2009年03月07日

おじいぃちゃあぁぁぁぁん


 「やっべ、寒くするの忘れてて暖冬になりすぎちゃったよ」と、天界のおっさんがつぶやいたのか、年度末調整のごとく辻褄合わせに寒くなっていた三月初旬。いかがお過ごしでしたでしょうか。三月に雪まで降らせやがって、おっさん、必死だな。


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 空港にて、叫び声が聞こえる。

おばあーぢゃーーーん

おじいぃぢゃーーーん

おばあーぢゃーーーん

おじいぃぢゃーーーん



おばあーぢゃーーーん


おじいぃぢゃーーーん



お゙ばあ゙ーぢゃ゙ーーーん゙

お゙じい゙ぃ゙ぢゃ゙ーーーん゙

 おじいちゃん、おばあちゃんが死んでしまったかのような悲痛な叫び声。

 これから おじいちゃん達がどこかに行ってしまうのかと思えば、逆。

 おじいちゃん、おばあちゃんは見送りする側で、向こうに4歳ぐらいの女の子が連れられていきます。
 泣きながら叫んでいます。おじいちゃーーーーーん、おばあちゃーーーーーん。

 東京のじいさん・ばあさんのところに遊びに来ていて、これから地元に帰るというところでしょうか。
 おじいちゃん達が旅立つのであろうと、自分が旅立つのであろうと、お別れには違いないのですが、どんだけ じいちゃん・ばあちゃんのことが好きなんですか。これから死出の旅路?。相当、悲痛でアグレッシブな叫びですよ。
 むしろ、これから、この子は内蔵でも売られるんじゃなかろうか?と思わせるぐらい。しかし、見てみれば、普通の身体の小さいお母さん(であろう人)に連れられています。しかも乳飲み子まで抱えていますよ、お母さん。

 いや、あれで内蔵の販売業者さんだとしたら、どう見てもお母さんなので、えらい上手なカムフラージュではあります。まあ、逆に、連れてるのが黒スーツでサングラスの外人だったら、怪しすぎて誰かが止めてるでしょうけど。

 これだけお別れの際に泣き叫んでくれるのであれば、じいさん、ばあさんも本望でしょう。こんなに慕われれば、もう冥土に行ってもいい。心おきなく逝けそうです。いや、むしろ、これだけ呼ばれたら、三途の川をバタフライで戻ってきてもおかしくない。フェルプスばりに。


 まあ、母親は気の毒です。泣き叫ぶ子供を連れて行く・・・。
 「私って、もしかして人さらい?」という気分になっているでしょう。

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 孫ってのは、基本的に じいさん、ばあさんに懐くものなのでしょうね。

 突然、犬の話ですが。
 僕が子供の頃、うちの飼い犬は、僕の親が、ちゃんとしつけていました。しかし、新しい犬に関しては、僕が大人になり、しつけをするせいか、逆に親のしつけが甘い甘い。
 食べさせちゃ駄目だってものをあげるし、怒るべきところで、「いいよいいよ」って(苦笑)。あー、孫って、こんな感じに甘やかされるんだろうな、と思ってしまいます。

 とは言え、子供の「認証」は複数の大人から与えられる方がバランス良くなります。接する大人の数は多いにこしたことはないのです。厳しいことを言う人、甘やかす人、勉強しないと怒る人、遊ぶ方がいいんだよと言う人、そういう複数の大人達が持つ異なった価値観に接することで、バランスの取れた世界を構築していけるのです。まあ、価値観の多様性を見せることが重要なので、単に甘やかされすぎになるのは決していいものでもない。ってことで、じいさん・ばあさんにも節度があるべきだとは思いますが(-.-;)。

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 女の子は連れられていきます。それでも、いつまでも遠くから聞こえてきます。

おばあーぢゃーーーん


おじいぃぢゃーーーん

 「じいちゃーーん・ばあちゃーーん」の永遠のリフレイン。
 叫んでいます、リフレイン。ユーミン並に。


 周りの人たちも彼女のことを見ています。

 ニコニコと見ています。

 彼女は、周りに微笑みをもたらしながら、遠くへと去っていきます。皆が温かい気持ちになりました。ありがとう。ありがとう。ありがとうのリフレイン。


 本人とお母さん(人さらい)だけは、それどころじゃなかった感じですが。


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