October 2007

October 30, 2007

境界面


diener&diener


今回の課題でファサードをしっかり考えなきゃいけないので、
参考のためにみんながよく例に出すDiener&Dienerの作品集を借りた。
彼はスイスでの知名度のわりには日本であまり人気がなくて、
まあ実際自分もそんなによく知ってるわけではないし
特に強い印象もなかった。

それで作品集を見てみてびっくり。
まずはじめに作品のボリュームがわずかに濃く塗られた配置図。
次にファサードの一部の写真。
そして最後に内部から開口を通して見た景色の写真。
つまり通常見どころとなるような内観写真や
外観全体を移す写真、そして平面や断面が全くない。

これはどうゆうことかというと、
彼の興味が建物と都市との境界面に集中しているということで、
内部の構成に関する興味は薄いということだ。
Baselの建築家にはそうゆう人たちが多くて、
H&deMなんかは典型的な例だけれど、
彼らはもっと派手にやっているので全然わかりやすい。

一方Diener&Dienerはというと、
最近のプロジェクトはともかく考え方は近くても
基本的に渋いというか地味なプロジェクトが多いので、
パッと見では何をしたいのかあまり伝わってこない。
日本で興味の対象とされているような部分には
そんなに力が入っていないので、
あまり人気も高くないわけだ。
スイスと日本の建築の交わらない部分なのかもしれない。

まあそうは言ってもやれと言われた以上やるしかないので、
ボリュームとファサードのスタディをひたすらしています。
かなり決定条件が限られるからとても難しいけれど。。。

taz001 at 11:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

October 29, 2007

Hombroich


hombroich


去年の課題で敷地だったところ。
ドイツのデュッセルドルフ郊外にあるアートの公園で、
最近だと安藤さんの美術館も建ってる。

ここがとてもおもしろいところで、
普通美術館に当たり前のようにある人工光や空調、
それに作品解説などが何にもなくって、
来た人はマップ一枚を手がかりに自分の足で
パヴィリオンを見つけて作品までたどり着かなくてはならない。
だからアートとの距離感がとても近い。

それでここのパヴィリオンを彫刻家が手がけているのだけれど、
これもまた良くって、
基本的にはミニマリズムの影響を受けているのだけれど
ミニマリズムにありがちな近寄りがたい冷たさみたいなものがなくって、
敷地内にぽんと建っている。
明快な幾何学による構成で素材もレンガで統一されているけれど、
バリエーションが豊富で飽きない。

それで課題のときに教授が話していたことがとても印象的で、
僕らは敷地内に新たなパヴィリオンをデザインしていて、
「ここに全く新しいものを作る必要はなくて、
今ここにある要素を受け継いでそれを少しだけ変えればいいんだ」
と言って建築の「穏やかさ」についての話を始めた。
彼はAlvaro Siza、Peter Markli、Gion Caminadaなんかを例に挙げて
すごくちょっとしたことを大切にすること、
つまりインパクト重視ではなくて、もっと些細なことに
目を向けるようにと言っていた。

敷地のコンテクストについての話はもちろん
日本でも数多くなされているけれど、
「穏やかさ」みたいな話を聞いたことはなくって、
ここにスイスと日本の教育の意識の違いがある気がする。
もちろんどちらがいいという話ではないけれど、
スイスの教育が日本と違うのは明らかで、
その違いを感じるのが今はとても楽しいです。


taz001 at 07:21|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

October 28, 2007

sensibility

volume study


こちらでは、ボリュームの置き方をとても重視していて、
というのも日本に比べて都市のコンテクストが強くあって、
壁も共有したりするのでファサードや高さをそろえたりとか
暗黙の了解みたいなものが強くあるのです。
だから建築家のサインのようなプロジェクトは決して許されなくて、
いかに周りとの関係を作っていくかに焦点が置かれます。
だからパッと見のインパクトはなくて、わかりにくいことも結構あるけれど
細かいところをつぶさに見ていくとよく考えられているのがわかるみたいな
ちょっとマニアックな楽しみ方をしなければなりません。
昔BaselでH&deMの展覧会を見たときにvolume studyの模型を見て
ビビった記憶があるけれど、彼らの考えていることが
最近になってようやく理解できるようになってきた気がします。

プログラムも含めて決まり事が多くて一見不自由に見えるけど、
実際そうでもなくていかに敏感に設計を行なっていくかというのは
とても楽しい作業です。
特に去年は1年間ランドスケープの中での設計だったのが
今年は都市での設計で、それに2年目というのもあって
環境や考え方にも慣れて充実しています。
一人作業も孤独よりも自由を感じる方が多くて
マイペースにやれてるし。

今セメスターはがしがし模型を作っていきます。

taz001 at 06:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 26, 2007

stand play


program


いよいよというかようやくプロジェクトが本格的にスタート。
なんだか時間配分がおかしい気がする。。

課題はベネチアで現代音楽のための図書館なのだけれど、
当初の予定から敷地の大きさが倍以上になったり
パサージュを通さなきゃいけなくなったりで
ますます複雑になってきた。
スイスなのでもちろんプログラムは相当厳密。
A42枚びっしりのリストを渡されました。

そして一番危惧していたグループワークなのですが、
無事個人プレイできることになりました。
それもオーストラリア人のわがままのおかげ。
今セメスターは自分の名前を「Ta/Tsu」と表記しなくてはいけません。
スイスのように中立でいるためには懸命な手段だと思います。
この調子で腹黒さも身につけちゃうかもしれませんが。
何はともあれようやく設計に打ち込めます。

とはいえまだ問題があって、
うちの家に居ついていたルームメイトの兄(26歳/高校生)が
約束通り自分の部屋に移ったのですが、
それも寝るときだけの話で、
終バスまではうちにいて、
夕飯などはすべてうちですますため、
自分にとってはほとんど変化がありません。
近頃は完全にシカトであからさまに機嫌悪そうにしているので
もう近寄ってこないしあまり妹の部屋から出てこないのですが、
やっぱりいる以上気になります。
てかそんなんでこの先の人生大丈夫なのか、兄貴よ!?

taz001 at 08:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 23, 2007

お祭り

festa01


festa02


週末はみなさんラテンの血が騒ぐようで、
金曜に近づくにつれてだんだんテンションが上がっていきます。

先週末は特に大騒ぎで、
まず中国人の誕生日パーティーに行って
チキンウィングをほおばりつつ
日本好きのルーマニア人に絡まれ、
黒澤、三船に始まりDJ KRUSHに至るまで
ひたすら話を聞かされ続けました。
でもKID KOARAは日本人じゃないよ。
だんだんみんなのテンションが上がってくると
なぜか80年代の懐メロ的なもので
盛り上がり始めるのだけれど
自分には全くなじみがなく若干浮き気味。
そしてみんなのテンションが上がりすぎたところで
警察登場。
でもそんなのは日常茶飯事なので誰も気にしません。

その後友人宅に移動して仮装パーティー。
みんなそんなに大したことしないだろうと踏んでいたら
意外とすごく頑張っててびっくり。
自分はもちろん普段着の作務衣と
水色のニットキャップで乗り切りました。

そして今夜はメンドリジオのレジデントDJ、
TARO DJ氏がチューリッヒから凱旋帰郷!
イタリアのヘッズたちをガンガンに揺らしてました。

次の日は近くの街に住む日本人の
グラフィックデザイナーの方と寮で食事。
数少ないレパートリーからチャーハンと生姜焼きでもてなす。
かなりいろいろなところで活躍されているようで、
日本と海外のライフスタイルの違いを始め、
たくさんおもしろい話を聞かせてもらいました。

ちょっと週末はしゃぎすぎたかなと反省。
そろそろ本腰入れて頑張らないと。
最近めっぽう寒くなって来ましたが、、、

とりあえず刈りました、髪。

taz001 at 08:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

October 21, 2007

告別



自分にとって日本語ラップの中でも
最も印象深いといっても過言ではない映像。

3rdが出て彼らは変わってしまったという指摘は多くて、
もちろんそれはもっともである部分もあるけれど、
それよりも彼らの言うように、
「終わらないものはないが変わらないものは果たしてあるのか」
という問いに対しての一つの回答として考えるなら、
今まで東京やメジャーに対する敵対心によって
支えられてきたのがもはやそういったカウンターとして
機能しなくなったときに何が可能かという姿を
体現しているのだと解釈したい。

インターネットでの匿名の批判にあるようなものは
もちろん彼らにとって既に了解済みであるはずで、
それを今更口にすることに特別意味があるとは思えない。
それよりも「アブストラクトじゃないヒップホップだ」と
自ら表明しなくてはならなかった2ndから
今回の愚直なまでのストレートさへの変化をもたらした
現在の状況を考えなくてはいけない。

そしてそこから何を導き出せるのか。
それは決して簡単なことではないけれど、
自分たちが今彼らから学ぶことができるのは
そういったことだと思う。

taz001 at 00:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 19, 2007

atmosphere

bregenz


週末にオーストリアのブレゲンツでやっている
Peter Zumthor展を見に行ってきた。
出発早々パスポートを忘れたことに気付き
2時間のロス。
おかげで楽しみにしてた本屋にも行けず。
すっかり国境というものの存在を忘れてた。。。

途中Zurichでは多くの日本人建築学生に会う。
去年に比べて今年は異常に多い。
スイスで一度に10人もの日本人に会うのは
なんだかとても不思議だった。

次の日も7人でブレゲンツまでプチツアー。
オーストリアといえども2時間かからずに到着。
3年ぶりに訪れたけど相変わらず凛と立ってました。

前回見に行ったときは展示の都合上
自然光をシャットアウトしていたので、
今回はまた違った雰囲気に思えた。
展示は4層のうち2つが映像のインスタレーション。
正直ほとんど見に行ったことがあったから
物足りなかったけれど、
一瞬静止画かと思うくらいかすかにしか動かない映像は
ある意味で彼の建築を表すのに適しているのかも。

そして何よりも圧巻だったのは模型。
モノに対する圧倒的な集中力が直に伝わってくる。
それと去年教わった建築家がズントー事務所時代に
描いたと思われる手描きの聖ベネディクト教会の図面は
なんだか違う雰囲気を放っていました。
あれはいくらコンピューターで真似ようと思っても
できるものではない気がする。

これから彼のやり方でどこまでいけるのか、
期待と不安の両方を感じました。
まあ自分の言うようなことではないけれど。。。



taz001 at 02:49|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

October 18, 2007

as found

Lesson from Smithsons pt2.

今ここで、真実でリアルな、皆に共通した日常に目を向けること。

日々の生活をつぶさに見つめ、
その質を発見し、すでにそこにあるものに従い、
それを新たな見方やかたちのベースにすること。

それは世界に対するリアリスティックな
アプローチの中にある美学である。
それはそこにしかなく、生で即物的なものを形成する。

それは断定的な意志ではなく、
疑問へ向かった意志を呼び起こす。
それは能動と受動の間にあり、
何度も見たときに見つけることができる。

何もないところから何かを作りあげるふりをするのではなく、
何かからまた何かを生み出そうとすること。
どこか別のところへ行って自分の欲しいものを
得ようとするのではなく、
自分の手のうちにあるものを欲すること。

“image”とは主観的で能動的なものであり、
知覚に基づく美学へとつながる。
一方“picture”は外部に対する客観的な視点であり、
生産に基づく詩へとつながる。
“as found”はその間に存在する。

“As found is a small affair, it is about being careful.”
Peter Smithson


taz001 at 06:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 17, 2007

strategy&detail

Architecture Is Not Made With the Brain: The Lbour of Alison And Peter Smithson

Lesson from Smithsons pt1.

どのようにアイデアがストラテジーになって、
そのストラテジーをどのようにディテールのルールにまでするか。
ルールのシステムは精度を実現するために作られなければいけない。

economy of means:
建物において人の触れる部分にお金をかけるようにすること。
天井や設備ではなく、ドアや窓枠に。

この考え方が空間にある種の穏やかさをもたらす。

施工におけるミスをそのプロセスの記述ととらえること。
それがまた違ったアイデアを与える。

taz001 at 02:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

October 16, 2007

感じるのは確かだが言葉にすると不確かな何か

paspels


Olgiatiの本で気になった部分。


・建築においてはすべてに理由が必要だが、
 建築における理由が何かを考えなければならない。

・訪れた人が頭ですべて理解できるような建物には、
 存在理由はない。

・我々は完全にコンセプチュアライズされていないものの方が
 よりよい建築となりうることを理解しなくてはいけない。


彼は常に矛盾やアンビヴァレンスなものを好むようで、
ミースのバルセロナパヴィリオンの
壁と柱の関係や水面の中にある石の丸み、
また篠原一男の愛鷹裾野の住宅の
内観と外観のギャップを例に挙げていた。

彼の事務所ではできるだけ手を動かさずに
ひたすら議論を重ねて設計を進めるらしい。
スイスにいることの反動ともいえるが。
かなりクレバーな人物です。

taz001 at 21:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)