2007年度読了本

2007年05月24日

「犯罪不安社会」

犯罪不安社会 誰もが「不審者」?


11(新書3) 浜井浩一、芹沢一也 著/光文社 刊

(本年度読了本記録からあらたに分類内に『新書』を追加することとしました)

国内における犯罪件数はむしろ以前よりも減少しているのに、なぜかマスコミでは「凶悪犯罪の増加がいちじるしい」などと論評がとびかっているし、また国民の間でも体感治安の悪化が語られている。そんな現状を統計学と社会学の両面からそれぞれアプローチすることで、政治の変化に直結しかねない世論を安易に醸成させないために、風評や印象に流されずに沈思黙考する姿勢を説いた一冊。いまだ為政者の煽りに流されやすいこの国において、この問題は実に喫急の課題であると思う。私もあまり「最近の世情は悪くなるばっかりだよね」と口にしたり観念として固執したりしないように気を付けようと思う。ところで著者の一人である浜井氏は刑務所の管理責任者として勤務していた時期があるとのことで、老人や障害者といった社会からはみださるを得なかったハンディを持つ受刑者が多かったと経験談を述べています。そこから芹沢氏が主張する“国民同士が監視しあう息苦しい社会への危険な変化”への動線が繋がるわけですね。実際に社会にとって害をおよぼす人物だけではなく、害をおよぼしそうな人物が刑務所に送り込まれている実態がほのみえるそのくだりは、私たちの社会の視野狭窄が明らかで思わず暗澹としてしまいます。

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2007年05月20日

「タイアップの歌謡史」

タイアップの歌謡史


10(新書2) 速水健朗 著/洋泉社 刊

芝居の劇中歌がレコード発売されたという戦前の「カチューシャの唄」からはじまり、現在のCMソングやドラマ主題歌までをざっと見渡した、一種のマスコミ史。1973年生まれという若さを著者紹介欄で知ったけど、資料の扱い方や視点の定まり方に問題はなかったです。強いていえば、アーティストの作品を商品として流通させる際の原盤権と音楽著作権の違い方がわかりづらいけど、それはたぶんむしろ読み手であるこちら側が慣れていないためであって、そもそもがけっこうややこしい業界なんでしょう、たぶん。それにしてもJALの夏キャンペーンやキリンビールの冬物語とか年ごとのシリーズ一覧がすごくなつかしかった。今の時代は、イメージが提供されるよりも、モデルタレントとより身近に関係性の感じられる宣伝(PR、Public Relations)の方がウケるのだそうで。80年代懐古をここでもぶり返してしまいましたよ。

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2007年05月18日

「記憶の書」

記憶の書


9(小説5) ジェフリー・フォード 著/金原瑞人、谷垣暁美、貞奴 訳/国書刊行会 刊

ファンタジー三部作の中編。なお、前巻「白い果実」のあらすじがさりげなくも端的に本文中に読める親切な段落があり記憶を呼び起こす助けとなった。今巻の主人公は引き続き、元・観相官のクレイ。内省と行動が高すぎないレベルで両立され、なおかつ良心の価値と刹那の甘美とを常に葛藤しつづける好キャラクター。決してベタベタとはしていないけど、彼の心情を描く筆致は相当にセンチメンタルで、このシリーズを読んでいると喪ったものへの懐かしさと切なさにゆっくりと浸っていく。それは癒しにも似た静かな心持ち。かわいらしくも知的な美女アノタインにはもう会えないかもしれないが、謙虚でたのもしい眼鏡をかけた魔物少年ミスリックスは次の巻にも登場する可能性が残されている。訳書があまり間を置かずに発刊されることを祈りたい。

独裁者クレイの思考を外在化した都市からはじまり、その崩壊をへて物語は独裁者の思考そのものへと潜り込み、そして彼の息子たちともいえるふたりが外の世界へとそれぞれ自分が見失ったものを探すために旅立った。どうか彼らの魂に安息の場がみつからんことを。

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2007年05月14日

「あいまいな日本の不平等50」

あいまいな日本の不平等50


8(ノン1) 西いずみ 著/ブックマン社 刊

経済格差や、教育機会均等の問題といった現代日本の問題点をコラムとして取り上げたブックレット。読みやすいしデータ表示も見やすいが、章によって安易なアジテーションで文章が締めくくられてるのが少々気になった…が、それは巻末解説でも間接的に触れられてるのでまあ良し。しかし福井現日銀総裁が高給の他に、庶民とは桁の違う年金まで受給しているというのには驚いた。制度に決められたことだから違法ではないけど、しかしやっぱり治政として不平等だよ!

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「江戸八百八町に骨が舞う」

江戸八百八町に骨が舞う―人骨から解く病気と社会


7(新書1)谷畑美帆 著/吉川弘文館 刊

著者は古病理学というジャンルで遺跡から発掘した人骨を調査している専門家。土中から出てきたばかりの遺骨はそれは美しい真珠色だという記述が印象的だったなあ。その後みるみる空気に触れたために茶色がかってくるそうですが。内容としては、さわりだけで終わったような物足りなさもややあるけど、江戸とロンドンの同時代を比べていた工夫はわりとフックとして機能していたかも。独身男性の割合が非常に多かった江戸では、梅毒がかなり蔓延していたらしいですよ。実際の遺骨の個体例の調査結果もいくつか紹介されていたけど、苦界に生きた女性たちへの痛ましさがやはり感じられましたわ。あと、それなりに裕福な町人の一家の病歴が遺っているという章が興味深かったですね。今ではあまり見られないし、死因にもなりにくい病気で命を落としていたり。

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2007年05月02日

「血は冷たく流れる」

血は冷たく流れる


6(小説4) ロバート・ブロック 著/小笠原豊樹 訳/早川書房 刊

おお、これはまさしく名テレビシリーズ「ヒッチコック劇場」テイスト。ハリウッド系脚本家ゆえの簡潔明瞭な人物描写と、短編名手としての鮮やかな筋立てとの両立がスパスパッと切れ味の良い読後感を生み出してる。この巻はかなりお気に入りかも。特に巻末の三編が凄い。『針』は覗き見ダメ!ゼッタイ!!と強く思うことしきり(笑) 『フェル先生、あなたは嫌いです』はあーもうちょっとだったのに…でもそれはそれでまあいいかもという深刻なようでコミカルな味わいが。『強い刺激』は終盤で二転三転。後味悪くてもおかしくない結末なのに、あまりにさりげなく叙述トリックが配置されているので、構造の見事さにむしろ爽快ともいえる感触が。こんな職人気質な短編がたくさん読めるんだから、やっぱり異色作家短編集はすごいわ。全部読む。

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2007年04月16日

「たちの悪い話」

たちの悪い話


5(小説3) バリー・ユアグロー 著/柴田元幸 訳/新潮社 刊

超短編の旗手であるユアグローが、おためごかしばかりの児童本界隈に殴り込み。他愛ないが救いもないどうでもいいしどうしょうもない小咄が満載された一冊。ありふれたシチュエーションと予想可能なプロットにどうやってだか読ませる仕上がりを施してしまうユアグロー独自の持ち味と、奇をてらわずとも効果を手堅くあげる新潮社の装幀仕事、そしてもはやユアグロー邦訳本に欠かせない柴田元幸の軽やかな文体。楽しい読書でした。最後の数編がややボリューム多めで、かつ人生教訓とも読めるようになっている構成も興味深かった。特にわんぱく三人組の巨人洞窟探索話。作家という人種への自虐といおうか、謙遜といおうか。

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2007年04月14日

「キス・キス」

キス・キス


4(小説2) ロアルド・ダール 著/開高 健 訳/早川書房 刊

収録作すべてが底意地の悪い読み味。しかしけっしてエグくはない。「チョコレート工場の秘密」のディティール描写でも薄々感じていたけど、いかにもイギリス紳士らしい油断のならなさといいますか… そんな中で、ちょっとしてやったりと思わされる『ビクスビイ夫人と大佐のコート』がベストに思えます。あとは『ジョージイ・ポーギイ』(このタイトルの解説がほしかったなあ)の狂気と敵意のありかのラリーぶり、『ウィリアムとメアリイ』のSF的奇想と普遍的結末の対比の鮮やかさが印象に残りました。 しかし表題作って存在しない、あるいは収録されてないのね。語感の良さに期待してしまってたのですが。



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2007年04月06日

「狼の一族」

狼の一族


3(小説1) トーマス・M.ディッシュ 他 著/若島 正 編/早川書房 刊

トリに収録されている『眠れる美女ポリー・チャームズ』(アヴラム・デイヴィッドスン)とその直前に配されている表題作『狼の一族』(トーマス・M.ディッシュ)がさりげなく示したもの哀しい人生の機微が非常に印象に残る。編者あとがきで述べられているように、そろそろ未訳傑作短編も弾不足の気配が見られるし、本書もいまひとつぼやけた印象の作品が多く感じられるものの、この二編が読めただけで個人的には満足。他に気に入ったのは荒廃した雰囲気の冒頭からはじまり、人情話感覚で終わる『どんぞこ列車』(ハーラン・エリスン)と子供時代の熱気とある種の残酷さが充満した『スカット・ファーカスと魔性のマライア』(ジーン・シェパード)。なお平成新版「異色作家短編集」は順不同に選びながら読んでいるわけだけど、掉尾を飾る新編アンソロジーは本巻の『アメリカ編』以外にあと二冊刊行が予定されておりそれらがひときわ楽しみだったりする。

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2007年04月04日

「ファンタジーと言葉」

ファンタジーと言葉


2(エッセイ2) アーシュラ・K=ル・グィン 著/青木由紀子 訳/岩波書店 刊

原書のタイトルは「The Wave in the Mind」なんだけど、この邦訳書でもそれを採用するべきだったと思う。それぐらい、ヴァージニア・ウルフの言葉を引き合いに出して語った“文学とリズム”の話は重要。中盤から後半にかけて、緊張感のあるエッセイが複数配置されているので途中で読了放棄しないようにお勧めしておきます。犬と猫の違いやダンサーの身体感覚について語った章での、美についての力強くも柔軟な一家言もル・グィン作品を理解するための大きな手がかりになっている。美と自由と倫理というそれぞれの観念が分ちがたく結ばれている点にこそ、彼女の作品の真価があるとあらためて感じられる。

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