まさかの採用で、1993年の某日、フランス書院編集部を初めて訪ねました。
これまで電話で応対していただいた編集長に挨拶し、担当となる編集氏も紹介された。
まったくもってテンパっていた自分は、そのとき編集長に、

「どんな作家が好きなの」

と尋ねられたのに対して、
「綺羅光先生とか」
と言おうとして、なぜか、

「由○かほる先生とか、です」

と答えてしまい、いっしゅん空気がものすごーく堅くなったのをおぼえてマス。
Σ( ̄ロ ̄|||)

理由は言うまでもなく……。
綺羅先生は当時からもちろんフランス書院の看板作家ですが、由○先生は、フランス書院以外で活躍されている作家で、フランス書院文庫に著作はひとつもなかったから。
担当編集氏があわててフォローしてくれたおかげでなんとかなったものの、ほんとーに、バカだと思った。……orz

ちょっとした(ある意味致命的!?)な失敗はあったものの、その日の、出版に関する打ち合わせは滞りなく終わり、数ヶ月後に原稿は、

『レイプ教室 狙われた英語教師』となって発売されました。

1993年7月末刊(奥付は8月)。
「そうだ、官能小説を書こう!」
と思い立ってから、約1年半が経っていました。

その後、『レイプ教室』以前に書いた原稿も、『ハードダブルレイプ』として発売されました。
いちばん最初に書こうとして挫折した原稿を、少し空いて『レオタード暴虐白書』として完成させることができた、というのは以前にも書いた。この『レオタード……』が、初期の巽作品のなかでいまひとつパッとしなかった、というのも。
( ̄▽ ̄;)!!

結果として、『レイプ教室』は巽作品の中でもっとも売れた作品になりました。
さっき調べてみたら、

7刷もしてた。

なので、
以前にボツをくらった某出版社には、
ざまァ!
とか昔は思ったもんですが、しかし考え直せば、おそらく某出版社でデビューしても現在までこれほど多く作品を刊行できたかわからないし、もっと悪く、途中で作品を出せなくなっていたかもしれない。
そう思うと、

ボツにしてくれてありがとう!

という気持ちです。ほんとに。

現在なら迷わずフランス書院文庫官能大賞に応募するところ、まだそれがなかった当時、
海のものとも山のものともつかない自分のような投稿者に、まともに対応してくれたフランス書院編集部にはいまでも感謝しています。
それは、某出版社にも。

長くなりましたがこの項、ようやく終わりです。
お読みいただき、ありがとうございました。
(* ̄∇ ̄*)