2008年01月

2008年01月31日

橋の上の距離

e6b201f2.JPG広いスペースに複数の人間を配置すると、会話も動きもなくても、それだけで物語が見えてきたりします。考えてみれば、絵画や写真はその典型のようなもので、たとえ表情がわからなくても、相手に対する心情が見えてきたりします。

僕らも、会議室や電車の中で、指定されていなければどの席に座るか、あらかじめ着席している人との関係がおおいに影響していると思います。

初対面の二人の男が話す距離というのは、どんなものなのでしょうか。
近すぎず、離れすぎず、それぞれの領域を死守しながら攻めながら・・・。

寄るな!触るな!

広い舞台上、自由に使って、いろいろな距離を楽しみたいと思っています。

(ちなみに、稽古場は病原菌要注意状態です。)


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月30日

橋の上の宗教

5ac36ac4.JPG劇中に、とくに原作では具体的な名称を挙げて宗教団体の名前がでてくるのですが、この人たちの宗教は不明です。

飛び込む前に手で十字を切ろうかとも思いましたが、そもそも自殺ですから、とてもキリスト教徒とは思えないのですけれども、いったいどんな宗教の人たちなのか、興味が湧いてきます。

日本人、中国人という宗教感の濃くない地域は、たぶん宗教の大マーケットにもありそうなものです。でも、お誘いをしてくれる新興宗教というのは、「国産」が多いです。でも、原作戯曲に「新興宗教」が登場してくるのですが、それらは具体名には「外国もの」です。日本製ではありません。

戯曲は、10年、30年、100年と残ります。
そのときに、これらの「新興宗教」は、どういう扱いで上演されるのでしょうか?
著作権も切れる頃には、新しいその時々の「新興宗教」の名称に書き換えられるのでしょうか。それとも、「この宗教が新興だった頃もあるんだ〜」と感心されるような存在なのでしょうか。

どんな宗教であっても、信頼している人がいらっしゃるわけで、依存度・真剣度はぼくらのそれとは違いますから、軽々しいことはいえませんが、くれぐれも、自殺者など出さない、万人を幸せにする宗教であってもらいたいものです。


*写真は、こじつけですけど「javel」駅。レ・ミゼの警部も橋から投身自殺しましたね。キリスト教ではないのか。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月29日

橋の上のベンチ

ffbfc18b.JPG橋の上にはベンチがあります。

広い歩道の上、美しいセーヌの上でパリの景色を眺めながらちょいと佇んでいる、そんな日常の風景があってもよさそうなのですけど、実はアルマ橋にベンチはありません。でも、他の星の上には結構あったりします。

美術としてリクエストしたのは、前からも後ろからも座れて、しかも背もたれつきのベンチ。どんなのや、それ。という疑問には即答できるのです。写真にあるパリ市内の「定番」ベンチです。

しかし、悲しいことにこの仕様も調達不能。よって、架空の小さなベンチの上でドラマは展開していきます。

そういえば、ベンチではなくて欄干に腰かけてディープキッスをしていたアベック(死語だがフランス語)がいいらっしゃいましたけど、・・・落ちないでね。ドラマがつまらなくなるから。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月28日

橋の上のオペレーター

f9d4c6e4.JPG大雑把に公演の役割分担をすると、「演出」が芸術部門を担い、戯曲、俳優さんはもちろん、照明や音楽、衣装や美術のプランを立てます。そして、それを「舞台監督」さんを頂点とする技術スタッフに渡し、劇場で具現化してもらうわけです。
ついでに、本来は「制作」が興行部門を握り、お金の勘定はお任せになるはずなのです。

今日は、その技術スタッフさんにプランのお披露目、といいますか最終打ち合わせです。アイデアをまとめて、音のネタも全部提出しなければなりません。 これもコンクールならでは。この2週間前という時期に、これらをすべて決定してお渡しするわけです。 
普段なら、直前までスタッフさんといっしょに、試行錯誤して決めていくのですけど、ダラダラは許されません。なにせ12団体を一度に扱ってもらうわけですから。 それに、こちらの指示が明確でわかりやすくないと、結局損するのは僕らですから、いつものように、「あ・うん」で、「よき具合に」では通らないのですね。なんか、海外公演とかの場合はこんな感じなのかもしれません。
やっぱり、懇意なメンバーの池の中に固まらず、他流試合はやっておくべきだなあ、と思います。

それはともかく、私たちの創作予定では、明日から集中して始めましょう、という予定にしていたんです。今日まではゆるゆるで・・・。なので、この時期にみなさんにお見せするのは、とっても心苦しいのですけれども、仕方ありません。
それでも、意地でも台本は見ないでリハーサルしてましたね。男1も2も。えらい。


*写真はリアル、アルマ橋。こんな感じの街灯と照明。



ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月27日

橋の下の知事

04ad3e49.JPG橋下徹さんが大阪府知事に当選されました。
橋の上も頑張らないといけません。

橋の下、というのは日本では住居なし浮浪者生活を例えたりします。橋が屋根となって雨露をしのぐのだと思います。そして私有地でない公の場所、ほかにそういう場所がなかった時、は橋の下が最適な浮浪者タウンになったのでしょう。今なら、橋や高架もおおいですけど、駅の構内、公園や新宿副都心、いろんなスポットがあります。でも、一番干渉されにくそうなのはやはり橋の下かもしれません。

僕は幸い、そういう生活をした経験がありません。(試してみたことはありますが)
絶対にそうならないように、必死で橋の上の生活にしがみついています。だから、いろいろストレスもあるし、大変なことばかりですけど、それでも橋の下には行きたくありません。

でも、実際に橋の下に突き落とされて、そこで生活をしている人にとっては、「橋の上」は、もう一度登りたい場所なのかどうか、それはわかりません。人生何が幸せかわかりません。 弁護士も知事も幸せなのかどうかわかりませんが、人の役に立つことが期待されている、それだけで「橋下」さんは、幸せだと思います。

写真は、セーヌ川添いの橋の下。 美しい夕刻。 撮影はしてませんが、ジュテ〜ム・タイムでした。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月26日

橋の上の失言

以前の公演で、台詞に思い切り差別用語が登場しました。登場させたのは自分なんですけど・・・。
今は、完全に放送禁止用語ですけれども、時代的なリアリティー持たせるため、そして言葉狩りへの慎重な文化的主張、そんなこともあったと思います。

ところが本番日に、その言葉に該当してしまいそうな風貌の方がご来場なられて、それを見た時は、楽屋に飛んで行って俳優さんの口にジッパー、または当該セリフのときに、でっかい咳払いでもしようかと慌てました。諸先輩と違って小心者です。

でも、その場面もちゃんと見ていただいて、終演後穏やかそうでしたので、一応釈明のご挨拶をさせていただきました。安心しました。

ところで、今回の『橋の上の男』は、登場人物が「ジャーナリスト」なのですが、ご来場いただく知人の中、すでに3名様の職業がジャーナリスト(類)です。
しかも、カメラマンにもお声をかけさせていただいているし・・・。

くれぐれも、劇中のジャーナリストの作者は、ギィ・フォワシィさんですから。お許しを。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月25日

橋の下の川

1c83a80c.JPG高いところから下を見ると怖いです。
低いところから上を見上げる分には、タワーでもビルでも、星まで離れていても怖くはないのですけど・・・。
高所恐怖症でなくても、欄干から身を乗り出して下を見たら、おそらく10mもあればビビるのはないかと思います。

アルマ橋の下を流れているのは、もちろんセーヌ川。
川ですから、オリンピックの飛びこみの選手なら、安全な着水ができるかもしれませんが、底が浅いかもしれないし、ヘドロで汚いかもしれないし、ピラニアがいるかもしれませんから、やっぱりビビると思います。第一、寒いので濡れるのいやです。
セーヌ川やドナウ川は、ほとんど「流れ」が感じられません。穏やかな川です。
でも、モノを落としたらまず、見つかりませんし、諦めなければならないでしょう。
命はどうなのかは存じませんが、ま、ダメでしょうね。

セーヌ川、大きさはちょうど隅田川くらいでしょうか、色は、ナイル・グリーンにみえますね。(写真)実際のナイル川はどうなのかはともかく、そんな色です。決して汚くはありませんが、奥入瀬の渓流のようなすきとおる美しさはありませんし、鮎もヤマメも釣れません。たぶん。
考えてみれば壮大なアマゾンも、聖地ガンジス川も、歴史ある揚子江も、汚れまくってる東南アジアの川も、春の小川も全部「川」なんですね。

おばあさんが川で洗濯していたら、でっかい桃が流れてきて中から元気な男の子が生まれる・・・そんな話を作った国の野郎どもが、セーヌ川で変なオッサンが投身自殺をするとかしないとか・・・という話を作る国とコラボ中。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月24日

橋の上の設計図

4ca9b4c4.jpgテーラーさん(仕立屋さん)とかも、職人技を誇るある意味ではアーティストです。
この人たちが作るのは、量産品ではない、いわゆる「一点もの」。
卓越した職人さんになると、ハサミで布地を切りながら仕上がりを想定し、ミシンで縫製をしながら微妙な調整をしながら、最終的に繊細な製品を作ります。
口では説明できない、仕様書には書けない無形の技術が凝縮されているわけです。

パフォーマンス全般も、同じような過程で作られていく者だと思います。作りながら調整して、発見して修正して・・・そして必ず訪れる「納期」つまり本番の日にお渡しできるものが、作品となります。そのときどこまで、その完成度に自己満足できるものになっているか、その時間との挑戦でもあります。

縫製や絵画は、何も手を施さなければ時間だけが過ぎていきますが、生身の人間がやる演劇は、植物のような生育期間があったり、やりすぎると新鮮さが失われて腐ってしまったりします。なので、「作りながら」常に新鮮な刺激(=つまり試行錯誤)をいれて、一番おいしい時期を目指す、それまで鮮度を保つことが重要だと思っています。

ところが、大規模なカンパニーのミュージカルやテレビドラマのように、たくさんの人が関わる作品では、そんな曖昧なことはしていられません。いわば大量生産の事例と同じで、正確でわかりやすい「設計図」が必要です。でないと、意思疎通が図れないし、それこそ時間の無駄になります。
今回のようなコンクールの場合も、各団体で共通してお世話になる外部のスタッフさんにお願いするわけですから、早期に「設計」して「設計図」をお渡ししなければなりません。これ、慣れていないので結構大変です。

ということで、来週から本格的に創作開始!という今日、スタッフさん用の上演台本の提出日でした。本番二週間前に、これだけプランがはっきり出来ているのは優秀と言えば優秀。当たり前といえば当たり前。

写真はその上演台本(二稿)です。本番までには細部はまだまだ変更すると思いますけど・・・。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月23日

橋の上の日仏

21e8a4f0.JPG考えてみれば、今日の日本中が洋風なインテリアだったりするわけです。

でも、欧米で盆栽や灯篭、蹲(つくばい)なんてのが飾られていたりして、そのしっくりきてない感じが微妙に楽しかったりします。
日本の家庭やオフィスに飾られている洋風なもの、も本家からみればそんな感じなのかもしれません。今さらですけど。

日本になる日本らしいもの、が異国に持っていかれたらどういう役割になるのか、そこには新しい発見や、珍発見があると思います。
逆に、外国に当然あるべきものが、日本にくると重宝されたり、ないがしろにされたりするわけで、その選択基準はあくまで受け入れる側の価値観によります。

以上は大きな言い訳の前ふり。
今回は、「フランスの言葉」を少し輸入させていただきました。フランスの方にとってどんなに優れた情報伝達の手段となっているか、そんなの関係ない、のですよ。「なんかしゃべってる」感が欲しいんです。美しいイントネーションの外国語で、英語よりも理解率が低い、そういう言葉を音の装飾に使いたいと・・・。

はい。言い訳です。つまりはい。

実は、フランス語のプレスコアリングを録音しました。ボロボロでした。
舞台上で生でやろうとも思っていたのですけれども、上演時間の問題もあるのであまり遊べませんから、一応録音。しかし、私らマイクはどうも不慣れなので、音響のリカちゃん泣かせのレベル大爆発。出来上がりを聞いて腰抜けました。

・・・そういえば、先日も顔出しのナレーションをさせていただいたとき、「つばとばし」NGの多かったこと・・・。ちゃんと喋ろうとした時は、(おつゆ=唾)に遠慮はないですからね。マイク、どうも苦手です。不慣れです。

そんなこんなで、「あるパリのひと時」のプレスコだったんですけど、録音した稽古場は複合施設。お隣ではよりにもよって、笛太鼓の和風楽団のお稽古中。わたしのフランス語のバックに雅な音楽が入ってきてしまいます。ま、日本びいきなオフィスという設定で・・・。

*写真はパリでみつけた、「きゅうす」専門店。こうしてみると美しいインテリ兼おしゃれな実用品。 我が家にある英国製のティーポットはどう思う。




ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月22日

橋の上のチケット

d10fbe73.jpgせっかくの晴れ舞台なので、一生懸命告知させてもらっておりますが、たった一日の上演、出演者も二人だけ、しかもいろいろな制約のあるコンクール、ということもあって、なかなか『応援チケット』も苦戦していました。

でも、おかげさまでこのところ、うれしい励ましのメッセージとプレッシャー付きで、チケットのご予約も増えてきました。

そもそも、コンクールにチケット売って一般の方を集客すべきかどうか、当初はやや迷いました。 それなりの人的コストも郵送などの物流コストもかかりますし、その分製作費と稽古時間にまわすべきではないかと、それも正論でしょう。
評価を下してもらう審査員席の厳しい目に全力で向かえば、そのほうが良いのではないかというのも、コンクールとしては賢いのかもしれません。

でも、演劇を構成する三要素は『戯曲・俳優・観客』観客の方の存在なしには、演劇は成立しないもの・・・云々。これは去年参加させていただいた劇団芸術劇場さんの稽古場の板書(写真=HPより)
まさにそういうことだと思います。

よって、いつもどおりたくさんのお客様に見ていただいて、晒されてナンボだと思います。
たしかに、コンクールなのでいろんな制約があります。証明、音響、美術、上演時間、エトセトラエトセトラ、そりゃ思うようなエンターテイメント性あふれる演出はできませんけど、やっぱりお金と時間を投資して見に来てくださる方々をシラケさせるようでは、審査員の人にも評価されないでしょうから・・・。


と、いうことで、一層のご来場のご予約をお待ちしております。
こちらから→

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月21日

橋の上の衣裳

ddf6858b.JPGモードの国、フランス。

とはいえ、おおむね地下鉄で見る市民はショボイ格好してます。貧乏なんでしょうかね。
昔、ぼくは東京に出てきた時もそう思いました。黒とグレーばっかり。きっと、家賃が高いから服買えないんだ、と。

さて、自殺を決意した男と、パパラッチの夜のいでたちは、どんなでしょうね。

いつもなら専門分野ですから衣装は頑張りたいところです。
日本でお芝居をしていて、衣装の優先度(予算的な)は低いし、評価も低いです。低いというより、評論家の知識の及ばないところにあるから、言及されないことがおおいのですね。また、男性の衣装家さんが少ないです。

ということで、フランス現代演劇ですので、いろいろは選択の幅があるのですけれども、今回は意地悪して『アンチ・フランス』を仕込んでおきました。
片方はスタウト(黒)ビールのジョッキを傾ける英国労働者風。ブリティッシュ・カジュアルのジャケット。一目見ればわかるDAKSに、タイトなスラックス。コーデュロイのシャツだけややフレンチ。
一方は、カンパリソーダで乾杯だそうだイタリアの怠け者伊達男風。着込んだスーツは、なんと『ジャン・フランコ・フェレ』(山崎私物)、トレンチコートもイタリア製です。

ま、お二人とも中身はコテコテ日本・焼酎派なんですけど・・・。

写真は、舞台衣装屋さん。フランスでもロンドンでも見かけます。プレイ用のマスクとか、考えてみればとっても安いです。日本では調達困難だし・・・。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月20日

橋の上の日曜日

18ca8330.JPGたぶん、フランスにコンビニはありません。
だいたい、ヨーロッパには馴染みません。

コンビニがあるってことは、一晩中働く人がいて、日曜日も働く人がいるわけです。

コンビニって、ひどいなあと思うことがあります。
オーナーは財産も体も差し出して、昼夜祝祭日休みなく商品売らされて、儲けているのは元締めだけ。さらには、最近では働いているのはアジアのまじめな留学生・・・。 これ、フランスの人に馴染むわけありません。

昔、パリの街で日曜日に、大荷物になって移動が大変だったのでタクシーを拾おうと思ったら、これがいなんですよ。ほとんど。 お店も締まっているところが多いし、日曜日は『稼ぎどき』じゃなくて、『お休み』なんですね。

その点、私たちは日曜日こそ最大の活動日。
ところが、週末の麹町界隈(稽古場があります)は、坐ってコーヒー飲むのも大変で、ドトールコーヒーまで、そんなチェーン店まで閉まっています。
これは、『お休み』なのではなくて、『稼げないどき』からなんですけどね。

そんな、稼げない時間でも、コンビニは元気です。
なにが助かるかって、とにかく『トイレ』が助かります。

公衆トイレも、日曜日お休みだったりするし、コンビニもないし、本当にパリの冬は困りますもの。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月19日

橋の下のプリンセス

35c75ddd.JPG橋の上の、もう一人の『男』は、ジャーナリストです。

ところで、モデルとなっている「アルマ橋」は、ちょうどダイアナ英国王妃が事故死した現場の上になります。いまでも、橋の袂の広場には、ダイアナさんへの献花がなされていました。(写真)

ダイアナさんは、ご存じのように『パパラッチ』に追走されて事故死したことになってます。パパラッチもジャーナリストの一種、彼らの使命感、行動の根拠は『知る権利』と『表現の自由』にある、ということでしょう。

実際は、ここに出てくる男のように、『生活のため、金のため』に、そして仕事上の名誉を得るために、誇りを持って『熱心に働いている』だけなのかもしれません。

一方、追いかけられたダイアナさんにも、当然、プライバシーを侵害されないで穏やかに生活する権利があります。いわゆる基本的な人権ですね。

この『基本的人権』も、『表現の自由』も近代国家では並列に保証されているものですから、どっちが優先するとも言い切れません。 ただダイアナさんの場合は、(よその国ですけど)公人。公人のプライバシーは、やはり少しは制限されるという見方もあります。

今回の「橋の上の男」でジャーナリストの標的にされる男は、ふつうの一般人です。
この一般人が、穏やかに生きる(死ぬ?)権利と、報道の自由との争いです。
いちいち裁判やらなきゃいけないケースなので、それはそれは興味深いです。

それにしても感心するのは、この『橋の上の男〜L'homme sur la parapet du pond〜』を、ギィ・フォワシィさんが書いたのは、そのダイアナさんの事故の何年も前のことなんです。まるで予見していたみたいです。恐ろしいですね。すごいことです。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月18日

橋の上でブレヒト

40891409.jpg試行錯誤という名の創作中、ちょっと悪戯。

というわけで、稽古場のピアノをお借りして、プチ作曲です。
三連符が、とってもシャンソン風です。

歌手が勝手に歌って、伴奏がついてきてくれる、そんなシャンソン風。
このまま歌付きの芝居にしてしまいましょうかね、ミュージカルとまではいかなくても、ちょっとブレヒト風に・・・。

それにしても、単純な音符。。。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月17日

橋の上の喜多善男

ca61e72a.JPG自殺を決めた男の話、島田雅彦さんの『自由死刑』がテレビドラマ化されていますが、『橋の上の男』も、自殺志願者です。

自殺そのものについてや社会情勢については別所で議論するとして、「死のう」と決意して具体的な行動に起こす瞬間の、その状況というのは探求中です。

「ああ、もう死にたいよぉ〜」と弱音を吐くことはあっても、本気でロープで環つくって、踏み台に登ったことはありませんから、どうなんだろうと想像するしかありません。興味深いですけど。

この、橋の上の『男』も、たぶん失うものはもう無くなったか、整理したか、それなりの準備は万端ということですから、身の回りはきれいにしてるのでしょう。
でも、そもそも何が原因なのか、どんな人生を送ってきたのか、台本に書かれているのは「離婚10年、別れた妻とは今でも友達」くらいですから、あとは推察、というか解釈です。 やっぱり金銭問題ですかね?

この人、何が楽しみでここまでの人生生きてきた人なんでしょうか?
その日は朝から何やってたんでしょうね。何時に起きて、何食って・・・。勝負下着ですかね、そして欄干から下を眺めた時は、どんな気持ちだったんでしょう。
この人は、どんな人生を背負ってきたのでしょう。

そんなことを考えるのはいつものことですけど、『自殺者』の当日というのは、想像の幅が広すぎます。 愚痴じゃなくて、面白いです。

それに、自殺ってことは、別に中止しても誰も文句は言わないわけですから、今日じゃなくてもいいわけですしね、その感情の『揺れ具合』も、上演中はにじみ出てくればしめたものです。


さて、どんな『背中』が完成しますやら、お楽しみ。

(写真は、アルマ橋の上のゴミ箱。ここにも人生が。。。)

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月16日

橋の上、工事中

d937c7ef.JPGなんだかんだといって、創作も始めたばかりだし、まだ全行程の1/4くらいなので、のんびり構えてはいたものの、考えてみればあと3週間です。

メンバーの日程もあって、直前にダダダダダと時間を集中して予定していることもあって、いまのところ停滞気味。それも予定通り、かといえば進捗率8%くらいなのかな、ちょっと足が遅いです。まあ、慌てるにはまだ十分早いのと、スロースターターはいつものこと、しかも何のアピールも必要ない旧知の顔、じっくりやってれば良いのです。壮年チームですし・・・。

・・・などと自問自答して自己解決していたのですけれども、今回はコンクール。
スタッフさんへの指示、用意する小道具、美術プラン、そんなの全〜部、前もって連絡しなゃなりません。つまり、早期決定、早期創作、である程度形にしてしまわなければなりません。
1月28日のスタッフさん御前通しまでに、一通り作っておかないといけません。あれっ?稽古予定日そんなにあったっけなあ・・・。

55分の戯曲を40分以内に短縮する作業も、まだ確実にクリアできているかどうかも再度、精緻に詰めておかないといけませんね。さて、また夜更かし・・・。


師走終って、お正月も走り続ける始末。やや焦ろう。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月15日

橋の上のスタッフさん

d463caec.JPG午前中に、劇場の下見がありました。
予選通過の各チームのみなさんとも再会、気が引き締まります。
上演に向けては、それぞれのチームが真剣ですから、いろいろと確認あり、リクエストあり、入念な打ち合わせです。

とはいえ、コンクール出場は全12チーム、それに本公演のみなさんも加わってますから、それぞれのスタッフさんとの打ち合わせ時間はとても限られていますし、ビジョンも多種多様、これを舞台監督の小林さんがまとめてくださいます。
今回はシアターXと違って、はじめての劇場、はじめてのスタッフさん、とても楽しみであり、頼りにさせていただいております。ふつつか者ですが・・・。

そんな新しい出会いの楽しみの反面、気心の知れたスタッフさんの『持ち込み』は、結局できないみたいで、その通告もありました。その点はイタシカタありません。コンクールなので『イコールコンディション』にしなきゃならない、というよりも、短い転換で多チームの上演ですから、各チームがスタッフさん持参してたら大混乱になっちゃいますものね・・・。それにそのほうが、遠隔地からも参加しやすくなりますし、よいコンペティションになろうもんです。

ところですたっふさんといえば、裏方さん・縁の下の力持ち、というイメージですけれども、例えば受付を担当してくださる方なんかは、役者よりも先にお客さんは接するわけです。ここから、いい気分で客席へ誘導してもらえることがどんなにありがたいか、考えてみれば役者さんよりも大変な『パフォーマンス』が求められます。

*写真は、マドレーヌ寺院前のチケット販売所。親切に勧めてもらったチケットを笑顔で渡された時から、観劇ははじまっているのですよね。


ちなみに、劇場は、とてもきれいなブラックボックスタイプで、座席もとても寝心地・・・じゃない坐心地がよいです。『駅直結』については異論があるかもしれませんが、間違いなく駅の真上です。駅は、地下鉄有楽町線の『東池袋』です。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月14日

橋の上のニッポン

20bc54d4.JPG海外の戯曲を日本で上演する場合、特に西洋の作品だとその意義を考えたくなります。

私ら、日本人ですから、白人にも黒人にもなれません。見かけは特殊メイクでなんとかなっても、沁みついた行動までみていると、ちょこまかとボロがでてしまいます。そんなの興ざめです。
でもそれは、そっくりコピーしようと思った場合のこと。オリジナルをそっくりコピーするなら、そのまま持ってくればいいわけで、異なる国、異なる風習、異なる時代、そういう座組みで上演するなら、それなりの相互反応のすえどんな作品になるのか、そこに作品の普遍性みたいなものも発見できて、とにかく楽しみがあると思います。・・・長かったですね。

ラタトューユとかブイヤベースとか、土鍋で作ったら美味しいです。
豚の角煮には、和風のねりからしよりもマスタードのほうが合ったりします。

フランス現代演劇をパリでもカンヌでもなく、豊島区で作ります。
日本語です。宗教も違います。顔も違います。でも、だからこそ。
フランス起源の作品を、それなりに「かぶれ」させて見たい、と思ってます。

ウェッジ・ウッドで飲むフォーションの緑茶オーレ・・になってる気もするですけど・・・。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月13日

橋の上の出演者

1a37aaba.jpg結局、ギィ・フォワシィ・コンクールはなんのコンペティションかというと、演出コンテストでもなければ演技コンテストでもないわけで、やっぱり「ギィ・フォワシィさん」との相互作用を競って見比べるもんだと思います。

このセネガル生まれのフランス人作家さんの世界観をどう理解するか、と考えたときに、やっぱり俳優さんもスタッフさんもあらかじめ『ギィ・フォワシィ作品』を知っている人のほうが良いです。
(ま、前回のグランプリとられたテアトルエコーさんの演出さんは、「応募するまでギィ・フォワシィさんって知らなかった」(当日パンフより)そうですけど・・・。)

今回はコンクールなので、当然スタッフさんはフォワシィ作品熟知の方々、そして私たちの「男」俳優も、以前からフォワシィ作品に触れていた変わり者です。

池澤夏之介さん(写真右)は、名前が思いっきり季節はずれなんですけど、今年の冬精力的に舞台出演していたようで、今年は冬眠はされていないようです。

五位野隆雄さん(写真右)は、コンクールには大問題なことに名前に順位が入っています。しかも五位・・・。縁起は悪くても演技はいいです。てか、五位でも立派ですけどね。さてその五位野さんは、17年も前に、ギィ・フォワシィ・シアターさんの公演で、『大笑い』に出演されていました。バブル崩壊直後、阪神大震災の前の『大笑い』どんなだったんでしょうね・・・。

(ちなみに、今回のコンクールでは、私たちと同じ日にユニット青カイトさんが、この『大笑い』上演されます。)

そんなこんなで、皆様のご来場、ご声援をお待ちしております。



ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月12日

橋の上の原作

00432b3c.jpgL'homme sur le parapet du pont

邦題『橋の上の男』の原題です。
アラビア語です。んなわけありません、フランス語です。

直訳すれば、『橋の上』ではなくて、『欄干の上』になりますね。

僕は、刑務所や少年院に伺わせていただく機会があるのですが、そこには当然受刑者の人たちがいるわけです。彼らを安部譲二さん風にいうと『塀の中』の人たちなわけです。でも、そこで教わった名言がいまでも忘れられません。それは、僕らは『塀の外』にいるのではなくて、『塀の上』にいるのだという認識を持て、ということです。 つまり、いつ何時どちらに転げるか分らないのです。それだけ、紙一重で犯罪は犯してしまうもの、よって『塀の中』にいる人は、特別僕らと違う人たちではないのです。

さて、それを思い出したのが、この欄干の上という表現。あっちに落ちるか、こっちに残るか、微妙なところでみんな存在しているのだと思います。実際、簡単に乗り越えられる橋の欄干、ちょっとした衝動や他人の暴力や、運不運で越えてしまうかもしれません。 あっちに行くのがまだましだ、と判断する人もいます。そう考えてみれば、こっちがそれほどいいものかどうか・・・。やはり、みんな気分は実は欄干の上にいるのかもしれませんね。

ちなみに、『男』は l'homme ですから、英語でいうところの、the man ですね。
これは、『その男』というよりも、広く抽象的に『人間というもの』を指していると思われます。間違っているかもしれませんが・・・。


欄干の上という極限状態におかれた『人間というもの』 どんなになるか、請うご期待。 

ただし、今回の場合、『人間=フランスの自己チューなオッサン』がモデルなんですけど。

*写真は、ギィ・フォワシィ作・『橋の上の男』のフランス語原作本。

ted803 at 12:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月11日

橋の上の理髪師

0cfde8ec.JPGのんびりしているものの、考えてみれば本戦の日までもう一か月無いのです。

今回は本公演と違って、制作雑務もありませんし、美術や照明なども制約がありますから、あれやこれや準備することが少ないのです。 で、安心しきってましたけど、やっぱり時間は大事です。

役者さんにおいて、もっとも熟成に時間がかかるものが、『毛』と『脂肪』。
『毛』は伸ばすなら一月が必要、『脂肪』は落とすならやっぱり一月くらいは・・・。

キャストの池澤さんから、『毛』どうするかと問い合わせありました。彼、油断してるとすぐ坊主にしてしまうので要注意?だったりするのです。毛は短くてもいいけど、お願いだから風邪ひかないでね・・・。

ところでフランス人の人って、先日感じましたけど総じて髪の毛短いですね。坊主も多いです。ジダンも坊主でした。ん、禿? 毛の長いフランス人って、トルシエくらいしか印象にないです。地下鉄で見た限りでは、サルコジさんでも長い部類ってかんじでしたね。
ついでに、ドーバー海峡の向こう側の人々と比べれば特に、『脂肪』も少ないです。

そんな中、第3の男・補欠の僕だけは、今年の初仕事に備えて美容院に行ってきました。ちょうど一か月前の長さに戻さなければならないのです。
ところが、行きつけの美容院お休み。困っていても仕方がないので、わけのわからぬお店に飛び込みました。あれこれと斬新なオプションを勧められるのですけれども、こちとら『毛』が変わったら、写真から取り直さなきゃならんし、大事なんですよ・・・って説明するのも面倒なのですけど、まあ切りました。 感想、「へたくそ!」  
なるほど、こういうときは坊主は楽でいいですよね・・・。

ま、『毛』は一か月で元に戻りますけど、『脂肪』はお正月前に戻ることを祈ります。全員ね。

ted803 at 12:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月10日

橋の上、B5台本

106ebcc5.jpg上演にさいしての『台本』ってものは、全編ちゃんとワープロで打ち直しています。
今回も、予選のときの短縮バージョンも、本戦用の上演台本も、原作本のコピーではなくてオリジナルの台本に製本してます。

これは著作者・出版社に敬意を表してコピーはダメよ・・・というわけではなく、ま、ひとつのスタイルですね。視力落ちますけど・・・。

さらに、扱いやすいサイズになりますし、余白も広めにとれますから、便利でもあるのです。
今回の本戦は広い舞台になりますし、僕らは野外の設定。かなり動きもはいることが予想されます。現在でも、ちょっとした動きを確認しながら創作するにあたって、軽くてコンパクトなオリジナル台本は最適です。

このあと、この『動き』から逆算されて気持ち・動機がくっついてきて、完成度50%を超えてくれば、この台本くんは一仕事終了。稽古中はベンチで待機。
ああ、なんか楽しみになってきましたね、出来上がりが。まだ、ちっとも出来てませんけど・・・。あとひと月がんばります。


*写真はその台本です。予選用はA4,本戦用はB5になりました。
ご希望の方には、サイン入りでプレゼントします・・・って、それこそ著作権無視?。  (てか、サインはいらんか・・・)

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月09日

橋の上の、別役実

d5b004d9.JPG年末に詩森ろばさん演出の風琴工房のアートスペースでの公演で、別役実さんの『受付』を拝見しました。(詳細は12/26のブログで) このとき感じたのですけれども、ギィ・フォワシィ作品は、いわゆる『不条理劇』ではないのですけれど、とっても別役作品とムードが似ている気がしました。

過日、プロデューサーの谷さんから伺ったお話で、以前来日されたギィ・フォワシィさんを文学座アトリエ公演の別役実作品にお連れしたところ、ご自身「とても似ている」との感想だっとのことです。納得です。似てます。お歳も・・・。

風琴工房さんの公演、さらにその後、イヨネスコの『授業』を拝見させていただきまして、なんか僕の勉強のために上演していただいたと錯覚するくらい、とても参考になりました。

味の素のお歳暮セット贈りたい気分です。


*写真はオペラ座。ただし修理中です。しかも裏側。ファントムはどこに・・・?

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月08日

橋の上のフクロウ

dba61372.JPG今度のフォワシィ・コンクールの会場は、『あうるすぽっと』という新しくできた立派な劇場です。 正式名称は豊島区立舞台芸術交流センター。池袋は凄いですね、駅の反対側には東京芸術劇場があって、同じ東口にはシアターグリーンもあるし、まさに演劇の街って感じです。『あうるすぽっと』は、昨年杮落し、有楽町線の東池袋駅に直結、とっても便利な立地です。

あうる=OWLは、フクロウのことです。意図は調べてませんけど、とにかく広い劇場です。単純に10x10m=100屬發離▲ティングスペースと、寝心地の・・坐り心地のよい客席が300。池袋のフクロウは恵まれた住環境です。

ここで、ギィ・フォワシィ作品をやるわけです。私たちのチームの「橋の上の男」は、そのとおり橋の上が舞台となっている作品なので、単純に考えれば広ければ有り難いのです。でも、人生に揉まれている中年男性の、とっても素直じゃない心情の、細かい動き、発言とは全然違っていたりする本音、そんなものを伝えるとなると、大変です。それが魅力ですから、この作品。

今は、どうなるのかお楽しみ。請うご期待、乞うご来場です。


*写真は、コメディ・フランセーズ(フランス国立劇場)前にて。今回なぜか、とっても親切にしていただけました。この広さ(=広い)でも、ギィ・フォワシィ作品は上演されたわけです。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月07日

橋の上の男、日々シャンテ

334d89ad.JPG橋の上の創作場では、いろいろと「仏」作ってます。
仏=フランスなんですけど、いろんな角度からフランス的自己中なエスプリを検証してます。 
まずは前向きに『仏作って魂入れず』。外側から作って内面はあとからたっぷり。
何事も『形から入る』元・最近の若者の私たち(平均年齢40)です。

今日は、なぜかシャンソンが鳴り響く稽古場になりました。
スタンダードを聞きながら、勝手に作曲して創作シャンソン大会。本番にどう関係あるのかまったく解せませんが、ま、これも『仏作り』ということで・・・。

シャンソン=そのまま『歌』っていう意味ですけど、いわゆるイベット・ジローやピアフの歌っていた有名なスタンダードなシャンソン、というのをフランスで聴いたことはありません。ナイトクラブでもテレビでも。それらの黄金の旋律は、現実の生活、パリジャンの日常にあるものではないのですよね。

気のせいかもしれませんけど、イタリアではラジオからカンツォーネが聞こえてきたことが会ったように思いますし、ポルトガルのレストランでは観光用でなくてもファド聴けました。またスペインでは町中がフラメンコを踊って・・るわけはありませんけど・・・。フランスの人って、その辺はドライなのかなあと思ったりしました。


写真は、アルマ橋の欄干の上からみたセーヌ川の夜景。『自由の身投げ』のまえに池澤さん扮する男が眺めていた景色です。ただし、現在のものなのでとっても華やかです。明るいです。セーヌ川下りのデッカイ遊覧船が頻繁に通ります。
この人、本当に死ぬ気あったのかな・・・。

てなわけで、ご来場、ご声援お待ちしております。
www.ted803.net/guyticket2008.html

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月06日

DHC歴20余年

サプリメント漬けです。 よくお世話になるのが、どよよ〜ん なときの覚せい剤代わり、『セントジョーンズワート』です。 お値段やや高め。 それも最近はご無沙汰だったんですけど、常に新商品にはアンテナを張っています。すると、最近見つけたのが『白金ナノコロイド』なんじゃこりゃ? このキャッチコピーがすごいのです。 『プラチナは、サビない』 ・・・で、どうしろっちゅーねん。 ワシの体とどう関係あるのか訳ワカリマセン。 発売元はDHC 叶姉妹がCMしてましたね。化粧品会社で・・・・ と思う人のほうが多いでしょうけど、オリジンは出版社なんです。 D=大学 H=翻訳 C=センター 翻訳モノ、多数手がけている、昔からとっても馴染みのなる会社でした。多角化とはいえ、見事に無関係な業種に参入して成功されたもんですが、どっちの角度でもお世話になってしまいました。 ちなみに、ダイエーの持ち株会社もDHCなんですけどね。 お世話になってません。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 経済 

2008年01月05日

橋の上の男、ラウンチ

08960358.jpgギィ・フォワシィ演劇コンクール、に出品する『橋の上の男』の稽古始めでした。

二次予選の後、半月ぶりの再会です。

あれやこれや、ぐだぐだ話しながら、新しくなった台本の読み合わせ他。
予選で作った部分のおさらいも兼ねて・・・。
やや、セリフやらなんやら、見事にこの半月で忘れてましたね。はっははは。

ともかく、プロデューサーの谷さん(ギィ・フォワシィ・シアター主宰)からの指令その‐絮藥間、については、問題なくクリアできそうです。

コンクール出場チームで、この『橋の上の男』を、上演するのは、我ら『花天月地プロジェクトわがままフランス人上演特別編成チーム(仮称)』のみ。
なので、是非是非ご覧ください、お見逃し無く。 面白い作品です。

2月8日(金)14時〜 と19時〜 の2回
場所は、東池袋駅直結《あうるすぽっと》
お得な?チケットのお申し込みは是非こちらまで隋

http://www.ted803.net/guyticket2008.html

短めの稽古がヒートアップところで、お正月なので景気付けの乾杯。
で、またまたあれやこれや、ぐだぐだ・・・。
ちなみに、この『ぐだぐだ』がとっても大事。これポリシー。
名づけてBESPOKE(ビスポーク)スタイル。
これで交わした情報が後に生きるのさ。

(写真はモデルとなったアルマ橋 

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ギィ・フォワシィ・コンクール 

2008年01月04日

生命保険

健康が取り柄で財産だと思っていますけれども、それでも万一に備えて生命保険に入っております。
でも、かなり無駄もあろうかと思いましたので、ここらでちょっと見直してみようと、あちこちパンフレットを取り寄せて検討し始めております。 誕生日が3月なので、今がいい機会なのです。

で、昔エクセルで作った《自分年表》を開いてビックリ!

長い旅路・・・のはずが、もうこんなとこまで来て・・・。
私の人生、もうあとナンボも残ってないじゃないですか!!
あと何回、桜の花咲く春を迎えられるのだろう。
あと何回、ワールドカップを見られるのだろう。
あと何回、お・・・(放送禁止)

・・・。

万が一に備える生命保険ですけど、晩年の『万が一』は、別に備えなきゃならんこともなし。どうせ一回は死ぬんだし。
すると、この世に必要とされている時間は、本当にもうちょっとしかないんだなあと、そう思って憂鬱になりました。

今、大事にしよう。
今、出来ること。
今、お・・・・(放送事故)


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 経済 | コラム

2008年01月01日

あけましておめでとうございます。

パーソナルな時代だなあ、と思います。

お正月のゲームも、すごろくではなくてDS, 羽根つきではなくてwii、これってみんなで遊んでいるようで、結局個人でやっているんですね。じゃ、家族や友人相手じゃなくてもお正月じゃなくても良い訳です。わざわざ帰省しなくても通信ゲームで出いちゃいますしね。ああ、昔は良かった・・

といって生涯において羽根つきやって顔に墨を塗ったことはないんですけどね・・。


年末は、久しぶりにチャンネル権争いをしました。
「年の瀬は紅白歌合戦だ」という年寄りvs民放支持の若者
この、『頑固年寄りチーム』の一員に、自分が入る日が来るとは思いませんでした。
しかも、平成の頑固オヤジは発言力が弱い。 年末に大掃除のゴミ棄て行くふりして突然勝手にフランス行ったりしただけに、さらに弱い。土産もないし・・。あえなく惨敗です。

しかしここでも、昔ならチャネル権争いに負けたら、あきらめて一緒に観ていたもんです。そこから新しい興味が湧いてきたり、会話のネタが出来たりするものなのでしょうけど、今やテレビもパーソナル。
自室や別室のテレビで見たい番組をみりゃいいわけです。

てなわけで、必死で年賀状書きながら、ワンセグで好きな番組見てます。ヘッドフォンつけて。 このほうがある意味快適なんです。しかもこれなら最初からチャンネル権争いしなくてもいいし・・・。

でも、この味をガキどもに覚えさせたら、なんか寂しい気がするので、一応チャンネル権争いは今後もやろうと思います。負けてやればいいだけです。チャンネル権争いをしてることが大切なんだね・・。

本年もよろしくお願いいたします。


ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 出来事