福岡でコンパニオン遊びならお任せ!たっちゃんのブログ

福岡住み、旅行会社社長たっちゃんの、コンパニオン攻略マニュアル。絶賛ホームページも製作中!

佐賀の実家で不要品の処分をするというので、長男と次男を連れて手伝いに行ってきた。

俺は18で家を出ていて、その後新築した今の実家はどうも勝手が分からないし落ち着かない。
とはいえ明らかに不要と分かる大物をあらかた整理し、窓掃除や扇風機の修理などをしていたらあっという間に時間は過ぎて行った。

「あんたの物は持って行ってしまって」と母は言ったが大した物が残っているはずはなく、幼少の頃のアルバムと賞状がいくつかある程度だった。

子供たちはこの実家が大好きで、てんとう虫を捕まえたり、父にねだって庭にしつらえてある竃でうどんを茹でてもらったりと楽しそうだ。やれやれ、これは間違いなく「今日はこっちに泊まりたい」と言うに違いない。
妻はきっと大喜びだろう。

運転が好きだった父もすっかり車への興味がなくなり、今では軽自動車だ。佐賀の実家から福岡市内の我が家なら三瀬峠という山を越えれば1時間足らずで着くというのに、最近はすっかりご無沙汰だ。
ふと「終活」という言葉が掠めた。そうか、もうそんな齢になるのだな。

縁側の上がり框で煙草をくゆらせていると、いいかげんに畳まれた着物に目が留まった。若い女性の着物で、状態や柄付けからいっても母の若い頃のものでもない。
「あぁ。それ、律子ちゃん(妻)にどうかと思って出しておいたんだけど」
そう言いながら母は冷えたビールと鰹のたたきを持ってきてくれた。
母はコンパニオン派遣業を生業としている妻にこうして何かと気を遣ってくれている。男ばかりの3兄弟だから、妻が娘のような感覚なのだろう。

「仕付け(糸)がついてるじゃんか。わざわざ作ってくれたのか?」
「違うのよ…あら?あんたには言わなかったかしら。団地の益田さんとこのひよりちゃんなんだけど…」
「ひよりちゃん!?」

俺が過剰に反応したのは、何も、そのひよりちゃんが初恋の相手だったからではない。このくらいの歳になってくると、母親の口から思わぬ名前が出てくる時はたいてい不吉な色を帯びているのだ。

「ひよりちゃん、去年の暮れに乳がんで亡くなったのよ」
いともあっさりとこの人は言ってくれた。


そうだったのか。
あの人が、もうこの世からはいなくなっていた。


今でも思い出せる。ひよりちゃんは5歳年上の、色白でソバカスの似合うかわいらしい女の子だった。近所のガキ共であちこち遊び回っていた時も、よく保護者役として付いてきてくれていた。
俺はませガキだったし、とにかく手が出るところがあったので、カエルが嫌いな彼女の服の背中にオタマジャクシを入れたり、ヘビで脅かしたりしていた。
怒ったり泣いたりしていたけれど、気がつけばいつもニコニコと笑って後ろを付いてきてくれていた。いつも「たっちゃん、あんまりヤンチャしたらいかんよ」とたしなめられていた。
何かの拍子に彼女のおっぱいに触れてしまったことがあった。まだドキドキするという年ではなかったが、なんとなく「ひよりちゃんは女の子なんだ」と強く認識した記憶がある。ただそれも、5つも年上だと自然と会わなくなり、自然と忘れていった。

去年亡くなったというひよりちゃんの遺した大島紬が、30年以上の時を超えてやってきたかのように俺の手元にある。おそらく7マルキ以上の藍大島。着た形跡はない。色白の彼女にきっと似合っただろうに。
裏を返してみた。目に飛び込んできたそれは、意外なほどに紅かった。
ひよりちゃんは博多区内の図書館で司書をしていて、結婚はしなかったそうだ。この大島をいつ誂えたのかは分からないが、こんな赤を裏に当てた着物を作る彼女が、どんな思いを遺してこの世を去ったのか。

「まいったな」
その裾の八掛に静かに口をつけた。これは、妻にやることはできない着物だ。

初夏の風が吹いてきて、蚊取り線香の先が柔らかく揺れた。

「あー。お父さん、なに1人で鰹食べてんのー!ズルいー!!」
風呂から上がった子供たちが鰹を我先にと平らげていく。おい、父さんもまだ一切れも食べていないぞ。

まぁ、俺は宴会でいつでも食べられるのだけれども。

この調子で子供たちにグシャグシャにされてはかなわない。俺は素早く、その大島を袖畳みにした。

俺はけっこう物を溜め込んでしまうほうだ。

年末に大掃除をするが、自分の部屋だけでも毎年洒落にならないくらいのゴミが出る。

趣味のバイクグッズ、本やCD、DVDやらいつの間にか増えているのでびっくりする。

加えて妻のインテリア好き、買い物好き、子供がいることでさらに拍車がかかり、我が家はいつも物に溢れている。


これではいけないと妻が言い始めて断捨離をすることになった。

断捨離とは単なる片付け術とは似て非なるもので、不要なものを通じて過去の自分と向き合うことで、未来の自分を前向きにイメージしていくという、風水に近い考え方を持っているそうだ。
宴会にコンパニオンを送る途中にラジオで話しているのを聞いた。

物への執着は大なり小なり誰にでもある。それを不要だからときっぱり棄てるのは難しいものだ。

そうするとどんどん増えていき、その不要な物はマイナスのエネルギーを持ち、運気を滞らせてしまうらしい。



数日前に我が家のポストに「断捨離お手伝いします」というチラシが入った。

福岡市内なら交通費なしで1日20000円~でスタッフを派遣してくれるそうだ。
まぁ5万円はかかるだろうと見ている。

断捨離お試しコース
本気の断捨離コース
リバウンドなしコース
とあり、リバウンドなしコースなら1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月と定期的に家庭訪問をしてくれるらしい。

妻は徹底的にやりたいそうでリバウンドなしコースを頼むという。

大がかりな片付けには今まで何度も失敗しているので、今度こそはと思っている。
理想はいつ誰が来ても出迎えられる家だ。

うっかり怖い話を見てしまい、眠くてしょうがなかったのがよけい目が冴えてしまうことがある。

俺は男の怖がりなくせに聞きたがりで、輪をかけて想像力豊かなものだからどんどんイメージが膨らんでしまって自爆することはしょっちゅうだ。

「生きている人間のほうがよっぽど怖いというのに」と、よくKに馬鹿にされている。

そんな夜は我が家の猫の出番だ。冬は俺の布団に一緒に寝るのに暖かくなってからはさっぱりだ。
それでも枕元や足下に居たりするので、ごそごそと触り心地のいいやつを引っ張りこみ、抱き締めながら眠ることにしている。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫を抱いているうちに眠りに墜ちるというわけだ。昨夜も世話になった。

宴会帰りのコンパニオンを送ると、深夜の山道を通ることはざらにある。福岡は山に囲まれているのであちらこちらに心霊スポットが誕生するわけだ。

こちらもたいてい疲れているので見間違いも多い。「人が倒れている!」と慌ててブレーキを踏んだら土嚢だった…など、基本的には心配ない。


ただし、後からぞくりとすることもあった。

ある冬の日、とある温泉地の山道を一人で走っていた。対向車もほとんどいなかった。
いつもなら1人チキンレースをするのだが、その日は疲れていた。温泉にでも浸かって帰ろうと思っていた。

ようやくひなびた温泉宿を見つけ、さぁというところだった。
車を駐車したとたんにぐったりと体の力が抜け、ただただ疲れが襲ってきた。
ぞくぞくと寒気がし、風邪でも引いたかと思った。俺はそのまま車内で眠りに落ちた。

少しして目が覚めた。眠気は覚めたものの、よけい悪寒は増していた。

温泉宿に目をやると、電気は消えていて、車も1台も停まっていない。

車を降りて見てみると、その宿はとっくに閉鎖していた。電気がついていたから入った気はするのだが…
それでも駐車場は解放されているので少し休んでから帰ろうかと思ったが、福岡までもう少し。閉鎖された宿というのも気味が悪いし、今日は帰ろうと車をだした。

(これが怖い話なら、耳元で「チッ」と聞こえたりすんだろな…)なんて考えていた。
福岡に入るころには悪寒も消えていた。
帰宅してから、ぐっすり眠った。

次の日嫁にその話をするとビックリされた。
このあたりで~、開いてたと思ったら結局封鎖されてて…と口を開いた矢先に「知らなかったの!?あそこかなり有名な心霊スポットなんだよ!」
しきりに気持ち悪がっていた。俺も、少しとはいえそんな場所で眠っていたのが気持ち悪かった。

嫁は大胆に俺に塩をぶちまけてきた。むほっ、とむせそうになった。
「龍さんの家は虎太郎と虎次郎(猫の名前)が強い結界を張ってるから変なやつは入ってこれないよ」
Kは常々そう言うが、いざ当事者になってみると念には念を、なのが人間である。

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