なので、これから書くことは僕のブログを読んだことがある人にとって、繰り返しになる部分が多少なりともありますが、大学受験の時学んだように「大切な主張は繰り返される」のが長文の鉄則ですから我慢して下さい。




さて。


僕は就職活動をしている時、企業を選ぶ立場に立った時、つまり内定をいくつかの企業からもらえた時、テレビ朝日に行く気はほとんどありませんでした。

僕の選択肢は4つありましたが、残念ながらテレビ朝日は4位でした。


なんて生意気な!


と思うかもしれませんが、実際そうだったんだから事実を捻じ曲げるわけにはいきません。


だって、テレビのバラエティという仕事は僕にとって。


イメージ的に「激務で寝れなくて、家に帰れなくて、それでいて結局作っているものは『笑い』という抽象的かつ、悪く言ってしまえば薄っぺらい」そんなものだったからだ。

そんな偏屈な思想に塗り固められていた当時の自分が商社や広告代理店を蹴ってまでテレビ局に行く意味を見出すことは困難だ。非常に。

だから実際に僕はテレビ朝日を一度辞退した。

そして三井物産に行くことを決意した。一度。
確実に決意した。三井物産に行くことを。

だけど僕は今、テレビ朝日にいる。
これもまた確実なことだ。

なぜか?

僕は大学時代も含めて、とにかく好きなことを、自分がやりたいことをやってきた。
早稲田大学政治経済学部に入学したものの、政治経済という学問を修めることを選択せず、稲穂キッカーズという半軍隊的なサッカーサークルでサークル日本一を目指すことを至上命題として日々を過ごした。

そして気がつくと就職活動の時期になり、そこでふと立ち止まった僕は。


「俺は何も勉強していないじゃないか!芦田太郎という人間性以外の武器となりうる『知識』が少しもないじゃないか!嗚呼なんて情けない!嗚呼なんて情けない!」

「このまままた『好きなこと』とかほざきながら就職したら、結局おれは人生勉強せずに終わってしまうじゃないか!そんな人生で良いのか?浅はかな知識で生き続ける俺ダメじゃないか?そろそろ、せめて社会人になるときくらい勉強を選んだらどうなんだ?」

考えることを職として親父を持った息子としては、ある意味当然のコンプレックスから僕の就職活動の価値観は決定されていったのである。

だが。

大切なことは繰り返されるので、繰り返し言うが、僕は今テレビ朝日で働いている。

それはなぜか。

簡単に言ってしまえば、「自分の価値観で面白いと思うことを仕事にしたほうが面白い」と思ったからだ。

簡単に言ってしまえば、最後の研修だと思って臨んだテレ朝の研修でミュージックステーションのリハーサルを見て、「嗚呼!やっぱりテレビだ!テレビだよ!面白いのは!」と思ったからだ。

簡単に言ってしまえば、商社で日経新聞の1面を飾るような大きな取引を成立させることよりも、たとえば大好きなアンタッチャブルをこんな場面でこうやって使えば面白くなるんじゃないかということを真面目に会議で話し合える、そんな環境のほうが面白いし、楽しいし、興奮を覚えると思ったからだ。

昔ナイナイの岡村さんがオールナイトニッポンで「僕らは真面目にふざけている」的なことを言っていたが、まさにそれ。

真面目にふざけることを考え続ける日常のほうが、石油よりも、石炭よりも、どんな資源よりも魅力的じゃないか!



というわけで僕は今テレビ朝日にいる。



そして当面の目標であった、「自分が面白いと思う番組を自分で作る」という目標をとりあえず、第1段階としてクリアしようとしている。

僕は普段ADという立場で仕事をしている。
ADという仕事は基本的に補完的な作業が大半を占める。
もちろん自分で判断したり、決断したりしなければならない局面は訪れたりもするが、結局は総合演出やディレクターの意向に沿って作業を進める。

しかし、今回僕に「自分の意思で」大変の物事を思考し、決定し、形にするというチャンスを会社が与えてくれた。

これは想像通り、いや、想像以上に素晴らしいことだった。
自分が中学生のころから大好きだったアンタッチャブルやおぎやはぎをキャスティングして、出演して頂けることになった出演者と直接打ち合わせをして、その打ち合わせをもとに台本を書いて、、、

ちなみに僕が演出として初めて打ち合わせをした芸人さんは、キングオブコメディだった。
さすがにちょっと緊張した。
けど、打ち合わせが始まってしまえばそんなことはどこ吹く風。

とにかくすべての作業が新鮮で、エキサイティングで、楽しくて仕方なかった。

スタジオのセットや、番組のロゴや、台本が出来上がっていくにつれて、今自分がやっていること、自分の意思で番組を作り上げていることを自覚し、また興奮し、良い緊張感を持ってスタジオ収録にむけて作業を続けた。

運が良いことにというか、ほとんど全ての演者さんが希望通りのキャスティングになった。
そこにはもちろん、アンタッチャブル山崎さんの名前も入っていた。

そして、進行は同期のアナウンサーである竹内由恵にお願いした。
これもまた運がよく、彼女のスケジュールもあいていた。

ご存知の方も多いと思うが、彼女は入社1年目からテレ朝の看板番組といっても過言ではない、ミュージックステーションの進行を務める、いわばキャリアでいえば僕なんかよりも圧倒的に早く大きな舞台を踏んでいる。

そんな彼女が、仮の台本レベルでも赤線を引いて、「ここはどんな感じでやればいい?」「ここはこんな感じでやったほうがいいよね!」など、しっかりと番組に向き合って提案や質問をしてくれて、元来モチベーション十分で引き締まっていた僕の心は、彼女の真剣さによって、万全すぎるほどにまた更に引き締められた。



12月14日。



その収録日が近づくにつれ、自分の意思が形になっていきり、そしてそこに芸人さんたちが参加し、そして世の中の視聴者に届ける作品として動き出しているということを感じた。


そして収録当日。

スタジオには自分が美術さんと話し合って発注したスタジオのセットがあって、なんだかわからないけど鳥肌が立った。

自分の考えていたこと、伝えたこと、それが今目の前で形になっている、そんな感慨から来る鳥肌だった。

もちろんスタジオフロアを仕切るのも初めて。
だけどそんな不安なんて、いやむしろ不安なんて言う概念が存在していたんだろうかと思うほど、僕は興奮していたし、わくわくしていたし、その現場を楽しんだ。

セットに芸人さんたちが入り、収録が始まり・・・

2時間の収録はあっという間だった。

とにかく笑った。

自分が考えていた、企画したものは間違いではなかった。面白い。

文字通りその思いは目の前で確信に変わった。

力不足の僕のフロアをフォローして同期の竹内も頑張ってくれた。
そんな彼女の収録後のブログを見て泣けてきた。
http://ameblo.jp/sakicchoblog/entry-10736896182.html

そして編集。

30分番組といえど、もちろん本編を自分で全て編集するなんて初めて。
せいぜい2分くらいのPRを作ったことがある程度だ。

そんな俺がいきなり30分なんてつなげるだろうか?なんていう不安ってあったはずだけど、もはやなかったんじゃないかと思うほど、編集はスムーズに、いや、実際結構時間はかかっていたのかもしれないけども、自分の中ではスムーズに進んだ。

テロップも加工も世界観も自分で決められる。
またまた、そんな責任の所在を確認しながら、かみしめながら編集に勤しみ。

とにかく、自分が面白いと思うものを創る。その一心で頑張って編集しました。

色々な意見があるとは思いますが、現状できる僕のベストなパフォーマンスを番組に詰め込みました。

そんな番組、

『キャラブレイク』がテレビ朝日で明日12月29日(水)23時40分から放送されます。
http://www.tv-asahi.co.jp/charabreak/

まず、1つ目の夢を現実にできたと思っています。強く確実に。

少しでも面白いと思ったら皆さんHPからイケてる書き込みをお願いします!!


まだまだ僕の夢は終わりません。
始まったばかりですから。

12月29日(水)23時40分

みなさん久しぶり。

皆さんに重要なお知らせがあります。


僕は今、テレビ朝日で働いて3年目になるんですが。


12月29日(水)23時40分からテレビ朝日で、


芦田太郎企画・初演出の番組が放送されます!!!!


HPはこちら

→http://www.tv-asahi.co.jp/charabreak/




実は収録は14日に終えていて、あとは編集を残すのみになっています。



本当に0から自分で考えて、もちろん作家さんなどの力も借りながら、キャスティングして、台本を書いて、収録して、、


とにかくすべてが充実している日々といっても過言ではありません。


後は作品として世の中の人に面白いもの、いいものを届けるのみ。


みなさん、時間があったら、いや、ない場合は録画をして見てください。

よろしくお願いします。

15年目のめちゃイケと。

今日は非常におかしなテンションでブログを書きます。
だからそういうフィルターを通して読んでください。
途中できっとその意味がわかるはずです。

では。







昨日、というか正確に言うとおとといの土曜日、めちゃイケのスペシャルが放送されました。

見た方も多いのかもしれませんが、めちゃイケメンバーオーディションSP的な内容です。



僕は本当に久しぶりに、会社のデスクではありますが、OA中トイレにも行かず、同じイスに座って始めから終りまですべて見ました。


そんな番組って本当に久しぶりで。



ふと周りを見渡してみると、珍百景のスタッフも、学べるニュースのスタッフも作業を止めて、同じテレビに視線を向け、同じタイミングでスタッフルームに笑い声が響き渡っていました。


そんな素敵な光景を目にしながら、僕は15周年を最大の危機と同時に迎えためちゃイケを食い入るように見つめていました。



一度注釈を入れておきますが、僕は「テレビ朝日」の社員です。

めちゃイケは「フジテレビ」の番組です。

念のための確認です。



僕にとって「めちゃイケ」という番組は、とにかく大きい、大きすぎる番組です。

テレビ朝日の入社試験の面接でも、4回の面接において、おそらく4回「好きな番組はめちゃイケです」と開口一番に、そして自信を持って答えていました。


そして


「めちゃイケのような、いや、大好きなめちゃイケを超えられるような番組を創りたいです」


そう、フレッシュな就活生の僕は声を大にして言いました。



昔ブログにも書いた気がしますが、


めちゃイケという番組は、僕のすべてというよりも、「芦田家のすべて」でした。




土曜よる8時。



毎週この時間が僕にとって、いや、芦田家にとって楽しみでした。



土曜よる8時。


めちゃイケ合わせで芦田家の夕食は準備されます。


放送が始まるころには母親は夕食の準備を済ませ、家族3人、つまり芦田家全員が芦田家の食卓に着きます。


そして僕らは家族全員でめちゃイケを見ます。


これは決して芦田家にある決まりとか法律とかそういうものではありません。



しかし、なぜか、暗黙の了解のように、



「土曜よる8時には全員が仕事や遊びを済ませ家族集合してめちゃイケを見る」



という共通認識を持っていたのです。


そして当たり前のように土曜よる8時に家族3人で食卓とめちゃイケを囲み、3人で笑い、ときには親父と「ここが面白い、あそこが面白い、こうしたほうがもっと面白いのに」なんて話しながら僕の「テレビ観」は形成されて行きました。


月日は立ち、当然というべきか、僕はませていくにつれ、帰りも遅くなっていきます。


高校2年生、3年生・・・そして大学生と年をとっていくにつれて、8時に帰ることは5時のチャイムで帰ることくらい困難になります。



そして、僕はだんだんと芦田家の共通認識を破壊し始めます。



「ごめん、今日はめちゃイケ一緒に見れないわ」



何とも言えない嫌悪感と罪悪感に襲われながら、高校生の僕は母親にメールを送りました。

土曜日のよる8時以外であればどんな曜日でも、その何とも言えない罪悪感は僕の心に形成されることはありません。


さらにハードディスクレコーダーの普及がこの共通認識に破壊を加速させてしまいました。




そんなこんなで、次第にめちゃイケを芦田家全員で見ることは減っていったものの、それでもやはり芦田家の根底に根付くその共通認識は僕のバイオリズムに根深く根付いており、「出来る限り、なるべく、その時間に帰って一緒に見よう」と僕の足を家へと向かわせました。



なぜそこまで?

なぜめちゃイケなのか?



なぜ?



正しい答えが何なのか僕にはわかりません。


それは、「面白いから」なんでしょうか。


でも「面白い」番組は他にもありました。


なぜめちゃイケだけが芦田家の共通認識となったのか。

今、冷静になった今、冷静に振り返ってみても、よくわかりません。



とにかくそれはめちゃイケだったのです。



そのめちゃイケも、僕が社会人になり、あの「めちゃイケ」と僕は同じ世界で働くことになり、めちゃイケへのスタンスというか姿勢というか向き合い方も、少しずつ変わっていきました。



当然ながら家を出て一人暮らしを始めた僕は芦田家の共通認識を完全に破壊してしまいます。

それでも僕のめちゃイケへの思いは焦ることなく、入社以来今でも自宅のハードディスクレコーダーには毎週めちゃイケを録画しています。


そして空いた時間を見つけ、必ず毎週OAをチェックしていました。


しかし、当然ながら、僕が見るめちゃイケは、あの頃のめちゃイケと違いました。


僕の周りには僕以外誰もおらず、いつもの食卓もなく、笑い声は当然僕の笑い声だけ。


そして気づくと僕のハードディスクレコーダーのめちゃイケは消化されることなく、溜まっていくようになっていました。



それは最近面白くないから?

忙しいから?


この業界に入って当初、いや、つい最近までは、業界に入ったからこそ「めちゃイケのすごさ」がわかり、勉強も含めて必ずチェックしていためちゃイケ。


そんなめちゃイケを少しずつ見なくなっている自分がいました。


久しぶりに見ても「あまり面白くない」と感じてしまっている自分がいました。
そしてそれと平行するように芳しくない視聴率を横目に見ながら「ああやっぱり」と思うと同時に、こんなはずじゃない、めちゃイケはこんなもんじゃない、絶対にもっと面白いはずだと勝手に言い聞かせている自分がいました。


と思っていたのですが、そこに岡村さんの休養というニュースが飛び込んできました。


これ以上弱弱しくなっていくめちゃイケを見たくない、もはや僕は何さまで、何キャラなんだか書いている自分でも気持ち悪くなってきましたが、本当に僕はそう思っていました。





そして迎えた土曜日のOA。




放送時間2時間30分。


イスに座り続け、笑い続けた自分がいました。


その横には芦田家もその食卓もありませんでしたが、僕は何か懐かしい胸騒ぎと興奮に包まれていました。


そこには、僕に負けない、いや僕以上にめちゃイケという番組を愛しているスタッフと、出演者と、そしてオーディションを受ける人たちがいました。


そのエネルギーはハンパじゃなく、でもそのエネルギーは漏れることなくしっかりOAに凝縮されていて、


「そうだ!これがめちゃイケだ!どうだ!」


と、感動しながらスタッフルームで笑いあう同僚たちにシャウトしそうな自分がいました。




この業界に入ったからこそ、めちゃイケという番組のストイックさ、厳しさ、すごさに気付きました。
彼らの苦労に比べたら俺なんてもっと頑張らないと。そう思うこと果てしなく。




15年目を迎えためちゃイケ。


思えば僕が毎週楽しみにしていたのは、



「今週はどんなことやるんだろう」


という期待感でした。



これはテレビバラエティー全般に求められている視聴者の期待です。



今、こういう番組は限りなく少なくなっています。


そんな思いを満たしてくれるのはいつもめちゃイケでした。




そんな15年目を迎えためちゃイケ。


15年目を迎えた今もなお、その「期待感」は健在でした。



そして。



社会人3年目を迎えた僕。




まだまだやりたいことがあるし、やることがあるし、やらなきゃいけないことがある。




めちゃイケのような、めちゃイケ以上に面白い、「期待感を持った」番組を作りたい。



そう心に決めた10月9日の夜でした。

就活と学歴

ブログを書く。
久しぶりだ。実に久しぶりだ。

それは、書くことがないというのもあるし、忙しいというのも少しあるし、いや、やっぱりそれはあまりなくて、ツイッターという新しい即時性のある媒体が登場したということもあるし。

まぁ、とにかく総じて言えば、ブログを書くというエネルギーを要する行為にかまけるほどのエネルギーを僕が持ち合わせていなかったのと、書くというエネルギーのモチベーションとなるような出来事もなかったということである。



というか。


何か「ブログを書く」という言葉の響きにすら少し古さを感じてしまうのは僕だけだろうか?

ブログすらも風化し始めている気がしてしまう現代情報化社会日本。

嗚呼恐ろしい。


さて、そんなことよりも僕はなぜブログを書き始めたんだろうか。
それは、AKBのセンターがジャンケンで決まるという衝撃が原因でもなく、また日テレのアナウンサーが自殺したということが原因でもなく、村上龍がついに電子書籍に手を出したということが原因でもなく。


むしろ、表面上はそれらの出来事よりも僕の身の回りではたいした事が起きていない。

嗚呼、回りくどい。これだから芦田のブログは。

そうなる前に筆を進めよう。


僕は最近、ある特番の企画で、街に出て、主に若者にインタビューロケを行っている。

ざっくり言ってしまえば、それらを通して思ったこと、考えたことがある。

それを、この時代遅れになりつつある媒体に書き記そうというモチベーションを今、得ている。


それはある大学付近でインタビューを行っているときだった。



芦田「インタビュー協力ありがとうございました」

学生「今年就活なんですけど、うちの大学みたいな学歴じゃ良い企業入れませんよね?」

芦田「何言ってんの。そんなことないよ。頑張れよ。」



僕はもっともっと言いたいことがあったが、あまり時間がなかったし、その彼はテストだといって去っていってしまったし、上記のような中身のない応答で会話を終えてしまった。

嗚呼。

今でもやはりこんな考え方を持つ学生がいるのだなぁ。

と悲しんでいるのもつかの間、結局同じような趣旨の発言をする学生は街中や大学付近でちらほらと僕の前に姿を現したのだった。


そこで僕は自身のブログを読み返し、ちょうど「学歴と就活」に関しての応答を読者の人と過去に行ったことを思い出した。


そこで、いつもの調子で、というか久しぶりに「ほっとけない!」と熱くなってしまい、今キーボードをパチパチ叩いてしまっている。



以下、少々新たに筆を加えて僕の考えを追加しているが、掲載する。
就活に悩む人は読んでほしい。





書き込んだ人:みん就フォーラム出席者  

就職と学歴に関する記事が読みたいです。
自分は女でしかも浪人して、マーチ未満の大学に在籍しています。
負い目やコンプレックスは全く感じていませんが、ただ就活での「現実」はどういったものなのか知りたいです。
くだらない質問ですいません。。。


それに返信する芦田  

学歴が就職活動に関係あるかと言ったら一概にどちらとも言えないというしかありません。

テレビ局で言えば、テレビ東京などは僕が受験した時は大学名を伏せて受験させられました。

そういった採用形式を取っている企業は最近少なくありません。


ただ言えることは、あなたが新卒の就職活動を行うからには、新卒の就職活動をやると決意したからには、自分の学歴を気にしたところで何もメリットはないというか、コンプレックスに思った時点で負けてしまうということです。

あなたが「新卒の就職活動をする」と決意したということは、現行の就職活動というフィールドに参加する、つまり4年制大学を卒業し、大学生活で得た自分なりの経験、知識、そして学歴を引っさげて、企業と戦うことを決意したということです。


その「システム」に参加することを承認したという責任が生じます。


そこで、例えあなたが自分の大学にコンプレックスを持ったとしても、当然今更大学を変えることができないし、「ではそもそもなぜ「システム」に乗ったんだ?」「そんな不平不満を言うやつがシステムに乗るな!」といわれても仕方ありません。


それが事実です。


また、「自分の学歴は低いからマーチ以上の人間には勝てない」と思っていても何も始まりませんし、本当の意味で「就活において勝てる」わけがありません。

ところが、あなたが懸念するように、得てして学歴で判断する人間や企業は無いとは言い切れないかもしれません。

しかしそういった「システム」そのものに不平不満を述べたところで、就職活動をやると決めた僕らは無力ですし、先ほども言ったようにその「システム」は残念ながらすぐに変革を起こすことはありません。


その「システム」に強い憤りを感じる。


本当にそう思うならば、そのシステムを変えるにはどうしたらいいのか?

どこに就職することがそのシステムの破壊につながるのか?

政治家?官僚?新たに自ら起業?自分探しの旅?


その答えは僕にはわかりません。


ただ、本当に「システム」に強い憤りを感じるならば、そんな「システム」に俺はのらないと責任を持って言い切るならば、就活はせずに何か自分で決断をした「行動」を取るしかないんじゃないでしょうか。


「システム」に乗ったからには、学歴だけで判断するような企業に自分がめぐり会わない、もし会ってしまってもそれは交通事故のようなもので、かつ、そんな企業こっちから願い下げだわ!と強い意志を持ってやりすごし、マーチ以上の人間に学歴以外の面で圧勝する準備をする(逆に言えば、この場合マーチ以上の人間があなたと比べて勝っている部分は学歴しかない)しかないのではないでしょうか?


それが、あなたが本当の意味で「学歴と戦う」ことだと思います。


あなたが本当に魅力的な人間ならば、面接官は大学名だけで判断して、あなたを落とすでしょうか?


答えはNOです。


就活をやるというのは、そのシステムに参戦すると決意することは、極端かもしれませんが、スラムダンクの安西先生風に言えば、「断固たる決意」が必要だと思います。頑張ってください。




新たな書き込み:Von 

芦田さんみたいな強靭な精神の持ち主に憧れます。
私は24歳の+3で1年、留年しているのですが一向に内定が貰えません。学歴も下位マーチです。

言語学に興味があって早稲田の一文を志望していたのですが、受験で失敗してしまい、在学中何もしてきませんでした。

失敗と後悔だらけの人生です。

20数年で人生を決めつけるのは尚早かもしれませんが、自分のこれからの人生を思うと暗い考えしか浮かばず、芦田さんのように人生を切り開く力が羨ましい限りです。

芦田さんは私みたいな屑な人間の心、理解できますか。



それに対する返信:あしだ 

>VON

悲観的な考え方から生み出されるものはマイナスのものでしかありません。

失敗と後悔ばかりの人生といいますが、「失敗は成功の元」という有名な格言があります。


「あー芦田もそんな適当なフォローをする程度の人間か、書き込んで損した!!」


と、お思いかもしれませんが、ちょっと待ってください。

そもそもあなたのいう「失敗」や「後悔」はなぜ生じてしまったんでしょうか?


「俺の人生は失敗や後悔だらけだ」と嘆いて時間を浪費するよりも優先して、「自分はなぜ失敗したのか」、「自分は何を後悔しているのか」という、原因究明に努める時間を割いているのでしょうか?


というか、そもそもあなたのいう「失敗」とは何でしょうか?


コメントから見る限り「受験」のようですが、では、受験を失敗した後の学生生活はなぜ失敗だったのでしょうか?失敗してしまったのでしょうか?


学歴についてのコメント返信でも僕は書きましたが、学歴コンプレックスはもうすでに結果としてそこにあるものなので、本当にあなたが学歴について憂いていて、悔しくて、嫌気がさしているならば、僕が出来るアドバイスは、再受験していわゆる「学歴」のある 大学を目指し、再受験をするという趣旨のものでしかありません。

あなたがそこまで「学歴」にこだわるならば。



しかし、仮にあなたが再受験するモチベーションを持ち合わせるほど学歴にこだわらないならば、学歴という目線で自分の人生を計ることをやめ、学歴だけをプライドに生きているようなしょうもないうんこ達と対等以上の戦力で戦う準備をするべきです。


その戦力が何なのかはあなたの価値観で決めてください。というか決めるべきです。


あなたが夢中になれるもの、それはサークルなのか、学問なのか、アルバイトなのか、旅行なのか、読書なのか、僕が決めることではありません。


とにかく自分が「学歴では勝負できない」とわかった、認識した時点で、前を向き、思考を切り替え、学歴以外で勝負するもの、文字通り「あなただけの経験」を得る期間に入らなければいけません。


そういうモチベーションすら失ってしまっているのならば、残念ながら僕がアドバイスできることは何もありません。


なぜ下位マーチのあなたが人間の屑なんですか?

偏差値的にマーチ以下の人間はくずなんでしょうか?

そうなると日本人のほとんどは屑になってしまう。

そうではないことを証明することが、あなたが本当の意味で学歴に勝つということだと思いますし、あなたを突き動かすモチベーションになりうるエネルギーなんじゃないでしょうか?




以上。


僕に「うちの大学みたいな学歴じゃ良い企業入れませんよね?」と聞いてきた学生たちに是非読んでほしい。



だいたいそもそも「良い企業」ってなんだよ。


それについての僕の思いは以下で。
『就職活動におけるタブー』
http://blog.livedoor.jp/taro_0726/archives/50985933.html




では、またブログでお会いしましょう。
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