スワローズ

2013年08月26日

ありがとう宮本慎也

昨日の話になりますが、ヤクルトの宮本慎也が引退を決めました。
ちょっと長い話になりますが、お付き合い下さい。

好きな野球選手はたくさん居ますが、私の「人生を変えた」選手は宮本慎也しかおりません。

2000年、私は関西のとある人気弱小球団のファンでした。ある日、その弱小球団とスワローズの試合を見に神宮球場に出掛けました。まだ学生の時です。

試合開始前、スワローズの選手がサインボールをスタンドに投げ入れていました。私は周りが総立ちでボールを取ろうと、手を伸ばしていた時、私は鶏そぼろ弁当をパクパク食べていました。その私の元に突然、背番号6のサインボールが飛び込んできました。

そして、プレーボールがかかり、初回。ツーアウト二塁で、バッターボックスには後に海を渡り、やがて北海道で現役生活を全うする花形プレーヤーがいました。新庄剛志が放った痛烈なゴロは投手の足元を抜け、センターに達しようとしていました。

そのゴロを腕を伸ばして捉え、左足を軸に右回りに一回転した遊撃手は強い送球を一塁に放り、アウトにしたのです。その瞬間、私はガッツポーズをしていました。

一連の動きがあまりにも美しかったからです。そして、その時、私はスワローズファンになったのです。

何と言うか、これは私の人生において大きな出来事だったようにおもうのです。もし、あの時サインボールが飛び込んでこなかったら、あの時ショートゴロを見ていなかったら。多分、うまく説明できませんが、今の私は無いと思っています。

偶然ですが、宮本慎也は私と同じ11月5日生まれです。そんなことも宮本慎也を応援しようと思った一因です。宮本慎也はその年、プロ入り後初のシーズン3割をマーク。単なる守備の人から、名選手への道を開いた年だったと思います。

翌年、スワローズは日本一になりました。私も突如、就職への道が開けて今に至ります。以来、私のスワローズファン人生は宮本慎也と共にありました。

最後にもう一度優勝出来なかった事は残念でしたが、誇らしい野球人生だったと思います。古田、真中、岩村、高津、青木、石川、佐藤真一、、、スワローズの選手はみんな大好きですが、やっぱり宮本慎也が一番でした。

最後は遊撃手として引退してほしい。ショートでスタメンとしてフル出場して引退してほしい。で、センターに抜けそうな当たりを一回転して一塁に送球してほしい。送球の安定しているところが、宮本慎也らしさだと思うからです。

ありがとうございました、本当にお疲れ様でした。宮本慎也さん。

ted9aoki23 at 05:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年10月08日

また会う日まで

古田引退試合 最初から、古田の引退試合の記事は、「また会う日まで」というタイトルにしようと決めていた。だから、最後に古田が「また会いましょう」と言ったとき、とてもうれしかった。


 古田には近いうち、また神宮で会えると思っている。


続きを読む

ted9aoki23 at 00:11|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2007年10月04日

鈴木健引退試合&ラミちゃん200本安打

 やっぱり泣けますねぇ、引退試合は。

 今日は鈴木健の引退試合でした。ウィキペディアを見るとやっぱり天才打者でしたね。

 浦和学院時代がやっぱり思い出深いですねぇ。やんちゃで。2年夏の準決勝で水口栄二のいた松山商に1イニングで10点取られて。谷口ってピッチャー(現上武大監督)がスクリューボール放って。子供時代の思い出です。その水口も今年で引退します。

 西武時代の鈴木健。優勝を決めるサヨナラ本塁打を打った試合、たまたま見に行っていたんですよね。大学時代でした。あの頃は一番輝いていましたね。清原、秋山が抜けて東尾監督時代に連覇を達成しました。投手陣を支えていた石井貴、デニーも今年で引退です。

 ヤクルトにやってきたのは2003年。岩村がケガ、ペタジーニの移籍で手薄になった若松ヤクルトを支えてくれました。鈴木は変化球打ちが本当に上手くて、ストレートをファールで粘って変化球を見逃さないバッティングはなかなか真似できないプレーでしたね。

 その鈴木健にストレートを続けちゃダメですよ。。。

 続きを読む

ted9aoki23 at 23:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0)