道を歩いてた時、親子にすれ違った。母親が幼稚園の年少組位の女の子に話しかけた。母親が彼女に何を言ったか聞こえなかった。二人とすれ違った時、女の子は花のプランターを見ながら、母親に「そうだよね」の一言返した。
現代人は幼少の頃から、複雑な言語を学び、活用し自分を表現していると思った。
「そう」は彼女はお母さんの言った通りだと考えます。「だ」は断定してより強調している。「ね」は母親に対して確認をしている。
このような複雑な意識の表現を殆ど無意識にしている。
現代人のホモサピエンスは声帯が発達し、子供の頃から言語を使い、多くの複雑な表現を獲得している。
ネアンデルタール人、デニソワ人、フローレス人などはホモサピエンスと接触した人類は、途端に絶滅下らしい。
これらの原始人は50人以上になると、集団内の意思の疎通が成り立たなくなるとの事だった。
何故ホモサピエンスは生き残れたのは、言語を多く持ち情報が共有できた。その集団は100人、200人と増えていった。
人類同士の競争に数の力で勝利出来た。
50年程前にはパソコン等を使って世界の知識を多くの人が簡単に見ることが出来る時代になった。
更に今は携帯でも解らないことが有れば、インターネットを通じ、すぐ答が出てくる時代になった。
更に、AIによって文章まですぐに出来てしまうなった。
そこそこの文章が出来て、一寸読んだだけでAIで書いたとは解らない物ができる時代が来た。
ある物の知識を覚えなくても、検索するとすぐ出てくる。
例えば「にらすみれ」は「どんな花」と問えば多く画像が出てきて、様々な事が解る。
高度成長期に百科事典が沢山売れた。人々が多くの情報を本を通じて集められていた。
更に現在はインターネットで、膨大な情報が使える時代になった。
英語を理解出来れば、大概の知識は得られる。
今後、世界の隅々にインターネットが広がると、教育のシステムが変わる。
英語を理解できると大学を出ていなくても関係なく、どこ所に住んで居ても、世界中の高度な知識が得られる。
その知識をどの様に認識し、個々の考え方が問われる時代が来るだろう。
その人間にとって何を本当に知りたいのかが問われてくる。
全てをハッキリさせないが、通じる日本の認識の仕方ある。
世界には様々な文化があり、それぞれ競い合うことによって新しい世界が広がると思う。
それぞれの世界には、それぞれの文化あり。共通の認識ツールとして英語が幅を利かしている現実がある。
「そうだよね」の主語も動詞も無い様な一言は、海外の人間には通じない。
その分日本以外の世界と違った価値観で持つことが出来る。
アートの世界でも日本人の発想で新しいものが生まれると思ている。
高橋盛夫
現代人は幼少の頃から、複雑な言語を学び、活用し自分を表現していると思った。
「そう」は彼女はお母さんの言った通りだと考えます。「だ」は断定してより強調している。「ね」は母親に対して確認をしている。
このような複雑な意識の表現を殆ど無意識にしている。
現代人のホモサピエンスは声帯が発達し、子供の頃から言語を使い、多くの複雑な表現を獲得している。
ネアンデルタール人、デニソワ人、フローレス人などはホモサピエンスと接触した人類は、途端に絶滅下らしい。
これらの原始人は50人以上になると、集団内の意思の疎通が成り立たなくなるとの事だった。
何故ホモサピエンスは生き残れたのは、言語を多く持ち情報が共有できた。その集団は100人、200人と増えていった。
人類同士の競争に数の力で勝利出来た。
50年程前にはパソコン等を使って世界の知識を多くの人が簡単に見ることが出来る時代になった。
更に今は携帯でも解らないことが有れば、インターネットを通じ、すぐ答が出てくる時代になった。
更に、AIによって文章まですぐに出来てしまうなった。
そこそこの文章が出来て、一寸読んだだけでAIで書いたとは解らない物ができる時代が来た。
ある物の知識を覚えなくても、検索するとすぐ出てくる。
例えば「にらすみれ」は「どんな花」と問えば多く画像が出てきて、様々な事が解る。
高度成長期に百科事典が沢山売れた。人々が多くの情報を本を通じて集められていた。
更に現在はインターネットで、膨大な情報が使える時代になった。
英語を理解出来れば、大概の知識は得られる。
今後、世界の隅々にインターネットが広がると、教育のシステムが変わる。
英語を理解できると大学を出ていなくても関係なく、どこ所に住んで居ても、世界中の高度な知識が得られる。
その知識をどの様に認識し、個々の考え方が問われる時代が来るだろう。
その人間にとって何を本当に知りたいのかが問われてくる。
全てをハッキリさせないが、通じる日本の認識の仕方ある。
世界には様々な文化があり、それぞれ競い合うことによって新しい世界が広がると思う。
それぞれの世界には、それぞれの文化あり。共通の認識ツールとして英語が幅を利かしている現実がある。
「そうだよね」の主語も動詞も無い様な一言は、海外の人間には通じない。
その分日本以外の世界と違った価値観で持つことが出来る。
アートの世界でも日本人の発想で新しいものが生まれると思ている。
高橋盛夫