大島優子卒業宣言。

それは突然やってきた。

あまちゃんでもなく、
嵐でもなく、
綾瀬はるかでもなく、
紅白の主役は私だという魂の叫び…

なのかと思ったが、紅白が終わった今、違う気がしてきた。


ネット上では早くも賛否の否が優勢という様相を呈しているが、
冷静に振り替えって考えてみると、
彼女の紅白歌合戦における卒業宣言は、
「身投げ」とも言えるのでは無いか。


それは何故か?

そもそも大島優子という人間は、
前田敦子というAKBにおける絶対的センターあってこその存在だった。

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アイドルというカテゴリーにおいて前田敦子と比べたときに、
「アイドルらしさ」という観点では、一見その多くの要素で
前田敦子を上回っていたように見える大島優子。

だが、その輝きはあくまでも前田敦子あってこその輝きなのだ。


その前田敦子については、
これまで3回にわたってこのブログでも考察してきた。

前田敦子がなぜAKB48のセンターたらしめたのか?
その問いに対する答えが、
今回の大島優子に関する考察にもつながってくるので
一度振り返ってみようと思う。

以下は、another skyでの完全に解放された
前田敦子に対しての考察である。

※以下抜粋

another skyでの前田敦子には、
完璧な開放感に満ちあふれた笑顔があった。

見ている側が「やめてよかったね」と
心から思える笑顔であった。

ここでふと思う。

大島や指原や渡辺(麻)は、
果たしてAKBから解き放たれた時、
これほどまでに明白な変化を含んだ開放感を表現できるだろうか?

答えはNoだ。

それは、彼女たちはAKBのセンターであることを
宿命的に背負っている、背負わされているわけでは無く、

「前田敦子の次」
「前田敦子を超える」

つまり、結局必ず、前田敦子の幻影が
ついて纏うわけで、逆に言えば
前田敦子の存在に依存することが出来るからだ。

前田敦子にはそれが出来ない。

自分より歌が上手くて踊りが上手くて
可愛くてトークも上手い子がいるのに
なぜ私はセンターをやらなきゃいけないの?
と泣きながら拒絶した初代センターは
そんな自信を持てない自分と戦い、
壮絶な「アンチ」と戦い、
総選挙と戦い、
何と戦って、それに勝てたとしても
何が待っているのか?という問いと戦い、
ボロボロになって満身創痍で
センターに立ち続けた。

それ故に、前田敦子という幻影が必ず前提条件として
存在する、前田敦子なき後のセンターたちは、
いつまでも前田敦子のセンターを超えることが出来ないし、

それ故に、AKBのセンターは
やはり前田敦子しかいないのである。


※抜粋、終わり


この理論から逆算すると「大島優子」という人間の
AKB48における存在意義みたいなものが見えてくる。


大島優子は唯一無二のセンターである前田敦子の
「唯一無二のライバル(=対抗馬)」であったのだ。

あえて数字でその事実を証明すると、
選抜総選挙の順位変動を観れば明白である。

2009年から前田が所属していた2011年までの1・2位の順位変動

2009年:選抜総選挙
1位:前田 2位:大島

2010年:選抜総選挙
1位:大島 2位:前田

2011年:選抜総選挙
1位:前田 2位:大島

ちなみに前田が卒業した2012年は
1位:大島 2位:渡辺(麻)


この1・2位独占状態はご存じの方も多いだろう。
しかし、さらにその2トップ独走を証拠づけるのが
その「獲得票数」である。


2009年は、AKB48自体の知名度が世間的に低い中の選挙だが、

1位:前田 4630票
2位:大島 3345票
3位:篠田 2852票
4位:渡辺 2625票

AKB初の選抜総選挙。
前田の圧勝振りが際立つが、
3位以下が2000票台に対して、
1・2位の票数が抜けていることが分かる。

余談だが、この選挙における2位発表時、
前田の猛烈なアンチによる「前田コール」
(2位は前田が呼ばれるべきだという意味の嫌がらせコール)
は有名な話である。

このコールを受けた前田敦子が
満身創痍で臨む2010年の総選挙は、
前田にとって壮絶に残酷な結果を突きつける。

そしてさらに、
2010年以降は一気にその2トップぶりが顕著になる。


1位:大島 31448票
2位:前田 30851票
3位:篠田 23139票
4位:板野 20513票

結果的に前回選挙の壮絶な前田アンチの力に
屈した前田は大島に敗れるという大波乱の選挙。

大島はこの選挙で初めて前田敦子に勝利し、
彼女が卒業宣言をすることとなった
『ヘビーローテーション』で、初センターの座を射止める。
後述するが彼女のAKBキャリアの頂点はここだった気がする。


2011年(前田最後の総選挙)

1位:前田 139892票
2位:大島 122843票
3位:柏木 74252票
4位:篠田 60539票


総投票数の激増にまず驚かされるが、
満身創痍の前田が貫禄の1万票差で大島をねじ伏せ圧勝。

壮絶なアンチを乗り越えて掴んだ勝利の末、
号泣しながら彼女が放った言葉

「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないで下さい」

は、あまりにも有名だ。


まさに「実力」で王座奪還を果たした前田がセンターを務めた
『フライングゲット』はAKB48史上初のレコード大賞を受賞し、
前田敦子は名実共にAKBのセンターとなった。


そして彼女はこの選挙を最後に、
選抜総選挙という舞台に立つことは無く、
極端に言ってしまえば「勝ち逃げ」のような形で
AKB48を伝説的に卒業してしまう。


残された大島優子は、
ただただ「前田敦子が抜けたAKB」、
「センター不在のAKB」を背負う戦いを強いられるが、
その「戦い」の相手は、今までのように目の前で踊る
「前田敦子」では無く、

「やっぱりセンターはあっちゃんじゃないと…」
「あっちゃんいなくなったらAKBも終わりじゃ無い?」

という決して目に見えない総意みたいなもので、
彼女がどんなに強い意志を持とうと、
自分にどれだけ鞭を打とうと、
たかみながどんなに慰めようと、
目に見えないものは目に見えるはずが無く、

「前田不在の選挙で勝利するのは当たり前」という

決して勝利したとしても、「当たり前」と処理される
全く持って前向きでは無いプレッシャーに苛まれて
AKB史上初の前田不在の選挙を迎える。


そしてその結果は案の定、「当たり前」の結果となった。

2012年:選抜総選挙

1位:大島 108837票
2位:渡辺 72574票
3位:柏木 71076票
4位:指原 67339票

文字通りの圧勝である。
唯一の10万票超え。

だが、前年度の自分が獲得した12万票には遠く及ばず、
前回選挙の前田の票や自分に投票されていた票は
おそらく他のメンバーに拡散された。

数字上は圧勝に見える1位だが、
3万票近く大島に突き放された
2・3位の渡辺・柏木が超僅差で競っていることから、
「大島が戦う相手はやはり不在」であることが
証明されるという、皮肉な選挙結果となる。

その時のスピーチで大島は

「もう一度、この景色が見たかった」

と、泣きながら語ったが、
そんな勝利宣言より何よりも印象的だったのは、
サプライズで登場した「目に見えるライバル」
前田敦子との抱擁シーンだ。

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その時の彼女の安心感に満ちた笑顔が
この選挙における最も美しい笑顔だった気がする。

本当の意味で、彼女の戦いはこれで終わって良かったのかもしれないが、
「勝って当たり前」の選挙を勝利し、「目に見えていたライバル」からの
祝福を受けた大島優子は、再び目に「見えない敵」と戦うことを選ぶ。

このモチベーションの源泉は彼女にしか分からないものだが、

「もしかしたらまた「目に見える敵(後輩)」が現れるかもしれない
それまでもう少しAKBのために頑張ろう」

そんな責任から自分にさらにもう一度鞭を打ったのかもしれない。

しかしやはり何をどうひっくり返そうと、
大島にとっての「ポスト前田」は渡辺でも柏木でもなく、
前田敦子しかいないのだということが翌年の選挙で証明されてしまう。

つまり、大島優子は翌年の選挙において、
ポスト前田を見つけるどころか、
自らが「ポスト前田化」=後輩が倒すべき存在化してしまうのだ。


勝って当たり前の選挙に勝利した後に待ち受けていたのは、
後輩達が超えるべき目に見える存在化という圧倒的シニシズム。

かつて秋元康は

「AKB48とは「大島優子の一生懸命さ」のことである」

と言ったらしいが、

誠にこの言葉は正しく、
大島優子が一生懸命になればなるほど
前田敦子は唯一無二の絶対的センターになり、

そんな前田去りし後は、
大島優子が一生懸命になればなるほど
後輩達にとっての越えるべき壁としての
存在感、意味が増すという哀愁。

その哀愁が極限に達したのが
2013年の総選挙である。

1位:指原 150570票
2位:大島 136503票
3位:渡辺 101210票
4位:柏木 96905票


大島にとって何と戦い、
何に勝てば良いのか分からないまま迎えた選抜総選挙。

結果はまさかの指原が歴代最多投票での勝利。
皆さんご存じの方も多いと思うが、
名実共にこの選挙の主役は指原で、
大島は完全にかませ犬化してしまう。

僕はこの歴史的瞬間を会場で目にしたが、
大島の2位が決まった瞬間会場はどよめいた。
そのどよめきは「歴史が変わる」という仰々しいもので無く、
「指原1位?マジか?」というバラエティ的どよめきだった。

頭の良い指原はその空気を瞬時に察し、
大島優子が2位と分かった瞬間にカメラで抜かれたのだが、
頭を抱え、会場の笑いを誘った。

そんな中、半ば諦めたような表情で
笑顔とも言えない笑顔を浮かべながら大島優子は
いかにも「らしい」言葉で指原の下剋上を表現した。

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「涙もひとつも出ない。
お腹を抱えて笑ってしまう総選挙は初めてです。
去年は「踏み台にしてほしい」と1年間、
後輩のため、AKBのためと思ってやってきました。
私は、「踏み台にしてほしい」っていうのは
ちょっと違う人だったなと(笑)…」




彼女はここでも「一生懸命」、
エンターテイナーとしての大島優子として振る舞ったのだ。

実際、このスピーチは騒然としていた会場を
笑いに包むと同時に、安心させた。


「あ、笑って良いんだ。指原1位って笑って良い現象なんだ。」

と、僕らは大島優子の言葉で、
この順位が示す意味みたいなものを確認できた。


そして大島はさらに「らしい」言葉で続ける。

「(中略)そして、新しいAKBになることがすごくわくわくしています。
楽しみでしょうがないです。
どんなコミカルグループになるのか。
果たしてもっともっとアイドルになるのか…」


あくまでも、自分本位では無く、
AKB全体の進む道を示すコメントなのだ。

なぜなら彼女には戦う相手がいないからだ。
指原に2万票近く差を付けられても、
それは指原(を含めた後輩達)にとっての「勝利」に過ぎず、
大島にとっては、「敗北」ではないのだ。


結局大島優子は、
自分の存在意義を常に確認出来た前田敦子が卒業してから、
その存在意義を見いだす対象を「AKBグループ」という
実態がありそうで実態の無い場所にしか見いだすことが出来なかった。

だから結局、スピーチは勝利も敗北も無く、
その矛先はグループの今後となり、
冷静に聞いているとお前は秋元康か?という始末。


この切なさ極まりない現場を目撃させられた
にわかの僕でさえ、

「もうこのがんじがらめの逃げようのない呪縛から
解き放ってやってくれよ!」

と、叫びたくなるほど、大島優子はボロボロだった。
気がする。

今思うと、ここで卒業しておけば良かったのかもしれない。
彼女のスピーチから、つまり彼女の口から、
戦う相手がいないことを明言してしまったのだから。

この後彼女は何を支えにAKBを続けていくのか?

その疑問と不安は、この年の紅白歌合戦で爆発してしまう。
それは視聴者にとっては突然だったが、
彼女にとってはもう限界がゆえに発された卒業宣言だった。

紅白歌合戦という
未だ視聴率50%近くをたたき出す国民的番組で、
49組中41番手という大役を任される程に大きくなったAKB48。

それは大島優子がスピーチで語った望み通りとも言える。


しかし、神様はやはり一筋縄で大島優子を幸せに送り出してはくれない。


この日、AKB48のメイン楽曲として歌われたのは
『恋するフォーチュンクッキー』だ。

150万枚近くを売り上げ、さらに振り付けが話題を呼び、
まさに「国民的」ヒットとなったこの曲のセンターを務めたのは
大島優子では無く、大島を「踏み台」にした指原莉乃である。

彼女が「勝って当たり前」の選挙でセンターを射止めた
「ギンガムチェック」はミリオンセラーとなったものの、
「国民的」な歌になったとは言い難い。

そんな後輩の下剋上を後ろで盛り上げる大島優子。
その笑顔はいつもと変わりない「一生懸命」なものだと思っていた。

しかし、それは決意の笑顔でもあった。

もはや仕組まれた演出とも思えるくらい皮肉な選曲、
前田敦子から奪い取ったセンター曲
「ヘビーローテーション」前のMCで、突然彼女は卒業を発表した。

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恐らく、AKB関連のライブ以外の場所で
初めて卒業を発表した人間となった大島優子。

その発表は「もう私は限界です」という悲痛な叫び、
「身投げ」にすら見えてしまう悲壮なものであった。


その瞬間会場は一瞬どよめき、
大島を「踏み台」にした指原はすぐに泣き出してしまった。
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異様な空気のまま、残酷に時は経過する。
普段であれば、ここでMCに入り、
その葛藤の過程、なぜ辞めるのかなど、
胸の内を思うままに語ることが出来る。


だが、ここは紅白歌合戦。
AKBのファンだって会場には半分もいないはずだ。
彼女の話を耳を傾けて聞く人間は、
いつものライブと比べればずっと少ない。

それに加えて生放送。
彼女に与えられた時間はほんの数十秒で、
ヘビーローテーションは否応なくスタートしてしまう。


もうここからは痛々しくて観ていられなかった。
ただ一人、何か突き抜けたような笑顔で、
最初で最後の前田敦子に勝利した末に掴んだ
センター曲「ヘビーローテーション」を「一生懸命」披露した。

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その後、彼女が紅白で言葉を発することは無かった。

後の会見でこれは大島優子があくまでも「個人的に」
このタイミングで卒業を発表することを決め、
秋元康にその件を相談し、秋元康からNHKに相談をしてもらい、
了承を得た上で発表したという経緯が語られた。


それに対し、というか、
大島優子が電撃卒業発表をした瞬間から
ネットでは賛否の否が優勢の様相を呈してしまう。

「場違い」
「紅白を私物化してる」
「自分たちのコンサートで発表するべき」
「公共の電波を使うのって勘違い」


それらの批判は確かに一理あるかもしれない。
だが、少し待って欲しい。


彼女は、2006年に2期生としてAKBに加入してから
絶対的なセンターである前田敦子という存在を
常に意識せざる終えないアイデンティティーを手にしてしまった。

そしてそのライバルは去り、
もうとっくにアイデンティティーが崩壊していたにも関わらず
「AKBのために」選挙に出馬し、
指原の「踏み台」となり、新たなAKBの幕開けの「犠牲」となった。

だから去り際くらい「私物化」して良いじゃ無いか。
最後くらい「勝手に」「思うままに」卒業させてあげて良いじゃ無いか。


客観的に観れば、あのタイミングでの卒業発表は確かに
「紅白歌合戦の私物化」とも言える。

AKBに全く興味が無い、単純に紅白歌合戦を楽しもうと
視聴している人にとっては、

「は?なんなの?知らねーし!どうでもいーし!」

かもしれない。
自分自身も見た瞬間はそれに近い感情を持った。


だが、そんなことは、AKBの中で誰よりも長い芸能生活を送ってきた
彼女自身が一番わかっていることだと思う。


それでも、大島優子はあのタイミングで卒業宣言をした。
多くの人が不快感に近い感情を持ち合わせてしまうことが
容易に予想されるタイミングで。

それくらい彼女は追い込まれていたのだ。
AKB48というシステムにおける自分自身の崩壊したアイデンティティーに。

だからといって、彼女に全く罪がないと言いたいわけでは無い。

大島優子をそんな極限状態まで追い込んだとも言える
AKB48というシステムを知った上で、
あの卒業宣言をもう一度見直してみても良いのでは無いか、
卒業おめでとうと笑顔で送り出して上げても良いじゃ無いか、

彼女は「一生懸命」やったんだから。