January 2010

January 28, 2010

おしらせ!


このたび今働いている事務所をarchitecturephoto.netというウェブサイトで
特集してもらうことになりました!

architecturephoto.net

具体的には作品紹介、インタビュー、エッセイ、そしてぼくも短い文章を書かせてもらってます!
というかお話をいただいてからかなり時間が経ってしまっているのですが、
ともかく無事載せていただけることになってとてもうれしいです!
うちの事務所は基本的にスイス国内でしか仕事していないので、
かろうじて英語の訳があるぐらいでもちろん日本語なんてなく、
英語ならまだしもイタリア語から文章を訳さなくちゃいけなかったりしたのだけれど、
その結果自分のいる環境を少し違った視点から見ることにもつながって
すごくいい経験になったと思います!
やっぱり働き出すと目の前の作業に精一杯になってしまうし、
ましてや雇われの身であればまあいろいろとめんどくさいこともあるのだけれど、
そういった日々の作業の積み重ねが実際の建築の質につながっていくわけだし、
そうゆうことは気をつけていないとすぐに忘れてしまうので。

スイスに来てからもう3年以上が経ちますが(ながっ!!)
来る前から漠然と感じていたようなことが少しずつだけれど輪郭を帯びてきていて、
それは学校での経験も大きいけれど
やっぱり事務所に来てから建築に対する価値観や設計の進め方、
さらにはそのライフスタイルにおいてまで
すごくいろいろと勉強させてもらっている気がします。
今影響を受けていることがこれから自分が建築をやっていくうえで
核になっていくのだと思います。

これからしばらく定期的に更新されていくので、
ぜひまめにチェックしてみてください!
若干翻訳に不安はありますが。。。
そしてぜひどんな風に感じたかというのもききたいです!
愛のあるディスもオッケーですよw

taz001 at 08:18|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

January 15, 2010

fassade


goteborg01


こちらに来てからファサードの重要さをいろいろな場面で痛感させられていて、
曲がりなりにも日本で建築を勉強始めたからなのか
なかなかファサードをきちんと考えることができないでいるのだけれど、
自分の興味のある建築家はみなファサードに対してすごく意識的で、
H&deMはわかりやすい例だけれど
Diener&DienerやSergison Batesは一見地味だけれど
よく見るとすごく考えられているし、
Adam Carusoにポートフォリオを見てもらったときにも
やっぱりファサードについてつっこまれた。

自分がふだん設計をするときには、
やっぱり平面、断面、そしてその結果として立面が出てくるというような感じなのだけれど、
こっちの人たちにとっては立面の重要度が異常に高い。
考えてみれば実際より多くの人が目にするのは立面なわけで、
それは個人住宅とて変わりはない。
だから建築を個人の所有物ではなくて
もっと多くの人々が(たとえ権利はないにしても)共有していると考えるなら
その大切さが少しずつわかってくる。
ちょっと大げさに言ってしまうと断面がそのまま立面に表れているというのは
全裸のまま街に出ているようなもので、
それぞれの場所における適正な服装があるのと同じで、
ファサードもそれぞれの場所で適正なものはありえるのだと思う。
ファサードによってコンテクストに反応していくというのも
すごく大事なことなのだ。
だから都市的な視点に立てばボリュームとファサードというのは
決定的に重要で、
内部空間はどうであろうと関係ない。
景観とかの話になるとやっぱり重要なのはこういった考え方であるような気がしていて、
もちろんひとつの建物のファサードがそれとしてよくても意味はないのだけれど、
そういった意識の積み重ねによって街並みというのはできあがっていると思うし、
日本においては教育の問題を超えてそういった環境におかれているがために
ファサードに対しての意識が希薄になるのは致し方ないように思う。
結局ファサードに対して意識的なのはほとんどの場合商業施設であって、
それらはそれ自体の存在を叫ぶかのように建っているわけで、
そういったものは決して周りと共存してはいかない。

まあこういった考え方がヨーロッパにいるから可能なのであって
日本ではそんなに話が簡単でないのはわかっているつもりだけれど、
そういった状況の違いを超えても
やっぱり日本において「建築家」と言った瞬間
なにか他と違うものを作らなければいけないというような
意識が芽生えてしまうのはやっぱり偏っていて、
「建築家」が必ずしも特別なものでなくてもよくて、
いわゆるふつうもの、なんでもないものをきちんと作るというのも
ひとつのあり方だということはわかっておいて損はない。
(もちろんスイスにはゼネコンのような存在がないので
社会における建築家の立ち位置が異なるということは踏まえておくべきだが。)
こういった建築家の作品をみると「ふつうじゃん」といって
簡単に切り捨ててしまう人たちはいっぱいいると思うけれど、
その中に秘められたふつうであることの多様さに気づくだけの
繊細さを持っていないだけだ。
それは日頃からインパクトのある大味なものばかり見せられていて、
もはや自分の頭を使わなくてもわかってしまう、
あるいはわかった気になってしまうということが強く関係していると思う。
同じものでも自分の視点がちょっと変化しただけで
その見え方は大きく変わってしまうものなのだ。

で、話はもどって今の仕事でやっているのが
ファサードが重要で
プランも何もなくファサードから考えなきゃいけなくて、
今週はひたすらスケッチをしているのだけれど
やっば難しい。。。
ただ頭でわかるというのと身体でわかるというのはやっぱり違っていて、
このような状況にでも置かれない限り
実際にそういったやり方で設計することはなかっただろうから、
うまいこといい経験にしたいなー


taz001 at 04:15|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

January 14, 2010

HERO




ほんとに今さらなんですが、
さっきVTJ'09の佐藤ルミナの映像を初めて見ました!
てかちょっとネットで読んだから知ってはいたんだけれど、
見たら思わず泣けてきた!
かっこよすぎる。

彼はおれが格闘技を見始めたとき、
まだプライドとかが始まったばっかで
周りは全然興味なかったんだけど、
そんな格闘技黎明期のカリスマでした。
飛びつき腕ひしぎで6秒一本勝ちの映像は何度見たことか!
で、ひねくれ者の自分は彼よりも
同じ階級の宇野薫を応援していて、
誰もがルミナが勝つと思っていた
王座決定戦で最後に薫が勝って、
そこで完全に明暗が別れたのでした。
その後再戦したときには
文句なく宇野が勝って彼はいろんな舞台で
活躍していくのだけれど、
一方のルミナは修斗にこだわり続けて
階級を下げてまでチャンピオンになろうとしたけれど
結局今もなれていなくて、
それどころか勝ちからも見放されていて、
そんな中でのビッグイベントでの勝利だったから
もうやばいのなんの。
てか修斗のビッグイベントで上がってるのが
手持ちカメラの映像のみってのが
またなんか悲しいですが。。

なんかつい感極まって勢いで書いちゃったから
妙に熱いうざめの文章になってますがw
まあ許してください。

彼の引退試合はなんとか観に行きたいな〜!

taz001 at 04:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 12, 2010

never change

今年に入ってからコンペの作業がちょっとずつ本格化してきて、
しかもなぜかいまのところ一人でやらしてもらえていて、
なかなか勉強になっています。

うちの事務所では設計を始めるときにまずどのようなものを作るか考えるのに
いろんな資料をいっぱいあたって、
そこからどうやって発展させていくかを考えるから、
とりあえず図書館に行くというのが最初の作業。
だからなにを参照するのかということ自体がすごく重要な判断になってくる。
こういったことを言い出すとオリジナリティがどうとか言い出すひともいると思うけれど、
実際一人の人間が考え出せる範囲というのは限界があると思っていて、
そんな狭いオリジナリティにとらわれるよりも
今まで積み重ねられてきた建築の知性に身を委ねる方が
よっぽど豊かなものが作れるのではないかと思っている。
確かに「恣意性の排除」というのは長らく言われていて、
その意味するところもわかるのだけれど、
一方でその結果がアルゴリズムとか経済の流れを使って設計するということには
やっぱりならないんじゃないかと思って、
自分としては「建築を建築たらしめるもの」、
つまり建築がそれとして成立している要因みたいなものを
しっかりと考えながら設計したいと思う。
それで昔のものを参照するというのはすごく有効な方法だと思っていて、
それはただ評価の確立されたものに寄りかかるということではなくて、
というか歴史というのは現在からの視点によってどのようにも変わりえると思うから
その解釈自体が甘いと思うのだけれど、
まあそれはいいとして個人的には状況が変わってしまっても
それでもまだ残る建築の価値に注目したい。
きっとそれぞれの時代の流れから完全に無縁でいることは不可能で、
やっぱり今からみると過去の建築はそれぞれの時代で
(というか建築に限らずあらゆる芸術作品は)
一定の色を帯びていると思うのだけれど、
実際今から見てもいいと思えるのはほんの一部分であって、
そういった時代を超えてしまえる質というのはどうやったら捉えられるのか。

まあ長々と能書きをたれてしまったけれど、
実際自分の能力はそんなことを言えるようなレベルには達していないわけで、
今日もミーティングでいろいろとわからないことがいっぱいあって、
それは言語の問題ではなくて文化の問題なんだろうと思うけれど、
また知識も全然足りなくて、
ほんとに知らないことが多すぎるなあと愕然としてしまうこともあるぐらいで、
世の中にいままでこれだけいいものが作られてきたのに
それを否定して何か違うものを作ろうとするのは
馬鹿らしいと思ってしまって、
まあそうゆうのは一部の天才に任せておけばいいとして、
自分はもっと違うやり方を探っていきたいと思う。
それでいろいろと言われているうちに
今までなんとも思わなかったことが
ふといいものに思えてきたりして、
ものとしては何も変わっていないのに、
自分のものの見方がちょっとずらされたことで起こっていることで、
こうゆうのが一番うれしい。

で、あと3ヶ月最後のプロジェクト、
なんだかおもしろくなってきたので
がんばりたい!



taz001 at 06:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 06, 2010

Nottingham

Nottingham Contemporary Art Gallery / Caruso St John

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taz001 at 05:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 05, 2010

おわりのはじまり


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遅くなりましたがみなさまあけましておめでとうございます!
今年は4度目にして初めて海外で年末年始を過ごしました。

で、パリとロンドンに行ったのですが、
おかげさまでめっちゃ楽しかったです!
特に泊めてくれたお二人どうもありがとうございます!

まずクリスマスはパリで寒い中一人でうろうろして、
エッフェル塔のライティングを見たけど
やっぱり特に何も感じずw、
そんなことよりも毎日ラーメンとかカツ丼とか
焼肉とか鍋とかうまいもんがいっぱい食えてうれしかった!
そして自分の中で日本に帰る代わりという位置づけだったので
ろくに建築も見ずにジュンク堂とブックオフで本買ったり
アウトレットへ行ったりしてのんびりしてました。
基本昼過ぎに起きてたし。

それからロンドンではやたらいろんな人に会って
毎晩わいわいやりました!
そして当初の計画通り
サージソン鍋改めサージソン祭と
カルーソ詣でを実行!
カルーソは片道3時間かけていったのに
滞在時間5時間すべて美術館ひとつに費やすという
かなりのハーコーっぷりを見せました!
あとチッパーフィールドの展覧会も
1フロアで2時間使ったし!
キャプション全部読んでやったw
もうここまで偏ったら逆にすごいんじゃないかと
勝手に自分を納得させております。

とりあえず今回は建築じゃなくて
いろいろ友だちに会ったのが
すごく楽しくてまじ大満足!
2010年もよろしくです!

2009年は別に大したことしてないので
特に振り返る必要もないけど
個人的なベストアルバムはS.L.A.C.K.の
「Whalabout」だということは
言っておきたいっす。
こいつはまじやべー!



taz001 at 06:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)