T-BOX通信

美術情報

価値観の統一化、今週のXX

  世界経済がどんどん一体化している。トヨタ、ホンダ、日産など海外生産をしている。世界中が同じものを使うようになってきた。石油、鉄鋼、自動車、薬品、コンピュータシステム等、規模が大きい程効率が良くなる。アートの場合はマーケットが大きくないのだが、ネットが新しい大きなマーケットを作っている。その分世界の価値観が知らず知らずと同一化して行く。
 西洋中心の価値観の他に中国文化、イスラム文化、インド文化、アフリカ文化等がある。それぞれがもっと違った価値観をどの位広める事が出来るのだろうか。  高橋盛夫


        今週の三宅 118 Flower
今週の三宅118−2018.7.16−21Flower












      今週の倉内 41 一息
今週の倉内41−2018.7.16−21一息

眼球細動と短い記憶ー13 ピカソの自己破壊の警告・「ゲルニカ」

 眼球細動と短い記憶ー13 ピカソの自己破壊の警告・「ゲルニカ」

 パブロ・ピカソ(Pablo Picasso1881−1973)は描く対象は見方に依って、同じものも違って見えると言っている。彼の眼は一つの対象に対しての多くの見方をし、様々なイメージが浮かぶ都度、それを描いた。それ故に制作点数が万単位に及んだのである。それぞれの作品は一つの視点であり、瞬間の時点なので、形はこうでここの部分は必然的にこの色になるとの理由が付いてくる。彼はイメージの分解能の強者で、対象物をある空間と時間のイメージを次々と描くことによって、対象物の全体を表現しようとした。それだけ一つの対象物に多くのイメージを持てた頭の柔らかい人間の証拠であった。それ故に同じ対象をあらゆる素材で表現する事が可能だった。油絵をはじめ、版画、焼き物、舞台美術等々多岐に渡る。それで表現しきった結果、多くの作品が残り、次に躊躇なく自分のスタイルを変えながら制作を続けた。後世の人が「青の時代」「ピンクの時時代」とか区分している。
 例えばピカソにとっては「ゲルニカ」は例外的な作品で、多くのイメージを一つの作品に入れ込んだが、纏める事を殆どしなかった。「ゲルニカ」を描くのに40点余りのデッサンを描いた。そこで得た多くのイメージを約3.5m×7mの画面の中に入れ込んだ大きな反戦の絵画を制作した。今は国立ソフィア王妃芸術センターに納まっているが、プラド美術館に展示されていた当時のゲルニカの大作と共に、作品の元になった人や牛や馬のデッサンが展示してあった。
 その時に「ゲルニカ」を見た印象は、何故か勢いの無いものだった。そばにデッサンが展示されていたので両方を比較して見ていた。もしデッサンがなければ、そのようには感じなかったと思う。デッサンには手の動きに勢いがあり、生まれた生の感情が真直ぐに表現されていて迫力があった。「ゲルニカ」の大作になると理屈や説明が優先され、生の感情は奥に引っ込んでしまった。では何故、ピカソがそのような気の抜けたような大作を描いたのは、「反フランコ、反ファシスト」のプロパガンダの声を大にして宣言するためだったのではないだろうか。感情を抑え、ドイツ軍が非道な無差別爆撃の歴史的な事実を描こうとしたからだろう。それまでのピカソは女や子供等のイメージを一つ設定し、作品の主張を明確にアピールしていた。人間の個の存在を深く表現した中で、「ゲルニカ」は例外的な作品である。人、馬、牛、鳥等、多くのイメージを一つの作品に入れ込んだが、中心が無く、纏める事を殆どしなかった。纏まりを無くし、中心の無い作品は作者の存在も破壊されるようなものになる。あえてそのような作品を破壊するような行為に至ったのは、彼の反政治の表現で、このような作品は「自身の作家の存在も否定する」のだとの警句の表れかもしれない。
 その様な自己矛盾のある作品でも、卓越したデッサン力で多くの人にアピールし、感動を与えている。だが、何が中心か判らない構成の裏に隠くされた「自己の破壊」は、絵画の政治に従属して、その奴隷になる事の危険を暗示している。そこにはアーチストに向けた「それぞれの個を守れ」とするメッセージが隠されている。発表された当時、芸術家達から良い評判を取れなかったが、彼は反論するでもなく、どちらかと言うと無視するような態度をとっていた。
「ゲルニカ」はその表現の例外性より歴史的、政治的評価に多くの支持が集まっているのも現実だと思う。
 ピカソは「子供の様な絵を描きたい」と言っていた。最晩年にパレ・ド・パップ(ローマ法王庁跡/フランス・アビニオン/1970)で、子供が描いた様な作品を展示した。 高橋盛夫

都会ののんびりとした時間、今週のXXX

  気温が高くなると植物は急に成長する。 朝ゴミ出しをすると、小枝を切ったり、草刈りをしたものがゴミとして出されている。 そのような事を何10年も続けていると土地が痩せてくる。 東京の住宅地の建設現場の土を見ると良く判る。
 昔は庭に穴を掘り、草木を台所のくずと一緒に土に返していた。現在はマンションを建てると、地面をコンクリートで固めたりしている。 管理が楽でお金が掛からない。 今は都会でのんびりとした時間が持てなくなっているのだろう。    高橋盛夫

  今週のフルイ 136 今日の続きの明日
今週のフルイ136−2018.7.9-14今日の続きの明日














      今週の三宅 117 日ざし
今週の三宅117−2018.7.9−14日ざし














      今週の倉内 40 金融情報
今週の倉内40−2018,7.9−14金融情報
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