このブログで過去に、奇妙な直列配置?東有田~月隈山という記事があったのを皆さんは覚えておられるでしょうか?このとき私は、テレポート出口で最寄りのものを含むいくつかの神社が”完全に直列配置”している不思議さについて提示しております そして、それはなんらかの手がかりになるであろうことも予想しておりました
今回それについていくつかの考察をし、回答となるものを得ましたのでご報告させていただきたいと思います
先ず、再掲しますがこれがそのときの奇妙な直列配置の図です 高速道路建設により静寂を乱された神社たちを調査していた結果、偶然これを発見しました

で、最終地点にあたるのが月隈神社(月隈山/月隈公園)であることを提示しました
こちらがその山の全体像 これは日田の観光地である豆田町にて写したものです

大分合同新聞の記事によりますと、先月の大地震によってこの月隈山は一部が崩れてしまったそうです 歴史ある場所でありとても残念です

さて、この月隈神社を調査してもなにも浮かび上がってこず困っていたんですが・・・
「もしやここを最終地点としたのは誤りだったんじゃないか?」と気づいたところ、一気に進展したんです!
実はもっと先、この直列配置の延長線上に解決の糸口がありました
この図のように延長線を延ばしていくと・・・ちょうど「日田小迫辻原(おざこつじばる)遺跡」という場所にぶつかるのです 地名でいうと「日田市大字小迫地区」です

この遺跡、弥生時代の生活様式を知ることの出来る貴重で巨大なものです
一説にはその歴史的考古学的価値は、有名な佐賀の吉野ヶ里遺跡に匹敵する、といわれています
(いわゆる「筑後川三大遺跡」として、佐賀の吉野ヶ里遺跡・甘木の平塚川添遺跡とともに日田のこの小迫辻原遺跡が挙げられているのです)
この場所こそが、最終地点とするにふさわしい場所だと私は思いました
ではここを基準点としてなにをすればいいでしょう?
私はこの場所における「日の出」の方角と、「奇妙な直列配置」になんらかの相関があるのではないか、考えたわけです
で、やはり日が最も長い「夏至」あるいは日が最も短い「冬至」をチェックしてみました
・黄色で示したのが、夏至or冬至の日の出/日の入りの方角
・緑色で示したのが奇妙な直列配置
①冬至の日の出の方角をチェックすると・・・うーむ、関係ありそうではありますが、やっぱり無関係っぽい
②夏至の日の出の方角をチェックすると・・・これはぜんぜん違いますね

日の出日の入時刻マップというサイトを参考にさせていいただきました、ありがとうございます
おや???この夏至の日の出なんですが・・・ちょっとよくみますと気になる点がひとつ
この方角にドンピシャな位置に「宇佐神宮」の総本社がありますね、これってただの偶然ですか?ちなみに直線距離で46kmです
ふむ、同様に夏至の日の入りの方角もチェックしてみますと・・・なんとその方角にドンピシャな位置に「大宰府天満宮」があります!直線距離で42km
驚きの事実です 小迫辻原のこの地は、非常に著名で歴史あるふたつの神社と「夏至」というキーワードで密接に結びついている、ということが判明しました しかも、両社ともその距離は44+/-2kmとほぼ等しくなっています 偶然ではありえない!
この事実のみを持ってしても、この地が超重要な場所であったことを証明するものといえます
えーと、話を「奇妙な直列配置」に戻しましょう
冬至も夏至も無関係だったので、逆に”日の出の方角がこの直列と一致するような日付”というものを確認してみました
すると、得られた日付は2月3日でした
上図の赤色で示したラインが2月3日の日の出の方角です 緑の線と一致していますね
この日付がなにを意味しているか、というと・・・立春(=節分)です!
神社の祭事、という意味での立春は、すなわち”新年を迎える日”です
おどろきました!この小迫辻原という場所から「元旦の日の出」を望んだとき、その方角はこの「奇妙な直列配置」と完璧に合致するのです!
(写真はテレポート出口トンネルの真上の山々)
元旦の日の光はこの山々の頭上を通過して、小迫辻原遺跡へと到達する・・・

話は幾分それます
この遺跡は弥生時代ということで紀元前3世紀~紀元後3世紀くらいなわけです
一方、宇佐神宮建立;8世紀725年で、太宰府天満宮建立;10世紀905年となっており、この小迫辻原の指導者から「この地点からみて、ある特定の方角/距離に建立せよ」という指示があった可能性というのはあり得る話のような気がします はじめにこの場所ありき、です
ところで、唐突なんですが卑弥呼の邪馬台国の時代はというと・・・1~3世紀!小迫辻原遺跡の時代と符合します そして邪馬台国九州説、というものをみますと上述の宇佐神宮、大宰府天満宮の両社が、ひんぱんに現れるんですよね(成り立ちに関連が深い、とのこと)
そう考えると、今回の夏至の日の出/日の入りの方角に両社が突如あらわれたのは必然としか考えられず、卑弥呼との関連で語られるべき事柄のような気がするんですがいかがでしょうか
もうひとつ
この遺跡とまったく同時期に、その近所からきわめて重要な文化財である鏡が出土しています
----------
「金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡」は、大分県日田市日高町 東寺にあったダンワラ古墳
(1933年消滅)
から出土したとされる弥生時代中期(1世紀~3世紀)の鉄鏡だ。国の重要文化財
に指定されている。ダンワラ古墳は竪穴式古式古墳だったらしい。
ハッシー27のブログ 「旅 212 小迫辻原(おざこつじばる)遺跡
と 金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡 」 より引用
----------
ハッシー27様、参考にさせていただきました
これなどからもやはりあるイメージが想起されます
弥生時代のこの地の強力な指導者だったものが持つ鏡、そしてその鏡は女性を象徴している・・・そしてまた鏡は呪術者(=シャーマン)の象徴でもある・・・
すなわち卑弥呼のイメージがどんどん膨らんできてしまいます!
なんだか奇妙な接点です 偶然発見した直列配置が、小迫辻原遺跡を通じて邪馬台国へとつながる・・・?
私のテレポート体験の原因が、はるか大昔の卑弥呼の存在にまで遡れる・・・なんて、いくらなんでもちょっとこれは飛躍しすぎですね(笑
まあ、邪馬台国の話はさておき、
この地において強力な指導者のもと、大規模なコミュニティが形成されていたのはまちがいないわけです
そしてその指導者には、やはり右腕として「呪術者(シャーマン)」のような人物がついていたのではないでしょうか(あるいは、指導者=呪術者自身、ということも十分あり得る)
呪術者は大自然のパワー(水だったり火山活動だったり)に関する感覚に優れ、それゆえ上記のようなある特定の方角について熟知し、それを神聖視し大切にしてきたのだと思います
そういった彼らの大切にしてきた知見の一部が、我々が住む現代まで消滅せずにうけつがれてきた・・・
それが顕在化したのが「奇妙な直列配置」なのではないか、と私は確信しています
というわけで、実際にその場所に行ってきました!
看板はあるのですが、非常に殺風景・・・当時の建物のレプリカとかあっても良さそうなものですが

説明看板1
過去に一旦大規模な調査を行ったようです しかし、現在は埋め戻されてしまい農地となっています

説明看板2
居館跡、環濠集落の様子が説明されていますが、卑弥呼や邪馬台国といったものとの関連については記述なしですね

実際にこの場所を訪れてひとつ疑問が浮かびました
小迫辻原遺跡の場所は標高125mほど 現在の日田盆地の一番低い平地(たとえば日田市役所周辺)は85m 不思議です、生きるうえで大切なのは水すなわち川なわけですが、なぜ川面から40mも高いところに大規模なコミュニティができていたのか・・・?もっと川べりに近いところに作ればよかったんじゃないのか・・・?
これってつまり弥生時代には現代よりも40m高いところに潤沢な水が確保できていた、ということを意味しているんだろう、と私は考えます
以前の記事で書いた、幻の日田湖のイメージ(シリーズ)と見事に重なります
すなわちこの地は当時、湖のほとりにあり、非常に近い位置で水産資源を享受することができたということです
それとともに潤沢な水を得て灌漑を行い、稲作を発展させることもできました
もちろん周囲の山々からの様々な糧も得られていたことでしょう
豊かで理想的なユートピアが想起されます・・・
弥生時代には日田湖がまだ存在していた、という傍証が得られて私としてはとても満足です!
休耕地になっているのかな、クローバーが一面に広がってとてもすがすがしく気分が良い空間です

こんな素敵な景色をみながら、
テレポートの出口で発見した、神社が連なる「不思議な直列配置」
私はこのラインが、テレポート事象に対するセーフティネットだったように思えています
たとえばF1レースとかでコースアウトしたときに、安全のために柔かいモノが敷き詰めてあって車へのダメージを最小限にするようなかんじです
これがなかったら、まさしく本当の目的地(=水分エリア)までノンストップで飛ばされ、時空をさまよい続けることになっていたかもしれないのです
改めてこの直列配置の存在とその重要性に感謝したいです
そんなふうにクローバーに囲まれながら思う管理人でした
実はこの小迫辻原遺跡、新規の場所を掘り起こしている最中でした!ナイスタイミング!
日田市教育委員会の管轄のもと、この写真のように遺跡調査が行われているようです

ぜひなにか、いい手がかりとなるものを発見して欲しいものです
邪馬台国が日田にあった、となれば素敵ですね!期待しています!
私もしばらく目を凝らして土の表面を眺めてみたんですが、なんにもみつけられませんでした
鏡とかみつけられたらすごいことですよ

今回は以上です
私が発見した奇妙な直列配置は、弥生時代のこの地の指導者(呪術者)が仕掛けたものであった、というのが今回の結論であり宿題の回答です!
ひとつの大きな謎を解くことができて満足しています
ではまた
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今回それについていくつかの考察をし、回答となるものを得ましたのでご報告させていただきたいと思います
先ず、再掲しますがこれがそのときの奇妙な直列配置の図です 高速道路建設により静寂を乱された神社たちを調査していた結果、偶然これを発見しました

で、最終地点にあたるのが月隈神社(月隈山/月隈公園)であることを提示しました
こちらがその山の全体像 これは日田の観光地である豆田町にて写したものです

大分合同新聞の記事によりますと、先月の大地震によってこの月隈山は一部が崩れてしまったそうです 歴史ある場所でありとても残念です

さて、この月隈神社を調査してもなにも浮かび上がってこず困っていたんですが・・・
「もしやここを最終地点としたのは誤りだったんじゃないか?」と気づいたところ、一気に進展したんです!
実はもっと先、この直列配置の延長線上に解決の糸口がありました
この図のように延長線を延ばしていくと・・・ちょうど「日田小迫辻原(おざこつじばる)遺跡」という場所にぶつかるのです 地名でいうと「日田市大字小迫地区」です

この遺跡、弥生時代の生活様式を知ることの出来る貴重で巨大なものです
一説にはその歴史的考古学的価値は、有名な佐賀の吉野ヶ里遺跡に匹敵する、といわれています
(いわゆる「筑後川三大遺跡」として、佐賀の吉野ヶ里遺跡・甘木の平塚川添遺跡とともに日田のこの小迫辻原遺跡が挙げられているのです)
この場所こそが、最終地点とするにふさわしい場所だと私は思いました
ではここを基準点としてなにをすればいいでしょう?
私はこの場所における「日の出」の方角と、「奇妙な直列配置」になんらかの相関があるのではないか、考えたわけです
で、やはり日が最も長い「夏至」あるいは日が最も短い「冬至」をチェックしてみました
・黄色で示したのが、夏至or冬至の日の出/日の入りの方角
・緑色で示したのが奇妙な直列配置
①冬至の日の出の方角をチェックすると・・・うーむ、関係ありそうではありますが、やっぱり無関係っぽい
②夏至の日の出の方角をチェックすると・・・これはぜんぜん違いますね

日の出日の入時刻マップというサイトを参考にさせていいただきました、ありがとうございます
おや???この夏至の日の出なんですが・・・ちょっとよくみますと気になる点がひとつ
この方角にドンピシャな位置に「宇佐神宮」の総本社がありますね、これってただの偶然ですか?ちなみに直線距離で46kmです
ふむ、同様に夏至の日の入りの方角もチェックしてみますと・・・なんとその方角にドンピシャな位置に「大宰府天満宮」があります!直線距離で42km
驚きの事実です 小迫辻原のこの地は、非常に著名で歴史あるふたつの神社と「夏至」というキーワードで密接に結びついている、ということが判明しました しかも、両社ともその距離は44+/-2kmとほぼ等しくなっています 偶然ではありえない!
この事実のみを持ってしても、この地が超重要な場所であったことを証明するものといえます
えーと、話を「奇妙な直列配置」に戻しましょう
冬至も夏至も無関係だったので、逆に”日の出の方角がこの直列と一致するような日付”というものを確認してみました
すると、得られた日付は2月3日でした
上図の赤色で示したラインが2月3日の日の出の方角です 緑の線と一致していますね
この日付がなにを意味しているか、というと・・・立春(=節分)です!
神社の祭事、という意味での立春は、すなわち”新年を迎える日”です
おどろきました!この小迫辻原という場所から「元旦の日の出」を望んだとき、その方角はこの「奇妙な直列配置」と完璧に合致するのです!
(写真はテレポート出口トンネルの真上の山々)
元旦の日の光はこの山々の頭上を通過して、小迫辻原遺跡へと到達する・・・

話は幾分それます
この遺跡は弥生時代ということで紀元前3世紀~紀元後3世紀くらいなわけです
一方、宇佐神宮建立;8世紀725年で、太宰府天満宮建立;10世紀905年となっており、この小迫辻原の指導者から「この地点からみて、ある特定の方角/距離に建立せよ」という指示があった可能性というのはあり得る話のような気がします はじめにこの場所ありき、です
ところで、唐突なんですが卑弥呼の邪馬台国の時代はというと・・・1~3世紀!小迫辻原遺跡の時代と符合します そして邪馬台国九州説、というものをみますと上述の宇佐神宮、大宰府天満宮の両社が、ひんぱんに現れるんですよね(成り立ちに関連が深い、とのこと)
そう考えると、今回の夏至の日の出/日の入りの方角に両社が突如あらわれたのは必然としか考えられず、卑弥呼との関連で語られるべき事柄のような気がするんですがいかがでしょうか
もうひとつ
この遺跡とまったく同時期に、その近所からきわめて重要な文化財である鏡が出土しています
----------
「金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡」は、大分県日田市日高町 東寺にあったダンワラ古墳
(1933年消滅)
から出土したとされる弥生時代中期(1世紀~3世紀)の鉄鏡だ。国の重要文化財
に指定されている。ダンワラ古墳は竪穴式古式古墳だったらしい。
ハッシー27のブログ 「旅 212 小迫辻原(おざこつじばる)遺跡
と 金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡 」 より引用
----------
ハッシー27様、参考にさせていただきました
これなどからもやはりあるイメージが想起されます
弥生時代のこの地の強力な指導者だったものが持つ鏡、そしてその鏡は女性を象徴している・・・そしてまた鏡は呪術者(=シャーマン)の象徴でもある・・・
すなわち卑弥呼のイメージがどんどん膨らんできてしまいます!
なんだか奇妙な接点です 偶然発見した直列配置が、小迫辻原遺跡を通じて邪馬台国へとつながる・・・?
私のテレポート体験の原因が、はるか大昔の卑弥呼の存在にまで遡れる・・・なんて、いくらなんでもちょっとこれは飛躍しすぎですね(笑
まあ、邪馬台国の話はさておき、
この地において強力な指導者のもと、大規模なコミュニティが形成されていたのはまちがいないわけです
そしてその指導者には、やはり右腕として「呪術者(シャーマン)」のような人物がついていたのではないでしょうか(あるいは、指導者=呪術者自身、ということも十分あり得る)
呪術者は大自然のパワー(水だったり火山活動だったり)に関する感覚に優れ、それゆえ上記のようなある特定の方角について熟知し、それを神聖視し大切にしてきたのだと思います
そういった彼らの大切にしてきた知見の一部が、我々が住む現代まで消滅せずにうけつがれてきた・・・
それが顕在化したのが「奇妙な直列配置」なのではないか、と私は確信しています
というわけで、実際にその場所に行ってきました!
看板はあるのですが、非常に殺風景・・・当時の建物のレプリカとかあっても良さそうなものですが

説明看板1
過去に一旦大規模な調査を行ったようです しかし、現在は埋め戻されてしまい農地となっています

説明看板2
居館跡、環濠集落の様子が説明されていますが、卑弥呼や邪馬台国といったものとの関連については記述なしですね

実際にこの場所を訪れてひとつ疑問が浮かびました
小迫辻原遺跡の場所は標高125mほど 現在の日田盆地の一番低い平地(たとえば日田市役所周辺)は85m 不思議です、生きるうえで大切なのは水すなわち川なわけですが、なぜ川面から40mも高いところに大規模なコミュニティができていたのか・・・?もっと川べりに近いところに作ればよかったんじゃないのか・・・?
これってつまり弥生時代には現代よりも40m高いところに潤沢な水が確保できていた、ということを意味しているんだろう、と私は考えます
以前の記事で書いた、幻の日田湖のイメージ(シリーズ)と見事に重なります
すなわちこの地は当時、湖のほとりにあり、非常に近い位置で水産資源を享受することができたということです
それとともに潤沢な水を得て灌漑を行い、稲作を発展させることもできました
もちろん周囲の山々からの様々な糧も得られていたことでしょう
豊かで理想的なユートピアが想起されます・・・
弥生時代には日田湖がまだ存在していた、という傍証が得られて私としてはとても満足です!
休耕地になっているのかな、クローバーが一面に広がってとてもすがすがしく気分が良い空間です

こんな素敵な景色をみながら、
テレポートの出口で発見した、神社が連なる「不思議な直列配置」
私はこのラインが、テレポート事象に対するセーフティネットだったように思えています
たとえばF1レースとかでコースアウトしたときに、安全のために柔かいモノが敷き詰めてあって車へのダメージを最小限にするようなかんじです
これがなかったら、まさしく本当の目的地(=水分エリア)までノンストップで飛ばされ、時空をさまよい続けることになっていたかもしれないのです
改めてこの直列配置の存在とその重要性に感謝したいです
そんなふうにクローバーに囲まれながら思う管理人でした
実はこの小迫辻原遺跡、新規の場所を掘り起こしている最中でした!ナイスタイミング!
日田市教育委員会の管轄のもと、この写真のように遺跡調査が行われているようです

ぜひなにか、いい手がかりとなるものを発見して欲しいものです
邪馬台国が日田にあった、となれば素敵ですね!期待しています!
私もしばらく目を凝らして土の表面を眺めてみたんですが、なんにもみつけられませんでした
鏡とかみつけられたらすごいことですよ

今回は以上です
私が発見した奇妙な直列配置は、弥生時代のこの地の指導者(呪術者)が仕掛けたものであった、というのが今回の結論であり宿題の回答です!
ひとつの大きな謎を解くことができて満足しています
ではまた
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