April 26, 2010

Idea


the Schoolhouse in Paspels / Valerio Olgiati
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a House for a Musician in Scharans
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先週末、スイスを発つ前に見ておきたいと思っていたものを見てきた。
Valerio Olgiatiは自分がスイスに来るモチベーションとなった建築家の一人で、
彼のこの言葉は今でも自分の中にとても強く残っている。

「私には哲学がないということです。
哲学を持つには 課題を信じることが必要です。
わたしが作りたいのは、
たとえば、篠原一男のように、
人が頭で理解できない建築です。
人は見て理性で理解できない時、
初めてそこで考え出し、
理解しようとするのです。
その場合、その建物にまず感情的に動かされる
ということが前提条件です。
直感的に動かされないとダメなのです。
そういった建築の謎には、
知的精神性を創造的に使うことによって
到達できるのです。
そんな建築を、私は作りたいと思っています。」

(「Esquire」2004年10月号)

それで今回Paspelsの学校とScharansにある住宅を見に行った。
もちろん設計された時期が大きくことなるので
二つが違うのは当たり前なのだけれど、
個人的にはこの二つの建築は好対照をなしているなあと思った。
彼曰く建築には二つの種類があって、
ひとつは「地面から生えてきた建築」、
もうひとつは「空から降ってきた建築」で、
前者はScharans、後者はPaspelsに当てはまる。
Olgiatiのアシスタントが、
Scharansの赤いコンクリートは彼の父、
Rudolf Olgiatiにとっての白のようなものではないかと言っていて、
彼にとって「地面から生えてきた」ことを表す色なのだと思う。

Paspelsの図面は本当に何度も見返していて、
ダブルコンクリートの構造と
中世の都市を思わせるような微妙な角度のずれ、
そして二つのコンクリートが重なる部分の開口の詳細と
木で仕上げられた教室部分の開口との違いなど、
すごくシンプルに見えて一つ一つの操作が徹底的に考えられ
すべてがかみ合っているように思う。
もちろん正面性の強いファサードや重々しい窓枠など、
学校というプログラムに対して適切かどうかは
疑問に思える部分もあるけれど、
彼にとってそこは重要なことではなくて、
少なくともこの建築を見ることにおいては
あまり意味がないことだ。
ただ、実際に訪れてみて図面で見る刺激ほどのものを
空間そのものが持ち合わせていなかったようにも思えた。
そうゆう意味でこれは頭で理解するとても知的な建築なのだと思う。

そして一方のScharansは、
周辺住民のことを考慮して
前に建っていたのと同じボリュームを踏襲したことで
(それが彼の意図かどうかはわからないけれど)
周辺環境と関係を持ち始めているのが個人的には興味深い。
もちろん通常言うようなコンテクストに合わせて
決められたというものではないし、
馴染んでいるわけでもないけれど、
やっぱり個人的には何らかのかたちで
周辺と関係があったほうが
建築に厚みが出てくると思う。
特にスイスのような土地においては。
そして顔料で赤く色づけされたコンクリートに加えて
「意味のない」シンボル
(イタリアではすごく政治的な意味を持つらしいのだけど)
が型枠にひとつひとつ手作業で彫られていることで
その表面の荒々しさがより際立っている。
プランは比較的シンプルで、
もちろん与件でボリュームや内部空間の面積が決まっていたから
というのもあるだろうけれど、
中庭の上部が楕円に切り取られていたりとかそうゆうことよりも、
この建築においてはその表面の仕上げが
決定的なものになっていると感じて、
それが外部空間と内部空間の違いを相対化していて、
写真で見るだけでは理解できない質を
ここにもたらしているように思ったからだ。
もちろんここでいう理解というのは頭でわかるということではなくて
もっと身体的なレベルでの話で、
すごくフィジカルにうったえかけてくるものがあった。
シンボルのことも含めてこの建築に「意味」を求めようとすることは
意味がない。
これに限らず最近の彼の作品においては、
「頭では理解できない」部分があることで
より建築に深みをもたらしているのではないかと思う。

自分は彼のいい生徒ではなかったので
あまりつらつらと書くのもどうかと思ったけれど、
やっぱり彼の作品はいろいろと考えさせられる部分があって、
今の自分とはずれているところも多々あるけれど、
常に頭の中にあるのは確かで、
図面に対する病的なまでのこだわりなんかも含めて
すごく影響を受けていて、
これからもどんなことをするのかついつい期待してしまう。



taz001 at 09:16│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by hashi   April 26, 2010 23:56
こないだ彼の建築を実際にいくつか見て、あまりに人間を突き放してるので決して気持ちのいいものではなかったけど、でもやっぱ彼の建築ほど建築の本質的なあり方について考えさせられるものはないです。
これはもう完全に彼の手中に落ちたってことでしょうね〜。
2. Posted by taz001   April 28, 2010 08:50
そうだねー、自分が彼のようにして建築を作れはしないけれど、
やっぱり建築を考える上ですごく刺激的なことをやってるんだよねー。
離れようとしてもどっかで常に頭の片隅にある、みたいな。

これからどんなことをやるかも気になるなー

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