2019年10月19日

IMG_20190925_110654_BURST001_COVERメルボルンで、「美しすぎる図書館」として世界的に有名な州立図書館を訪れました。図書館の訪問記や写真は、いずれ紹介しますが、この図書館には、シニアボランティアがたくさんおられ、ウロウロしていると、「なにをお探しですか?」と親切に尋ねてくださいます。

「私は日本から来た観覧車の歴史研究家です。オーストラリアにおける最初の観覧車を探しています」と答えると、ボランティアさんは「えっ、観覧車ですか?」と、少し微笑まれましたが、調査相談コーナーの、別のシニアボランティアを紹介してくださいました。

そのボランティアさんも、「ほー」と言って、やはり少し笑われました。それでもネットで検索し、すばやく古い観覧車の写真を探し出しました。写真には、確か「The Oldest Ferris Wheel in Australia」という見出しがあった気がします。古い絵はがきで見たことのある観覧車のかたちでした。「写真は図書館所蔵のものですか?」と尋ねたら、ネットで見つけただけだとのこと。なら、帰国してから自分で探しだせると、その場を離れて、図書コーナーに移動しました。

帰国後、くだんの写真をネットで探したのですが、見つかりません。州立図書館にメールを出して、写真のあったサイトを尋ねねばなりません。

clyde museumところが、「オーストラリア初の観覧車」ではないかもしれないけれど、検索の過程で見つけたのが、表題の「The Clyde Engineering Company」(以後クライド社で表記)の観覧車でした。

ウィキペディアによると、クライド社は1898年9月にシドニー北部で創業しました。蒸気機関車や工業製品の製造会社でしたが、1996年7月15日に廃業しています。

この写真は、Museum of Applied Arts & Sciencesのサイト、「Clyde Engineering Photograph Collection」で見つけました。写真の説明によると、1905〜1910年のいずれかの時期に、シドニーで開催されたショー(フェア)におけるクライド社の展示館です。すぐ後ろに観覧車が建っています。この観覧車がクライド社の製造か、もしくは観覧車が単に背景に写っていただけなのか、わからなかったのですが、次の写真も見つかったので、クライド社が製造したと確信しました。

clyde ferris2820279057_fb7e3f1ecd_c










左は1898〜1909年のいずれかの時期に開催されたロイヤル・イースターショーの写真で、前掲の写真とは時期が異なりますが、観覧車が設営されています。ゴンドラには乗客もいます。拡大すると、乗り場まで階段も設置されていました。
観覧車の前には、イギリスとオーストラリアの国旗がはためいています。遠景に、小さな観覧車が写っています。長椅子式の観覧車で、クライド社製以外の観覧車も、当時は存在したことになります。英国からやってきた移動遊園地だったのかもしれません。
また、観覧車の斜めうしろには、「HOMAH SCONES-BAKED」の看板が見えます。焼きたてのスコーンが販売されていたのでしょう。

右は、建設中のように見える写真ですが、いずれもクライド社の展示館と一緒に写っています。もしかしたら、観覧車は「こういうのも作れますよ」という商品見本だったのかもしれません。
ということは、クライド社が製造したことに間違いないと思われます。

話しは変わりますが、ノームが発行する「Ferris Wheel Newsletter」(2010年 122号)に、「From the Australia File」として、興味深い記事が紹介されています。
以前、拙ブログ「このこどこのこ?」(2010年6月9日)でも少し紹介したので、覚えている方もおられるでしょう。その部分をコピペすると次の通りです。
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1981 年、ノームは観覧車調査の一環として、オーストラリア・アーミントン(Ermington)市にあるフェラリー・エンジニアリング社宛てに手紙を書いた。翌年、ノームは同社のマネージングディレクターのK・R・フェラリー氏からの返事を受け取っている。要約すると次の通りだ。

***
観覧車に関する情報として、あなたが興味を持たれるような写真を何枚か同封しました。小さな豆観覧車を除いては、オーストラリアの観覧車は、席が向かい合うようにデザインされていることです。アメリカでは横に並ぶシート式ですよね。
オーストラリアで最初の観覧車が建てられたのは、1940年代の終わりで、直径が40フィート(約12メートル)ほどのものでした。ポータブルタイプで、いささか古臭いかたちでした。
現在、シドニーの海岸近くにあるルナパークには、直径100フィートの観覧車が建っています。1500以上の電飾に彩られ、それは美しいものです。
(後略)
***
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フェラリー氏の手紙によると、オーストラリアで製造されたのは1940年代の終わりとのことですが、私は「遅すぎる」と感じていました。今回、1800年代の終わりから1900年代初めにかけて、輸入品でなく、国産の観覧車が存在したということが判明しました。
ただ、クライド社製が国産初という根拠はなく、別の製造会社が存在したかもしれません。州立図書館からの回答を待ちたいと思います。
早速、ノームに報告しなくては。

*********
ノームへのメールを公開とします。久しぶりの英語で間違いが多いかもしれませんが、ご容赦を。

Dear Norm,

I had a short trip to Melbourne at the end of September.
I rode four Ferris wheels there, such as Melbourne Star (the biggest one in the Southern Hemisphere), a Ferris wheel at the Royal Melbourne Show, two small Ferris wheels in the Luna Park in Melbourne.

I also visited the State Library in Melbourne.  It was so beautiful library indeed.
I asked one of the librarians there about the oldest (the first) Ferris wheel in Australia.
 He kindly found an old photo of the old Ferris wheel on the Internet and showed it to me. 
I asked him whether the library owned it or not. 
He answered that he just found it on the Net. 
And so, I thought that I would be able to find it easily by myself after being back to Japan.
However, although I tried to research it on the Net in my home,
I could not find it. Instead, I found the photos of an old Ferris wheel in the Clyde Engineering Photograph Collection of the Museum of applied art and sciences.
According to the description of each photo, the Ferris wheel was built (or set) of different ages (about 1890-1910) by the Clyde Manufacturing company in Australia.

It reminded me of the article, "From the Australia File" of "Ferris Wheel Newsletter" (No.121).  You wrote the Ferrari Engineering Company and received a letter from Mr. Ferrari.Mr. Ferrari mentioned that manufacturing Ferris wheels started about in the late 1940s in Australia.
However, Clyde already had manufactured a Ferris wheel.  I don't know whether it was the first one in Australia or not.
I will ask the States Library in Melbourne about the photo of the first Ferris wheel which I saw there.
I will be back to you soon.

Yuko


2019年10月18日

imagesメルボルンスターの紹介の前に、拙ブログで紹介した過去の記事を基にして、オーストラリアの観覧車全般のお話しをします。

私が初めてオーストラリアで観覧車を目撃したのは、オーストラリア西部の町、パースででした。その折のブログを読みたい方は、「パースの観覧車」(2008年3月27日)をご覧ください。

2008年3月1日から一般公開していたシンガポール・フライヤーを訪れ、当時のCEOフローリアン・ボーレンさんにお話しを伺ったあと、オーストラリアのパースに飛びました。どうしてパースかというと、シンガポールにはマイレージを使って訪れたので、残りのマイル数では、オーストラリア西部にあるパースまでしか飛べなかったのです。
パース郊外にあるショーグラウンド(フェアの開催されるグランド)に、スラリとした、少し華奢な観覧車が建っていました。移動式でなく、固定されているけれど、ショーの開催時しか稼働しないようでした。

その後、「オーストラリアは観覧車ブーム?」(2008年11月10日)で、2008年当時のオーストラリアにおける観覧車建設ラッシュについてルポしています。

・パース スワン川の近くに高さ30メートルの観覧車建設予定。(「ENCIRCLE PHOTO」によると、2010年に撤去された。高さは50メートルだった。)
・メルボルン 高さ118メートル(当時の発表による)と、南半球一の大観覧車「サザンスター」が年内に開業予定。(その後、改名してメルボルンスター)
・シドニー 2008年12月から2009年1月にかけて、ハーバーブリッジとオペラハウスの間に、高さ45メートルの観覧車が臨時に設置される予定。(現在も存在するのか不明)
・シドニー ルナパークの観覧車。(メルボルンのルナパークのほうが古い)
・ブリスベン サウスバンク・パークランドに高さ60メートルの観覧車。(「Wheel of Brisbane」と呼ばれ健在。「ブリスベン サウスバンクの観覧車」で、ビーンさんによるルポをご覧ください。)

以上は2008年当時の観覧車事情ですが、その後、パースの郊外、フリーマントルなど、各地で観覧車は増殖しているもよう。Westshell Ferris Wheel Companyという観覧車の会社が、シドニー郊外に存在することを帰国後に発見。事前リサーチが足りなかったと、ちょっと反省。気になったら、また出かければいいと、自分に言い訳しています(笑)。



2019年10月12日

IMG_20190924_113933IMG_20190925_075406左の写真は正面入り口ではありません。
このビルがビクトリア鉄道のビルだったいう名残りですね。

右はホテルの正面玄関前の噴水です。



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ホテルの全景です。
1階に「ゲイロード」というインド料理店が入っています。







今回のホテルは、「Quest Grand Hotel Melbourne」(通称グランドホテルメルボルン)です。
メルボルンにはエコノミーからデラックス級まで、たくさんのホテルがあり、選定には非常に迷いました。

このホテルに決めたのは、サザンクロス駅の隣りだったことです。駅は空港バスのターミナルでもあります。帰りの便が早かったので、バスターミナルに近いほうがいいと思ったのです。

次の決定理由は、ホテルの建物が文化遺産級だったことです。1890年代に「ビクトリア鉄道会社」の本部ビルとして建てられ、約1世紀後にホテルに変わりました。
各部屋の天井が高く、ほとんどがメゾネット式のアパートメントスタイルです。

私の部屋も、入ってすぐにソファやテレビ、デスクのあるリビングですが、立派な台所も付いています。寝室とバスルームは2階です。おそらく大阪のわが家よりも広いです。お値段は4泊して6万5千円ほどでした。エコノミーホテル利用者の私としては破格の、superiorクラスのホテルでした。
今回は4泊と短いので、たまにはいいホテルに泊まるのもありかなと思いました。

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アットランダムに部屋の写真を並べました。
バスルームは中央が洗面台、左にシャワーコーナー、右にバスタブがセットされています。バスタブのあるホテルが少なく、グランドホテルも通常はシャワーのみなのですが、頼み込んでバス付きの部屋にしてもらいました。
一番下の長い廊下は、ホテル内の廊下です。天井が高く、まるで宮殿の廊下のようです。
次回はいよいよメルボルンスター搭乗記です。

2019年10月11日

観音池1_20191011_103804_000114左の新聞記事は、読売新聞西部本社の地域版(宮崎)に掲載された記事(2019年10月7日付)です。執筆したのは、都城通信部に所属の小園雅寛記者です。電話で取材を受け、私も少しコメントしています。
なお、記事を拙ブログに掲載することについては、読売新聞社より許可を得ています。
真摯に取材して書いた記者の思いが伝わる、とても気持ちのいい記事ですので、ぜひ読んでいただきたいと、全文を掲載させていただきました。長い記事で、わが家のスキャンには収まらず、2部に分割しました。

観音池2_20191011_104101_000116都城市高城町の観音池公園には、宮崎県唯一の観覧車があります。
2010年5月に、観覧車をたずねて九州を一周したときに、私もこの観覧車に乗りました。詳しくは「このたびの旅・九州・都城&霧島篇─谷口製作所の観覧車」(2010年5月4日)をご再読ください。

小園記者の搭乗記は、拙文よりはるかに描写が細かく、生き生きとしています。
写真で見ると、観覧車はとてもきれいに化粧直しされていました。もっとも10年前も、手入れの行き届いた観覧車で、係りのおじさんは、観覧車に乗る間、私の大きなバッグを預かってくださったりして、親切にしてくださいました。
観覧車を製造したのは、志布志市の谷口製作所です。
あとは記事で内容をお確かめください。クリックすると記事が拡大されます。



tenbosenkaisha at 11:24コメント(0)話題旅の観覧車 

2019年10月09日

横浜の大観覧車「コスモクロック21」がラグビーW杯特別イルミネーションを期間限定で実施しています。日本ラグビーフットボール協会のお墨付きだそうです。
イルミネーションは日本代表戦および、準々決勝、準決勝、決勝のみ実施されます。
【点灯時間】
日没後〜24:00(毎時00分、15分、30分、45分に実施)
【点灯日】
9月28日(土)/ 10月5日(土)/ 10月13日(日)/ 10月20日(日)/ 
10月26日(土)/ 10月27日(日)/ 11月2日(土)

ということは、次回は10月13日(日)ですね。いよいよ日本対スコットランドです。場所も横浜国際総合競技場。
ラグビーのルールもだんだんわかってきました。
スコットランド戦、楽しみにしています!

コスモ2コスモ3コスモ


















































写真提供は泉陽興業

tenbosenkaisha at 23:50コメント(0)話題 

2019年10月08日

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前回のブログでお知らせしましたように、某雑誌社の取材で、大阪・梅田にあるHEPファイブの観覧車で撮影をしました。
開店1時間前の10時に集合とのことで、編集者、カメラマン、私の3人で乗り場に行くと、大阪の朝日放送の番組がロケ中でした。

HEPファイブでは、10月31日までハロウィンの特別イベントとして、「怪談車」を運行しています。怪談車に変身しているのは2台だけです。稲川淳二さんが演出とのことです。怪談車は窓も封鎖され、ゴンドラ内は暗闇です。もちろん私は乗りません。
怪談車のゴンドラと通常のゴンドラに1回ずつ、計2回搭乗して1000円だそう。

テレビロケと並行して、私たちは普通のゴンドラに乗り、何枚か撮っていただきました。あまり間近で撮られるのは苦手ですが、テレビとちがって気に入った写真を後から選べるそうで気が楽です(笑)。



tenbosenkaisha at 13:20コメント(0)話題 

2019年10月06日

帰国してからあっという間に1週間が経ちました。旅行用品の片づけや雑用で忙しく、なかなか写真の整理をする時間がありませんでした。ようやく昨日、フォトファイルの整理を終え、次はブログ用に編集です。

じつは旅行前に、東京の某雑誌社から取材のご依頼をいただいていました。その取材日が来週の火曜日(8日)なのです。担当者の許可を得てから、雑誌名や詳細をお知らせします。男性用雑誌です。といっても、当然ながら私がグラビアモデルとして登場するはずがなく(笑)、主題は観覧車関係のコレクションです。

そのために、帰国直後から部屋の片づけや、あちこちに収納している観覧車関係グッズ(例えば観覧車柄の洋服、布地、バッグ類、アクセサリー、資料関係など)を1カ所にまとめている最中です。HEPファイブ(内、または背景にした)私の撮影もあるので、美容院にも行ってきました。そうそう、「マツコさん」で締めた帯も出さねば。
というわけで、旅行記は少し遅れます。でもお楽しみに。



2019年09月30日

メルボルンスター_000112















昨日(28日)、オーストラリアのメルボルンから帰ってきました。
機中泊を含めて、5泊6日の短い旅でしたが、メルボルンスターをはじめ、ロイヤル・メルボルンショーで1基、ルナパークで2基と、合計4基の観覧車に乗りました。
旅の詳細はまた報告しますが、とりあえずは長らくのご無沙汰のお詫びまで。



2019年09月13日

「観覧車通信」の噴水班キャップで、観覧車に関しても数々のスクープを連発する松崎貴之さんが、本日(2019年9月13日)の日経新聞朝刊の「文化」欄に、「噴水愛あふれっぱなし」として登場しています。

著作権の関係で、紙面の写真や内容をこちらで紹介できませんが、松崎さんが東大在学中に、木下直之教授(現静岡県立美術館館長)の「文化資源学」の講義に出席し、そのことがきっかけとなって、噴水研究に関わるようになった経緯などが紹介されています。
日経電子版でも読むことができます。日経電子版は有料ですが、登録すると1か月は無料です。
書き出しの一部分でしたら、ココをクリックしていただければ、無料で読めます。

また新聞紙面の写真(第5回内国勧業博時の「楊柳観音噴水」の絵はがき)には、QRコードが掲載されていて、読み込むと絵はがきの写真数枚と、松崎さん本人による説明の動画も掲示されています。この部分は会員登録していなくても、観ることができます。

tenbosenkaisha at 11:46コメント(0)話題 

2019年09月09日

IMG_20190909_110443前回でご紹介したソノシートに登場する遊園地だが、その後、よーく観察したら、これは1カ所の遊園地ではなく、複数の遊園地から集めてきたのでは、と考えるようになった。

例えば、2段目右のカラー写真にある人工衛星塔と観覧車だが、これは東京の浅草花やしきのものだ。
トーゴの社史『観覧車はまわる』にある年表によると、トーゴ(当時は東洋娯楽機)は1960年(昭和35年)に、浅草花やしきに創業25周年記念として、日本一の超大型飛行塔「人工衛星塔」を建設し、浅草名物となった─とある。

よく似た形の塔は、犬山パーク高尾山にもあった。拙ブログでも紹介している。しかし、ソノシートの写真は浅草花やしきだ。観覧車も浅草花やしきのものだし、狭い敷地に遊戯具がひしめきあっているのは、浅草花やしきの特徴だ。
5段目下の回転木馬も浅草花やしきのものだ。上記の写真と、前回のブログ中の回転木馬を比べてみてください。ただし、3段目のセピア色の写真にある回転木馬は、形も異なり、おそらく別の遊園地の回転木馬と思われる。

観覧車も、2段目左側のセピア色の観覧車は、形は同じだが、小高い山?の上に建っていて、これは浅草花やしきではない。現在のところ、特定できないが、もしかしたら、小田原城の観覧車かも。まわるボートも浅草花やしきだと思うが、断定はできない。

5段目左の写真にある噴水だが、噴水班キャップによると、西武園ゆうえんちでは、とのことだった。

写真は浅草花やしきの名物園長さんだった故高井初恵さんから許可を得て、コピーさせていただいたもの。人工衛星塔の写真は、浅草花やしきの公式サイト中の「歴史」に掲載された写真をご覧ください。

その他の遊戯機械のあった遊園地は、判明次第お知らせします。


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tenbosenkaisha

by FUKUI Yuko(福井優子)
「観覧車通信」日本支局長
『観覧車物語』(平凡社)、『ニッポンの観覧車』(イカロス出版)、『たくさんのふしぎ─観覧車をたずねて』(福音館書店)、『観覧車の時代』(「建築設備&昇降機」連載)

tenbosenkaisha(展望旋回車)とは、1906年(明治39年)に初めて日本に登場した観覧車の呼び名。まだ観覧車とは呼ばれていなかった。

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