2012年04月
2012年04月02日
審判の「認識」で成り立つのが野球
熱戦続くセンバツ。いよいよ、光星学院が東北勢初の甲子園制覇を達成しそうな気がします。
準々決勝の横浜高校対関東一の試合で、捕手のアピールプレイによるアウトというプレーがありました。
これは、捕手のファインプレーです。ネットではホームベースを踏んだかのような写真がアップされ、「本当は踏んでいるのではないか?」「誤審ではないか?」などという論調があるようですが、問題の本質は「本塁を踏んだ」という事実にはありません。
いかに、選手が審判との間でコミュニケーションするか、ということなのです。仮に踏んでいたとしても、それは審判が「踏んだ」と判定しなければ、それは「踏んでいない」という事実にしかなりません。野球というスポーツは審判の「認識」の上に成り立っているスポーツだということを理解しなければなりません。
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準々決勝の横浜高校対関東一の試合で、捕手のアピールプレイによるアウトというプレーがありました。
これは、捕手のファインプレーです。ネットではホームベースを踏んだかのような写真がアップされ、「本当は踏んでいるのではないか?」「誤審ではないか?」などという論調があるようですが、問題の本質は「本塁を踏んだ」という事実にはありません。
いかに、選手が審判との間でコミュニケーションするか、ということなのです。仮に踏んでいたとしても、それは審判が「踏んだ」と判定しなければ、それは「踏んでいない」という事実にしかなりません。野球というスポーツは審判の「認識」の上に成り立っているスポーツだということを理解しなければなりません。
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