tastenlebenのblog

ドイツでの家庭生活・日常生活の日記です。HN:トミ子(㌧)

9月19日(水) ☀ 16~28℃

今日も走った。v( ̄Д ̄)v イエーイ

筋肉痛も殆どなかったので、朝ティナに
「走れるよー。そちらの都合良い時間に走ろー!」
とヤル気満々のメール入れておいた。w
それで昼近くに走ることにしたが、今日は彼女の方がモチベーションが下がっていたそうだ。
「あなたが誘ってくれなかったら、今日は走らなかったと思うー。だからありがとう!」
と言っていた。
やっぱ二人で走るのはお互いのためにイイネ。👍
それに、喋りながら走れるペースで走るので、いろいろお喋りができる。

今日はティナが神学生の時に、イタリア(ローマ)とフィンランド(ヘルシンキ)に留学した話しを聞いた。
「わたしはイタリアが大好きなの。国民性も気候も文化も食べ物も何でも好き。またイタリアに行きたいなぁ。牧師の職もいろんな外国で募集しているのよ。この前も、イタリアでの募集広告を見たわ。でも夫がイタリアにあまり興味ないのよね。子供たちも居るしねぇ」
「きっと行けるよ。20年後には子供たちも独立してるだろうし。それからだって遅くないよ」
とわたしは答えて、ちょっとハッとした。
20年・・・。
「うん、わたしもこの病気を治して、健康になったら、いつか行きたい!」
「大丈夫、行ける!」
20年後も30年後も、是非生きてて。
今健康な人だって、20年後30年後生きてるか分からないんだからさー。
みんな同じだよ!

ティナはいつかイタリアに行く。
その前に、この村にもそんなに長いこと居ないだろう。
子供たちが小さいうちだけかもしれない。
優秀で能力ある彼女がこんな寒村に居ては勿体ないもの。

そう思うと、ティナと一緒に仕事できる時間、一緒に走れる時間なんてほんのひと時のこと。
だからこそ、今、この時間がとても貴重なものに思える。
リンゴのたわわになる並木道を墓地の方へ曲がり、森の小路を一緒に走るこの時間は、もうすでに、わたしの中で美しい思い出となっている。

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9月18日(火) ☀ 13~30℃

今朝、ティナから
「今日走れる?」
と連絡があった。
今週から彼女は放射線治療が始まると言っていたので、予定を見て走れるときは連絡してね、と伝えていたのだ。

「オッケ! ただし、わたしは今度はゆ~~~~っくり走るからね。しかも1周だけだよ。あなたはわたしに構わず自分のペースで走って良いからね」
と念を押した。

結局、”密かに一人練習”は一度もしないまま、であった。💦
またバテるんじゃないか~?筋肉痛になるんじゃないか~?とちょっと心配だったが、朝食も走る2時間前に済ませ、走る心構えも整え、万全を期した。

ティナはもうここに来る前にサイクリングで周辺の村々を走り回ってきたそうだ。
昨日も、病院に行きがてら、自転車でかなりの距離を走ったという。
凄い元気だ。

お天気も上々、風もあって心地良い。
前回と同じ、墓地折り返しコース。
ようい、どん!

ティナはわたしのゆっくりペースに付き合ってくれた。
「友達が走る秘訣を教えてくれたよ。喋りながら走れるくらいのテンポが良いんだって」
と説明して、実際喋りながら走った。

なんか前回と全然違う!
何故かは分からないけれど、自分でもびっくりするほど足取りも軽く、余り疲れなかった。
途中でティナが
「歩いても良いよ?」
と言ってくれたが
「いんや、このまま最後まで行けそうだよ!」
と、とうとうへばらずに1周走ることができた。
本当はもう数百メートルくらいは走れそうだったが、欲張らず無理をせず、1周に留めておいた。
公園で少し体を伸ばす体操をしてから、ティナは一人でもう1周することにし、わたしは家に帰った。

足もガクガクしてないし、気分も悪くはならなかった。
なんだかとても嬉しいわん
でも明日、また筋肉痛になるのか・・・??
大丈夫そうだったら、明日も一緒に走ろう!ということになっちょる。
学校の体育でもマラソンが大嫌いだったが、なんか? 走るの?? 好きになりそう!?!? がは。


9月17日(月) ☀ 10~25℃

週末は、礼拝の曲数が多くて、準備にやっぱり時間がかかった。
実質2日しか練習時間がなかったし。
それでも最近は、スタンダードな讃美歌の最低限の伴奏は大分覚えたので、以前より少しはラクになったと言えよう。
でも、最低限なので、もっと質を上げて行かないとだし、前後奏やサプライズ曲に対応できるだけのレパをもっと充実させていかないと。

L牧師は、礼拝の始まる前ギリギリにしか来ない。
特に疑問点や確認が必要なとき以外は、わたしも挨拶に行くこともしなくなった。
(挨拶なしに祭壇に直行される牧師さんは他にもいらっしゃる。牧師さんもいろいろ)
礼拝では、わたしは音楽担当として、タイミングや繰り返しや演奏自体のミスをしないよう、プログラムの流れに沿って奏楽できるよう心掛けた。
昨日は、わたしレベルの範囲でw大きなチョンボもなく、なんとか無事に1時間半の礼拝を終えられたように思う。ε-(´・`) フー

記念堅信礼は、同窓会のような雰囲気があり、きっと礼拝後にはおじいちゃん、おばあちゃんたちは懐かしいお喋りに花が咲いたことだろう。
◯◯式の礼拝のときは、終わってからも、多くの人が来て混み合ってるし、写真撮影だのやっているので、わたしはそのままそっと教会をあとにするようにしている。
わたしもヘタクソながらも、好きなことで役割を果たすことができて幸せなことだと感謝しながら。

家に帰ってネットで日本のニュースを見たら、樹木希林さんが亡くなっていてビックリ、寂しい気持ちになった。
凄くユニークで面白い女優さんだった。
若いときからお婆さんの姿で、際どいこともとぼけたこともズバズバ言うけど、それが本心なのか冗談なのかわからない。
ずっと病気を抱えて、大変な体だった中、最後まで映画やメディアに出続けられて飄々とされていた。
こちらとしてはまだまだ永らえて欲しかったけれど、時間が来てしまったのですね。

この世での命は限られているから、あるうちはわたしも何にしろ一生懸命生きないと、と改めて思った。


9月14日(金) 🌁☀ 9~19℃

今週末は、毎年この時期に行われる記念堅信礼の礼拝。
14歳の堅信礼から25周年(銀)、50周年(金)、60周年(ダイヤモンド)、65周年(鉄)、70周年(プラチナ)を迎えるおじいちゃん、おばあちゃんたちが招待されるのだ。

前後奏の練習は始めていたが、ハッと気づくと昨日はもう木曜日!
なのに、L牧師からは讃美歌もプログラムも届いていない。
(もうあと3日しかないのにー!)と思ったが、怒る前にハタと(もしかしたらもしかすると奏楽者はわたしじゃなくてパンケーキ氏なのかもしれない!?)と、丁度教会事務所が開く日だったので(週に2回しか開いてない)、直接事務所に聞きに行くことにした。
事務所のNさんはひっきりなしにかかってくる電話に応対中。
机の上には、旧堅信生たちへの記念証書がズラリと並べられている。
わたしの質問はただ1つなのに、なかなか電話が終わらないので話しかけられない。
Nさんもわたしに(も~大変なのよ!電話、いい加減にしてほしい!)と目くばせしてきた。w
ようやく電話が終わって、わたしはすかさず
「今度の礼拝は、わたしが弾くんですかね?」と聞いた。
「知らないわよ?」
「えっ、知らないんですか!? L牧師から何も送られてこないので・・・事務所にプログラム届いてます?」
「そういえば、彼からメールが来てたような・・・ちょっと待って。ああ、来てる。今しがた来たみたいよ。ほら、あなたの名前もある。じゃあプリントしてあげるわね」
「ありがとうございます! それにしてもL牧師、連絡が遅いと思うんですが・・・」

プログラムを見ると、説教の後に・・・”Instrumentalmusik" ! 
L牧師のサプライズ、また出た~。
もう新しい曲は練習しないぞ。
でもナニ弾こう・・・?
讃美歌はいつものように5曲だが、そのうちの一曲は6回繰り返し、そしてまた別の曲はなんと10回繰り返しだ。
回数間違えそう…。(;^ω^)
旧堅信生の儀式もあり、聖餐式も入ってるので典礼とBGMでオルガンをずっと弾いてなきゃいけない。
なかなかタフな礼拝となりそうである。

昨日は、別の用事が押していたので、ほとんど練習できなかった。
今日、明日の二日にかけるしかない。
練習行ってきやす~。💦💦💦






9月12日(水) ☀☁ 13~25℃

昨日は、ティナとかねてよりうちで朝食を一緒にしようと約束していた。
彼女が途中でパンを買ってきてくれ、わたしはその他を準備して待っていた。

二人でゆっくりお喋りするのは久々だった。
ティナは元気そうで、手術後の検査では胸の方の癌細胞が残っている可能性は5%以下、リンパ節の方は見当たらなかったそうだ。
胸の手術の跡も見せてくれたが、3~4㎝ほどの傷があるだけで、乳房は全く温存されていた。
取りあえず、グッドニュース!
来週から28回の放射線治療が始まるけれど、それまでは何もない期間とのことだった。
でも、この何もない期間が曲者で、今までずっと忙しくて考える暇もなく、勇敢にポジティブに病気に取り組んできたしやり過ごしてきたが、突然考える余裕ができて、病気やこの状況に対する怒りが湧いてきたり、将来のことやこれからも続く不安を思うとネガティブ思考に落ち込んでいるそうだ。
それに加え、旦那さんとの関係が彼女の長年の悩みのようだ。
旦那さんの支配的なところに彼女はずっと譲歩してきたようだ(それはわたしが外野で見ていてもわかった)が、それがかなりストレスとなっている様子。
ティナの話しを聞いていると、わたしだったらとっくに爆発していそうだ。
癌は一方で精神的ストレスも原因となると聞くので、もしやそれで・・・と思ってしまった。
しかし、夫婦間のことは夫婦にしかわからないし、他人が口を挟めるものでもない。
わたしは、わたしのできるところでティナをサポートしていけたら、と思った。

ティナは、医者からなにか持久力をつけるスポーツをした方が良いと言われていて、本当はスポーツはそれほど好きではないが、ジョギングしたり自転車に乗ったりするよう努めているそうだ。
この朝食後も、村外れの墓地までぐるりとジョギングすると言う。
それで、一人でするよりも二人でした方が、モチベーションも上がるだろうし、わたしも運動不足なので一緒に走ろう、ということになった。
わたしもスポーツマンタイプではなく、しかもジョギングは最もキライなスポーツなのだが。(笑)
でも、キキちゃんも居なくなって毎日の散歩もしなくなったし、運動不足でマジにマズイと思っていたところだ。
ティナにとってのサポートにもなるかもだし、わたしにとっても運動不足解消で、ウィンウィンである。
これからも、走るときは声かけて!一緒に走ろう!ということに。

さて、墓地で折り返しの一周15分は、めっちゃキツかったぞ!
距離にしたら、2km弱ほどだろうか。
大した距離でないのに、わたしは一周でもう完全にヘロヘロ。
ティナはもう一周すると行ってしまった。
なんて元気なんだ!@@
サポートどころか、わたしは足を引っ張っているんでは?爆
ティナが帰ってくるまで、わたしは公園の椅子に座ってクールダウンを図ったが、それでもヘロヘロから立ち直れなかった。
気分もムカムカ悪くなり、ティナと別れて息も絶え絶えに家に帰りついたなり、トイレに駆け込んで「おえ~~~~っ!」と、先ほど食べた朝食を全部戻してしまった。(汚い話でスミマセン💦)
なんの心身の準備もなく急に走り出し、しかも食べてすぐに激しい運動したので、身体がビックリしたのだろう。
胃を空っぽにしたら、気分は回復した。
そして今、残っているのは、ただただ激しい筋肉痛・・・。
太ももがガクガクである。
明日、また一緒に走る約束したが、この筋肉痛が続いていたら半周もできないだろう。
ああ、情けない。
でも、走り続ければ、持久力も少しずつついてくるのだろう。
まさか、わたしがラン!するとは!
思わぬ展開。www







9月10日(月) ☁ 12~23℃

夏の猛暑は去り、今のところは穏やかな気候が続いている。

リンゴは頑張って50個くらいは実がついているようだが、毎日2個ずつくらいボトボトと落ちている。
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落ちると傷んで腐ってくるので、アップルクーヘンをせっせと作っているが、落ちるスピードの方が速くて追いつかない~。💦

今年は初めて、ブドウの実がなった。

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つまみ食いをしてみたら、甘くておいしい!
何年か前に初めて植えた苗は寒さのためか、枯れてしまったが、夫が諦めきれないで翌年再び苗を植えていたのが、ようやく実をつけるまでに成長したということだ。
今回はまだ10房くらいしかならなかったが、これからブドウも収穫できるようになるのかな。

それからもう一つ、お初にできたものがある。

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メロンである。

写真では接写しているので大きく見えるが、実物は大きなミカンくらいの大きさ。w
本当はこのメロンは植えるつもりではなかった。
夫がズッキーニの苗と間違って、4株も買ってきてしまったのだった。
あまり期待しないで植えていたものだ。
多分熟れてないし、食べられないほど不味いかも。
でも、そのうち収穫して切ってみよう。w

一方、トマト、ズッキーニ、カボチャ、インゲン豆などは今年は不作だった。
夫が種から育てて移植した苗も、すぐに霜や巨大ナメクジや掘りネズミにやられ、播き直したり、買い直した苗も時期が遅くなったし、育ちが悪かった。
特に、今年のズッキーニの収穫は、たったの2本!だったのである。

ナメクジにはSchneckenkornと言う、食べたら乾燥して死んじゃう薬を何箱も買った。
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これが結構高くて、この薬に40~50ユーロは使った。
ビールで有機的罠も仕掛けた。
それでも効果は薄かった。
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ほらおいしいよ、お食べ。( ̄ー ̄)ニヤリッ

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それなのに、マメも芽を出したと思ったらこの通り。

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う~、ネバネバ跡がキモイ。
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無残。Schneckenkornに耐性がついたのか?

ナメクジ以上に手を焼いたのが、掘りネズミである。
モグラのように、庭中を掘りまくる。
そして、草花や野菜の根っこが特に美味しいのか、根を食べてしまって、植物全体をダメにさせる。
夫は、普段は動物に優しいが、掘りネズミだけは敵意をむき出しにし、彼らの穴や地下道を埋めたり、水攻め、煙攻め、薬を置いたり、ロケット花火で爆発させたり(すげぇ!)あらゆる作戦で追いはらおうとしていたが、全く効果がなかった。

お金と手間暇かけてズッキーニ2本とは、ホント馬鹿みたいなのであった。





9月8日(土) ☀☁ 11~20℃

今年初めて仕込んだお味噌。
作り方の手ほどきをしてくれたのは日本に住んでるドイツ人の友人じゃ。(笑)
彼女によると、食べるのは仕込んで1年経ってから、とのことだったが、偶然同時に今年初めて味噌づくりしていらっさるP姐が、もう味見しているのを発見し、あたくしも~!ということに。

どれどれ、まずは壺に入りきれなかった分の味噌をチェック。
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こんな感じで、カビはミニマルのようだった。

うん、中身もなかなか味噌らしいじゃないの!
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具はサツマイモとコールラビとワカメ。
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お味はどうだったかというと・・・
それが・・・

メチャうま!

だった。

夫息子も
「ホントにもうできたのぉ?」
と半信半疑だったが、美味しさにビックリしていた。w

もう充分食べられるわー。
わ~~~~~い、うれしーーーーーーー
来年は二倍作らないと、きっと足りないわ~。



9月7日(金) ⛅ 13~20℃

このところ、行けるときはサボらずにコーラスに行っている。
今までも歌は好きだったけど、最近、特に楽しいと思えるようになった。
ヴィッキー先生になってから、メンバーが少なくなったり、出入りが多かったり、またヴィッキー先生と合唱団そのものの一体感がしっくりいってないような感じもあったが(エストニア人なので文化や言語がちょっと違う)、今はヴィッキー先生を受け入れる人が残っているように思う。
今来ている人数は決して多くないが(15人ほど?)、少人数がかえってファミリー感を高めてくれているような気もする。
J先生の時は殆どがクラシック作品だったが、ヴィッキー先生になってからはガラッと変わり、クラシックは全体の四分の一以下かなぁ。
殆どが現代の宗教曲で、また英語をはじめスペイン語だったり、アフリカの歌だったりインターナショナルな選曲で、ポップス風、ジャズ風、ゴスペル風、ブルース風などスタイルもさまざまだ。
わたしにとっては、色々なジャンルの教会音楽に触れられてオルガニストとしての勉強にもなる。
ヴィッキー先生に感謝。

先週から新しく練習し始めた曲は、ジョン・ラター(John Rutter)というイギリスの作曲家の『Alle Dinge dieser Welt (All Things Bright and Beautiful)』という曲。
素直でと~~~っても愛らしい曲。



動画を探したら、ラター氏自ら指揮する児童合唱団にぶつかった。
こんなに可愛く歌えたらいいけどね・・・。

若者版(国立台湾大学合唱部):

素晴しいっ!!!

われわれ、オジ(イ)ちゃんオバ(ア)ちゃん合唱団にはちょっと似つかわしくないかもだが~。(笑)

9月6日(木) ⛅ 10~27℃

猛暑やら洪水やら台風やら、今度はまた大地震で、日本がひっきりなしに痛めつけられているのを見るのが辛い。
今日は一日落ちつきません。
皆様の無事を祈っています。

9月3日(月) ☁ 14~23℃

先週の結婚式礼拝のことを記しておこう。

旅行から帰ると、L牧師から結婚式プログラムのメールが入っていた。
見ると、結婚式だけでなく洗礼式も入っていた。
きっと子連れの結婚式で、赤ちゃんの洗礼も一緒にするんだ。
入場は、「新婦がお兄さんと共に」とある。
きっと、お父さんがいらっしゃらなくて、お兄さんが祭壇で待つ新郎のところまで同伴するのだろう。
ん~、入場の音楽はなにが良いか・・・と考えて、
『やっぱ、ベタだが『結婚行進曲』でしょ! それもメンデルスゾーンじゃなくて、ワーグナーのローエングリン・Brautchor(婚礼の合唱)の方でしょ!』
と、なぜかはわからないけど咄嗟に思った。

牧師さんによっては、結婚行進曲はあまりにキッチュ(通俗的)と考えている方も居るようで、以前、スーパーインテンデントの進行で行われた結婚式でメンデルスゾーンの結婚行進曲を弾いたときに、そう言うリアクションをされて、ちょっとビビった経験がある。
それに多分、熟練オルガニストも、このような典型的な曲ではなく、もっと違った曲を入場の曲に選ぶだろう。
そんなこともあって、結婚行進曲には少々慎重になっているのだが、やっぱりいろいろなことを乗り越えて結婚するのだろうこのペアは、きっと喜んでくれるんじゃないかな?と、そんな気がした。

当日、いつものように早めに教会に来て練習した。
しばらく練習してても、誰も来ない。
教会守のフラウKが、
「結婚式の30分前と言うのに、誰も来ないなんて? こんなことないわよ?」
と不思議がっていた。
たしかに、なかなかのんびりした新郎新婦とそのお客様たちだ。w
20分くらい前になって、ようやく人々が教会に入って来た。
すると、乳飲み子を抱えた白いドレス姿の新婦がオルガン階に上がってきた。
「こんにちは。ちょっとお乳、あげなきゃなんで」と。
そして
「あの、入場の時にはなにを弾かれます?」と。
わたしが
「結婚行進曲にしましたが、良かったですか? ワーグナーの方のです。たんたたたーん、たんたーたたーん♪ってやつです」
「そうそう! あー、良かった! L牧師と打ち合わせしたときに、その曲を弾いてほしいとリクエストしたんですが、彼は『入場の音楽は当日のサプライズにしましょう』と仰ってたんですよ。わたしの希望の曲で嬉しいです!」
「えっ? L牧師からは何も聞いてなかったです。この曲にしたのは、本当に偶然なんですよ! 良かったー!」
直感が当たったとしか言いようがない。
わたしもビックリ&嬉しくなった。

新婦さんは下の新郎氏に向かって
「あなた~、ちょっと上がってきて~」
と呼んで、彼が上がってくると
「彼女、結婚行進曲弾いてくれるって!」
と報告していた。
そして、旦那さんにドレスの後ろのチャックを外してもらい、赤ちゃんにゆっくりお乳を上げて、5分前に下に行ったが、まったく慌てておらず、ゆったりとリラックスされていた。
若いのに肝っ玉母さんの雰囲気。w

そんなわけで、わたしもますます張り切って結婚行進曲を奏楽した!

結婚式も、洗礼式も、和やかに執り行えた。
赤ちゃんはずっとスヤスヤ眠っていて、洗礼で頭を水で濡らされても、泣きもせず、信じられないほど穏やかな子だった。

それにしてもL牧師、せっかくリクエストがあったのに、それを受けずに、わたしにも何も伝えないとか、ヘンじゃね??
昨日の礼拝もサプライズに苦労したが、サプライズがお好きなのか??? んー。



9月1日(土) ⛅ 5~21℃

もう9月に突入してしまった、あわわ…💦

旅行アテンドの仕事は諸事情で予定よりも延びて、結局足かけ12日間となり、火曜日にようやく帰宅した。
20人のグループの楽しい面白い旅行だったけれど、前半は猛暑の中だったし、毎日朝から晩までプログラムぎっしりで、お世話や通訳でヘトヘトになった。

帰ってきてからは、家のこと、家族のこと、週末二件の奏楽の準備、その間に翻訳の仕事もちょこちょこと入ってきて、なかなかブログを書く余裕もなかった。

昨日は結婚式、明日も礼拝。
明日が終わったら一息つけるかな?

明日の礼拝はわが村で、『堅信生たちのご挨拶』というタイトルがついている。
L牧師の送ってくれた式次第には、”説教”のあと、”Instrumentalstück(器楽曲)”とあるのだけど、これは堅信生がなにか演奏するのか、それとも私が担当なのか?
L牧師にメールで質問しても返事がなかったので、昨日の結婚式の礼拝が終わってから直接聞いてみたら
「あなたが弾くんですよ?」と。(・ω・ノ)ノ!
さらに
「礼拝のテーマは”心”と”愛”なんですけど、あなた、なにかテーマに因むみんなが知っているような流行歌やポップスは弾けない? 別にキリスト教関係の曲じゃなくていいから」と。
「ビートルズの”Let it be”とかですかー?」
「あー、そんな感じですが・・・なんかないですかね? ま、あなたにお任せしますよ。サプライズということで!」
そんな希望があるんだったら、ちゃんともっと早く言ってくれ。
今頃急に言われてもすぐ思いつかないし(ポップスに詳しくない)、思いついたところでおいそれと弾けんがな。

結婚式は夕方だったので、夜、家に帰ってからずっといろいろと考えたり曲を漁ったりしていた。
”Let it be"や”Yesterday"などビートルズのナンバーから弾いてみたけど、なんかパッとしない伴奏譜で・・・。(-_-;)
夫にも聞いてみたら、
「ABBAは?」
というので、”Chiquitita”の楽譜をネットで探して試してみたが、これも弾いてみたらパッとせず。(イイ曲なのに!)
こういう曲は譜面が簡単過ぎたらつまらないし、難しければ一日じゃ弾けるようにはならない。💦

悩んでいたら、この美しいメロディーにぶつかった。
ネットで楽譜も見つかった。
ピアノソロだけど、インストルメンタル曲としていいんじゃないの?



大変有名らしいけど、わたしは恥ずかしながらこの曲もイルマさんというアーティストも知らなかった。
コメントに「この曲を聴くと死んだお父さんを思い出す」とか「お葬式に合う」とか書いてあるので、お葬式用なのかもしれない。
でも、イイよね?

ただ、練習時間が今日一日しかなかった。(;・∀・)
必死でさらって、なんとかなんとか弾けそうなんだけど、本番ではこけるかもーーーー。
緊張!





8月16日(木) ☀ 14~28℃

昨夜、手術を終えたであろうティナにメールしてみた。
もちろん、「返事は要らないからね」と書き添えて。
そしたら、しばらくして返事が来た。@@
「あなたの思い、どうもありがとう。わたしをすごく助けてくれたよ。麻酔からちゃんと目覚めて、傷の痛みはなんとか我慢できる程度」とのこと。
はーーーっ良かった、無事に終わって、そして彼女も持ち堪えて。
どれほど入院するかはまだ分からないけれど、退院したら実家のご両親の元でしばらく静養するそうだ。
彼女の実家はここからもっと北の方にあって、今度わたしが旅行アテンドで周る際に実家の近郊まで行く。
もし、彼女の回復が捗って、わたしたちの日程の中で可能な時間があれば、近くの町で会って夕飯でも一緒に食べようか?という話もしている。
まぁ、無理せず・・・どうなるかな?

旦那さんは三人の子供たちの世話と自分の仕事で大忙しだろう。
わたしも、何かあればシッターや留守番するから、と伝えている。(旅行から帰ってきてからになるけど)

わたしの方は、荷造りがほぼ終わった。
(なんか忘れているかも・・・
家の中も、掃除洗濯をやって、あとは買い物に行って、ゴハンやお菓子の作り置きをしておこう。
できるだけ夫の負担を軽くしておきたい。

明日、息子がプラハから帰ってくるが、わたしと入れ違いになるので、2週間ほど会えない。
この新学年から、付添人も急に新しい人に変わった。
前の方は凄く良い方で、息子とも意気投合して良い関係だった。
続投するはずだったのだが、夏休み中に彼女の方に突然より良い条件の付き添いのオファーが舞い込んできたのだそうで、彼女は息子に悪いと思いながらも実を取ったのだった。
息子にとっては、新しい人に慣れるのは時間がかかり、それが苦痛でたまらない。
彼は
「慣れたと思ったらもう終わりになるから、もう最初から付添人は要らない!」
と言い張って聞かなかったのだが、だからと言って一人ですべてに注意を払ってこなせるとは思えないので、わたしたちが「まずはやってみて」となんとか言いくるめて、新しい人にチェンジしたのだ。
なので、最初はいろいろと困難が予想される・・・。
新しい付添人の方にとっても戸惑いがあるかもしれない。
まぁでも、なるようになるでしょう。
わたしも一度家を出たら、もううちのことはすっかり忘れて仕事の方にかまけるので。w
お互い頑張ろー。

~~~

この前、ティナの家に行ったとき、牧師館の庭のプラムの木に実がたわわになっていた。
ティナは、自分はこれから長く家を空けるし、旦那さんはプラムアレルギーで食べられないから、好きなだけ持って行って、と箱一杯にたくさんもいでくれた。

まだちょっと硬くて完熟はしていないけれど、そのまま食べても美味しい。
でも全部は食べられないので、プラムケーキを焼いてみた。

これが余りに美味しくて、続けて二台焼いてしまった。w

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ちょっと酸っぱいので、たっぷりクランブルをかけて大正解。


プラムケーキ 
26㎝タルト型

(生地) 
小麦粉 225g
生イースト 20g (ドライイースト 6g)
砂糖  50g
バター 50g
牛乳  100ml
塩   ひとつまみ

(フィリング)
プラム(タネを取って) 約1㎏
シナモン 少々
砂糖 少々

(クランブル)
小麦粉 150g
バター 100g
砂糖  80g
バニラ 少々

180℃で約45分









8月15日(水) ⛅ 15~23℃

息子は新学期が始まったばかりだが、今週は月曜から金曜まで、アビのクラスの修学旅行でプラハへ行っている。

新学期早々修学旅行?と不思議な感じだが、アビが終わったらもう皆はそれぞれバラバラの道を行くので、最終学年の勉強が本格的に始まる前の今が、旅行に出かける最後のチャンスなのだろう。

修学旅行と言っても、日本の修学旅行のようにびっちりスケジュールが組まれているようなものではない。
市内観光やモルダウ川船下り、最終日にナイトクラブでディスコの夜(学校側がそう言うものを計画するのがまた不思議w)などがいくつかあるくらいで、あとはオプショナルツアーと自由時間なのだそうだ。
息子はモルダウ川のカヌー下り、というオプショナルツアーに申し込んでいたが。
プラハに何があるか、何を見たいか、など一切下調べもしないで出かけた。
何をするんだか・・・。

宿泊は、シェアハウスのように居間、キッチン、いくつかの寝室のある大きなアパート式のホテルに複数人で泊まるのだそうだが、食事はついていないそうで、部屋についているキッチンで自炊するか、食べに行くか、買ってくるか、一切を自分たちで賄うそうだ。
(朝食さえ付いていないようなのだ。不思議)
息子が料理するわけはないし、かといって買い物に行ったり、レストランに入ることもできないと思う。
でも、親友のヤンとクラースも一緒なので、3人でなんとかするだろう。
普段はファストフード店などには行かないが、こういう時はきっと最後の(あるいは最初の、あるいは毎度の)救いの手だろう。w

この大いなる自主性に任せた修学旅行w、最初は凄い手抜きな放置ぶりだと思ったが、言葉もわからない外国で、自分たちでなんとかサバイバルすること自体が、一番の良い学びになるのかも。

旅先からの連絡なんて、息子にはまったく期待していない。
親が心配しているだろうから・・・みたいな気は回らないのだ。
そしたら、夫のスマホに、昨日一枚、今日一枚、コメントもなしに写真が送られてきたそうだ。w
息子にしては上出来ではないか!www

昨日の写真: モルダウを臨む (おそらく宿泊ホテル、リバー・ヴュー・レジデンスの部屋からの眺め)
IMG-20180813-WA0000



今日の写真: プラハ城IMG-20180815-WA0000



わたしはまだプラハに行ったことがない。
いつか行ってみたいな!



8月14日(火) ⛅🌂 16~22℃

夏休みの間中、ティナに会えないでいた。
メールを送っても返信がなく、ちょっと心配していた。
7月に最後の化学治療が終わったはずだったし。
夏休みの最後になって、ようやく返事があり、体調は良いとのことでまず安心した。
やはり休み中は、子供たちを連れて北海の島へ行ったりしてて、家には不在のことが多かったと。

先週、わたしがオルガンの練習をしていたところ、ティナが音を聞きつけてやってきた。
次女が今年小学校に入学で、ティナと旦那さんの両家の親兄弟友人が来てお祝いするから、その準備中で忙しいと、あまり話す時間はなかったが、後日改めて訪問する、と言う約束をした。

それで、日曜日に訪ねた。
今までバンダナ頭だったが、
「今日、初めて被ってみたの~」
と、ヘーゼルナッツ色のショートカットのカツラを被っていた。
なかなか良く似合っていた。

しばらくしたら、旦那さんが長女と次女をプールに連れて行ったので、そのあとはティナと庭で三女を見ながらゆっくり話すことができた。

化学治療の後、手術、その後放射線、という治療プランなのだそうだ。
手術は今度の水曜日。
胸と、脇のリンパ節も大きく深く切除するそうだ。
医者も勧めたし、自分もその方が良いと思ったからだと。
取った組織を調べてから、病状がわかり、それによって放射線治療の方針も決まってくるんだと。
リンパ節を全部取ると、手が上がらなくなるなど後遺症が残る可能性があると。

ティナはサバサバと話してくれた。
わたしは、
(こんなに明るくサバサバしているけれど、やっぱり人知れず泣きたい時も落ち込んでしまうこともよくあるんじゃないか・・・小さい娘たちが3人、三女はまだ1歳半だもの・・・)
と思ったけど、彼女は
「見切りをつけるのは結構早かったのよ。なったものはもうどうしようもないから、なるようになれ~ってね。夫の方が落ち込み方が激しくて困った
と言う。
そこに、くよくよ悩んでいる、という感じは本当にない。
やっぱり、ティナはポジティブで素晴らしい人だ。

神さまに心からお願いします。

手術が問題なく運びますように。
執刀医にパワーを。
ティナの病が治りますように!!!



8月13日(月) ☀☔ 14~27℃

週末、土曜日の朝に、村の小学校のお入学礼拝があった。
うちの村の小学校には、近隣の10ほどの町村…教会の教区で言えば3人の牧師さん方が管轄する地域の子供たちが通ってくるので、新一年生とその親や親せき友人などで、教会は一杯になった。
お入学礼拝の参列は義務ではないが、おそらくほとんどの子供が参加する。
(礼拝の後、小学校で入学式がある)

これまでは、毎年ティナ牧師、ウリ牧師(息子が通っていたボーイスカウトのリーダーをしていた牧師さん)、そしてお隣教区のF牧師の3人が前に立って、楽しく礼拝を進行していたものだ。
でも、今年は状況がすっかり変わってしまい、ティナは病気で休職中、F牧師は定年退職、F牧師の後釜のS女性牧師は育児休暇中と牧師不足。
そんなわけで今回はウリ牧師お一人で仕切られた。

わたしが前後奏と歌2曲、そしてウリ牧師がギターで伴奏しながら(ボーイスカウトですからギターや歌がお上手!)2曲を弾くことに。
歌は、例のように、メロディー譜しかない。
超簡単な左手とペダルの伴奏をつけたが、ウリ牧師はそのうちの1曲に「この曲はCから始めてGまで段々調をあげながらリピートして、それと共にテンポも速めてね。それに合わせて会衆にも振り付けがあるからね」とご注文。
そんな離れ業、慣れていないので、簡単なメロディーだけど、CDEFG調ごとに楽譜に起こして、結構必死に練習した。

礼拝前に、ウリ牧師がオルガン階までいらしてくださって、挨拶とどんな風に弾くか簡単な打ち合わせや確認をした。
「うまくいくか緊張します~」と言うと、ウリ牧師も
「ボクも毎年この礼拝の前の夜はよく眠れないんだよ~」と仰ったので(えっ、ベテラン牧師でもそうなの??)と可笑しかった。

結果的に、礼拝はなかなか成功したのではないだろうか。
振り付けも大人も楽しめるように、女性陣と男性陣に分かれてフレーズごとに掛け合いし、自分たちの番になったら立ち上がって歌う、という決まりをウリ牧師が作り、それが立ったり座ったり忙しいのでひっちゃかめっちゃかになったりして、みんな大笑いしながら楽しく歌っていた。

小学校入学は、ドイツの学校制度の中でも、最も大切なイベントで唯一の儀式だ。
(それ以降の、中学、高校、ギムナジウムの進学・卒業には、セレモニーは全くない)
新しい勉強道具一式を揃えてもらい、ランドセルをからい、いろんなプレゼントの入った円錐形の筒を誇らしく抱えて、ワクワクドキドキの新一年生。
学校生活の良いスタートを切って欲しいネ!

わたしも礼拝が無事に終わってホッとして帰宅。
午後からは、友人Sと隣町のアイス屋さんで待ち合わせて、久しぶりにデートの約束をしていた。
わたしの誕生日以降会ってなかったから、3カ月以上ぶりだ。
チョコレートパフェを食べながら、お互いの近況を3時間喋り倒した。w
彼女は、仕事を3つ掛け持ちし、趣味もいろいろあるし、家族とまたは一人であちこちに出かけ、とても活動的だ。
引き籠ってコソコソしているワタシとは対照的・・・。
刺激を受けて、元気をもらった。

今週末からは、わたしも10日間の通訳アテンドの仕事に出かける。
夏にほどんどどこにも行かなかったので、この仕事がわたしの夏休暇旅行のようなものだ。(笑)
フランクフルトから北上して北ドイツの都市や田舎をぐるりと周る盛りだくさんの内容。
楽しい旅行になればいいな!



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