2007年05月18日
「記憶の書」

9(小説5) ジェフリー・フォード 著/金原瑞人、谷垣暁美、貞奴 訳/国書刊行会 刊
ファンタジー三部作の中編。なお、前巻「白い果実」のあらすじがさりげなくも端的に本文中に読める親切な段落があり記憶を呼び起こす助けとなった。今巻の主人公は引き続き、元・観相官のクレイ。内省と行動が高すぎないレベルで両立され、なおかつ良心の価値と刹那の甘美とを常に葛藤しつづける好キャラクター。決してベタベタとはしていないけど、彼の心情を描く筆致は相当にセンチメンタルで、このシリーズを読んでいると喪ったものへの懐かしさと切なさにゆっくりと浸っていく。それは癒しにも似た静かな心持ち。かわいらしくも知的な美女アノタインにはもう会えないかもしれないが、謙虚でたのもしい眼鏡をかけた魔物少年ミスリックスは次の巻にも登場する可能性が残されている。訳書があまり間を置かずに発刊されることを祈りたい。
独裁者クレイの思考を外在化した都市からはじまり、その崩壊をへて物語は独裁者の思考そのものへと潜り込み、そして彼の息子たちともいえるふたりが外の世界へとそれぞれ自分が見失ったものを探すために旅立った。どうか彼らの魂に安息の場がみつからんことを。