6月11日(月)

今日、何気なくスマホを見ていたら、早稲田の政経で2021年度から数学が必須になるという記事がありました。
早稲田大学のホームページで確認したところ、2021年の入試から数学I・Aが必須になるとのことでした。
大学共通試験(現在は、センター試験。2021年度からはセンター試験に代わる試験となります)で、英語、国語、数学Ⅰ・A、理科社会数Ⅱ・Bから1科目選択の合計4科目で100点満点。そして、個別試験でしょうか英語で100点満点の合計200点満点で採点するそうです(詳しくは、早稲田大学のホームページをご覧ください)。

それにしても、なんと英語の比重が高いことでしょう。全200点満点で、125点分が英語です。50%超えです。

ところで、私文型入試では、数学を避けて受験できるケースが多いのですが、早稲田の政経の入試改革が契機となって、私文でも数学が必須となることが広まると良いと私は思っております。
また、理系でも現代文、古文、漢文は必須であるのがよいと思います。
事実、国立大学は、文系でも数学必須、理系でも現代文、古文、漢文必須がほとんどです。国立は、学力のバランスがとれている必要があるのでしょう。

人工知能が普及すれば、学歴なんぞ関係ないという意見を巷で垣間見ますが、せっかく時間とお金をかけて大学で学ぶのですから、人工知能が普及した時代でも役に立つ一生ものの学力をつけたいものです。

そのためには、幅広い分野について、一通り知識を持っていて、かつ原理原則を押さえておくこと。そして、各分野の知識が個々バラバラではなく、相互の関連を理解していることが大切と思います。大学受験で多くの科目を勉強することは、そうした能力を付けるために役に立つのではないでしょうか。

よく、巷では論理的思考が大事と言われますが、偉そうなこと言って恐縮ですが、論理的思考などあって当たり前なのに、何故世間ではわざわざ声高に騒いでいるのかと思うのであります。論理的思考のその先が重要だと思っております。大学で論理的思考を学ぶだけでは、お寒い限りではないでしょうか。

昔のことで恐縮ですが、私が学生のころは、ある意味論理的という言葉は悪い意味で使われることが多くて、「〇〇は、形式論理的だ。」などと使用していました。勿論、論理的なことは必須のことで、決して悪いことではございません。しかしながら、それしかないような理論や意見を、当時は、「形式論理的」と揶揄しているのをよく耳にしました。

ちなみに、私が学生時代に大好きであった論理学の授業では、論理とは「形式論理」であると習いましたので、論理的=形式論理的と私は理解しております。当時は、未だ冷戦時代であり、日本にもマルクス主義が元気に息づいており、今は殆ど耳にすることのない「弁証法的論理」などというものがあったのです。

なんか、とりとめのない「非論理的」な話になってしまいました。

さて、勉強。勉強

                                         

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