花を見て感傷に浸るようなタチではない。
基本的に現実主義が心情なので、特に桜が咲き始めたからと言って、
浮き足立った姿は他人には見せないようにしている。
福岡に限った事ではないが、三月もあと数日を残す頃になれば、
コンパニオンと話す事も、やれ何処の桜が咲き始めたとか、
やれいつ花見をやろうだ、いつごろ満開だとかスケジュール、場所取りの算段まで、
女子と言うのは賑やかしいも逞しいものだ。
そういう俺も、あきれ顔で応対しているが、そんなに悪い気分ではない。
コンパニオンも接客業である以上、トークスキルと言うものがある。
トークに躓いた時には、季節や天気、生まれた土地や育った街の話しをするのは常套手段だ。
俺は意図的にコンパニオンたちとは友達のように接する事は避けているから、
彼女たちにしても、話しかけつらいのだろうけど、
それでもまぁ、半分以上は義理であるだろうが、花見に誘ってくれるのはありがたい。
花見の酒代やつまみ代くらいは、俺のポケットマネーから気持ちよく出してあげれるってものだ。

現実的な話しをすれば、そうそうスケジュールを合わせるのはきついから、
金を持たせるだけで行けないとは思うが、
少しは参加できる努力はしてみようと思った。
まぁ、俺が行ったところで煙たがれるのは目に見えているから、
少し飲んだら早々に退席させてもらうつもりだ。
終わったらゆっくりタバコをくゆらせながら、
いつもの店でメイカーズでもやろうと思っている。