tastenlebenのblog

ドイツでの家庭生活・日常生活の日記です。HN:トミ子(㌧)

12月6日(水) ☁ 4~7℃

ここのところ文字通り忙殺されていた。
ようやく今、ちょっと一区切りついたところ。

先週は土曜日の礼拝のためにオルガンの練習に余念がなかったが、その合間にも急に人と会ったり話したりすることが立て続けにあったので、記録しておこう。

例えば、先週水曜日は隣教区のF牧師が電話してこられ、アドベントカレンダーを届けたいとのことだったが、もう一つの目的は父の写真を見たいということもあった。
いつだったかF牧師とお話しした折に、わたしの父が写真家であることを話す機会があり、そのときに彼が是非写真を見たいと仰っていたのだ。
電話口で「これから20分後に行けますが、ご都合はいかが?」とおっしゃるので、「20分後はちょっとムリっす❢💦 1時間半後なら」ということで、いそ~いで家の中を片づけたり、写真を引っぱり出してきたり、資料を揃えたり。💦💦
えらく急なことで焦った。
でもF牧師も今年いっぱいで定年退職。
その後は、この田舎から大都市ハノーファーへ引っ越し、シティライフをエンジョイされる。
その前にいろいろと今のうちに片づけなければならない用事も多いことだろう。
この機会を逃すと、またいつになるかわからない。
ちょうどチーズケーキも焼いていたので、コーヒーとお菓子でお持て成しすることもできた。
F牧師は芸術や文化がお好きなので、都会での生活が楽しみで仕方ないようだ。
父の写真も気に入ってくださり、大きな興味を示してくださった!
クリスマスにはF牧師との最後の礼拝を二つの村で奏楽する。
わたしはオルガニストを始めたごく初期から、F牧師の教区で弾かせていただいていて、大変思い出深いのである。(´;ω;`)ウゥゥ
F牧師の後継者はもうすでに決まっているそうだ。
しかも、二十代後半の若い女性牧師なんだと。@@
近年この周辺の教会では去られる牧師さんがとても多いが、その代わりに赴任してこられる牧師さんたちは総じて若い世代だ!
1月の初めに、F牧師のお別れの礼拝があるが、そのときに新しい女性牧師さんもいらっしゃり、紹介もされるということだ。
お別れ礼拝では、朗読とオルガン演奏が交互に行われる形式で、地域カントールをはじめ、数人のオルガニストも集い、各自が交代で演奏するそうだ。
わたしも頼まれた。
まだ緊張が続くーーー。💧
F牧師はお喋り好きで、話題が絶えないし、お話しも面白い。
わたしは「キリスト教では人は死んだら天の父の元へ行くと言いますが、人は死んでも形を変えて、つまり魂が生き続けると思いますか?」と初めて牧師さんに真面目に聞いてみたが、かれは「そう思いますよ」と答えられた。ほぉぉ
そんなわけで、その日はF牧師のご訪問で半日が過ぎた・・・。

翌日は、珍しくレーゲンスブルクに住む友人シュテフィーが電話してきた。
彼女とはお互いの誕生日に、つまり年に最低2回は電話で話す。w
先日はどちらの誕生日でもなかったが、今年は彼女の誕生日にわたしが日本に行っていて、カードだけを出していたので、彼女から「日本どうだった? 近況聞かせて!」と。w
お互い、親世代の病気や介護がテーマとなってきた。
彼女のお母さんも一人暮らししていたが、鬱や転んだりで、病院やホームに入っていらっしゃるそうだ。
彼女は北ドイツ出身で、二人の子持ち、会社勤めもしている忙しい身だが、
「今年は7回も実家に帰った。1回の帰省に5日はみないといけない。電車も良く遅れるので、長旅がさらに長旅になったりして大変.。クリスマスには家族で帰るわよ~」
とのこと、ホント大変だ。
今年のクリスマス・ベーカリーのために、旦那さんのヨハネスは新しいシュプリンゲルレの型を作っただろうか・・・。→ 去年の話し

その翌日に突然来たのは、ヴェルナー。
先日亡くなったコーラスの友、イングリッドの旦那さん。
E市の教会でコンサートの企画担当をしていて、来年のコサック合唱団の公演のポスターを「村のどこかに貼ってくれる?」と持ってきたのだった。
お葬式に行けなかったかったので、カードとお見舞いを送り、先日のコーラスの夕べではチラッとヴェルナーも見かけていただけで、ほとんど話しをしていなかったので、「どうぞあがって行って」と招き入れてじっくりと彼の話しを聞いた。
イングリットの最後の日々の様子を。
夏に手術すると言っていたのは、肝臓に転移した癌に直接血管から薬を投入するというものだったが、その前にその血管が無事に肝臓まで通じているかを試さなくてはならなかったそうだ。
しかし、その手術を行う前に、脳への転移が認められ、イングリッドも痛みに苦しむようになったと。
もうこうなってしまったら、モルヒネで緩和するしかなく、それは同時に彼女の意識も朦朧となってしまうものだった。
ものも食べられなくなって、点滴・・・でもその代わり、足の浮腫が凄いことになって、毎日注意深くマッサージしてもらい、包帯を巻いてもらったんだよ、と。
「可哀想で可哀想で・・・」
とヴェルナーは話しながら何度も涙ぐんだ。
最後まで自宅で、お医者さんや看護師さんに通ってもらいながら、過ごせたそうだ。
わたしはこれまで、具体的にイングリットの病気の経過を聞いたことがなかったが、ヴェルナーによるともう13年前から闘病していたとのこと。
最初は腎臓にできた初期の癌で、手術で腎臓の一部ごと切除して、それで大丈夫だろうと思っていたが、数年ごとにあちこちの臓器に転移して行ったと。
その度に大変な治療をしてきたのだった。
でも、イングリッドは病気のことでグズグズ言ったことはなかった。
いつも優しい美しい笑顔を湛えていた。
「イングリッドはなんて・・・なんて言ったらいいのか・・・」
とわたしが言葉を探せないでいたら、ヴェルナーが一言
「なんて強かったんだ」
と言った。
本当にそれが一番適切な表現だった。
ものすごく強かった、イングリッド。
病気で苦しい13年だったけれど、見事にこの生をクリアし、彼女の格をもっともっと高めたことだろう。
ヴェルナーはそんなイングリッドを失ってとてもとても辛い。
イングリッドとヴェルナーは、ごく若いときに故郷のコーラスで知り合った仲と聞いていた。
歌が二人を結び、そして二人の生涯を伴奏していたのだ。
ヴェルナーは、今はE市のコーラスはやめて、もっと大きな市のコーラスに入っている。
またしばらくしたら、歌が彼に喜びと生きる力をもたらしてくれることを願って止みません。


12月2日(日) ☁ -1~2℃

今日はアドベント&ティナ牧師叙任の礼拝が午後からあった。
前日、ティナに「明日は貴女の大きなお祝いの礼拝になるね~」と言ったら彼女は
「いや、そんなことないと思うよ。招待状もほんの少ししか出してないし…。改めて叙任されなければいけないのは、教会の決まりでこういう手続きを踏まなければいけないからよ」
と”大したことないよ”的に云っていたが、教会は村人・地域の人々、堅信生たち、ティナの上司や同僚の牧師さんたち、コーラスやブラスなどの音楽担当者たちなどで、クリスマスのように一杯となり、やはり大きな大切な礼拝となった。
彼女が如何に皆から慕われているかの表れでもあるだろう。
いつもの礼拝とは内容が随分違って、コーラスは4曲歌ったし、会衆のアドベントの歌もあり、叙任の儀、盛りだくさんでなんと2時間近くもかかった。@@

わたしも、大事な礼拝だという認識で、3日間練習に励んでいた。
やれるだけやって準備万端にしたつもりだけれども・・・わたし自身の奏楽に関しては、小ミスが多発しそれを取り繕いながらの、自分で全く不本意な出来だったー。
あんなに練習したのに、本番では練習とは違う演奏になって、悔しくて仕方ない!
雰囲気に飲まれたのか、ちゃんと集中できてなかったように思う。
長い礼拝で、インターバルも多かったし…というのは言い訳。
あ~まだまだだなぁと身に染みた奏楽だった。(><)
でも、この悔しい気持ちをバネにして、今後に生かしていこう。
ここのところの頑張りと緊張で、今日はとっても疲れたー。

でも、ティナがこの村に来てくれ、そして3年務めて彼女は他の教区に応募する資格もできたのに、ここに残る決断をしてくれて、本当に良かった!ヾ(o^∇^o)ノ
彼女はまだ30代と若いのに、人間的に熟していて、わたしはそんな年齢差を全く感じず、話題も全くズレないし、同年代のように話ができる。
普段は彼女が牧師であるということも忘れているほど、わたしにとっては友人と呼べる大切な存在だ。
(彼女の方はどうか分からないが。w)
これからもできるだけ長く一緒に仕事でやプライベートのお付き合いをさせて頂けたら、と願っています。

11月28日(火) ⛅🌂 3~6℃

今週の土曜日が、アドベント&ティナ牧師の叙任の礼拝であるが、日数がそうないので、ティナに「讃美歌を教えて~」と急かすも、大忙しのようで、「まだ考えられてないの~」と。
ようやく今日の夕方になって式次第を送ってくれた。
それによると、吹奏楽隊と、この前うちの教会で客演した教会ポップスのコーラスも友情出演するようだ。
讃美歌のうち、一曲は吹奏楽隊が担当するようなので、わたしは4曲と典礼、そして後奏はこれまた吹奏楽隊が受け持つそうで、わたしは前奏だけで良いようだ。
そして、前奏のところにティナの質問が書いてある。
「前奏は、”Macht hoch die Tür”(・・・「高く扉を上げよ」もっとも有名なアドベントの讃美歌。讃美歌集の第一番の曲)のメロディーでできるかしら?」
この礼拝のテーマが『扉』なのだそうだ。
讃美歌でも歌うし。

つーことで、アドベント&ティナの叙階にピッタリと思って練習してきた”In dulci Jubilo"は出番がなくなってしまった。( ・Д・)
ガッカリ半分、ホッとしたの半分である。
今日、客観的にどんな感じなの?と思って録音してみたのだけど、酷かったんだもん。


一応ひと通り粗くは通せるようにはなったのだが、難所でつっかかるし、音外すし。

土曜日までにあとどれほど詰めれるかだけど、このままじゃ聴かせられない。
今回は出る幕がなくなって良かったのかもしれない。
クリスマスに回そ~っと。

しかしあと3日で、讃美歌4曲と”Macht hoch die Tür”のメロディーを使ったアレンジ曲を探して弾けるようにしなければ! 


11月27日(月) ☁🌂 3~5℃

なんと早いことに、師走がもう目の前。@@;
クリスマスまでもうあと1カ月を切ってるって!?
12月は毎年なにかと忙しい月だけど、今年は輪がかかりそう。
というのも、24~26日のクリスマス三が日には6つの礼拝が入っているのは例年通りだが、今年はその前に、日本からの小グループの研修・観光旅行で9日間、東独(ドレスデン、エルツ山地)へアテンドする仕事が入ったのだ。
これから、毎日のスケジュールを綿密に把握し、下調べして準備万端にしておかねばならない。
旅行が始まったら、プログラムを滞りなくこなし、事故やトラブルなくグループの通訳やお世話をしていくのは、責任も重く大変な仕事だ。
それに、ザクセン州はちょっと外国人排斥の雰囲気があるし、去年はベルリンのクリスマス市にトラックが突っ込むというテロがあったし、周囲にも充分に注意を払わねばならないだろう。
でも一方で、わたしもこの旅行に参加する人々との出会い、ご一緒する旅行を楽しみにしたい。
ドレスデンはむか~し、壁が崩れてすぐくらいの時に一度行ったっきり。(もう記憶も薄れている…)
エルツ山地は、木製の人形やおもちゃの産地として有名な地方で、クリスマスの時期に人気の観光地だ。
わたしたちも工房で人形作りの講習を受ける予定。(^^♪
それになんと、17~18世紀に活躍した有名なオルガン制作者、ゴットフリート・ジルバーマンの博物館を訪れ、カントールによるガイドや演奏を体験できるプログラムも入っている。
これはわたし個人的にすごく嬉しい。♡
教会でのコンサート鑑賞というのもある。♡

ただ、クリスマス前のオルガンの練習がかな~りギリギリ目一杯になりそうで、それがちょっと怖い。
もう今から練習しておかなければ。💦💦💦

11月26日(日) ☁🌂 3~5℃

今日はEwigkeitssonntag、死者の日曜日の礼拝だった。

夫は、先週末帰国してからお腹を壊し、それから引き続きこの一週間風邪を引いている。
今日も具合が悪く、礼拝には参列しないことに。
印度旅行は無事に運び幸いだったが、インドの陽気から急激にドイツの寒気に突っ込み、逆カルチャーショックもあったのか?、体調を崩してしまったようだ。(><)
息子は、自分はキリスト教徒ではないし、義母も教会との関係は希薄だったのに、そこに自分が行ってオーマのことを考えるということがどうも変な気がする、ということで参列しないことに。
(その理由はわたしも納得できる)
先月、納骨式に来てくれていた親戚や知人たちにも、礼拝のお知らせをしたが、皆さん都合がつかないとのこと。
義弟は来る、ということだったが、オルガン階から下を見渡した限り、弟の姿は見つけられなかった。
それでも、教会はやはりいつもより参列者がずっと多かった。

ろうそくのセレモニーでは、この一年間に亡くなった方々の名前、没日、年齢が一人ひとり読み上げられ、ロウソクが灯された。
義母、9月13日没、82歳。
呼ばれた方々は、全部で30名近くはいただろうか。
殆どが高齢の方々だった。
ユーモアと元気に溢れ、村で愛されていたヴィルマン氏も96歳で天に召されていた。

死とはなに?
死んだら「わたし」はすっかりなくなってしまうの?
永遠の疑問だろう。

ティナ牧師は説教の中で、死が終わりではなく、この世から旅立ったあとも人は形を変えて生き続ける、という話をした。
青虫がさなぎになり、やがて蝶に変身するように。
わたしたちが生きているこの人生は、青虫。
目の前の葉っぱを食べることに躍起になって生きている。
この葉っぱを食べたら、次の美味しい葉っぱを必死に探して食べる。
その後、自分がさなぎになり、蝶になるなんて知らないし、知ったところで信じることもできない。
でも、窮屈だったさなぎを脱ぎ捨て、蝶になったときこそ、人は自由になりあちらの世界へ羽ばたいていくことができる。
もちろんキリスト教では、それが神の元へ行くということになるのだが。
だから、それを知っていれば、そう信じれば、この世の人生を憂うことなく、不安に駆られることなく生きられるでしょ、ということだ。
真にそう信じて生きれば、人生なにも怖いことはない。
不幸なこと、辛いことがあっても、乗り越えて行けるように思う。
この生で、大切な人と死別したとしても、またあちらで再会できるのだから、別れの悲しさにも耐えられ・・・るかな。(それはやっぱりとても辛いけど)

最近、わたしのスピリチュアル関係のことを良く読んでいるが、宗教に関係なく、わたしもまさにそのように思い至っているところなので、ティナの話しはとてもリンクしていた。
キリスト教では、人の生まれ変わりを説いていないけれど(わたしは、魂の輪廻転生説を支持)、その点を除けば、わたしはキリストは真のことを語っているように思える。
もちろん、死後のことは本当にはわからないけれど、わたしはそうであったらイイナと思うし、そう信じたい。
まぁそうは思っていても、人生は生身ですから、揺るぎなく進むのはなかなか難しいけどねー。
それが人生ってことで。(笑)

オルガン奏楽は、幸い大きなミスすることなく任務遂行することができた。ホッ
前後奏はどちらもバッハで、BWV558とBWV731を。
やっぱりバッハはイイな~。

礼拝のあとは、遺族たちが墓地に行き、カペレで集まって歌を歌い、教会からロウソクをもらって墓前に供える、という儀式があった。
わたしは、もし義弟も来ていなかったらちょっと寂しいかなと思って、教会から自転車で墓地に向かった。
とても寒かったが、モコモコに着込んでしっかり防寒して行った。
カペレでも義弟の姿は見えなかった。
結局誰も来なかったのかな~と思って、墓前にロウソクを供えに行ったら、既に火の灯されたロウソクがひとつ置かれていた。
やっぱり義弟は来ていたのか? 先に来て、すぐ帰ったのかな?
それなら良かった。

帰ってから、死者に思いをはせる日だし、夫と義母について少し話しをした。
彼は、義母が一人になり介護をし始めてから、彼女の本当の人となりを知ったそうだ。
義母の自己中な言動に随分怒り悩んだけれど、途中から彼女はあのような人だと受け入れて、それからいちいち腹は立たなくなったそうだ。
わたしは義母にたいしてネガティブな感想しか浮かんでこない。
夫も、母の良いところを探しても見つからず、ネガティブなことしか思い出されないが、受け入れているんだって。
エライね。
受け入れる、って本当に難しい。
わたしはまだまだだ。




11月23日(木) ☀ 8~13℃

今日は、珍しく全国的に気温上がり小春日和になると、何日も前から天気予報が言っていた。
わたしも張り切って、朝から洗濯機を2回まわし、外に干した。w
キキちゃんの散歩も、村外れにある墓地まで大回り、1時間コースで行った。
今度の日曜日は死者の日曜日、礼拝のあと引き続き故人の遺族や親しい人々が墓地へお参りしに行くので、その前に義両親のお墓もチェックして、枯葉等を取り除き、綺麗にしてきた。
誰かが墓石の前に秋冬の装飾をほどこされたモミの束を献花されていた。
どなただろうか。
義両親にもお花を捧げて下さる人がいて良かった。

ところで、今週のペニー(ディスカウント・スーパーマーケット)のチラシを見ていたら、”アジア週間”ということで、いろいろアジアの食品が特集されていたが、これは珍しかった。

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森永の絹ごし豆腐!

これはアジアショップで見かけたことがあるが、いつもは新鮮なものを買うので、パック入りの森永のは買ったことなかった。

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ちょっと買いだめしてしまいましたね。w
(ちなみに、1個350g=1,79ユーロ=約235円。微妙。w)

ただ、森永なのに、ナヌ? MORI-NU とな?
森ヌ豆腐・・・なんか訛っている?www

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そのほかにも、今までアジアショップでしか買えなかったような、糸こんにゃくだとか、うどん玉だとか、ガリだとか、味噌やパン粉まであった。
いつも置いているわけではないが、ドイツのフツーのスーパーでこのような食品が売られるようにまでなったなんて、ちょっと感慨深いものがある。ウルウル
(でもフツーのドイツ人で買う人いるんだろうか?)

柿も近年目にするようになっていたが、今年は爆発的に普及してきた印象がある。
りんごやなしと同じように置いてあるのだ。
そして、表記は”KAKI"である!

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ついでに、洋ナシとは違う日本のカリカリしてジューシーな20世紀梨も”NASHI"として売られるようになってきた。

日本の食品や果物が市民権を得てきて嬉しい。


11月22日(水) ⛅ 8~10℃

11月は礼拝的に結構忙しい月だ。
先週の日曜はVolkstrauertag(国民哀悼の日)、今週の日曜は(Totensonntag/Ewigkeitssonntag(死者の日曜日)、そして今日はBuss und Bettag(懺悔と祈りの日)、他に老人ホームの礼拝も入って、1週間に礼拝二つのペースで、奏楽の練習に追われるこの頃。
死者の日曜日では、今年は義母が亡くなったので、彼女の礼拝の中で名前が読み上げられ、蝋燭が灯される。
夫と弟も参列するだろう。
去年は義父の死去で、前回の死者の日曜日の礼拝には義母も参列したのだった。
まさか一年後に義母も召されるとは、思いもしなかった・・・。

12月に入ってすぐの土曜日は、村のアドベントマルクトがあり、マルクトのオープン前に礼拝が持たれるのが慣わしとなっている。
そのアドベントの礼拝では、今年はもうひとつの行事が加わる。
ティナ牧師が3年間の派遣期間を終え、わが村の正式な牧師として改めて務めることになったので、その叙任式も兼ねるのである。
お客さんも招かれ、地域のスーパーインテンデントのカステル牧師が来てティナを叙階する。
そのようなわけで、11月の行事はどれもクラーイ礼拝ばかりだが、12月は一気に華々しく祝祭的なのだ。

わたしは密かに、そのときにただ今練習中の”In dulci Jubilo"を弾きたいと目論んでいて、練習に励んでいる。
この曲がこのアドベント&叙任式の礼拝にピッタリではないか!
問題は、あと10日ほどで間に合うかだ! うー!



11月20日(月) ☔ 2~5℃

先週から歯が時々痛むようになり(この前治療した歯とは別の歯)、だんだんとちょっとした刺激でも鈍痛が持続するようになってしまったので、今日は歯医者に電話した。
そしたらその40分後にいかがですか?と言われ、ちょっと急だったけれど、もうこの痛みを取ってくれるなら何でもしますっ!ということで、取るものも取りあえず急いで行ってきた。
レントゲンを撮って診断の結果、根管治療が必要ということになった。
わたしの通っている歯医者さんは、根管治療のスペシャリストで、マイクロスコープを使って手際よく治療してくれた。
治療前に見せられたビデオによると、神経の入口が出てくるまで歯を削り、神経を抜き取って、できた細長い穴に管を入れて入れてガシガシと洗浄消毒し、空洞に詰め物を入れるのだ。
後日もう一度治療に行かねばならないが、おかげで取り急ぎ痛みが治まった!
ただ、スペシャリストの治療は、保険の利かない特別精密なものだそうで、結構なお金がかかるんですわー。

またこれだ!ギャハ
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うう・・・

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11月19日(日) ☁☂ 3~6℃

金曜日の夕方、夫が無事にインドから帰ってきた。
途中、デリーで7時間、クウェイトで5時間の待ち時間があり、長旅がかなり堪えていたが、一応元気に帰りついて安心した。
夫が居ない間は、息子と二人静かで平和な生活で、それも良かったが、やっぱり家族全員が揃って完全という感じがする。
もちろん、キキちゃんも大喜びだった。w

夫の好物のピザを作って、皆で食べながら土産話を聞いたが、彼は余りの疲れからか、酔っぱらいのように呂律が余り回っていなかった。(笑)
その晩はシャワーを浴びてすぐに寝に行った。

インドでは、後半は環境にも慣れ、アシュラムでの滞在も気に入っていたそうだが、最後まで慣れなかったのは、ゴミの山と貧しい人々の横を通りすぎることだったそうだ。
人々は、平気で道にゴミを捨てていき、ゴミは溜まっていく一方の恐ろしい状況だそうだ。
貧困については、どんなにメディアを通じてその様子をあらかじめ知っていても、現実に目の当たりにするのとは、雲泥の差があると。
もちろん、インドにも中流も裕福層もいるのだが、圧倒的に貧困層が厚くて、しかもそれが衣食住どれも半端ない貧しさなのだと。
夫が行ったのは北インドだったが、その貧困は南に下がるほど苛酷さが増すそうである。
子供たちがひっきりなしに物乞いに来て、相手が諦めてお金をあげるか、その場を離れるまでしつこく付きまとう。
あげれば、すぐに他の子供たちが寄ってきてキリがない。
誰にあげ、誰にあげない、という線は引きにくい。
しかし一人で救える量ではない。
私も、このジレンマに、自分はどうしたら良いか答えを見いだせないでいる。
だから、自分はインドに行く勇気がないとも言える・・・。

とにかく、ヨーロッパと日本しか行ったことがない夫にとってみれば、人生の最大の冒険旅行だったことは間違いない。
昨日、今日と、疲れと安心からか、ゴロゴロして過ごしている。
インドではお腹を壊さないか心配されていたが、平気だったそうだ。
でも、どうしたことか、帰ってきてからお腹が下っているらしい。

11月15日(水) ☁ 7~9℃

にわかイヌ母さんはなかなか悪戦苦闘をしているが💦、イヌを飼って良かったこともある。
それは、第一に毎日何度も外を歩くので、ちょっと健康的な感じがすることである。(笑)
キキちゃんは普段はソファーに寝そべっているだけなのだが、散歩に出ると元気だ。
わたしもキキちゃんも良いトシなので、健康維持に努めねばならない。
時々は、一緒にランもして鍛えている。(笑)

そして第二には、近所の人や犬を連れた人と挨拶し合ったり、そこからスモールトークに発展したりして、人とのコミュニケーションが図れることである。

この前、こんなことがあった。
散歩中、近所に住む顔見知りのおばさまもお孫さん(2歳)と散歩していた。
道で会えばほんのちょっとお話ししたりする程度の関係だけど、彼女が音楽好きで、以前は家で子供たちに音楽のレッスンもしていたし、その家の3人の息子さんたちも皆楽器を弾いて、そのうち一人はピアノでプロの音楽家になっているということは聞き知っていた。
以前は、彼女の家にも「ゴロー」という名のイヌが居たし、ネコもいる。
音楽、動物や子供の大好きな、元気でオープンな明るい方という印象。
先日も、わたしがキキちゃんを連れているので、
「まぁ、あなたたちもイヌを飼うようになったのね!」
とスモールトークが始まり、イヌや家族の話しをひとしきりしていたが、彼女が突然、
「前から話しかけようと思っていたんだけど、あなた、今もオルガン弾いているのよね? わたしはリコーダーを吹くのだけど、以前はグループでアンサンブルも組んで教会や老人ホームなどでも演奏していたの。でもある時期からこれまでずっと、仕事と両親の介護でもの凄く忙しくなって、音楽をする余裕が全然無くなってしまったの。90歳代の両親は今でも老老介護しているのだけど、父も痴呆になった母を面倒見るのが難しくなり、私も通うのが大変だから、もう老人ホームにお世話になろうとおもうのよ。私も今年で仕事も定年退職したし、これからまた違う人生が始まる気がしているの。それでまた是非音楽を再開したいと思っているの。ね、私たち、一緒にアンサンブルしてみない? あなたはピアノ、わたしはアルトのリコーダーで。リコーダーにもいろいろあるのだけど、わたしはアルトがピアノには一番合うと思うわ。どうかしら?」
と言われた。
わたしは勿論喜んでOKした。
リコーダーとのアンサンブル、初めての経験だけど、いいんじゃない?
教会でも一緒に奏楽したりできると思うし!
来年から練習をスタートすることにした。
とても楽しみだ(^^♪

11月14日(火) ⛅ 4~7℃

日曜日の礼拝は、おかげさまで無事に運び、それは良かった。
のだが、その前。

朝起きて、ゲージの中のキキちゃんを出してあげ、中を用心深くチェック。
なにも無いようだ?~ 
と思ったそのとき、何やらゲージの端っこの毛布や敷物の下の底の方に・・・
ん? ンン? んんん? あったぞー❢
前日に引き続き、キキちゃんの一人時間差三位一体謎のウン木の葉落とし攻撃炸裂!
敷布からはみ出して、ゲージそのものの底や側面のジッパーの辺りにべっちょり。
ちょっと水分多めで。💦
つい前日洗って乾かしたものをまた洗濯・・・
おまけに前回よりも厄介で、ゲージまで洗わねばならない破目に。
礼拝の前で時間もそんなにないのに、文字通り、くそぉ~!であった。
ゲージにン子されたら、かえって手間がかかるということが判る。w
ふんとに面倒臭い。
まだ育児経験があるので、ン子免疫はついているのが救いか。www

礼拝のあと、オルガンの練習に残って、昼過ぎに家に帰る。
息子はその間に、またWhatsappでセラピーの先生に今朝のキキちゃんの一件を報告していた。
すると、先生のアドバイスは次のようなものであったそうだ。
「一日最低4回は散歩に行きなさい」
「はいっ!!」
という返事は、すぐには出なかった。
ワタシ的には2回で充分頑張ってんですが、4回もッスか!?
朝、昼、夕方、夜の4~5時間タクト?
それも最低線だそうで。
セラピーの先生はイヌを複数匹飼っていて、実際朝6時に第一回目に行き、最低4回は散歩に行くそうだ。
でも彼女はそれから一日中、仕事に出ておられるので、あと3回はどうやっているんだろう?
(彼女は一人暮らし)
一日最低4回イヌの散歩に行くというのは、かなり犬中心の生活じゃないとできなくない?
もちろん、愛犬家であれば犬中心に生活が回っているだろうし、当然のことなのかもしれない。
わたしが一日家に居るからと言って、4回散歩に行きたいというわけではない。
やっていることを中断したり、あるいは出先から急いで帰ってきて、最低4回のノルマをこなす?
夜中に家の中にン子をしてもらいたくないがために?

けれども、そのアドバイスに従ってみることを試みねばならないだろう。
その日曜日は、教会から帰って来たのが昼過ぎだったので、午後、夕方、夜中の3回しか行けなかった。
雨が降っていたので、わたしは傘を差し、キキちゃんは雨に濡れながらでも。
キキちゃんは基本的に、散歩はどんな時間でも天候でも大喜びでOKだ。

昨日は、息子が7時半にガッコに行ってからすぐに散歩に出た。
お昼にも行き、オルガンの練習に行って、帰ってきてからまた行った。
でも夜はもうヘトヘトで、身体もだるかったので、息子に行ってきてもらった。
懐中電灯を持たせ、ちゃんとン子をしたかどうか確認するように、と言ったのに、彼は「しゃがんでいたのでしたと思う」とあやふやなことで、ちゃんと裏を取って来なかった。
キキちゃんはしゃがんでオシッコをすることもあるんだよ!
「落ち葉がたくさんあって、色も紛らわしいので見分けがつかなかった」
それはその通りだ。
わたしにも見極めるのは昼間でさえかなり困難なのだ。この意見は支持しよう。w
しかし、イヌの母さんはキキちゃんのお尻をくんくんチェックし、やったようであることを認めた。(笑)
打率は四打席二安打、五割であった。w
散歩だけでなく、帰ってきたら足やお尻を洗い、場合によっては風呂・シャワー、なかなか大変である。

キキちゃんに対するわたしの考えは左右に揺れていて、まだ良く定まらない。
自分から積極的に犬を飼いたいとは思わないことは今でも変わらないけど。
まあそれでもそれなりに可愛がって、わたしとキキちゃんの一対一の関係を築きつつあり、リズムや決まり事ができてきた。
しかしまた夫が帰ってくると、夫とキキちゃんの関係の方が強いし、それは台無しになるだろう。
夫のイヌですし。w
夫には夫の飼い方があり、夫はセラピーの先生から口出しされるのも好まないだろうから、キキちゃんを巡ってまだ問題が起ってくるだろうなー。



11月11日(土) ☁☂ 4~6℃

今週も色々とあるんだけど、書きそびれているうちにズルズルと日が経ってしまった。💦
主な出来事を簡単に書いておこう。

水曜日は、朝、息子が喉が痛いと起きて来れなかった。
二、三日前からちょっと喉の調子がおかしいようだった。
風邪は引き始めが肝心だろうとガッコを休ませ、家で休養させることに。
とにかくゴロゴロしてカミツレ茶を飲んで休んどけ、しかしもちろんPCは禁止だ。w
わたしもなんかちょっと油断してると風邪を引きそうな、身体が重い感じがしていたが、跳ね飛ばしてその晩は計画通り、友人二人を招いて日本食の夕べを催した。w
結局、買い物と料理とパーチー(と犬の世話)で一日が過ぎてしまった。
日本食と言っても、稲荷寿司、揚げ出し豆腐、カボチャとサツマイモの天ぷら、蕪と葱とワカメの味噌汁、キャベツサラダ、キューリのキューちゃんwという、ごくフツーのメニューである。
あっ、でも肉ナシ菜食メニューよん。


木曜日、息子の風邪は幸い悪化しなかったのでガッコにやる。
夕方息子の自閉症セラピーへ連れていくと、セラピーの先生が大きなボックスをブラブラして見せながら持っていらした。
これが彼女の言っていた夜にイヌを入れるゲージである。

P1300020


お試しに貸して下さるそうだ。
イヌは清潔好きで自分の寝床には糞尿をしないから、これに入れておけば大丈夫だろうと。
おまけにキキちゃんに美味しいゴハンと、高級エサもプレゼントして下さった。w

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”田舎風料理” ”ミニ・フィレ肉” ”七面鳥と牛肉の美味しいソース煮”ですって!
イヌにこんなグルメ食をねぇ・・・笑っちゃう。

また、イヌの育て方というか、躾け方についてもアドバイスをしてくださった。
キキちゃんは小さくて可愛いイヌだから、生まれた時からチヤホヤされて、おそらく犬の学校には一度も行ったことがないだろうし、家人から厳しく躾けられてもいないだろうと。
しかし、主人の言うことは聞くように教えなければならない。
「来なさい」と言ったら来るように教えなければいけないよ、そしてできたら褒めてご褒美をあげること、と。
なんか先生は、息子のセラピーの先生なのに、うちのイヌの飼い方の指導までしてくださる。w
このゲージで夜中から朝にかけては様子を見ることにしよう。

セラピーから帰ってから、夜はコーラスへ行った。
コンサートの後だからか、ほんの小人数しかきていなくて10人だった。
それでもヴィッキー先生と、クリスマスに向けた歌を練習した。
ホーマンおばさまからは、その二日前にメールで返信があって、回復しているとの連絡があった。
良かった~!
検査の結果、やはり頭の血管が切れていたそうだ。
エフィが、発見が早かったので大丈夫だろう、とは言っていたが。
しばらくゆっくりと静養してほしい。


金曜日は、友人Sの家に朝食&女子トークに行った。
またまた昼までひっきりなしにお喋り。
午後は息子の歯医者へ送迎。
夕方からオルガン練習へ。


オルガンは毎日練習に行っている!
ピアノも毎日練習している!
コーラスにも行ってるし、久々に音楽にたくさんの時間を費やしている。
幸せだ~♡

その他の活動は、不用品をネットオークションにせっせと出している。
でも、オークションって、写真撮ったり説明文を書いたり、送り方や郵送料を調べたり、そして売れたら梱包して郵便局まで持って行かなきゃだし、なんだかんだ手間がかかって結構大変だ。
しかもそれが最低の1€で売れた場合は、オークションやペイパルの手数料が取られて、ほとんどおカネは残らない。(><)
その場合、これだけの労力をかけるのは馬鹿みたいである。w

おまけに今回は苦情まで来た。
アノラックを落札した人に、すぐブツを送ったが、その人から
「凄くガッカリした。黒いシミがついている、汚い、ノーサンキュー!」
と文句だけが来た。
わたしは勿論、シミがついてるものとか汚いものは出していないつもりだ。
(もしついていた場合は、その部分を拡大して写真を撮って載せる)
写真もたくさん撮って載せたし、それを見て買ったのだろうに。
もちろん、細かいところは写真で伝わらないこともあるが。
それに、落札価格は700円くらいのものだ。
なんだかなー、とわたしもとても腹が立ったのだが、ここで感情に任せて反論すれば、簡単に罵りの応酬となり、もっと気分が悪くなる。
少し頭を冷やすこととし、教会にオルガンを弾きに行って、「カミサマ、どうかわたしの気分を静めてください」とお願いした。w
練習後少し落ちついた。
帰ってから、お買い上げのお客様には
「こんにちは。ご連絡ありがとうございます。お品がお気に召さなかったとのこと、残念です。わたしとしては品はオッケーな状態と思いましたし、黒いシミも目につきませんでした。でもあなたをガッカリさせるつもりは毛頭ありませんでしたし、わたしの意図ではありません。ですので、あなたの銀行口座をお知らせいただければ、お金をお返ししたいと思います。敬具」
と返事した。
我ながら神対応。w
トラブルにならず、お金で済むことなら、わたしは全額お返しします。ほんなこつ!


さて、ゲージのその後についてであるが、その夜からキキちゃんは居間の大好きなソファーの上に置かれたゲージの中で寝ている。
二晩は無事に過ぎた。
というか、この前の玄関での3大ン子事件以来、キキちゃんはオシッコはしていたがン子はしてなかった。
セラピーの先生がいろいろとアドバイスで介入してきたので、キキちゃんをベットまでには入れないがw、寂しくないように日中はいろいろと構ってあげ、声を掛け、息子もキキちゃんの傍らで本を読んだり一緒に居てあげて、わたしは散歩にも2回行っているのである。
それが功を奏したか・・・?と思われていた。
ところが!
今朝、ゲージを開けて、キキちゃんを外に出すと、なんか敷物が汚れている。
あれ、いつも足を洗っているのに、泥がついていた?
と入れていたクッションと毛布を持ちあげてみると、クッションの上に大きなブツが・・・
ギャー❣
あたしの手にもついたよーーーーー!
今日はしとった・・・・・・。
まぁ、ゲージがなければ絨毯の上にしていたわけで。
でも、ゲージの中、つまり自分が寝ているところでだってするんだ。
散歩に二回行ったってするんだ・・・。
おかげで今日はまた敷物、クッション、毛布・・・何から何まで洗濯しなければならない破目にになった。
それなら玄関のタイルの上にしてもらった方が掃除はラクなのだ。
んー。(困)


明朝は村の教会で礼拝である。
ティナは休みなので、レクターのF氏が来られる。
無事に運びますように・・・。




11月7日(火)⛅ 3~8℃

とうとう気温も一ケタ台に突入し、天気も灰色でいつもの11月、という感じである。

夫が印度へ渡ってから9日ほど経った。(えっ、もう?w)
Wi-Fiの飛んでいる町中のカフェまで行かなければネットが使えないらしく、時おり息子のスマホにWhatsappでメッセージや写真が送られてきていたが、わたしはスマホを持っていないので、直接の連絡は取っていなかった。
昨日は、タイミングがあったのか、Whatsappの電話機能で、息子が学校から帰ってきた時間に電話があったので、接続はよくなかったが、久々に話をした。
インドの貧しさ、汚さ、うるささ・騒音、野性ザルの野放し状態は想像以上というか、そうだろうと遠くからイメージはしていても、現実は半端ないそうだ。
人々はゴミを窓から投げ捨てたり、壁にぶちまけたり、どうして環境を守ろうとしないのか、道路や建物が壊れていても放置だと。
これほどヒンズーの神さまやアシュラムがあちこちに溢れているのに、宗教は何しとるんじゃ!?と。
どのように生きるべきかを教えない宗教は悪い宗教だ!と。
まぁ、それは宗教が悪いというか、社会のモラルの教育、学校や家庭での教育がなってないんじゃないの?とわたしは思うが、勿論宗教の教えられる部分も多いだろう。
夫は、ここは自分の世界ではないと、もう家に帰りたいというのが正直な気持ちだそうだが、結果的には世界をもっと良くしなくては!という気持ちも強く起こるから来て良かった、あと1週間半は頑張る、とも言っていた。

先進国から来た人にとっては、その貧しい国の人々のモラルのなさ、なぜ更に環境を汚すようなことをするのか、理解に苦しむだろう。
でも、それは満たされた高台から底辺を覗いているから見えるわけで、その国の住民にとってみると、かれらは生まれた時からそのような底辺環境しか知らないのだ。
国も自治体も良くしようとしないし、社会教育もないし、なんのお手本もないし、やれば改善できるということを知らないのでは?と思ってしまう。
どうなんだろう。

第三世界、格差問題、国の悪政、国そのものの貧困・・・世界の問題は果てしなく大きい。





11月6日(月) ☀☁ 3~8℃

昨夕、地域のコーラスの夕べに行ってきた。
全部で7つの合唱団が参加していて、われわれE市教会合唱団はホーム・チームということで一番手で歌った。
わたしはつけやいばでヤバかったが、そ知らぬ顔でなんとか皆に合わせて歌った。w
われわれの合唱団も中の下レベルであるがw、カステル夫妻も助っ人で入ってくださったので、中くらいまでにやや引き上がったかもしれない。
まぁ、自分で歌っていると、どのように聴衆に聴こえているのかがイマイチ分からないが、感覚としてはまーまーだったのではないか、と思う。
わたしたちは初っ端に歌ったので、あとは二階の席で他の合唱団の歌を聴くだけだった。
そのあとに歌った合唱団は、E市の隣のM町のグループだったが、平均年齢がグーッと高そうだった。
わたしが
「見事にオパ(お爺ちゃん)オマ(お婆ちゃん)たちばかりだね」
というとの右隣に座っていたクリスティーナが
「でもこういう合唱団は古くからあるドイツの合唱曲を歌い続けてくれるから、有難い存在だよ。もうこんな曲は余り歌われないからさ~。ドイツの歌曲だっていい歌があるのに」
と言った。なるほど。
このオパ・オマ合唱団の指揮は60~70歳くらいの男性だったが、彼もまたノリノリのユーモアある指揮者で、この人がこの合唱団の動力であり引っぱっているんだな~と思った。
そして、かれはある曲で聴衆にも皆が腕を組んで左右に揺れるよう働きかけて、全体が一体となって歌い手も聴き手も楽しめた。
私たちも腕を組んで揺れた。
次は、E市の音楽教育にも熱心な私立学校の生徒たちのコーラス部だった。
60名くらいの大きなコーラスで、難しい現代曲や、モダンな曲に取りくんでいた。
老いと若き、伝統と現代、新旧・・・いろいろだ。

そこで、パウゼに入ったが、わたしの左隣のホーマンおばさまに
「これであなたは家に帰るの?」
と聞いてみた。
彼女は、2日前に79歳の誕生日を迎え、昨日は遠くに住む娘さん夫妻がお祝いに来ていて、娘さんが豪華ディナーを作ってくれるという話だったのだ。
そしたら、ホーマンおばさまの様子が少しおかしい。
表情が固く、右の口角がやや下がっていて、返事もなにかモゴモゴとしている。
「気分が悪いの? 大丈夫?」
と聞くと、
「どうもない、大丈夫よ」
とは言う。でも、顔が強張ってやっぱり気分が悪そうだ。
向こうの隣に座っていたナタリアも、おばさまの異変に気づいて
「どうしたの? ここ暑いし、空気が悪いわよね。お水を持ってこようか?」
と話しかけた。
「大丈夫。水は自分も持ってるから」
とおばさまは平静を装う。
するともう一つ向こう隣りに座っていたエフィも、おばさまの様子を見て取り、
「ここに静かに座っていて。お水を飲むのは良いことだわ」
と言って、わたしたちの方に口だけ動かして
「の・う・こ・う・そ・く」
と告げた。
わたしはおばさまの冷たい手を握っていた。
あぁ、わたしにハンドパワーがあれば!と思った。
そして、エフィが電話をし、おばさまに
「大丈夫よ。でもあなたは今、普通の状態ではないの。救急車を呼んだから、病院に連れていってもらいましょう。ね」
と説明した。
おばさまは
「えっ、病院なんかに行きたくないわ」
と突然の展開に狼狽している。
ナタリアが
「エフィはお医者さんよ。エフィの言うことを聞いておけば大丈夫よ、ね、そうしましょう」
となだめた。
二階席で階段も急なので、わたしたちで下に運ぶのは危なかったので、わたしは教会の入口で救急車を待って、隊員の方たち3人を二階に誘導した。
彼らは、おばさまの血圧を測ったり、簡単な質問をしたりしてチェックした。
血圧は180と言っていたから、高い。
おばさまは時々立ちあがろうとしたり、自分の正気を保とうと頑張り、気丈に質問に答えたりしている。
そのうち、エフィから連絡を受けた旦那さんが慌てふためいてやってきた。
ホーマン夫妻は、しっかり者のおばさまが優しい旦那さんを尻に敷いているようなオシドリ夫婦で、旦那さんはいつもシャキシャキしている妻にこんなことが起こって、本当に動揺してしまっている感じだった。
おばさまが救急車の寝台に載せられたとき、娘さんも駆けつけてきた。
「これから入院の荷物を作って病院に行きます。今までたくさんお料理していたの。シャンペンも冷やしていたのに・・・」
せっかくの家族での誕生日のお祝いがこんなことになってしまった。
おばさまの容態が後遺症なく回復しますように。

思えば、わたしたちの歌が終わって二階席について、わたしがおばさまに
「まぁまぁ上手くいったよね?」
と話しかけ、彼女が
「ええ、わたしもそう思うわ!」
とにこやかに答えたところまではまだ大丈夫だったと思う。
でも途中で例の歌で皆が腕を組んで左右に揺れたとき、わたしはおばさまの腕を組んで、おばさまも一応一緒に揺れたけれど、そのとき彼女はなにも言葉を発しなかったし、少し元気がないように感じたので、そのときに徐々に異変が起きていたのではないか、と後になって思った。
わたしがそのとき、もっと早く気づいてあげればよかった。
でも、脳梗塞の症状など読んで知ってはいたけれど、実際に目の当たりにしても、それがそうなのかとは素人には判断できなかったし、おばさまは平常心を保とうと気丈に振る舞っていたので、見過ごしてしまった。
責任を感じてしまう。

エフィは、
「かえってこんな場で、皆がいるところで良かったわ。夜中に起って、自分も寝れば大丈夫なんて思ってベットに入ってしまえば、翌朝になって手遅れってこともあるからね」
と言った。
わたしはエフィがお医者さんだとは知らなかった。
エフィに
「いや、正しい判断を下せる、テキパキと手配できるあなたが居てくれて良かったよ。あなたはこれまでわたしに何も言わなかったから、ナタリアがあの場でそう言うまであなたがお医者さんとは知らなかったよ」
と言ったら、彼女は
「いやいや、そんなこと重要なことじゃないから」
と謙遜する。エフィ、カッコイイ。
ナタリアも横から
「わたしは何かあったらすぐにエフィに電話するの。病院に行くべきかしら、大丈夫かしらって。わたしはエフィの言うことならなんでも聞くのよ」
と口を挟み、
「ね、わたしたちの折り紙の約束もまだ果たしてないし、今度やろうね!」
と誘ってくれた。
「そうそう、それに音楽もね!」とわたしも返した。
「あなたがコーラスに来てくれると、わたしたちも嬉しいから!」
と二人が言ってくれた。
長らくコーラスをさぼっていたし、実はこれからどうしようかな~と思っていたが、歌うことが楽しいという他に、仲間がいるからというのも大切なポイントだと改めて思った。

それにしても、自分も周りも、いつ何時、どうなるか、何が起こるか分からないものだ。
せいぜい日々の健康維持につとめることを心がけるしかない。
それでも起るときは、起こる。
そのような時は運命なのだ。
運命を受け入れることができるよう、日ごろできるだけ元気に、楽しく、感謝して過ごそう❢ と思ったことよ。


11月5日(日)☔ 7~11℃

昨夕はうちの村の教会で、近郊の町の合唱団が客演するというので、聴きに行ってきた。
教会の入口には、洒落たケースに入ったロウソクが灯され、教会内も赤のライトで照明され、音響装置や、ドラム、エレキギター、キーボードなどが置かれ、モダンな雰囲気となっていた。
なんと、教会にはほぼ一杯になるほどの大勢の人々が来ていた。
でも、どうもお客さんは村人ではなく、多くはこの合唱団関係の家族・友人やファンたち?のような雰囲気だった。
うちの教会なのに、よその教会に来たよう。w
合唱団はは指導者兼キーボードの男性、楽器担当の男性2人、女声11人、男声2人と割とこじんまりしたグループだった。
わたしはその合唱団について予備知識がなかったが、指導者の方が最初の挨拶のなかで、教会ポップス、そして普通のインターナショナルなポップスを歌っているグループだと紹介された。
どれどれ、お手並み拝見~!と期待して聴いた。
が、コーラスのレベルとしては、中の下くらい、という感じだった。
下手ではないが、上手でもない、素人の歌声。
けれども、あの指導者がピカイチでしたね。
伴奏も上手かったけれど、3曲ずつくらい歌の紹介を挟みながら進めた、そのトークが穏やかかつ軽やかで、知性とユーモアに溢れていた。
あの指導者の魅力と実力で、このコーラスは皆のヤル気が出ているし、引いてはお客さんも集まるのではないか、と思った。
(そして女性が多い、というのも頷ける!w)

教会ポップス、一般ポップスということで、コーラスの性格やプログラムはわたしの凄い好み、というわけではなかったが、彼らは舞台を楽しみながら一時間半ノンストップで歌い、お客さんも大喝采で、アンコールを2曲も歌ったほどの盛り上がりだった。
歌も、上手さだけではない、ということだ。
指導者って大切だと改めて思った。

さて、自分のコーラス活動は・・・というと、こちらはも忙しさにかまけて長らく遠ざかっていた。
先週、長期パウゼの後、初めて練習に行ってみた。
すると、今度の日曜日(つまり今日)に、毎年恒例の地域の合唱団との合同のコーラスの夕べが開催されるということで、その仕上げの練習をしていた。
わたしはずっと練習に出ていなかったので、この合同コンサートにも出るつもりはなかったけれど、人数も少ないので一緒に歌えと言われ、急きょ出ることになった。(・_・;)
4曲歌うらしいが、どれも初見だ。
間にあうのか・・・。

ということで、それが今日の夕方からです。
今からもう一回さらわなきゃ。💦💦💦



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