きりぎりす雑感

日々の心に映りゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付ける   酒と散歩とちょっとの愛

オヤジラジオをよろしくです!

ショボショボのブログをいつもご愛顧ありがとうございます。

このたび、オヤジの戯言で、インターネットでのラジオ番組を始めることとなりました。

本日、1月17日(日)17時が、第一回目です。

単なるオヤジの放課後活動ですが、その名も「オヤジラジオ」(笑)

ぜひ、お聴きいただき、忌憚のないご意見を賜われれば幸いです。

リクエストもどうぞ!

寒さが厳しい折、くれぐれもご自愛ください。

オヤジラジオ・radiotalkページのURLです。

マイルスで駅伝

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

お正月の挨拶ありをここで書いたことがあったでしょうかね。

まぁ、いいですね。そんなに書いているわけでもないですし。

今年のお正月は、外を歩いても人がまばらでしたね。

そういう場所しか歩いていないのかもしれませんが。

毎年、箱根駅伝はどうしても見たくて見てしまいます。

いつからだったのでしょうか。

そんなに昔からは定期的に見ていなかった気がします。

それこそ、ここ10年くらいではないでしょうか。

で、今年は、ちょっとやらなければならない仕事があって、でも、見たいので、

音声をミュートにして、マイルス・デイヴィスをCDをずっと流しながら(安く買った10枚組があるので)、たまに画面に目を向けながら、仕事をしていました。

いいですよ。マイルスに合わせて、各走者たちが走っているのが、なんだか麗しい。

なんだか孤高な存在感がさらに増しましたよ。

アナウンサーや解説者の話を聞きながら、というのがいいと思っていましたが、これがそうでもないですね。走者の表情からいろいろと思いを馳せて、後から、あぁ、こういう背景がある選手だったんだなんてね。面白いです。

って、結局、音は消しても気が散っているんですけど。

でも、面白かった。来年は第九かな、それとも・・・、なんて今から考えてます〜

12月14日はどんどん大切な日になる

12月14日。忠臣蔵の討ち入りの日です。

私は、学生時代から、この日は、赤穂浪士四十七士が、吉良の首を取り、両国、本所松坂町の吉良上野介の屋敷跡から、最後に切腹した高輪泉岳寺まで、その道をたどり、歩く、ただ歩く、酒を飲みながら歩く、という酔狂なことをやっていたのです。

で、今もやってます。今日も独り、歩いてきました。

両国から泉岳寺まで、2時間4分、20447歩でした。

伊達や酔狂で、毎年やってます。

でも、今日は、泉岳寺に5時過ぎに着いてみたら、もう閉門。暗かったです。

コロナの影響ですなんですね。ざんねんでした。

でも、まぁ、歩きを達成したのでって、いつもそうですが、スッキリして、その後、独り一杯やりに行きました。

で、ですね。

今日は、その歩いた模様を、あれこれ実況したかったということではないのです。

今日が、2年前に死んだ、大学時代の友人の誕生日だということを思い出したことを、

まず、言いたかったのです。

奴も、学生時代、一緒にこの酔狂なウォーキングをしていた仲間でした。

そう言えば、今日が誕生日なのかなんて、いつもすっかり忘れています。意識したことすらありません。

でも、最近、そうかと気付くのは、Facebookで、〇〇さんをお祝いしましょうと来るからです。

あれは、亡くなっている人についても、毎年来ますよね。

それで、そうか、今日は奴の誕生日だったんだなと、いつも気づきます。

そんなことで、12月14日は、ここ数年、生と死なんてものも考えながら、歩くようになりました。

そしてさらに、今日、今年の12月14日は、先日、お釈迦になっちゃったパソコンを引き取りに行ったのです。

彼女(パソコンは彼ではなく彼女だ)は修復不可能、でも、中身のデータはなんとか取り出せたということで、そのUSBを受け取るためにその店へ行ったのです。

彼女自体は生き返らず、無言の帰宅をしたのです。

データは取り出せたのでちょっとほっとしながらです。

それで、今日は改めて、つくづく思ったのです。

冷たくなった彼女は、もう、うんともすんとも言いませんが、彼女の中にあった、記憶データは、こうして今、僕の手の中にあるわけです。

しかし、人間では、そうはいきませんよね。

亡くなってしまった人の知識も記憶も、みんなあっちへいっちまいます。

悲しいことです。でも、それが人間の素晴らしさだし、尊さだと思うのです。

もし、そんな人間の脳の記憶も、パソコンのデータと同じように、取り出して保存できるような研究が進んでいるとしたら止めて欲しいですね。

まぁ、知識や記憶のデータがバックアップできるような時代が来ても、多分、死んだ当人のオペレーションがないと、データはうまくアクティブにならない、そんな気はしますけどね。

人間は、どんな人でも、その人の持っているものが、死とともに、みんなおじゃんになっちゃうということが素敵で、周りの人の記憶の中に生きているから尊い。

そんなことを、今日は、改めて強く考えることができて、ありがたかった。

お酒も美味しかったです。

それはいつもですけどね(笑)


 

職業作曲家逝く

筒美京平さん、亡くなりましたね。

物心ついたころから好きだったし、いいな〜と思うと、やっぱり、と思うのがこの人の曲でした。


小生にとっては、南沙織、麻丘めぐみ、太田裕美、キョンキョンの印象が強いですが、もっともっとメジャーなヒット曲も数知れず。

思いつくままでに挙げてみた好きな曲ですが、まだまだ、まだまだ。


筒美京平 マイフェイバリット

 

●嘘でもいいから 奥村チヨ (作詞 川内康範)1970

●さらば恋人 堺正章 (作詞 北山修)1971

17歳 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1971

●潮風のメロディー 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1971

●初恋のメロディー 小林麻美 (作詞 橋本淳)1972

●哀愁のページ 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1972

●純潔 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1972

●ともだち 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1972

●早春の港 南沙織 (作詞 有馬三恵子)1973

●女の子なんだもん 麻丘めぐみ (作詞 千家和也)1973

●オレンジの雨 野口五郎 (作詞 吉田栄子 編曲 高田弘)1973

●ひとりっ子甘えっ子 浅田美代子 (作詞 小谷夏)1973

●ふたりの急行列車 チェリッシュ (作詞 林春生)1974

●白い部屋 麻丘めぐみ (作詞 千家和也)1974

●木綿のハンカチーフ 太田裕美 (作詞 松本隆 編曲 萩田光雄)1975

●最後の一葉 太田裕美 (作詞 松本隆 編曲 萩田光雄)1976

●恋愛遊戯 太田裕美 (作詞 松本隆 編曲 萩田光雄)1976

●寒い夜明け 郷ひろみ (作詞 楳図かずお)1976

●しあわせ未満 太田裕美 (作詞 松本隆 編曲 萩田光雄)1977

●九月の雨 太田裕美 (作詞 松本隆)1977

●時代遅れの恋人たち 中村雅俊 (作詞 山川啓介 編曲 大村雅朗)1978

●オリエンタルムーン 金井夕子 (作詞 松本隆 編曲 船山基紀)1979

●夏のクラクション 稲垣潤一 (作詞 売野雅勇 編曲 井上鑑)1983

●半分少女 小泉今日子 (作詞 橋本淳 編曲 川村栄二)1983

19:00の街 野口五郎 (作詞 伊藤薫 編曲 川村栄二)1983

●卒業 斉藤由貴 (作詞 松本隆 編曲 武部聡志)1985

●恋、みーつけた 真璃子(作詞 松本隆 編曲 水谷公生)1986

●夜明けのmew 小泉今日子 (作詞 秋元康 編曲 武部聡志)1986

●空想キッス CCB (作詞 松本隆)1986

●強い気持ち・強い愛 小沢健二 (作詞 松本隆 編曲 小沢健二)1995

●For me Double (作詞 SACHIKO 編曲 福富幸宏)1998

 

白髭橋のたもとでジェイムス・テイラーに秋の風

秋ですね。いいですよ、秋は、歩きやすくて。

と言いながら、真夏、お盆の頃には、一日、2万歩くらい歩いていました。

そんな話も、書こうと思いつつ、疲れて、その後、即、酔っぱらってしまうので、書けませんでした(笑)

ここ最近は、涼しいですね。風は秋色です。って、ほとんど書いていない、このブログで、去年も同じことを言ってましたね。

今日は、バスに乗りました。一日乗車券で、一日、バスのシートが書斎になります。

いつもそうなんですよ。じっと部屋で仕事をするのが苦手なのです。

晴歩雨乗ですよ。晴れた日は徹底的に歩いて、どこかで仕事をして、雨模様の日はバスです。

今日は、早稲田から、上野松坂屋行に乗りました。いつも通り。

一番後ろの席で、つまらない書き物をしたり、資料を読んだり…

でも、動く書斎のひと時は至福の時です。

上野松坂屋から、どこ行きに乗るかは、その時々。

今日は、御徒町駅の山手線ガードをくぐって、錦糸町行に乗ります。

小生の大好きな、佐竹通り商店街の前を通り、蔵前から厩橋を渡り、錦糸町へバスは走ります。

錦糸町は昨日も来ました。同じルートで。

昨日は、その後、深川車庫へ行きましたが、今日は、北口に、めったにいない、南千住駅東口行のバスがいたので、乗りました。
 
押上、東京スカイツリー駅(旧業平橋駅)を通り、東向島という、旧玉ノ井の遊郭に近いあたりを通ります。白髭橋のたもとで下車しました。

永井荷風はここから、玉ノ井の遊郭に通っていたのだなと思いを馳せ、

ちょっと荷風気分に浸りながら、風のやさしさを感じます’。

そこで、なぜか、突然聴きたくなって聴いた、ジェームス・テーラーの声はさらにやさしく響いてきたのです。秋に合う声です。

そして、プシュといく時間です。ビールを飲むと、頬を伝う風は、さらにやさしくなります。

陶然とするのは当然。そのまま日暮里行のバスに乗ります。

白髭橋を渡り、山谷の泪橋を過ぎ、うとうとすれば、日暮里です。

日暮里からは、いつものコースなんですが、コンビニでビールを所望し、またプシュとしながら、
谷中銀座を抜けます。

そして、よみせ通りを歩き、動坂下のスーパーまで行き、今日の夕飯の買い物をします。

そして、早稲田行のバスに乗ります。

今日は、キノコ鍋です。

えのき、エリンギ、ぶなしめじ、鶏もも肉、サメの切り身、木綿豆腐、ホウレンソウ、小松菜、ネギなどを白だし、料理酒などテキトーに入れて(いつもそうなんですが)、あとは火と時間が素敵に仕上げてくれます。

食べます、飲みます、食べます、飲みます……、、あー眠くなりました。

今日できることは、明日にして、休むことにいたします。おやすみなさい。

東京アルキメデス(歩き目です)

歩くんです。

常に歩いています。歩き目? 歩きすぎ? 

今日も、午後から、21650歩、15,9km、歩きました。

早稲田→江戸川橋→小日向→小石川→西片→本郷→不忍→上野公園→アメ横→湯島→本郷→春日→飯田橋→神楽坂→江戸川橋→早稲田

ここ1週間の平均歩数は、16134歩のようです。

でも、40年? 50年? もっとかな? 

ガキの頃から、ずっと、こんな感じなのかもしれません。

散歩、というより彷徨,徘徊のエロスでしょうか。

無目的に無為に歩く、夏目漱石や永井荷風のような人々を、高等遊民なんて言いましたが、

私は、さしずめ、低等遊民でしょうか。

歩いても、歩いても、また、今日も、明日も、歩きたいんです。

コロナ禍の今も、電車やバスで出かける予定、家にいなければならない予定、がない限り、

ウォーキン、ランブリンなのです。

そんな、つれづれを、久々に、たまには、書いてみようかな、なんて、思いついています。

ゆるゆると、何だか、書きたいことがあったら、書いてみましょう。

それが、東京アルキメデス、です。


暮らすということ

暮らすとはどういうことか。

暮らすとは、文字通り、日々、一日が始まり、それが“暮れていくのに身を任すこと”でしょうね。


何でもやって暮らすことはできるし、何にもしないで暮らすこともできます。

私は、無為に暮らすという言葉が好きでしてねぇ。

それはさておき、

今、こんなコロナ禍で、日々を暮らすということを実感している人たちは多いのではないでしょうか。

暮らしとは、自分の時間を、自分で暮らしていくのが、すなわち暮らしなのだと。

暮らすには、どう時間を使おうが、日々、暮れるのです。

今の世の中では、当然、暮らすためのベーシック・インカムがないと、暮らせないでしょうけどね。

それが、ギャランティーされれば、自分で自分の時間を好きに使って暮らす方が、自分らしいと気づいた人も、この間、多いかもしれません。

人生はひまつぶしなんてぇ、ことも申しますが、退屈するというのも悪くないと思うのです。

まぁ、いろいろといっぱい詰め込んで暮らしたい人は、それがいいと思います。

いずれにしても、みんな平等に一日を暮らせるということですね。

おっと、暮れてから、夜、動き出す人もいるので、そういう人は、正確には、暮らしではなくて、明かしでしょうかね。

そんなことを考えている、今日この頃でございます。なんのこっちゃ。

散歩de展墓

政府が、火事場泥棒のような法案を成立させようとしている中、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

今日は、暑かったですね。真夏日? でも、考えてみたら、去年も、今頃はそんな陽気でしたよね。

額に、全身に汗で、散歩に励んでおりました。

今のコロナ禍でも同じです。人混みには行きませんけどね。

私、猫のように、人気のない路地裏をウロウロするのが好きですから。

今日も、早稲田から、目白台へ向かって坂を登り、鬼子母神近くの、高田小学校跡の公園を通り抜けていきました。

いつもの、お気に入りの散歩コースです。

ここは、ごちゃごちゃした、雑司ヶ谷の狭い路地を抜けたところに、池袋のサンシャイン、新しい豊島区役所の高層ビルなどを眺められる丘の上にある公園で、視界が気持ちよくひらけた素敵な場所です。

ご近所の方は、ぜひ、一度訪れてみてください。ご近所じゃなくてもね。

そこから、公園の階段を降り、住宅の路地を抜け、北へ坂道を登っていくと、雑司ヶ谷霊園です。

夏目漱石、永井荷風、竹久夢二……。数々の著名人が眠る、墓苑です。

その一角に、武骨な石の塊のようなお墓が、ひっそりとあります。

元、陸軍総司令官で総理大臣だった、東條英機の墓です。

その墓の前に立つと、延長線上にサンシャインのビルディングが重なります。

その場所はというと、東條が、極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判で裁かれ、絞首刑となった巣鴨プリズンの跡地です。

十年くらい前、ここを訪れた時に、そのことに気づきました。

それ以来、なぜだか、ここが気になります。たまに訪れたくなるのです。

そして、あのA級戦犯で、連合国軍の裁きを受けた、東條英機の墓前で、
「日本が平和であるように守ってください」と、お祈りするようになりました。

東條英機は、紛うことなき、最高戦争犯罪者です。

しかし、当時、A級戦犯のなかには、裁判において、責任をなすりつけあったり、さらには連合軍にとり合って、罪を免れ、人生を全うした人も数々いたようですからね。

そのなかで、すべての責任を認めて、極刑に服した、東條だからこそ、今の、日本の平和を何よりも願い、守りたいと思っているだろうと思うのです。

事あるごとに、お参りしています。こんな時代なので、なおさらです。

今の為政者にも鉄槌をお願いしたい。

なんてぇ、感じで、何かあると、こういう時は、この人のところにお祈りしとくいいとだろうなぁ〜、

という人の墓を、散歩の途中で訪れる、展墓が生業となっております。 

今だと、お墓は、三密もなく、安心です。

いやいや、あっちに行った人たちで、こっちよりもごった返しているでしょうけどね。

#検察庁法改正案に抗議します













あのマスクでは隠せない

皆さん、お元気で、お過ごしであれば、何よりです。

いろいろ、ありますねぇ〜。

しかし、例の、アベノマスクはいただけないというか、笑っちゃいますよねぇ〜

アベノミクスとか言って、新しい政権を猛々しく始めていたけど、

何だか始めから、嫌な感じでしたよねぇ〜。

まぁ、もともと、大嫌いでしたけど。

そして、インチキ三昧で、最後は(多分もう最後でしょ)、あの、アベノマスクですからねぇ〜。

あの、ちっこいマスクは、あなたの、今まで、いろいろやってきた、いただけないことを、

隠すのにも小さすぎるだけじゃなくて、あなた自身の、ずっと前からの恥ずかしさも隠せないんじゃないでしょうか、そう思いますよ。

まぁ、そんなことはさておき、今は、みんな、それぞれの今を生きていきましょう!

#検察庁法改正案に抗議します

私は蓋になりたい

  最近のコロナ禍のなか、家族で鍋を囲むなんていう機会も増えていることでしょう。

 ウチは年中無休、鍋ですけどね。

 鍋後に、鍋を洗うとき、付き合いの長い、うちの土鍋氏と対話をします。 

 いろんな鍋にされている貴君は、いろんな味の染み込んだ、

 さぞかし味の
ある男性になっているのでしょうね、と。

 
こう書いていて、ふと思いましたが、鍋には鍋と蓋がありますが、鍋が女性、蓋は男性なのではと。


 夫婦を表現する時に、よく
“割れ鍋に綴じ蓋”なんていうことがありますが、鍋はお母さん。

  そして蓋はお父さんという気がしてきました。
 

 家族で鍋が盛り上がる前に、鍋をいい塩梅にするためには蓋というのはとても重要です。 
 
  しかし、ひとたび、鍋が始まったら、蓋は用済みで、追いやられてしまいますよね。

 あらゆる具をひとまとめにして、さあ、食べなさい、という包容力があります。

 でもね、蓋のおかげで鍋はいい感じに滋味深くなるんだぜ、というのも一言言いたいですよね。

  蓋というのは目立たないけど、いざというときに、保温もしてくれるし、

  二度鍋や最後の雑炊の時には実にいい仕事をしてくれます。

 すばらしいです。
主張しないけど、皆を守ってくれています。

 まさに一家の大黒柱です。 


 嗚呼、私も、鍋蓋みたいなジジイになりたい。

  そう思う、今日この頃であります。なんちゃって。

 今日もこれから鍋であります。

12月14日

今年もあと半月ですね。

12月14日、時は元禄15年、赤穂浪士討ち入りの日ってことで、私、学生の頃から、ただただ、吉良上野介の屋敷だった、本所松坂町(両国)から、高輪の泉岳寺まで、歩くのが習わしになっております。

というものの、学校を出て、就職した後は、名古屋に行ったり、東京に帰ってきても、そんなことを忘れ、日常の雑事にまみれ、ずっと歩いていなかったのですが、

ここ数年は、歩いているのですよ、一人で。

12月14日の両国は、義士祭なんてぇのをやってて、いろいろな出店が出て賑やかですよ。

そこから、あそこは竪川でしょうか、の、一の橋を渡り、芭蕉記念館の横を通り過ぎて、左に清澄庭園を見ながら、深川の佐賀町を抜けて、永代橋を渡ります。

このあたり、昔は、一升瓶を回し飲みしながら、なんてぇこともしていたあたりでございますね。

今はただただ歩くのでございますよ。永代橋を渡ると、新川方面へ左折して、気がつけば築地でございます。

新橋演舞場のあたりを抜け、汐留へ出ると、あとは東海道を一直線、高輪の大木戸を過ぎると泉岳寺でございます。

昨日はなんだか、人手が多くて、土曜日ということもあったのでございましょうか。

墓参は諦めました。

ところで、あの学生の頃、一緒に歩いた奴の一人が、今年の初めに亡くなったのでございます。

この日が彼の誕生日でした。

ツイッターで、今日が彼の誕生日だとの報告がきましたよ。

昨年は、彼がもうた末期のがんだったことも知らずに、お誕生日メールをしたら、ありがとうという返事がきたのでございますよ。それからわずか1か月程度でしょうか、亡くなったのは。

そうですね。何も知らない方は、今年、また、おめでとうと、メッセージをするのでしょうね。

まぁ、それもいいかもしれません。

風が寒くなってまいりました。風邪などひかぬよう、皆さんご自愛なされますように。

おやすみなさい。






青鬼の笑顔

日差しは確実にやわらかになり、風はやさしい。

そこここに少しずつ秋の気配です。

昨日は朝9時から取材の仕事。お昼から打ち合わせがあって、もう午後2時くらいで、店じまいです。

店じまい、いいコトバです(^^)

お散歩することにしました。

早稲田から目白台へ坂を登り、昭和の味わいが残る、雑司ヶ谷2丁目の商店街を抜け、雑司ヶ谷霊園の脇から、池袋駅へ向かう大通りを横切り、都電荒川線(今は東京さくらトラムなんて呼び名になっている)に沿って、向原、そして大塚駅前へ。

昼間から飲み屋が空き、風俗の呼び込みがいる大塚駅前の商店街をだらだらと、南へ歩いていくと、東武東上線の北池袋駅へ行きつきます。

北池袋がどういう町かについては、このブログのアーカイブに「東京一駅目物語」(カテゴリー 一駅目)に記していますので、そちらをどうぞご一読ください。

だいぶ昔に書いたものですが、町の全貌はほぼ変わっていません。

ゆるーい、モヤモヤした町です。

のどが渇いてきた。駅前のローソンでビールを所望です。

ここ数年お気に入りの、「インドの青鬼」というビールです。甘みと苦みのハーモニーが秀逸。

青鬼を手に、近くの公園でまったり、ぐびっとタイムです。

また、今日もビール日和です。

嗚呼、人生到るところ、立ち呑みあり。KIMG0722

せめて秋味で

KIMG0721 (1)台風、たいへんでした。

まだ、復旧せずの地域もあるようで、お見舞い申し上げます。

なんて言いながら、私は相変わらず、だらだらと仕事をしております。すんません。

今日は、締め切りが’迫っている案件を持って、外へ出かけ、だらだらとプロットなんぞ、考えながらですね、あっという間に夕方です。

なんて言って、私の場合、取材など、今日マストの仕事などの予定が入っていなければ、16時以降は、”ミルクタイム”と呼んでいる、ぐびっとタイムです。

仕事を持って入ったカフェで、ひとしきり仕事を済ませた後、高田馬場方面へ歩きました。

いつもお世話になっている、『さかえ通り』という飲み屋街を抜ける途中で、コンビニにつかまり、
ぐびっとタイムです。

もちろん、今日一日に感謝をしますよ。ありがたや、ありがたや。

今日一日というには早すぎる時間ではありますが、

どうかお許しを。

今日もめちゃめちゃ暑かったですよね。せめてビールだけは秋で。

ぐびっといける方は、どうぞ、ご唱和を。

嗚呼、人生いたるところ、立ち呑みあり!

風は秋色!?

KIMG0719

なんと9年前、やっぱり9月にこのカテゴリーで記事を書いておりました。

いろんなところで、いろんなシチュエーションで、日々飲んでおりますが、

飲んでいるだけで、さぼってました。

しかし、9月なのに、なんでこんなに暑いのでしょうか。

往路は、郊外のだだっ広い、畑の中の道を約30分歩きましたよ。

こういうロケーションの道は、ことのほか暑いですね。

1時間半ぐらいで、ある中継現場での取材の仕事が終わり、午後3時。

全く暑さは変わりませんが、日陰に入り、風を受けると少しずつ秋に近づいている感じが。

なので、復路も同じ道を、駅まで歩いて帰りました。

途中のスーパーで缶ビールを所望。3時だろうが何時だろうが、仕事が終わったら店じまいです。

開放感のなかで、プシュッとやるときの至福感は何とも言えません。

その瞬間、さっきと同じ風が、僕の肌をなでていきました。

嗚呼、人生至るところ 立ち呑みあり

ラストサマーブレンド

金曜日の午後、仕事で郊外の駅に降りた。

改札を出たところに、カルディコーヒーファームがあった。切れそうだったコーヒーを買おうと、お店に入ると、客は僕一人だった。

普段はごった返している印象のあるカルディだが、さすがに平日の昼下がり、しかも残暑がピークになる時間帯だけに、買い物に出る人も少ないのだろうか。

所望したいコーヒーがあった。サマーブレンド。

この夏はずっとこれだった。

夏はアイスコーヒーを飲むことが多くなるが、家ではこれをやる。

きりりとした苦みがあって、暑い夏でも楽しめる。だからサマーブレンドなのだろうが…。

「サマーブレンド、豆で200グラムお願いします」

そう店員のお姉さんに頼む。

「サマーブレンド、豆で200ですね」

と言った後、お姉さんは少し逡巡したが、そのまま豆を袋詰めする作業を始めた。

「サマーブレンド、ソールドアウトです」

客のいない店内にお姉さんの声が響いた。

ソールドアウトか、サマーブレンド。

まだ追加の在庫はあるのだろうか。でもわざわざソールドアウトというのだから売り切れなのだろう。

僕は、その最後のサマーブレンドを手にして、店を出た。

サマーブレンドは、ソールドアウトだが、今日も残暑は厳しい。

最後のサマーブレンドを飲み終わる頃に、季節は秋へと変わっているのだろうか。


それでも、夜明けはくるのだ

8月。めちゃ暑かったですね。

来年のオリンピックは大丈夫なのでしょうか。今から止められないのでしょうかね。

まぁ、そんなことはどうでもいいです。

ここで申し上げたいのは、

なんだか、ここ数年、

夏休みが終わるころに、自ら命を絶ってしまおうとする、絶ってしまう、若い人たちがいるというのを悲しいなと、つねづね思う次第です。

絶対、止めてね。自死。(自殺という言葉はあまり使いたくない)

嫌なことがあるなら、逃げちゃいな、と言いたいです。

とことん、逃げて。

学校も会社も、あなたがいる家族もコミュニティも、

すべて捨てて逃げちまえといいたいです。

逃げることは、けっして、ネガティブな選択ではありません。

むしろ、自分を守るという点では、ポジティブです。

ポジティブな逃げ、ということを認識してください。

子どもさんだけじゃなくて、お父さんお母さん、大人もそうですよ。

人は、一人ひとり、重要な個体として生を与えられたのですよ。

逃げるということだけではなく、世の中で、否定的にとらえられている言葉は、すべて自分のなかで、一度問い直して、自分流で、ポジティブな意識に変換していってほしいです。

自分の言葉で解釈することが大切だと思います。

人間は、細胞一個一個がポジティブに、生きる方向性で日々働いているはずです。

がん細胞のような’、それを邪魔する方向性へ突き進む異端の存在もあります。

それでも、最後まで、そいつらをやっつけようと、人間の細胞は奮闘努力をします。

最後まで、人は生きようとするのです。そのことを認識してください

人間としての自分の生の営みに抗わないでください。

自分が生きる、活かす方向で、考えてを巡らせてください。

遅かれ早かれ、人間は100%死ぬのです。

せっかくです。生を謳歌して死にましょう。

ハッピー・ゴー・ラッキー!!












3月11日

震災の日ですね。

それぞれの人々が、それぞれに、いろんな思いを持っていることでしょう。その思いのレンジはとても幅広すぎて、とても紋切り型の表現では言い表すことはできません。

当方も被災地に足を踏み入れたこともなく、あの状況については、今も想像だに、できません。

でも、奇しくも、ここ2年は、その当日に、震災に関わりのある人と出会う機会を得て、震災に対する思いを改めて、整理しています。

今日は、ケーシー高峰さんの舞台に楽屋に行き、取材をする機会を得ました。いわき市在住のケーシーさんに話を聞きました。まさに震災の起こった時刻でした。ご本人は被災を免れたものの、現地でのさまざまな厳しさ、福島浜通りの今も続く厳しい状況には憂いを表されていました。

昨年の3月11日はというと、ちょうど、その時刻に、福島県立医科大学病院の救命救急の医師に話を聞いている最中で、医局の部屋で、共に黙祷をしました。同院の当時から今日までのさまざまな取り組みについて知ることができました。

まぁ、僕のこのエピソードはどうでもいいんですが、毎年、この日を自分なりに意識できるイベントを持つことは必要だと思うのです。

この時期だけ寄ってたかって報道して、あとはあまり取り上げないマスメディアとは違う観点で、自分なりに思う機会を持って、それを持続的に心に刻んで、行動をしていくことは大切だなーと。

ってなことを思って、トロトロと酔いと眠りの森へ……


















 

2月17日

前妻の命日です。

ちょうど干支ひとまわり。申年だったことを想い出しました。12年ですか。

短いような、長いような。こんな青空でした。

今日は朝から、白血病から生還し、元気に活躍する女優さんにインタビューをし、文藝春秋で、 『人生の終わりに何を遺すべきか』なんて記事読んで、銀座のスタバでグダグダしてたら、いつものごとく歩きたくなりました。

銀座から明石町、聖路加タワーを抜けて、リバーテラスから佃大橋を渡る。

石川島のほとりで日向ぼっこしながらビール。ちと寒い。

相生橋を渡って、東京海洋大学の脇を抜けて門仲。深川不動尊をお参りして、北上。

小津安次郎生誕地脇をすり抜け、清澄庭園。

高橋で小名木川を渡り、森下でコーヒー。

さてと、魚三で軽くあったまるとしようか。

干支ひとまわりしても12年一日のごとくの人を、天国で笑っていることでしょう。











 

揺らぐぜアイデンティティ

自分の顔、鏡で見る。まじまじと見る。

ゆがんでいる。一片の詩のようだ。ピカソのようだ。

まじまじ見ると、客観的な気分になる。

本当になっているのか。

俺のアイデンティティは、この顔か。

この顔のなかに封印されているのか。

俺はこの顔で、外界にいるのだ。

じっくり見れば見るほど、疑わしくなるぜ。

この俺は誰なの。

でも俺なのだ。 

駄文を紡ぐ

線路の向こう側に未来はあるのか。

電車の運転席の窓にへばりついた人々は、皆、遠い目をしている。

何を見ているのか、何を見ていないのか。

直線のまっすぐはるか向こうに、カーブがあり、その先に何が待ち受けているのかと思う。

隣の女の子がニヤリとした。

そのカーブの先に愛しのダーリンが待っているのか。新しいうれしい出来事が待ち構えているのか。

首をかしげた初老の男性は、期し方行く末への想いか、過ぎ去りし日々への追憶か、来る出来事への疑問なのか。

皆が詩人に見える。

そんなことを想う、小生も一時詩人だ。

町には詩が溢れている。

詩をあぶり出すのは、その人その人が瞬間に押す心のシャッターだ。

まだたき一つでいいシーンを活写できれば、人は皆最高のフォトグラファーで詩人だ。

「あなた自身」という壮大な写真集を紡ぎだせるはずだ。

こうして駄文を紡げるのは、今、心のなかで何か浮かんだ。詩が浮かんだからだ。

バスの車窓からふと目にした風景、それに反応した心の中に浮かんだ想念が一片の言葉となって現れた。

人は皆詩人なのだ。
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