2010年09月

2010年09月30日

威圧することで制御できる限界

孫子の兵法だと、信長のように、威圧することや見せしめが、統率に有効だということを説明してくれています。

それはしかし、戦国時代とか、戦場の話であって、現代社会の人間関係にそのまま適用すべきではないと思います。

「怒鳴れば周りが従う」から気持ちがいいとか、そんなところにリーダーの認識を持っていること自体、間違い。
あれは、危険回避のための現場監督的な由来で、威嚇するためのものじゃないです。

『一発殴ってやらなきゃわかってくれないヤツ』っていうけど、殴ってわかってくれた例を知りません。
催眠術中じゃあるまいし…。

脅迫や威嚇は、その場では一端即効的な効果があるけれども、長い目でみればあまり効果なし。慣れてしまいますし、そもそもそんなリーダーとあまり一緒にいたいとおいませんから。

短い期間の、しかも緊急避難的な場合なら有効なのでしょうけれども、僕はその選択はいかなる時もしません。

もちろん、過去の失敗から学んだことなので、ずっとそうだったわけでもないので、いろいろと反論・つっこみされるかとも思いますけれど(・・・ま、許せ)

それよりも、「失いたくないもの・時間・関係」をたくさん持ちあうことが、協力的に統率できると思います。

みんなに失うものが多くあれば、めちゃくちゃはしない世の中になるんです。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月29日

珈琲の湯気

やっとホットコーヒーの季節。

落ちつきます。

なんとなくホッとします。

アイスコーヒーには香りがないからねぇ。

ささやかなことで、少し気持ちが落ち着きました。
そういう「ささやかなこと」を。たくさんストックしておいたら、それも生きる力なのかもしれません。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月28日

仙人の要素

人様の印象に残りにくい自覚がある身として、よく気づくことがあります。

それは、どの業界でも、出世する人ほど「人間覚え」がいいということ。

例えば名前をド忘れすることがあっても、出会った人の顔と性格とエピソードを、彼らはとってもよく覚えているものです。

実験してみるなら、幼稚園からずっと担任の先生の名前と顔を思い出してみたり、クラスメイトについてコメントしてみたり(勝手に)、携帯電話に登録した名前から、どれだけ早くその人の顔が思ううかぶか、そんなことやってみると面白いです。

申し訳なさそうに「どちら様でしたっけ?」と言われても、あまり悔しくなくなります(笑)

心の中で、「あんた、出世しねーぞ」って。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月27日

洒落たつもりで墓穴

東京新聞の記事。(9/21)

『菅に投票したら党内で小沢に干される。小沢に投票したら地元で選挙で落とされる、というハムレットの心境…』

…ハムレットを読んでますか?記者さんよ。

こういうところで、浅はかさが出る。みっともない。

 

ted803 at 04:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月26日

岡山県人会

渋谷に集結。

東京/岡山 のぞみで3時間ちょっとという現代。業種県人会という発想すら面白い。
みなさんと、いろいろとお話しできて、楽しかったです。

相変わらず、自己紹介が下手なのと、席を動かない奴なので周りの人しかお話できませんでしたけど。
方言が飛び交わないのが、さすがというか、また興味深いところでした。

県内でも地方出身、しかも皆さんのように優秀ではないので恐縮ですけど、ずうずうしく。
この輪が広がっていきますように。


ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月25日

音楽の頑固親父

大J.S.バッハを聴いていると、これがまたまったく癒されないのです。

むしろいろんな感情が無整理に出てきて、頭をかきむしりたくなる感じ。

BGMには向かないです。

そういう意味では、先日は越路吹雪さんの歌を聴いていたら、これまた引き込まれて作業に集中できず。

よい音楽は強い力をもっていて、背景にうっすらと存在するなんてことは許さんのです。



ted803 at 04:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月24日

表現教育の親指に止まれ。

問題なのは、同じような活動をしている人の集まりでも、「劇場法」も「もっと文化を」も「コミュニケーション教育」も、まるでキーワードになってなかったりすること。
つまり、成熟した議論が進む一方で、別の現場ではゴーイングマイパストウェイ。問題点を、共有できていないわけです。

コミュニケーション教育については、よく「総論賛成、各論反対」といわれますけれど、同じく、一般社会の方々を対象に、ドラマを応用した教育とか研修を提案すると、「概して理解、詳細は誤解」ってことがほとんどです。

つまり簡単に言うと、演劇(ドラマ・シアター)と言うと「学芸会」と「観賞教室」というスタイルが、ずっとやり方として定着しているわけです。
それはもちろん、相応の根拠もメリットがあるからなのは認めるとして、ずいぶん我々が向かっているところをの、根本的な考え方の違いを感じます。

「学芸会」で発表して見せて、「観賞教室」で与えられた作品を見る。これで演劇の先入観と、それによる演劇嫌いが生まれてしまって、演劇人口の現状に至っているということも認識しなければなりません。
その結果が、ご婦人とスターシステムしか成り立たない劇場の現状なのだ打としたら、底辺の拡大を阻害している要素、そもそもの誤解はここに生まれているとしたら、その除去は必要な対策でしょう。

教育手法として考えても、演劇が解決すべき教育的課題として「引っ込み思案の子が、人前で堂々と発表できるように」というレベルも含めて、もともと「よい子」を対象に、一歩前進の補助をするだけなら、弱いわけです。

「発表会」のカタルシス効果は、いろいろなものをもたらす代わりに、まずいものを閉じ込めて流してしまうことにもなります。
もっと根本的な問題解決を図れないか、ということろで演劇ならではの要素があるはず。

なので、ワークショップという「試作の場」と、その手法に注目されるわけです。

お仕事の御用命、お待ちしております?


ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月23日

リーダーにとっての結果

自分では納得してないのに、他人様のアドバイスにいやいや従ったとしましょう。

ところが、それが評判がいいと、気分は複雑かと言うと、「何か違う」という後悔は、もしかすると「絶賛」されることによって緩和、というか除去されるのではないかとも思います。
最後には、全部自分の手柄にしたりして。

もひとつ。
相手をけなすのは、圧倒できたとしてもマイナスの事で、なにも産まないことだと思います。
なので、心底はボロクソに思っていても、ダメなものですブラボーと、とりあえず褒めてみると、結果的に状況は好転したりもするのです。

これらを素直に喜べるかどうか、それは性格の問題なのかもしれませんが、どうも生きている限り、次がある限り、「結果オーライ」では満足できない性分見たいです。

じゃ、思い通りやって失敗すればよいのかというと、それはもっと嫌なんです。
失敗すれば、いろんな人に迷惑がかかりますから。

なのでリーダーは、自分の感覚に嘘ついてでも、まずは成功をすること。
でもその矛盾に気がついた時点で、才能の無さを悟って身を引くべき、思っています。


ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月22日

資格のないプロ

プロとアマチュアの違いはなんだ、プロってなんだ、というのが、演劇のように資格制度がなくて、しかも収入に根拠が示せない職域では説明が難しい。・・・というけれど、プロの稽古現場を見てもらえれば、それで説明終了。

俳優さんは、上手なアマとも熱心な学生とも、まるで違うわけです。

またどんな世界でも、プロは、技術以前に「意識」がまったく違いますね。

プロはハングリー。ただし、お金に対してではなくて、自分のプライドについて。

だから、技術を高めようとするし、1円分でもたくさん吸収しようとするし、持ち腐れしないように、無駄にしないように出しつくそうとするわけです。

「意識」だけは、アマチュアでも見習うことができますね。

ted803 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月21日

information



ted803 at 02:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月20日

殺人割り算

小学校3年生に、殺人割り算の口頭問題を出した先生が非難されています。

そんなもん、全国ニュースで吊るしあげるほどのものか、というのが率直な感想だったのですけれども、ま、全国ニュースになるにはそれなりの事情もあるのかもしれません。

こういう、逸脱したことをする先生って、結構理解のある、人気のある先生だったりする記憶があったので、あまり騒がなくても、と思っていたのですけれども、こればかりは、実はもっと大きな問題が潜在していそうだと判断したのかもしれません。
ま、そこは、メディアの判断。

さておき、このときの出題は、
「こどもが18人いました。一日に3人ずつ殺したら、何日でいなくなるでしょう」
だそうです。

これ、算数に協力してあげると、正解は18÷3=6 なんでしょうけど、どうなんでしょうね。

これを、僕らがやっているドラマで回答すると、答えは「いなくならない」
だって、二日目には逮捕されるか、指名手配されるし、二日目からはさすがに子どもたちも逃げるので、6日間も連続殺人がつづくとは考えられません。

さらに、よくよく国語で考えると、というかナゾナゾ的に考えると、何日後かというと、当日が入っているので、正解は「6」でなくて「5」になりますね。

先生は、文章問題の出題はしっかり考えないといけません。

そういう意味で、この問題は失格。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月19日

飯田橋から神楽坂

飯田橋から神楽坂を歩くと、とてもいいムードの色気のある街並みを体験できます。

なかなか、立派なお店は利用する機会はないのですけれども、どの路地にも落ちついた雰囲気があります。

今日は、逆に早稲田通りに向かい稽古集合。
創作の積み残しが役者さんにはなくて、こちら演出のほうにたくさん。いかんいかん。
誰ひとり、無駄な時間は持っていないのですから。

シャンソンの話題で、同時上演の別作品の演出をされる村田先生から、「こ-ちゃん」越路吹雪さんの逸話色々。
越路さんの『愛の賛歌』は、今聞いても、みても、一曲で壮大なストーリーがズッシリと伝わってきます。
まさに代表作であり普及の名作。

ギィ・フォワシィ・シアター35周年公演前半は、僕らの『橋の上の男』とマッチアップで、村田先生選出・今井里美さんと鈴木浩之さんが出演の『派遣の女』が上演されます。そうだ、フランスから来日して、パスカル&ソフィ・マイヤールさんが、同じ『派遣の女』をフランス語で上演されます。

『自殺』を扱った作品を書こうとしている作家の苦悩のお話。
そして、その作家が結果的に生んだ作品が、僕たちの『橋の上の男』、という額縁つきで今回は作ります。

飯田橋から飛び込んで、果たして自殺できるかどうかは分かりませんが、この世に生きる理由、存在する必要なない事の背理で自殺志願する男。そんなことも人の死も、生きるための格好のネタとしてくらいつくジャーナリストのお話。
どうなることやら、いろいろ試しております。

10月24日〜、またフランスっぽくお持ちしております。


ted803 at 05:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月18日

締め切り

世の中にはどうして締め切りとか期限があるのか。

それは、

破るためにあるのだ。

・・・。


すみません・・・。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月17日

谷崎はどうみえる

邦文学や日本を扱った作品の映画化や上演で『これを、外国人の演出家に見せられるとは』と、言わせる作品がたまにあります。

外国人のほうが、日本のことを客観的に性格に誠実にみてくれていることがあるんですね。

もちろん、いまだにチョンマゲ・フジヤマ・ゲイシャレベルの誤解もあれば、商業目的で過剰に美化してもらっているものもありますが・・・。

今年世田谷パブリックシアターで『春琴』が再演されるそうです。
サイモン・マクバーニー演出、もちろん主演は深津絵里さん。

決まったのはモントリオールの受賞の前か後か知りませんが、とりあえず世界的女優による再演感謝。
前回評価はいろいろ聞いていますけど、僕だって、外国の文学を演出をしているわけだし、あの谷崎潤一郎の外国人による扱いは、興味深いものです。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月16日

演説を聞く

オバマ大統領の演説には、名調子もさることながら、しっかりとした、しかも若いスピーチライターの存在があります。

政治家は、その言葉の力で、国を動かし、民衆を納得させる能力が問われます。
そのためのスタッフは、どんなにたくさんいても悪くはないと思います。

以前から、スピーチ原稿や、発声、アーティキュレーションなどの分野は、ご相談いただければ良きスタッフをご紹介できるのではないかと考えていたりするのですが、どちらの政党のどなた様も、そんな発想はお持ちにならないようです。

この原因を少し考えて見つけてしまいました。

民主党の代表選挙では、一国のリーダー候補、渾身の演説が聞けるもんだと思って、期待外れ。
むしろ、街頭の方が良かったのではないかと思います。

しかし考えてみれば、問題はどうせこれ、フルレングスで市民は誰も見ない、ということではないでしょうか。

メディアによって短く、一部は恣意的に編集されたものしかみない習慣になっています。
そしてその解説までゆだねてしまっています。

これじゃ、演説の腕は問われなくなってしまいますよね。

政治家の演説が、ゴールデンタイムに、ノーカットで放送されるような社会が、いいのかどうかはわかりませんが、だれもちゃんと聞かないのでは、上達意欲もなくなりますよね。



ted803 at 05:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月15日

子ども向けと、子どもだまし

『子ども向け』というけれど、野球でも演奏会でも、子どもに見せるのは、大人と同じプロの仕事なわけです。

そこにこそ、彼らはドラマも憧れも見い出すわけで、手抜き・低レベルでごまかされたものは、有害ですらあります。そっちこそR15指定してもらいたいもんです。

子どもには、真意が分からなくても本物を見せることが大事で、『子どもだまし』ではダメ。

その点、なぜか劇場演劇は『子ども』を言い分けに、『だまし』レベルが横行してしまっている恐れがあります。
それじゃ、底辺の拡大どころか業界自滅。まさに敵は仲間にあり。

真の『子ども向け』は、実は大人が見ても楽しいものなのです。
どんなに幼稚におどけてみせても、分かりやすく簡単にしていても、面白いものは面白いし、偽物は偽物。
TV番組をみていると、本当によくその差を感じます。

子どもは、いつか大人になります。
なので、子どもだけの世界にとどめておこうとするのは危険です。
いつか来るおとなの日々、その世界を背伸びして覗き見していればいいのだと思います。

お子様ランチよりも、特盛りや激辛を分けてもらって、吐いて食べ残しながら順応していけばいいと思います。

もともと、洋の東西を問わず、語り継がれてきた童話や神話などは、そういうものです。
ちゃんと、ダークさもエロさも含まれているものが多いです。
それはそのまま見せなきゃダメだと思います。

というわけで、お世話になっている杉並区芸術文化会館てかシンプルに座・高円寺、のプログラム『旅とあいつとお姫様』これはおすすめ。
今回はプログラムとワークショップを手伝ってくれた、コシジさんとミナミさんを同伴してまいりました。

拝見するのは、去年に引き続きでしたが、下敷きにしたアンデルセンのストーリーが愉快で、それの脚本化がまた秀逸。ダラダラしないのスタイリッシュな構成と展開で、ずっと飽きさせません。

イタリアンな簡素でスタイリッシュな美術と、キレのある照明、なんたってKONTAさん(あの)の生楽器含む音楽、俳優の声とコンテンポラリーダンス的な洗練された動き、想像力が膨らみます。

これ、たぶん学校で上演するとなると、避けられるのかオチ。根性ある先生はいないのではないかと思いますが、なんと杉並区の小学校4年生は、これに招待されるのだそうです。

うらやましいやら、すごいやら。
まさに、劇場ならでは。公共劇場ならでは。発想の深さが違います。芸術監督、さすがっ!

是非、ご覧あれ。
http://za-koenji.jp/detail/index.php?id=318

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月14日

瀬戸内海の島

角川映画『悪霊島』のDVDが出ていたらしいです。

Let it be が流れる金田一ということで、なんともいえないムードある作品でした。
金田一耕助は、鹿賀丈史さん。

ところが世界のビートルズの曲を使ったりするもんだから、再販できず再上演もされず、ほとんどお蔵入りになってしまっていたらしいのです。

この例に限らず、著作権って、必要なものだとは思いますけれど、むしろ音楽の普及の足かせになってしまていないか、そんなことは常日頃おもっています。

世に出回り難くしている“ポピュラー”なんて、矛盾しいている気がしますけどね。

ということで、せっかくならもう一度見たいのですけれども、たしかあれ、なぜか映画では広島県に設定が移されていて、不快だった記憶があるのです。横溝作品だというのに・・・。

難の都合だか知りませんが、『妹尾』とか、おもいっきり岡山県の名字だったりしますし、そんなに単純に背骨を動かすことはできないはずなんです。

さておき、脚本は清水邦夫さんだったんだと発見。

さらに見てみたくなりました。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月13日

良き時代の越路

人形町の喫茶店『越路』がなくなっている。

ブリュアンが看板になっている、ベルベットとロートレックの喫茶店。

人形町界隈に出向くことが少なくなっていたのと、都営浅草線がマイルートにならなくなってから、なかなか行く機会がなかったので、久しぶりによってみようと思ったんですけど・・・。

お気に入り、というなら閉店知るくらい頻繁に通えよ、ってもんだがショックです。
どこかに移転とかしてないんだろうか。

落ち着く場所、アルファ派が出てくる場所、贅沢な時間。
本当に、喫茶店らしい喫茶店がなくなっていくなぁ。
固い椅子と分煙の、カップだけバカでかいチェーン店だらけじゃ、寂しいよ。

http://homepage3.nifty.com/cafemania/01cafe/ningyocho_koshiji.html

別件、ディエゴスティーニのCMで、ホンダCB750を見ていたら、漫画『750(ナナハン)ライダー』に出てくる喫茶店のマスターを思い出しました。

 お店の名前は、だしか『ピットイン』。
 マスターは、750ではなくて50ccのモンキーに乗っていた。
 プレスリーの死をタバコの煙でお焼香していた。
 団塊の世代。
 そこに集う高校生の話相手だった。

ってのが、なくなってくんだよな~。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月12日

法廷画家

法廷内の、裁判の様子の写真撮影ははNGですね。

なので、法廷の様子はいつも、スケッチで伝えられるのです。
その早く、正確に、繊細な表情まで、きっちり描く技術には感心します。

でも、法廷内の写真禁止の趣旨からすれば、あんまり上手なイラストを描くのもダメなんじゃないだろうか、という気がしてなりません。

法廷画家さんの仕事を奪うつもりはありませんが、抽選権をやりとしてまで、そんなプロの画家を送り込むというのは、写真撮っているのと同じじゃないんですかね・・。

ビールはダメだが発泡酒はOK、みたいなことになっていますね。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月11日

名刺というツール

名刺を整理。

自分の歴代のいくつかの『分身』も発見しました。

昔に比べて、今のほうが、もちろんカラフルで洒落ている(自賛)のだけれど、内容が連絡先をメモッた程度で薄っぺらいなあ。

名刺には、本人の思いが凝縮されていなと、なかなか分身にはなれないし、直ぐに捨てられてしまいます。

その点、サラリーマンや商売人の方の名刺には、背負っているいろんなものが感じられます。
デザインや、アイデアの問題じゃ、ないんですね。

それに敵わない事を知っているから、公務員、教師、アーティスト・・・名刺を使わない職業の人も多いのだと思いました。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月10日

愛を語るハイネ

今年は、四月に雪が降って、観測史上最も遅いとかどうだとか。

夏は夏で、連続猛暑日がまた記録的な九月。

温暖化だの氷河期だのというけれど、ちょうどいい「春」と「秋」が無くなるんじゃないかという懸念をしてしまいます。

日本は、四季から厳冬・雨季・猛暑の三季になって、このまま春と秋がなくなって、桜と紅葉が見られないなら、日本に住んでいる意味がないぞ。

仕事もないし・・・。



ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月09日

おとなのふでばこ

久しぶりに、筆箱を開きました。

学校に行くことのなくなる社会人からは、まずもって「ふでばこ」なんて使わないし、持たなくなるもんです。

中年学生をやっていたせいもあって、またいろんな書き物をする機会もあって、さらに演出時の七つ道具もはいっていることもあって、僕は未だに「ふでばこ」のお世話になっています。

つまり、いろんな種類のペンや、文房具を必要とすることが多いのです。

大人はふつう、筆記用具一対あれば、それで事足るわけですし、そのほうが格好いいのですけど、「ふでばこ」はそれはそれで便利なもんです。

僕もそうですけれども、日本人は総じて「えんぴつ」が好きなんだそうです。
外国人留学生に指摘されて、そういえばそうかと気づきました。
教授までも鉛筆を使っているのに驚いたそうです。

ぼくの恩師は、かつて「大学生になったら、万年筆を使うのがステイタスだった」と言っていました。
書きなおしのきく鉛筆なんて、子どもの筆記用具だということです。
なので、その先生への答案は、「えんぴつ不可」で、万年筆かボールペンで大きな字、という不文律がありました。
ま、えんぴつだと薄くて読みにくい、ということもあったそうですけど。

僕も、一時期とっても万年筆に凝っていた時期があって、『欧米の製品で、かつ日本語を書くのに適したもの』を、探して集めていました。
しかし、かずかずのインクにまつわるトラブルに見舞われ、今は一本しか使っていませんけど・・。

そして今回ショックだったのは、ふでばこの中の筆記用具が、どれもこれも使用不可状態だったことです。

まだ、インクもあるし、新品同様なのに書けないボールペンの多いこと・・・。
たしかに、ほとんど100均とかコンビニで買ったものを集めているわけですけれども、いくら安くなっても、不良品が多くて使い切れないなら、結局高コストだし、資源の無駄遣いで、環境にも良くないのです。

いいものを一つだけ、という大人の美学を追求したいものです。

ま、無理か、傘しかり・・・。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月08日

ああムネオ

鈴木宗男さん実刑確定。

なぜか、ジャン・バルジャンに重ねてしまう僕は、お人好しなのだろうかしら。

もはや積極的に責めを望む世間でもないなら、だれか積極的にかばう輩がいてもいいんじゃないかと、思ってみたりもしました。

恐ろしいのは、『疑惑の総合商社』という言葉だけが、おおきに印象を作って、残っていること。
実際に、どの事件で何が罪で実刑なのかと、差が出ていませんかね。
ムネオハウスも、アフリカのODAも、そこにはなし。

街のおばちゃんの声「だって、わるいことしたんだもん、ねぇ」というのに凝縮されているように、なんとなく世論ができてしまっていますね。

刑務所は、罰を与える意味もあるのですけど、更生させて社会復帰させるところでもあるわけで、いまさら収監して、三食つきで税金投入してまで、社会復帰をより困難にすることもないのではないかと思いました。

質問主意書、よかったんだけどなあ。




ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月07日

遠回り。

駒場東大前(略してしまうと駒大前)というアカデミックな駅があります。

いろいろとお邪魔する機会があるのですが、なぜか度々、プラットフォームでいろんな事件が起きるのです。
現行犯逮捕シーンに、初めてお目にかかったのもここです。

さておき、渋谷から一駅。この駅一つ、というのが、人間セコイので交通費的に微妙です。
サラリーマンのお使いなら、そんなことは気にしないでいいんですけど、自腹。
駅一つ分に基本料金はらうのが惜しいような、その分歩く時間のほうが惜しいような、汗でもかいて飲み物買ったらもっと損だとか・・・。

ま、しかし、この日も猛烈に暑いので、倒れてもかえって大変、ということで渋谷から電車利用を決断ました。

が、なんと、乗る電車を間違ってしまいました。井の頭線に乗るべきところを、東横線に・・・。
結局、代官山で市場調査をして、バス乗ってタクシー拾って、さらに歩いて、大移動。

費用も、体力も、時間も、全部使ってしまいました。

でも、その間のドタバタで、いろんなものを発見しました。
人も街もウォッチングできました。

そもそも時間に余裕があれば、健康のためにも歩くのは良いことです。
さらに、歩いていると、いろいろアイデアが浮かんできます。

手足の動きは、何か脳みそに直結しているでしょう、行き詰ったらデスクで悩んでないで、街に繰り出してうろうろすることです。

それを、サボっていると、思わないことが大事です。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月06日

ある意味フランスらしい歪みが楽しい

日曜日の昼下がりはフレンチ。

もちろん、ビストロでランチを取るわけではなく、池袋のソバ屋経由で稽古場です。

なんとなく、あーでもないこーでもないと、手さぐりしている段階なのですけれども、今日のところはメンバーそれぞれの座席位置が面白かったのです。

それぞれが、バラバラにいろんな方向向いて読み合わせ。(下図参照)
この、なかなかあり得ないそろわない配置は、まさにフランス風。
個人の自由あってこそ、なんぼです。
20100905g

そんなわがままな人たちの話。厭世家で自殺志願の男と、生活に執着するジャーナリスト。
今回は、とってもハードな男臭さ漂うムードの予感です。

お楽しみあれ。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月05日

芸術文化予算

猛暑です。

これが日本の当たりまえ、になってしまったとしても、改めて買うにはクーラーは高価で、電気代も高いわけです。
清貧自慢の芸術家の知人友人たちの間で、熱中症の死亡者が出ていないだけでも幸い。

文化予算を100倍にして、それを変なハコものをつくるのではなくて、アーティスト支援に直接投資してあげたら、『健康で文化的な生活の必需品』の売り上げが伸びるかも、です。

コートもいき届いてないんだから、経済効果抜群。

つまり、「文化芸術予算をGDP比0.5%に」という芸団協の要望は、巡り巡って経済対策になるということ。

どんな大金持ちの老人でも、一人じゃお金の使途は限られるわけで、その点、お金使いたい芸術家は、たくさんいるぞ〜。

ご署名はこちらから
もっと文化を!

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月04日

肉声によるデジタルアナウンス

あまりに暑いので、避暑のために入ったユニクロ。

お店にいた1分の間に、同じ店員さんに3回も「いらっしゃいませ〜」と言われました。

コンビニもそうですけど、なんか人間を認識すると、機械的に「いらっしゃいませ〜」とかい言うんです。
言うんですけど、ボリュームとか方向が全く調整されていなくて、不気味だったりします。

よく行く洋服店なんてもっと不気味で、至近距離から大声の定型フレーズが飛んできます。

「誰に向かってその挨拶はしているの?」と言いたくなります。
いちいち返事してやろうかと思います。

規程なんでしょうけど、そんな浮ついた言葉は、テープレコーダー以上に耳には入らんものです。
気のきいたBGMにしてくれたほうがましです。
出来れば、70年代のJAZZで。

JAZZといえば、東京ジャズフェス開催中なんですけど、東京フォーラムの入場整理アナウンスも、必死の繰り返しスピーチでした。

「R席のお客様は左へ〜。L席のお客様は右手へお進み下さ〜い」。

ある意味、それは設計ミスか、扉のネーミングミスじゃないの(笑)



ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月03日

編集の功罪

ドキュメンタリー映画も、編集している以上、なんらかの意図が加わるもので、純粋なドキュメンタリーじゃないだろう、という意見があります。

TVなどで、国会中継を朝から晩まで見て、夜のニュース番組でそれを見ると、

「なるほどこういうことだったのか」

と気づくことが多い半面、お気に入りのシーン画カットされて残念なことがあります。

最近では、仕事の傍らストリーミングされていた、事業仕分けの討論について同じようなことを感じました。

しかし、国会中継くらい長いものだと、短く編集してもらうと有難い気もするのですけれども、そうでもないこともあります。

今回の民主の代表選挙の、合同記者会見のやりとりなどなど、みていると、明らかに編集によって曲げられていることに気が付きます。
ちゅーか、自分の感じ方と違っているのが気持ち悪いだけかもしれませんが、出来る限りノーカットで伝えるべき、見るべき、という気がしました。

編集するメディアも、少なくとも発言の時系列を変えてはならないと思います。
とくに選挙に立候補している政治家の演説は、ダイジェストにしてしまっては魂が抜けてしまいます。

本気の演説は、ある意味芸術的な迫力と美しさがあります。
政治家の演説は、一流のパフォーマーに匹敵するものがあります。

ま、最近の方々は、そうでもないですけど。






ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月02日

小金井

師走のような9月の始まり。

早朝から、通勤電車の混雑の耐えがたきを耐えての上京。
いいスーツを着ても、身だしなみを整えても、これだけグチャグチャにされるのだから、割に合わないと思いそうなもの。
さらには、いろんな人がぶつかってくるし、足は踏まれるしで、それでも我慢できる包括的な忍耐強さを、この朝の時間帯で磨いて、それぞれ立派な社会人になっていくのかと、推し量ったりしました。

通勤の不快はあっても、その先には厳しい戦場であり、仲間とともにするお城でもある職場が待っています。
決った日に給料がもらえることはもちろん、さまざまな社会的な身分が保証されます。

そんな「お城」に向かう人達を横目に、僕は房総へトンボ帰り。
この逆向き路線は、見事に誰もいません。
快適と言えば快適。不安と言えば不安。

そして、またまた今度は東京を通り越して、武蔵野の地に移動。
真夏の小金井は、緑も多く、広々としていて、なんとなく良い感じです。

東京湾を裏切って、引っ越したくなりました。

ted803 at 05:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月01日

バカのボンゴレ

2010082713490000
サッカーの代表監督に、イタリアのザッケローニさんが決ったそうです。

僕の経験からすると、日本に関するイメージを聞かれて、「スシ」っていう人は、あまり親日の人ではないことが多いですね。

まさか、まだチョンマゲのサムライが歩いているとは思っていないでしょうが、芸者は気軽に頼めるもんだと考えているかもしれません。

そういう我々も、未だに外国人に接すると、「お箸使えますか?」だったりするわけで、相互理解は進んでいるようなそうでもないような・・・。そもそも全部アメリカ人だと思ってしまっていたりしていましたし。

外国の方からしてみれば、「スシ」に代表されるように、日本は奇妙な食べものが多いように思います。

我々が観ても、よく我慢して食べてるなあ、とおもうことがしばしばありますけど、そのあたりの逞しさと、他人のカラオケに付き合える寛容さがないと、日本では持たないかもしれません。

ま、イタリア人とは食事や遊びは大いに共有できるとは思いますが。

写真は、房総半島の「バカ貝」料理のお店。

バカって、一般には青柳のことなんですけど、なぜか「バカ」と呼び、名物にして看板にしています。
なんとオシャレな国なんでしょうね〜。

ted803 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)