2005年02月28日

ライブドアとフジテレビ、どっちが汚い?

 堀江バッシングが盛んだ。

 とりあえず、今回は、(僕個人としてはどうでもいい)法律論から。どうでもいいなら書かなければいいのに?。書きやすい題材なので、書いてしまいます(笑)。相変わらず、「元生徒達にも分かりやすく」を目指しているので、議論が少々単純化されていることは承知の上で読んでください。


 今回、トラバってものを使ってみた(今更の実験)。僕の今回の文は法律論という観点からなので全然関係ないのだが、まあ、練習。無関係な感じのトラバだが、話を広げるためってことで大目に見て下さい。つーか、まあ、友人だし許してくれるだろう。

 トラバ先は、こちらのサイトの、こちらのエントリー
 このエントリー以外にも、是非、読んでみてもらいたい。
 法律論とは違う、今回のライブドア関連の、もっと重要な問題に触れています。

☆★☆
 さて、本論。

 そもそも株式取引のやり方に、倫理を持ち込もうという輩がいることには、辟易としてしまう。
 ビジネスや資本主儀に倫理がいらないとは、実は僕は思っていない。
 一対一の交渉事であれば、道義に沿ったやり方が必要かもしれない。モノを売る場合に消費者の立場を無視した販売が認められて良いとは思えない(「資本主義と倫理」なんてこれはこれで、話が長くなるので、ここで終わり)。



 しかし、堀江氏が批判されているのは株式市場の話だろ?。一番、魑魅魍魎が跋扈していておかしくない、数字だけの世界だ。そんな中での「振る舞い」について、とりあえず合法である(←重要)にも関わらず、道義がどうのとかいっている人間がいるとは・・・。


 もちろん、彼のことを全面的に擁護しようと言う気はないが、この点は別の発言で。



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 とりあえず、「やり方が汚い」とかいう批判をしながらも、法律的によりダーティなのは、今回のフジ・ニッポン放送が採った措置だろうと言いたい。


 ライブドアもフジも、どちらも「グレーゾーン」かもしれない。が、法律業界で「違法」とされやすいのは、フジのやってることだ。もちろん、業界内にも争いのある論点だから真っ黒なわけではないけど。


 どういうことか?。

 新株発行に関して言えば、既に地裁レベルで「主要目的が資金調達でないならば違法」とされると判決が出ている(東京地裁・忠実屋事件)。


 今回のニッポン放送のやったことは?。
 今回は主目的が、資金調達ではない。
 「株主選び」である。「誰を株主としたいか」を主目的としている。
 今までの判例であれば、かなり明白に違法だ。

 最高裁判断が出ていない以上「真っ黒」ではないが、限りなく黒に近いグレーだ。

 違法に近いことをやっている連中がライブドアが倫理に反するとか汚いとか言っている姿は滑稽ですらある。


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 ただ、あの判例は新株発行の話であって、新株予約権の話ではないという主張もあるらしい。

 ホントかよ?(苦笑)。
 ちなみに手持ち資料では、そういう説は見つけられなかった。
 普通に新株予約権にも新株発行の条文は準用されているので、その主張は苦しいだろうと思うのだが・・・。



 新しい事例の場合には、その法律の趣旨・理念に沿って考えるのが法律業界の思考。
 商法の思想は、株主と取締役の権限・役割を分担することにある(そして、その暴走を止める「監査役」。実は憲法の三権分立と似た発想)。


 (あくまで商法上の話だが)会社の所有者は株主であり、取締役は経営を「委託」されただけに過ぎない。
 あくまで取締役は経営を担当するに過ぎない。会社の所有者が誰であるべきかは、経営問題ではなく、当の所有者が判断することである。なので、「会社の持ち主を誰とするべきか」ということに関して判断する権限は取締役にはないとするのが商法の思想のはずだ。

 結論としては、ライブドアの差し止めは認められるはずだと思うのだが・・・。


 仮に今回の差し止めが認められない(=フジテレビの勝ち)となれば、今までの商法というものの自殺となってしまうであろう。

 会社が株主のものであるべきだとは僕個人は特に思っていないし、会社が株主のものだという商法の思想が日本の経済界には定着してないということなのもわかる。また、法を離れて日本の社会システムを考えれば、会社の所有者は、むしろ従業員とするべきだろぐらいに考えている。


 だが、それと「商法」の話は別だ。

 (いいか悪いかの議論は置き去りのままだが)会社は株主のものであるという思想を体現するために、いくつもの法改正もなされているのだ。
 ここで、それを根本から覆すような判決が出るはずがないと思うのだが・・・(それをやりたいなら、それは司法ではなく、国会がやるべきことだ)

 どちらにしろ、裁判を待つしかないが・・・。


 とりあえず、結論。
 汚いのは、どっちだ?という話からすれば、汚いのはフジテレビ側だ、ということ。まあ、そういう勧善懲悪で単純な話でもないが、法律論的にはってことで。




 そんなどっちが悪いかなんてどうでもいいことはさておき、次回は「堀江的 安易な合理性」とか、「目的なきメディアの行く末」とか、「世代間闘争と堀江支持若者世代の悲惨」とか書こうかしらと思いつつ、ザウルスでの長文作成に疲れたので、どうなるかわかりません(-.-;) (パソコンは明日から修理の旅に出ます)。つーか、トラバ先と思いっきり被ってるしね(-.-;)。

 ・・・・「どうでもいい」と思っていることに、これだけ長い文章を書いてしまう自分をどうにかしたいと思っている、今日このごろ(-.-;)。

 だから法律は嫌いなんだ(問題点がズレ過ぎです)。

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この記事へのコメント

1. Posted by yas-igarashi   2005年02月28日 23:02
トラックバックありがとう。

「ポイズン・ピル」は、いままで必要な局面が日本の産業社会ではほとんどなかったので、判例そのものが少ないし、法整備もされていないんでしょ? だけど、来年からの三角合併の解禁に備えて、新しい法解釈が望まれるところなんじゃないの?(この辺って、アメリカでもかっちり決めるというよりは、運用で白黒つけてるんじゃないのかな?)

基本的に論点は、taroが言ってた

1 純粋な資金調達目的の増資かどうか

という点のほかにも、新しい論点があるんでしょうね。

2 そもそもこれは敵対的買収なのか
3 どちらの主張を通したほうがニッポン放送の既存株主の利益  になるか

2は大前提として超重要でしょ? だからこそホリエモンは、テレビで「敵対的買収」という言葉が出るたびに、「そういう不勉強なこと言うなら帰りますよ」とか、超ナーバスになってるんだよね?
その態度は、これが明らかに敵対的買収だと自分で認めてるようなものだよね。シナジー効果などと強弁してるけど。

とすると争いの本丸は3になるだろうけど。でもこれって、そもそも現時点で司法判断に馴染むものなのでしょうか(>_<)

で、もし僕がフジ側だったら何をするか、と考えれば、法廷で1と3を睨んだ大技を繰り出すそうと考えるけどな。
つまり、これをホンモノの必要な増資にしちゃう。ウソから出たマコト作戦。フジの事業の一部をニッポン放送に投げちゃって、ニッポン放送の事業規模を拡大しちゃう。そのための増資。それをするには、ニッポン放送がフジサンケイグループの一部であることが大前提、というロジック。

僕もこの純粋な法廷闘争にはワクワクという以上の興味はないから、自分のブログで書くつもりはなく、ここのコメントにお邪魔させてもらったんだけどね。
2. Posted by taro   2005年03月01日 00:18
 コメントありがとう。

> とすると争いの本丸は3になるだろうけど。でもこれって、
> そもそも現時点で司法判断に馴染むものなのでしょうか(>_<)
 そこがポイントだと思う。
 馴染まないんだよ。
 商法の裁判は、もっと形式的でなければならないと思うの。かなり頻繁に改正する法律だから、立法でこそ対応すべき問題でさ(憲法の裁判だと、そんなこと言ってると酷いことになるけど)。
 ここまでの商法の枠組みからは、新株発行は「資金調達」のため、一本の視点で通してきたところがある。だからこそ、あえて、3の話は無視するべき問題なのではないか、と。だって、そこの判断は取締役がやっていいの?ってのが、商法の発想なんだから。
 もちろん、フジ側だったら、3を重視していくことは当然だけどね。個人的には企業価値という点が、どこのグループにいるのかということによって決定されるというロジック自体は非常に納得いくのだけど、でも、商法の裁判としては厳しいだろ、と。それを条文解釈のレベルでやっちゃうと司法による立法なんじゃないのか?、と。

 それと、嘘から出たマコト作戦は難しいんじゃないかなぁ。記者会見で資金調達のためということ全然言ってないしねぇ。あれは勇み足だったと思うのだ。
 今までのこのことに関する商法での争点は、「資金調達目的」か否かが外部からは分からないから問題だ!というものだったのね。なのに、記者会見では、思いっきり「フジサンケイグループに残るため!」って言っちゃったんだよねぇ。現行の判例からすると、あの発言はかなりやばかったんじゃないかなぁ・・・。
 まあ、判決が、どうなろうと、正直どうでもいいんだけどね(笑)。個人的にはフジテレビに負けてもらった方が楽しそうかなぁ(笑)。

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