2008年02月

2008年02月29日

水戸は寒梅

たとえイージス艦長がアロハ着て『羊水腐ってる発言』しても、どうせ世間はすぐ忘れ、巡り来る春は近し。

暇人の噂も7.5日。嫌なことは忘れましょう。


心デッカイ北関東、茨城県にやって参りました。

ted803 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お出かけ 

2008年02月27日

あたご、と名乗るなかれ

そこのけ、そこのけ、話題のイージス艦ですが、その名を『あたご』といいます。
この船、母港が、京都の舞鶴港なのだそうです。

関東の人には結構意外に思われるのですけれども、京都にも海があります。
ま、天の橋立が京都府ですから、有名っちゃー有名なんですけど、日本海側まで、京都府ってつながっています。
いわゆる京都市、京都盆地だけが京都っぽいのですけれども、どっこい漁師もいます。
楽天の野村監督も京都出身ですけど、こっち側のお生まれです。

で、『あたご』ですけれども、京都ってことで愛宕山からのネーミングなのだそうです。
でも、愛宕山ってのは、なんどか登りましたが、京都市右京区あたりから登る山で、もちろん歴史ある、お寺も点在する、いわゆる京都らしい場所です。たしか、高雄山(高尾ではない)も、この一角にあたります。エピソードをたどれば、本能寺の変の前の明智光秀から、合コン帰りの酔っ払い大学生まで、近代日本の喜怒哀楽を呑み込んできた山です。

このずっしり歴史ある『山』のお名前を、『船』なんかにつけるから、機敏に動かなかった。。。わけではないでしょうけど、由緒あるこの山のお名前を、しかも元々そんなに全国区じゃなかったお名前を、こんなことで有名にしてもらいたいくないなあ〜と、思ってます。

どうしても京都にこだわるなら、『きよみず』くらいにしておいて欲しかったかな。そもそも船は女性だし・・。

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2008年02月19日

姉さん、事件です

2f20a9e0.JPGたくさんの事件が起こっております。
ニュース・バラエティ、週刊誌、うっはうっはです。

軍隊関連のひどいニュースもありますが、僕のツボを刺激してくれたのは、以下の破廉恥事件。(未遂)

河田町の某女子医大で、医師(こともあろうに名前は山崎)が、仮眠中の看護師さんに麻酔して乱暴しようとした・・・というのがありました。

しかしこの医師(こともあろうに名前は山崎)、施錠中の仮眠室に潜り込み、麻酔を看護婦さんの「お尻」に注射して行為に及ぼうとしたそうです。この「お尻に」というのが、なんともハードルを高くしたもんだなと思いました。仮眠してても、「お尻」にブスッと無抵抗にやられてしまう人はいないような気もするのですけど・・・。

お医者さんなら、もっといい手(悪い手?)を考えつきそうなもの、もしくはこんなずさんな計画に人生台無しの大博打は打たない、くらいの判断はできなきゃ嘘だろうと思う私(こともあろうに名前は山崎)でした。

当然、この愚かな医師(こともあろうに名前は山崎)は、懲戒解雇され、おそらく刑事訴追されるものと思われます。
で、一般的に考えれば、はこれでせっかくの医師の道も、勤務先も、社会的地位も失ってしまったわけです。

でも、よく考えてみれば、河田町の有名大病院はともかく、全国的に見れば医師不足。おそらく医師免許までは剥奪されないのでしょうから、刑を終えたらどこか離島や過疎の村でも行って、頭を下げてお医者さんをやらせてもらってください。
医師を望んでいる病気の人なら、スカートの上からお尻に注射しないでも、みんなちゃんとケツ出してくれましょう。

その時は、仮名・Dr.コトーとかなんとか名乗ってください。
山崎は名乗らないでください。

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2008年02月17日

おいでました

d9bc2c1f.JPG山口県に行っておりました。

滅多に行く機会などないので、任務終了後、一日足を延ばして、秋吉台から萩・津和野・・・。(津和野は島根県なのですけど)

とにかく、連日「0度」
大雪のあとでもあり、寒かった寒かった・・・。

ここは本州の最西端ですから、東京とくらべると、日の出と日没時間が一時間程度遅いのです。

一時間遅れの、萩の日没は美しかったです。

・・・が、旅館の朝は、まだ薄暗い7時にたたき起こされ、蒲団を上げられ、朝食を出されて、9時には追い出され、近所の博物館のベンチに座って資料ビデオ観ながら寝てました。
現代の生活の中で、もっとも寛げない休日の朝を迎える場所、それが旅館ですね。


とはいえ、初めてのじっくり山口県。 結局、お会いしたかった大先輩とも時間が合わず断念、行きたかった場所も、下関のフグにもありつけない、ストイックな毎日でしたが、妙に落ち着く場所でした。

仕事柄、また来ることがありそうです。みなさん、よろしく。


写真は、津和野=森鴎外さんのお家にお邪魔しましたときのもの。雪です。


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2008年02月16日

中原中也とフランス文学

2b6cc8b3.jpg明治のキムタク(とは誰も呼んでないけど)、詩人・中原中也の記念館を訪ねました。

中也が傾倒したフランス文学、とりわけフランス語は、単語にアクセントが少なくて、フレーズで抑揚をつけやすい言葉なので、「詩」としてとても美しくなります。
日本の短歌や俳句のリズム感とも相容れる、言葉のうつくしさがあるのでしょう。

この、美しい詩的な抑揚、シラノ・ド・ベルジュラックさんあたりにかかれば、女性も口説けます。 松尾芭蕉が口説いていたかどうかは知りませんが、中原中也くらいなら、結構モてたかもしれません。

中也は、京都で女優さんと同棲して、同伴して上京するも裏切られてしまいます。その後、幸せな結婚をしますが、愛息が幼くして死亡、本人も30歳の若さで他界されています。

中也の「詩」も、そろそろ古語の領域に入っていて、まだなんとかギリギリ、意味もムードも理解しながら読めますが、あと何年か経てば、特別に専攻でもしない限り若者には「意味不明」の言葉になってしまうのでしょう。今の国語教育をみていれば確実です。

それでも、他の小説家や作家とおおいに違うのは、「字」が丁寧で読みやすいことです。まるで最近の人が書いたみたいです。さらには、フランス語もとても丁寧できれいに書いていました。 メモ書きが、僕でも読めるのですよ。

前出「シラノ・・」のロクサーヌを感動させる美しい詩の部分、納得できる日本語訳に未だに出会えていないのですけれども、中也が翻訳していれば結構いけていたかもしれません。

蛇足ですが、フォワシィ・コンクールでも、日本の演劇的な表現は各種拝見できましたが、フランス文学らしいアプローチはほとんど無かったように思います。ま、誰も望んでいないようだし、それで良いのでしょうけど・・・。


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2008年02月11日

橋の上の夢の跡

0cbcafb0.jpg受賞報告 コンクール、無事終了しました。

あと一歩、歳の功には及ばず?グランプリは逃しましたが、入賞栄えある「谷正雄賞」頂きました。
結局8名だけだった審査員の先生のうち、僕たちの「橋の上の男」を一位に推してくださる人もいて、他も概ねとても高い評価をしていただきました。ほっとしました。

少し悔しい気もしますが、予選や創作段階でのドタバタ、諸条件を考えれば、立派な結果だったと思っています。

今回は、お客様の拍手以外の『評価を受ける』ということで、とても刺激になりました。オフレコで伺った厳しい講評(@酒場)も参考になりました。全般的に今回はさらにハイレベルになったと言われました。僕も本線に出場した12チームの全作品を観ました。ほぼ、そう思います。この中でちゃんと評価をしてもらったこと、うれしく思っています。 また、たくさんの交流もできました。

でも、そもそもこの手の創作物を「評価する」「優劣をつける」ということ自体、困難なことです。ピカソとマネとドラクロワと東山魁夷と雪舟とジミー大西と、どれが一番で順位がどうだとは決められないです。
そういう意味で、今回のコンクールから「グランプリ」以外に2,3,4,5位という順位づけをしなくしたのは、正解だと思います。
好きなことやって、好きな人が見に来てくれればよいと思います。


上演が終わって気が抜けたのか、熱が出て寝込んでいました。あんまり沈黙していると成績悪かったみたいで悔しいので? 取り急ぎご報告まで。


 *谷正雄さん・・・ギィ・フォワシィ・シアター主宰。日仏演劇の架け橋としてフランスではシュバリエ勲章(芸術文化勲章)もらった、このイラストの・・・おじさま。お世話になりました。


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2008年02月09日

橋の上の舞台裏

b095bf22.JPG上演が終わると、『あうるすぽっと』の広い楽屋は快適です。シャワーもあれば、洗濯機も乾燥機もあり、カーテンコールまでの長〜い時間も、リラックスして過ごせました。
時間のご都合で、全作品を見ることなく帰宅される一部のお客様の訪問を受けたり、モニターを通して他チームのみなさんの作品を観たり、差し入れのお菓子を食べたり、さまざまです。

そこへ、舞台監督のじゅんさん(小林潤史さん)が来られて、優勝した場合の11日のお披露目公演のスケジュールをお知らせ下さいました。グランプリの場合の連絡は、全チームの公演が終了する9日の夜か、翌日(10日)の朝に、ということでした。

舞台監督さんは、劇場に入ると最も偉い人です。忙しいです。なのに小林さん、去り際に僕らのくだらない談笑に乗ってくださって、しばし気持ちよい時間を持たしていただきました。


いま思えば、このときにしっかりお礼を言っておけばよかったのですが、小林さんは
コンクール3日間でお役御免。残りの二日間は川前さんが引き継ぐのです。
なので、この日がお会いできた最後。おしい人を・・・いや、死んだわけではありませんけど。
このスーパー舞台監督コンビ、3日で12の異なった作品、5日でのべ19作品をやっつけちゃう、想像しただけでも偉業をこなしつつ、なんとも穏やかで落ち着いていらっしゃることか。 小林さんといい、川前さんといい、とにかくいい環境を作ってくださって、癒されました。

とっても感謝しております。

ついでに書くと失礼ですが、音響の大野さんのセンスと仕事量には惚れぼれしました。あ〜でも、発注すると高いんだろうなあ〜。やってもらえないかな〜。

そして14種類のステージを作るとなると、想像しただけでも一番大変なのは照明プラン。なので、全然やってもらえないんだろうと思っていたのに、あっさりと対応してもらった小関さんの照明さんチームも、すごいです。

こんな仕事量を正確に捌くには、こういうクルーの存在が不可欠なのでしょう。
経験は力なり。僕ら(全チーム)の上演は、すぐれたバックステージに支えられておりました。


*写真は楽屋。後列左から、五位野さん、お友達の安長さん、永遠のアイドル林裕子さん、前列左から受付手伝ってもらった木川美由紀さん、山崎はさんで、セーヌ川から救助された池澤さん。

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2008年02月08日

橋の上のエスカルゴ

255625c0.JPGギィ・フォワシィ・コンクール、私たちの出場日でした。
本当にたくさんの皆様に応援していただきまして、感謝しています。人生捨てたもんじゃありません。
橋の上の生活、短かったような長かったような、そんな感じです。
応援いただいたお客様、ものすごい制約と作業量の中で優柔不断に付き合っていただいたスタッフの皆さん、なにより俳優のお二人、感謝します。

このあと、明日の最終日4チームの上演後、審査結果発表!を残すのみです。
審査委員の皆さんはおもにベテランの演出家さん、評論家の方、フランス演劇の研究家の方など全部で13名。 
紅白歌合戦のように、中央に一列に並んで審査されないので、どの回に、どこで審査されていらしたか分かりません。
なんかミシュランの調査員みたいですが、いずれもフランス演劇&ギィ・フォワシィ作品を体験され、熟知されている方々です。
僕たちは一応、この筋の方々の「ツボ」は、ちゃんと心得て、ぐいっと押しておいたつもりなのですが、どう見られたことか。

さらにそんな「ツボ」、初めてギィ・フォワシィを見る人にはなんの効果もないんです。ゴメンナサイです。そもそも「ツボ」の位置まちがっているかもしれないし・・・。

フランスといっても、映画とか料理とか、とてもお馴染みなようでもあり、アメリキャンのそれらに比べたら、やはり馴染みが少ないです。 
ワインもコンソメスープもクロワッサンもグラタンもブイヤベースもそれぞれ日本でも親しまれたフランス料理。そのあたりのMENUなら受け入れられやるいと思いますが、ギィ・フォワシィの味ははエスカルゴ級。
ぼくら、カタツムリは食べないです。
どうサーブするかが課題でした。そのまま本場の通りに出すか、サザエの壺焼に注釈を付けて出すか、味噌しょう油味で出すか、 粉砕してミートホープでミンチにするか・・・。

結果、ナイフとフォークでサザエを食べてもらうよりは、箸でエスカルゴを食べてもらおう、と思いました。ま、それがあれです。
 20人に一人くらい『ヤミツキ』になってくれないかなぁ、ギィ・フォワシィの世界・・・。


ギィ・フォワシィは、今回のプロデューサーでもある谷正雄さんの32年の功績で、他の作家に比べたら日本でも結構な知名度を持っていますが、一般にはまだまだ。
 そこで今回、審査員ではありませんが、フランス文学に詳しい友人に、ギィ・フォワシィ作品の感想を求めたら、やっぱり『ベケット』とか『イヲネスコ』という名前が出てきました。不条理じゃなくてブラックなんですけど、雰囲気にてるんでしょうね。
僕は『モリエール』っぽくやったのですけど・・・。

でも、またいつか、コンクールではないところで、この『橋の上の男』を上演できる機会があれば、そのときは『コント55号』でやろうと思ってます。 徹頭徹尾コントで。
今回はその勇気はなかった!(笑)

最後に注釈。作品の本質とは関係ありませんが、舞台となったアルマ橋の下で、カメラマンに追いかけられて逃げて事故して死んじゃった美しいプリンセスへの哀悼と、剣より強いペンの暴力への警鐘を兼ねて、自殺の男には英国・ダックスのジャケットを着てもらいました。 衣装屋の主張でした。


今日の上演、冒頭のマイクパフォーマンス?はさておき、途中からは客席でリラックスして楽しませていただきました。

今は、内にも外にも底にも、感謝あるのみです。

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2008年02月07日

橋の上の男、完了

8fcd1a1b.JPGギィ・フォワシィ・コンクールは始まりました。

初日、コンペティターのみなさんのパフォーマンスを拝見し、ちゃんと読んでない戯曲も、旧知の作品も、それぞれとても興味深いものでした。4作品中、3作品に拳銃が登場しました。フランスらしいのかどうかはともかく、拳銃は、女性でも拳のなかで扱える「パワー」。暴力のなかでも圧倒的に力関係を支配するものです。
つまり、権力の象徴のようなものです。
権力をもったものが、貧しかったり、才能を持っていたり、勤勉であったり、そうでなかったり・・・そういう弱い庶民を支配します。しかし権力は民衆から預けられた借り物、奪われたら弱いものです。そしてとてもフランス的なのは、権力を預けている側の庶民は、「権利」という抵抗手段を持っていて、存分に使用しているとこです。

普通なら、こういう権力者が、美しい庶民の権利の抵抗の前に屈する、そういうドラマができそうなものです。ところが、ギィ・さんの作品のブラックなところは、やっぱりお金と権力を持ってるほうが買っちゃったり、貧乏人が最後まで損をしたり、そういう見事な夢ドラマにたいする裏切りであり、ある意味とっても現実的です。

お金とか権力とかを持っている人たちの都合で、結局生活を翻弄されてしまう労働者や小市民。事実を本音で風刺するとブラックになるものですね。現実社会に夢の出来事はありません。せめて、迷惑な「白羽の矢」があたらないようにしたいものです。


さて、われわれの花天チームは本日で稽古は終了。私の仕事は、あとは用務員です。
やり残したことなし。たぶん。いや、気付かず・・・。
悔いといえば、生のチェロ演奏が実現しなかったことくらいかな。日程が変更になって、奏者の方の都合がつきませんでした。でも、そもそも時間的な関係で困難だったと思いますし、ギィさんの戯曲はなんにも味付けはいらんのです。

平日一日だけの上演にもかかわらず、たくさんの方に応援に来ていただけるとのことです。 

ありがとうございます。
人生、捨てたもんじゃありません。
まだ、捨ててません。


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2008年02月06日

橋の上の自分

f69cb9a4.JPG橋の上を徒歩であるいているとき、または自動車で橋の上を走っているとき、欄干やガードレールのすぐ脇を通っても、さほど恐怖を覚えることもなく、安心して前進できます。

ところが、この欄干やガードレールがなかったら、かなり怖くて、ビビってしまって、まっすぐ歩けないかもしれません。道程が長いと気持ちも参ってしまうかもしれません。

実際は、欄干に触れることもないし、ガードレールに接触する事故も起こしていないで、たとえ欄干もガードレールもなかったとしても、ちゃんと生きていけるのですけど、この精神的な効果ははかり知れません。

自分はどうしてここに存在しているのかと、宗教でもなく、哲学でもなく、ただ自分の存在意義を探してみたりします。自分は世間様の役にたっているのか、誰からか必要とされているのか、そんなことを自分に問うと、返答に困ってします。

でも、僕は誰かのためになっているから存在意義があるということではなく、自分がそのままここに生きていることが、すくなくとも自分にとって価値があるだと思います。・・・わけわかりませんね。

欄干は、誰かがよろめいてぶつからない限り、誰の役にも立っていない。そんなことはないわけです。ぼくは誰かにとって欄干であり、その僕もたくさんの人にガードされて歩いてきました。

幸せに生きることは好ましいです。でも、生きることだけでも幸せです。役に立っているのです。不遇なときこそ、そう信じていたいと思います。

そして、ぼくの歩いている道の傍らにたくさん人が作った欄干があります。
本当に、ありがとうございます。
幸せ者です。

僕はここにいます。
生きています。


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2008年02月05日

橋の上の橋

703d472b.jpg欄干のセットとご対面しました。

重かったです。五位野さん曰く『家具』。引っ越し屋でアルバイトができそうです。

現実のアルマ橋とは違うのですけれども、とても素敵です。
そして、頼りがいのある頑丈さです。
でも、重いです。

ちなみに、写真はパリで買ったものですけれども、こ、これは・・・。

舞台美術の全貌は、当日のお楽しみ。

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2008年02月04日

橋の上は欧州

5cb132db.JPG日本で手広く事業をされている会社が、国内にたくさんの支店や営業所をもっているケースは珍しくありません。岡山支店、長野営業所、札幌出張所などなど・・・。

ところが、こういう企業はワールドワイドに拠点を広げると、「ドイツ支店」「アメリカ現地法人」とか、ずいぶんとケアする範囲が広くなってしまったりします。

でも、実際の仕事内容が違うのでしょうけれども、もし日本と同じやり方で成功を目指すなら、もっと細かく拠点を持ってないとおかしい気もします。

僕らにとって、「外国」は広い意味では共通したカテゴリーであり、なかでも「ヨーロッパ」といえば、アジアともアメリカともアフリカとも違う地域で、またひとつのカテゴリーを形成してます。実際は文化も風習も異なるいろんな国、ドイツだったり、スペインだったり、フランスだったりするわけで、さらにその中でも都会もあれば地方もあって、いろんな層の人がいて、と細分化されるわけです。

外国で紹介されている『日本的』なものをみると、「それは中国だろう」というシーンに遭遇して苦笑してしまったりすることが多々あります。
同じように、僕らがフランスだと思っていても、いいとこ広義で『ヨーロッパ』程度のカテゴリーで、勘違いしていることが多いのかもしれません。

最もフランス的なものは何か、自己チュー、わがまま、エスプリ・・・結論としては、やはりキーワード『フランス革命』。これに起因する『民衆の生き方』の遂行だと思ったりしています。

自由・平等・博愛

パンはなくともケーキはあるぞ!

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2008年02月03日

橋の上で節分

b064490f.JPGミシュランの国、美食の国、フランス。
フォアグラとエスカルゴ、それにピジョンも食します。

フォアグラとエスカルゴよりも、あん肝とサザエのほうがおいしいと思うのですけれども、それより何より、ピジョンはどうも苦手です。

本日、日本は節分。豆を撒きます。鳩は喜びます。

日本では平和のシンボルでもあります。その割には駅や市街地では嫌われてますけど・・・。

パリの街中でも、鳩を見つけました。
東京の街中で鶏がいるようなものですかね・・・?

これは食料になるのかどうか、(ならないいだろうけど)豆鉄砲で捕獲。



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2008年02月01日

橋の上と屋上庭園

03137a14.JPG毎度お世話になっている高津装飾美術さんへ、各チーム相乗りで下見。
相変わらず、『なんでもある』たのもしい倉庫に感激しつつ探検させていただきました。

橋の上の舞台美術は、品数はとても少なく簡素。でも、大きいものばかり。
もっとも重要なのは、オリジナルプランの「ベンチ」なのですけれども、これが狙っていたブツが、街燈ともマッチする最良の品が『先約あり』。
どうやら、岸田国士の『屋上庭園』に使われるみたいです。

日本の大正・昭和のデパートの屋上と、近代フランスの橋の上が、同じベンチで競合するとは・・・。


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