てこなのホイップ短歌

生クリームを泡立てるように、 言葉をホイップしてつくった 短歌と一緒の毎日♪ Happy Days with TANKA

会わないことに慣れていく

あの人にもう一ヶ月会っていない
その前は二週間だった
こうやってだんだんと会わないことに慣れていく

〜後略〜

「恋の後ろ姿」より
銀色夏生『あの空は夏の中』


  ❇︎  ❇︎  ❇︎  ❇︎  ❇︎


「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」

今年3月、大阪大学の文学部長金水敏さんが卒業セレモニーで述べた式辞が、ネットで話題になりました。


 〜中略〜



 「恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です」

 「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」

 「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです」


私は文学部文学科日本文学専攻でした。
この言葉に、深く共感します。

人生の岐路、そして、ちょっとしたつまづきや悩みに直面した時、
私の場合は、いつくもの短歌や詩が、心をよぎります。
それは、必ずしも励ますような力のある言葉ではなく、自分の心境と同じようなものだったり、共に悲しんでくれるようなものだったり。
(私の場合は、考える手がかり、というよりは、寄り添ってくれるような言葉ですが)


心の中にしまってあるそういう言葉を、さ、つらい時にふと取り出して、味わってみるのです。

それだけで、どれだけ救われるでしょう。
問題の解決にはならないかもしれませんが、言葉たちが、悲しみや迷いに、寄り添ってくれるのです。

冒頭の銀色夏生さんの詩。
約30年前(‼️)の、中学生の頃に買った写真詩集の中にあった一遍の一部です。
30年の時を経て、今はこの詩を心の奥から取り出しています。



こうやってだんだんと会わないことに慣れていく



今の私に寄り添う言葉を綴っていてくれた人がいたことに、 
救われているのです。

人生に残るものを

いまはただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな 

左京大夫通雅
 


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風邪をひいて寝込んでます。ゴホゴホ…ゲホゲホ
(というわけで、横になりながらスマホから投稿)


ゲホゲホ苦しむ中で、ふと、
生きる楽しみを見出すためにも、ちょこちょこブログを更新していこうかな、
と思い立ちました。

私の残りの人生で(←大袈裟)、あと何ができるかな、と。
何か、残るものをやってみたい。
何ができるだろう、私に。



先日亡くなった小林麻央さんが、
英メディア・BBCによる世界中で影響力を持ち人の心を動かす女性100人
「100 Women(100人の女性)」の一人に選ばれ、同メディアに死に対する"思い"を寄稿していました。

「病気になったことが私の人生を代表する出来事ではない」
「私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです」
と。


わたしの人生も、そんな風に言えるような、色どり豊かなものにしたいと思います。


というわけで、前よりは多く更新していこうと思います。
もちろん、短歌を添えて。

まずはゲホゲホを治さないと。

会えなくなる春

会えなくなる春を受けとめ太陽のようなオレンジケーキを焼きぬ


(城戸真紀「コスモス」2017/6月号) 


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いつのまにか4ヶ月近く経ってしまいました…。
季節は春を通り越して、もう梅雨…
もうすぐ夏ですね


春はお別れの季節でもあり、私は冒頭の歌のような気持ちで、
この春を迎えました。
ひとりで考えていると、すべてはお別れのためのやさしさだったのかな、と
悪い方ばかりに傾いてしまい、エーンと泣いていました。

そんな時、実家から送られてきた、天国のおじいちゃんの育てたオレンジ。
そのオレンジでケーキを焼いたら、なんだか太陽のような、
まぶしいケーキができたのです。 

会えなくなる春を受け止めるのは、とても悲しいけれど、
少しだけ、受け止める強さが生まれたような気がしました。


…けれど、その心配は杞憂に終わり、春のお別れはなかったのです。

よかった。
もう会えない…のでなければ、
これからも会える望みがあるのなら、
それだけでいい。
そう思っていたのに、春が過ぎて夏へと移り変わる今、
私はまた、贅沢になっているのかもしれません。

今は会えなくても、まだ未来がある。
夏がある。秋がある。冬がある。

だから、贅沢を言ってはいけないよ。と、自分に言い聞かせなきゃ。

この歌を詠んだときの、切ない気持ちを忘れないように。


あ、ケーキの周りにいる猫ちゃんは、羊毛フェルトでつくりました。
ケーキの上に乗っているチョコレートの猫ちゃんと同じ、ディズニーのキャラクターです。
白がマリーちゃん、灰色がベルリオーズ、茶色がトゥルーズです
羊毛フェルトのマスコット作りも、楽しいです♪

 

何ができるかな?

猫の日、ですね!

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やってみたいこと〜YouTubeで短歌の読み聞かせ〜

9年間ほど続けてきた「短歌の読み聞かせ」や「短歌授業」や「家庭教育学級」など。

昨年、次女が小学校を卒業し、読み聞かせの機会もなくなり、
今はもう、何にもやってないんです。

でも、小学校での短歌の読み聞かせは、とても楽しいものでした。
最終的には、授業より、朝の15分間ほどで行うこの「読み聞かせ」が、
一番楽しく、カジュアルで、良かったような気がします。
授業では、短歌を作るところまでやりますが、
読み聞かせでは、
絵本を読み、絵本の内容を短歌にした後は、
「機会があったら作ってみてね〜」くらいで終わり、実際には作りません。
でもまずは、「短歌って面白いね!」「また読み聞かせしてね!」って
思ってもらうくらいが良かったのかな、と思います。


個人的にヒットだった絵本のが、

 
この本です。

普段は喋らない色々な「モノ」が、おしゃべりしてくれるという内容で、

「◯◯◯◯が おしゃべりしたら こう言うよ」(上の句)

「◯◯◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯◯◯」(下の句)

と言う具合に短歌にしていきます。


ペープサートも用意して、楽しくやりました。
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でも今は、やる機会がなくなってしまって。
ちょっと残念だなあ、と思っています。

そこで、YouTubeで、こういったものができるかなあ?と、
以前から考えていました。

でも、他のことにうつつを抜かしていて、実行には移せないまま…。


だけど今また、こっちに流れが来ているような気がします。
調べて、準備してみようかなあ。

できることに限界はあるし、9年間やってみても、正直、あまり需要はないのかな、
と感じているけれど、「辞めないこと」って大事だと思うから。

「短歌の楽しさを、子供たちに知ってもらいたい」
その思いは、ずっと、私の中にあるのです。

 
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