2018年12月03日

IMG_20181201_115955噴水班キャップの松崎さんから、「『楽しき哀しき昭和の子ども史』(小泉和子編著、河出書房社刊)に、私の名前と著書名が載っている」という連絡をいただき、さっそく購入しました。

編著者の小泉和子さんは、登録有形文化財昭和くらし博物館の館長さんです。この本は、「昭和のくらし博物館」の第14回企画展「楽しき哀しき昭和の子ども」をもとに書かれたご本です。
昭和に子供時代を送った人々には懐かしい遊園地や、お菓子など、写真もたくさん掲載されています。

さて、私が登場?するのは、「屋上遊園の最盛期」の項です。「観覧車史研究家」として紹介されています。土井文化運動製作所がデパート屋上に観覧車を納入したのは、1954(昭和29)年に広島市の天満屋百貨店が最初─。という内容です。『観覧車物語』を参考にしていただきました。拙著をお読みくださり、また引用していただきまして、ありがとうございます。
これは土井万蔵(土井文化運動製作所)が設置した観覧車を、『遊園地の文化史』(中藤保則著)から抜き書きし、『観覧車物語』の228ページにリストアップしたものです。 ここで私は、「日本初の屋上観覧車」について、まだ調べていなかったことに気づきました。
1950(昭和25)年、浅草松屋デパートの屋上に、水平に回転するスカイクルーザーが設置されました。これを観覧車とするなら、スカイクルーザーが「日本初の屋上観覧車」と言えますが、「水平はあかん、垂直に回転するのが観覧車」という意見もあると思います。
そこで、垂直に回転する、日本初の屋上観覧車を少し調べてみました。

IMG_20181201_121015々島天満屋 1954(昭和29)年5月1日
月日は『天満屋150年史』を参考に推測したものです。『遊園地の文化史』には「昭和29年春」と記載されています。社史によると、1954年5月1日、天満屋は改築開店をしています。おそらくこのときに、観覧車を初め、遊戯機械が設置されたのでしょう。



IMG_20181201_120932¬掌轍飴團リエンタル中村百貨店 1954(昭和29)年5月28日
オリエンタルビルの社史『オリエンタルビル─1952-2002 50周年記念誌』によると、中村百貨店がオープンしたのは、昭和29年5月28日でした。このとき、屋上に観覧車が設置されました。
これは初代で、現在、週末だけ回転している、登録有形文化財の観覧車は2代目です。


IMG_20181201_120809浅草松屋 1950(昭和25)年?
浅草松屋の屋上には、スカイクルーザーだけでなく、垂直に回転する、小型の観覧車も設置されていました。絵はがきにも写っていますし、ハリウッド映画で、山口淑子が出演した「東京暗黒街・竹の家」にも登場しています。映画の中で見たゴンドラには、松屋のロゴである、鶴が描かれていました。
この観覧車の正確な設置年はわかりませんが、映画は1955年の前半に製作されています。監督や俳優がロケのために日本を訪れたのは、1955年1月のことです。
ということは、観覧車は1954年にはすでに設置されていたのでしょう。もし、スカイクルーザーと同時期に設置されていたら、観覧車は1950年製で、日本初の屋上観覧車だと言えますが、あくまで暫定です。正確な設置年が判明したら、また報告させていただきます。



tenbosenkaisha at 00:23コメント(0)懐かしの遊園地話題 

2018年11月28日

ferris wheel20181128la grande roue20181128
















2025年に大阪で万国博覧会が開催されることが決定した。おめでたいのかどうかはわからないが、8年後の自分の年齢を考えると、広い会場を闊歩できるのだろうか。いや、その前に、それまで生きているのだろうかという不安もある。健康や医療問題がテーマになるそうだから、高齢者にやさしい会場つくりを考えてほしい。

だが、観覧車通信・日本支局長としては、自身の高齢化を心配するより、どんな観覧車が設置されるのかが、もっと気になる。1893年に、アメリカのシカゴで開催されたコロンビア博覧会で、初の大型観覧車「フェリスホイール」が設置されて以来、博覧会には観覧車が必須物件となっている。

大阪万博201811281970年に大阪で開催された博覧会には、大遊園地エキスポランドが設営され、高さ40メートルの観覧車、「ワンダーホイール」が設置された。当時では、40メートルでも画期的な大きさの観覧車だった。
その後、世界万博ではないが、アジア太平洋博覧会や横浜大博覧会などで、100メートルを超える大観覧車が建設された。

大阪万博220181128では、今回も世界最大の観覧車を建てるのだろうか。エキスポランドほどの大遊園地が設営されなかったとしても、観覧車は単独でも設置される気がする。

日本で最大の観覧車は、大阪・万博公園にあるオオサカホイールで、高さ123メートル。世界一はラスベガスにあるハイローラーで、高さ167.6メートルだ。これらを超える高さでないと、世界の話題にはならない。

夢洲には万博会場と隣り合ってIR施設が設営されるということだが、それでも、観覧車からの眺望を考えると、それほどすばらしい立地とも思えない。大金をかけるほどの価値はあるのだろうか。ニューヨーク・スタテン島の大観覧車建設だって、頓挫している。

巨大観覧車ではなく、個性的な観覧車をつくるという手もある。各パビリオンの高さを規制するかは、今後の話し合いで決まっていくのだろうが、その流れで、観覧車の高さやかたちが決まるのかもしれない。

写真説明
上左:コロンビア博覧会の大観覧車「フェリスホイール」
上右:パリ万国博覧会(1900年開催)の大観覧車「ラ・グラン・ルー」
   (設置は1898年)

2段目:1970年の大阪万博の観覧車「ワンダーホイール」
3段目:大阪万博のエキスポランド

tenbosenkaisha at 13:06コメント(0)話題 

2018年11月16日

宴会受けつけ社史3














久しぶりの更新です。あちこちから「海外旅行?」「入院中?」など、ご心配の声をいただきましたが、元気です。
11月1日に、恒例の元の勤め先の大同窓会が東京で開催されました。往復の交通費が支給されるし、元同僚に会えるので、毎年、出席することにしています。昔、腹の立つこともあった?上司も、今は懐かしいシニア仲間です(笑)。昨年はニュージーランド旅行で、出席できませんでした。今回は、少し早めに到着し、4泊5日で東京を味わいました。都内ではありませんが、観覧車も2か所で乗りました。この旅行記はいずれアップいたします。

きょうは、昨日(15日)に開催された、泉陽興業株式会社の60周年記念祝賀会の報告をいたします。
すてきな目覚まし時計の記念品とともに、この日に合わせて刊行された社史、『泉陽興業60年史』もおみやげにいただきました。とても貴重です。ありがとうございます。

会長さん宴会4














泉陽興業の歴史は、そのまま会長である山田三郎さんの半生の歴史とも言えます。山田さんは関西学院大学を卒業後、商社に就職されましたが、3カ月で辞めて、伯父である政治家、松田竹千代さんの秘書になりました。当初は政治家を希望していましたが、学生時代に屋上遊園地でアルバイトをしたとき、こどもたちの喜ぶ顔を見た経験が忘れられず、遊園地事業を興しました。

1958年(昭和33年)には、大阪市中央区東清水町で泉陽興業株式会社を設立されました。当初の社員数は約10名でしたが、その後、めざましい発展を遂げ、現在では266名の大会社となっています。今年は東京の神田に、自社ビルも完工されました。おめでとうございます。地下には、泉陽興業が経営する中華料理店「龍泉華」も開店したそうです。今度、東京を訪れたとき、ぜひ伺いたいと思っています。
(写真 左:山田三郎会長、右:山田勇作社長)

泉陽興業としての初の観覧車は、大阪市千日デパート屋上に設置されました。このことは、拙ブログでも、何度も報告させていただきました。もう一度、読みたい人はココをクリックしてください。
その後、みなさんもご存知のように、横浜のコスモクロック21や天保山の大観覧車など、世界一の大観覧車を数多く製造されてきました。日本国内にとどまらず、中国や台湾など世界中に進出されています。

宴会62宴会










今回は会社の「還暦」に当たる、おめでたい60周年記念ということで、約700名がお祝いに参加されました。場所は、大阪の帝国ホテルの大広間でした。会長、社長さんのご挨拶に始まり、来賓の代表者の挨拶へと続きます。ビデオで、菅内閣官房長官からの祝辞も放映されました。

宴会7宴会










料理も豪華で、おすしは銀座に本店のある久兵衛、てんぷらやおそばなど和食は「なだ万」が担当しました。鏡割りのお酒「白鷹」を、枡でおいしくいただいたきました。
(写真 左:「なだ万」のコーナー。右:大広間。このあとすぐに、テーブルが見えなくなるくらいの来賓者で満場になりました。)
私までご招待くださいまして、本当にありがとうございました。

社史名前ほんの少しですが、社史に資料を提供させていただきました。



tenbosenkaisha at 12:19コメント(0)身辺雑話 

2018年10月15日

神戸モザイクガーデン観覧車6神戸モザイクガーデン観覧車4














10月8日にフジテレビ(関西では関西テレビだった)で生放送された『全人類がリサーチャー、特定せよ』がおもしろかった。
ベッキーが司会を務める生番組で、写真などを見せ、「場所(町や通り)や人物などを特定せよ」と、視聴者に問いかけるのだ。視聴者は、パソコンやスマホを駆使して検索し、一番早くに正解した人には、賞金が3万円授与される。
なんでも、最初は関西ローカルで企画された番組だったらしいが、それは見逃した。私は情報を推理し、それを実証していくのが好きなので、この番組が気に入った。次回は回答者に応募しようかしら。

以前のブログでお見せしたユニクロの観覧車にまだこだわっている。
ユニクロの広報に問い合わせたのだが、「広告の撮影場所についてはお答えできません」と断られた。でも、勝手に推理し、私なりに特定してみた。間違ったからと言って、叱られることはないと思うのだが(笑)。

場所は前回に推理したとおりの神戸ハーバーランドで、観覧車はモザイク観覧車だ。ただし撮影されたのは、2012年(平成24年)以前と思われる。なぜなら、写真には観覧車の背景に、チラッとメリーゴーランドが写っているが、「モザイクガーデン」のウィキペディアによると、2012年5月6日に「観覧車以外の全てのアトラクションの運行終了」とあるからだ。現在は、観覧車以外に大きなアトラクションはない。

観覧車はサノヤス製で、似たような観覧車は全国に何基もあり、色だけで推察すると、仙台港の観覧車かと思ったが、仙台港にはヤシの木がない。
モザイク観覧車が、白から赤に塗り替えられたのは、2007年春のことだ。写真では全体に青っぽいが、写真で色彩を変えるのは容易いことだ。球場と思った背景の建物は、球場ではなく、実際の建物をぼやっとさせたのだと思う。

写真説明
左:私が2006年に撮影したもの。まだ白い観覧車だ。
右:同じ日に撮ったモザイクガーデンの案内図。ユニクロの写真ではメリーゴーランドが、観覧車の後方、向かって右側に写っていたので、東側(船がえい航している方向)から撮影されたのだろう。


tenbosenkaisha at 13:59コメント(0)話題 

2018年10月14日

観覧車のお皿観覧車のお皿2










藍色のゴンドラが16台描かれた、観覧車柄のすてきなお皿です。
乗客が影絵のように描かれているゴンドラも何台かありますね。

このお皿は、観覧車が大好きな岩下薫さん、祥子(さきこ)さんご夫婦が考案されたもので、限定20枚で製作されました。そのうちの1枚を私にも進呈してくださったのです。ありがとうございます。
特にモデルとなった観覧車はなかったそうで、岩下さんが創造された観覧車です。

左に観覧車_右に花火まだお目にかかったことはないのですが、岩下さんご夫妻は、「二人で観覧車100基を目指そう」をスローガンに、休日を利用して日本国中を旅しておられます。いいですね。うらやましい(笑)。
すでに45基を制覇されました。その搭乗記をフェイスブックで報告されていますので、興味のある方はココをクリックしてください。

写真は9月に訪れた仙台市にある楽天球場での一コマ。もちろん主目的は球場に隣接する観覧車ですが、花火まで上がって気分は最高!?
こちらを向いた、笑顔のすてきな美男美女が、岩下さんご夫妻です。100基まであと約半分。がんばってくださいね。


tenbosenkaisha at 16:21コメント(0)コレクション身辺雑話 

2018年10月08日

観覧車おもちゃ20181008観覧車おもちゃ220181008















久しぶりにヤフオクで古い絵はがきをゲットした。良家のおぼっちゃまらしく見える男の子が、手に旗を持っている。キッズモデルのはしりだろうか。
旗は、五月人形の飾りとしてよく目にする旗だ。釣り竿らしきものを手にした人形は、金太郎だろうか。

この絵はがきのなかで肝心なのは、男の子の背後にある観覧車のおもちゃだ。これは明治40年(1907年)に、東京・上野で開催された東京勧業博覧会に設置された観覧車をモデルにしたものだ。当時の新聞によると、実際に発売されたのは、翌年の明治41年だったらしい。「教育玩具」として販売され、ネジ仕掛けで動いた。輸入品だったらしいが、デザインは日本で描き、製作は海外だったのだろうか。おそらくドイツあたりで製造されたのでは。

観覧車おもちゃ320181008左は福井県立歴史博物館で開催された「玩具の百年─玩具でたどる明治・大正・昭和」の特別展で発売された記念冊子の表紙の一部だ。
数年前に福井県立図書館を訪れたときに見つけた。すでに特別展は終了していたので、実物は見ることができなかった。

このおもちゃは絵はがきの観覧車と同型だが、姫路市にある、兵庫県立歴史博物館が所蔵する入江コレクションの1つで、福井県立歴史博物館が特別展を開催するにあたって、貸し出されていたものだった。
入江コレクションとは、大阪の児童文化史研究家だった入江正彦氏のコレクションで、入江氏が亡くなられてから、兵庫県立歴史博物館に一括寄贈されたという。詳細については「Japanknowledge」の「博物館につれてって!」を参照してください。

兵庫県立歴史博物館に、メールで「現在も観覧車のおもちゃは展示されておられますか?」と伺ったところ、「通常は展示されていない。現在は特別展の最中なので、お見せできないが、特別展が終了すれば、入江コレクションのコーナーに展示しておきますから、ご覧ください。」との親切なお返事をいただいた。
なので、年が明けたら、姫路に出かけて、ぜひ拝見させていただこうと思っている。



tenbosenkaisha at 13:41コメント(0)絵はがき明治期の観覧車 

2018年10月02日

伊勢崎市ナンバープレート国土交通省は22日、全国41地域に導入する図柄入り自動車用ナンバープレートのデザインを公表した。

各地の名所旧跡や、くまもんのように人気キャラクターを描いたプレートもある。観覧車もどこかにあるはず─と期待して探したが、残念ながら無かった。

どうして横浜市は、大観覧車コスモクロック21を含めた、みなとみらいを描いたプレートをつくらないのだろう。
どうして函館市は、函館公園にある日本で現役最古の観覧車でプレートをつくらないのだろう。
神戸市はマリンタワーだけで、モザイク観覧車は描かなかった。

そこで、プレートにご当地の観覧車を描いた都市を探したら、群馬県伊勢崎市にあった。桜満開の華厳寺公園に立つ観覧車を描いている。
ただし軽自動車ではなく、原動付き自転車と小型特殊自動車(農耕用など)に限っている。
全部で5種類あるので、見たいひとはココをクリック。上記のプレートは、小型特殊自動車用だ。きれいよね。

tenbosenkaisha at 12:57コメント(0)話題 

2018年09月30日

ユニクロ大阪きっての繁華街、梅田にあるユニクロの旗艦店の店内で見かけたポスターです。
ユニクロでは現在、秋から冬にかけての新商品の発売中です。
これはヒートテック製品のコーナーにあった宣伝ポスターですが、心ひかれたのは写真の観覧車でした。

テレビのドラマやCMでも、観覧車が登場すると、どこの観覧車だろう?と気になります。

このポスターはCGかなと思いますが、観覧車はサノヤス製かも。ヤシの木が合成でなければ、神戸ハーバーランドumieのモザイク観覧車かもしれません。
でも、中心部のかたちが異なるし、観覧車全体の色も違いますね。ふーん。

背景の建物は、どこかの球場のようです。楽天球場かと思ったのですが、観覧車は別物です。
で、おわかりの方がおられたら、教えてください。


tenbosenkaisha at 13:02コメント(0)話題 

2018年09月26日

CIMG0826先週、大阪のイケアを初めて訪れました。大阪駅近くの停留所から、専用直通バスに乗って約45分です。イケアは大正区の鶴浜というところにあります。
料金は片道210円。有料ですが、帰りのバスのなかで運賃代わりに、イケアの商品券500円分が配られます。「次回の買い物でお使いください」とのこと。有効期限は今年末まで。

買い物の目的はベッドサイドに置くテーブルでした。高さ60センチのベッドより高いテーブルが欲しかったのです。

じつは2週間ほど前に、ベッドから落下し、ベッドより低い位置にあった、サイドテーブル代わりの木箱の角に、右目尻付近を激突してしまったのです。

谷に落ちる夢を見ていました。「痛っ!」と顔に激痛が走ったので、岩場にぶつけたと思ったとたん、目が覚めました。
傷口は大したことはなかったのですが、内出血がひどく、一時はフランケンシュタインみたいな顔になって、みんなから「べっぴんさんが台無しや」と言ってもらいました(笑)。
病院にも行きましたが、形成外科の女医さんから、「この程度でよかったね。家で冷やしておいてください」とだけで、精密検査も通院も、もちろん入院の必要もなし。

CIMG0829それで元凶となった木箱を片付け、ベッドより高いテーブルを購入した次第です。ミニ電気ドライバーを使って自分で組み立てました。すごい達成感。工作に自信を持ちました。
これが本当のけがの功名かも(笑)。
ぶつけた角には保護クッションを取り付けました。


tenbosenkaisha at 23:23コメント(0)身辺雑話 

2018年09月24日

ドラえもん20180905朝日新聞朝刊の連載「しつもん!ドラえもん」で、8月のテーマが「遊園地」だったのは、すでにブログでお知らせしました。
もう一度、読みたいかたは、「ドラえもんと観覧車─『しつもん!ドラえもん』より」をクリックしてください。

少し古い話になりますが、8月23日付けの朝刊に、再び観覧車に関する質問が掲載されました。
「観覧車のことを英語ではフェリスホイール(Ferris Wheel)というが、フェリスってなに?」という質問でした。
みなさんはもうおわかりですよね。

ドラえもん220180905回答がこちらの記事です。
1893年、アメリカのシカゴで開催されたコロンビア博覧会場で、初の大型観覧車が設置されました。
この観覧車を発案、製造したのはアメリカ人の橋梁建築の技師、ジョージ・フェリスでした。その名前から、観覧車は「Ferris Wheel」と呼ばれ、以後、観覧車のことを英語では「フェリスホイール」というようになったのです。
もし、トランプさんという技師が建設していたなら、観覧車のことは現在に至るまで、「トランプホイール」と呼ばれていたことでしょう。

今回の観覧車シリーズの質問と回答ですが、ほんの少しですが、お手伝いさせていただきました。
協力にお声がけくださいまして、ありがとうございました。



tenbosenkaisha at 13:49コメント(0)話題 
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tenbosenkaisha

by FUKUI Yuko(福井優子)
「観覧車通信」日本支局長
『観覧車物語』(平凡社)、『ニッポンの観覧車』(イカロス出版)、『たくさんのふしぎ─観覧車をたずねて』(福音館書店)、『観覧車の時代』(「建築設備&昇降機」連載)

tenbosenkaisha(展望旋回車)とは、1906年(明治39年)に初めて日本に登場した観覧車の呼び名。まだ観覧車とは呼ばれていなかった。

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