T-BOX通信

美術情報

混沌の澁谷エリア、今週のXXXX

 先日、渋谷に行った。 余りにも人の多さにびっくりし、街が変わり、オマケに道にも迷った。 世間から取り残された感じがした。 若い人達がそれぞれのファッションを披歴するように闊歩していた。 誰でもない自分の個性を出すのは大変だと思うが、このような混沌とした所から何かが生れるような気がした。  高橋盛夫

      今週の三宅 135 赤い実
今週の三宅135−2018.11.19−24赤い実














     今週の倉内 58 ぶどうブローチ
今週の倉内58−2018.11.19−24ぶどうブローチ












 

       今週の岩永 24 ロボット
今週の岩永24−2018.11.19−24ロボット














    今週の鳴美 7 寒い朝
今週の鳴美7-2018.11.19−24寒い朝

眼球細動と短い記憶ー16 闇に浮かび上がる火炎土器

 闇に浮かび上がる火炎土器
 
 新潟県長岡市には市のシンボルになっている国宝の火炎土器がある。私がそれを見た時は40年余り前にさかのぼるが、当時は市役所の建物だった所の博物館に置かれていたと記憶している。国宝に指定されているこの土器は少し高い所に置かれていた。縄文人も私も同じように、眼より高い所に置かれた火炎土器を眺めていた気がする。それも暗い夜に松明を灯し、炎に照らされたのを見ていたのでないだろうかと想像している。その土器が発見された当時、地元の古老の方が岡本太郎を呼んで見て貰い、彼の発信力で火炎土器の重要さが日本の世に広まったと聞いている。
 旧市役所で見たその土器は余りにも大型で、装飾の部分が大きく、普段の煮炊きに使ったとは思えないものだった。展示方法は少し高い台に載せられ、ガラス張りだった。地震が来たら確実に落ち、破損するだろうと思える高さにあった。
 この火炎土器は生活の道具に使わず、特殊な集会の時に使ったのだろう。ただ、夜、少し高い所に火炎土器を置き、焚火の光を受けて変化するのを見ていたのではないだろうか。4つの炎の形をした上部突起物に、不安定な焚火や松明の光が当たることによってイメージが限りなく生まれるのを楽しんでいたのだろう。そこで煮炊きしたものを皆で食することによって「同じ釜の飯を食う」と言う共同体意識を生むための器だったのではないだろうか。
 この様な大きな火炎土器を創った縄文人Aは誰だが解らないが、イメージの一つの作り方を知っていたのだと思える。常に動く炎の光に照らされた土器は、光に同調して多様に変化をしている筈だ。より重層的なイメージを作るために、上部辺に突起物を付け、少しずつ距離が違って見えるようになっている。その結果、変化する光の当たるところに眼が動き、それぞれの突起物を見るためには、常に眼を細動させねばならない。その眼球細動から生まれたイメージ映像を短い記憶に落とし、そこから生まれた炎のイメージを重ねる事によって何かのイメージをぼやっとしたまま受け取ることになる。その縄文人Aは人々に眼球細動をさせる事によって焦点が変化し、イメージを重層的により効率的に定着させることを知っていたのだろう。眼球細動を必要としなければ、突起物の模様を器の側面に張り付ければ済むはずである。
 火炎土器と呼ばれるものは長岡周辺でも沢山の種類が出土しているが、この火炎土器を創った縄文人Aの作品と思われる土器と他の物とは明らかに違っている。長岡市の火炎土器を真似したような土器はただの入れ物の様に感じる。他の土器に比べ縄文人Aが作った土器は形が大きく、周囲に焔の様な突起物が立ち上がっている。煮炊きには少し不便をかこつだろうし、炎の煤の痕跡が殆ど無かった記憶がある。
 木が燃えた時の炎は様々な形に変化する。私は子供の頃、炎を眺めるのが好きだった。暖かい事に加え、常に形を変えるので眺めていても飽きなかったのだろう。台所にガスコンロが取り付けられた時、煮炊きには便利だがガスの炎の形は殆ど変わらないので、神秘性も何も感じなかった。縄文時代には電灯、ガス灯、石油ランプは無く、灯りは焚火の様な不安定なものしかなかった。新潟県には地表に石油やアスファルトが噴き出すところがある。それを照明で使ったような痕跡があったとの事を私は知らない。
 縄文土器と一括りされているが、眼球細動と短い記憶を意識していた縄文人Aがその時代にも一人だけ居た気がする。国宝に指定されているものと同じような火炎土器と括られている種類が幾つかあるが、明らかに縄文人B,C・・・が作ったと思える火炎土器もある。縄文人Aと違う土器には眼球細動させて見せるとの発想が薄く、生活の器として煮炊きに使っていて煤が付いている。岡本太郎は火炎土器の種類を見分けていて、縄文人Aの姿を見たのだろう。
 長岡市は奥底に深いアートの精神性を持った地域なのではと思うことが有った。今はもう無いと思うが、当時でも古い商工会議所のビルがあった。外周部の壁際に枯山水の庭があり、建物の内部には大きな展示室もあった。古老の方の話しでは、そのビルの管理人の方が誰に見せるのではなく毎朝庭に降り、淡々と箒でその朝の波紋を描いていたとの事だった。日本で初めて「現代」と冠される「長岡現代美術館」を作るほど、北陸では文化の中心であり、岡本太郎が長岡市を訪ねた時代には現代アートの盛んな地域だと伺っていた。
 今は長岡市の美術館に収蔵され、縄文人Aの火炎土器はどの様に展示されているのだろうか。まさか松明を美術館の中では燃やせない。例えば、日が落ちるのが早い季節に、美術館の入口や街中に置かれたレプリカを、電気の灯りを消し、周りに松明を灯す企画は出来ないだろうか。美術館の敷地内では火気厳禁だと思うので、許可を取るのが難しそうだ。もし、隣接地に大きな空き地などがあると良いのだが・・・・・。 少し盛り土した上で、闇に浮かび上がる火炎土器を見たい。
 長岡周辺で発掘された火炎土器は、長岡市の馬高縄文館に多くを集めて展示されている。   高橋盛夫

電飾ビル、今週のXXXXX

 陽が落ちるのが早くなって、毎年の事だが向かいのスクエアガーデンの電飾を撮影する人が増えてきた。 昨晩11時半ごろ、そこの地下広場で三脚を使って自撮りをしていた人が居た。 人が多いと恥ずかしいので、日曜の夜遅くを選んだのだろうか。 高橋盛夫

     今週のフルイ 141 おしゃべり
今週のフルイ141ー2018.11.12−17おしゃべり














     今週の三宅 134 秋の散歩
今週の三宅134−2018.11.12−17秋の散歩














       今週の倉内 57 記憶
今週の倉内57−2018.11.12−17記憶












  

      今週の岩永 23 ミイラ
今週の岩永23−2018.11.12−17ミイラ














  今週の鳴美 6 静かな境界線
今週の鳴美6−2018.11.17静かな境界線
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