2012年03月16日

沖縄唯一の観覧車、「営業終了」

沖縄 003fwgpさんがブログ部門を、「観覧車な日々」としてリニューアルされた。淡いピンク色の可愛いブログだ。
今朝、そのブログを見てびっくりした。沖縄唯一の観覧車、「カーニバルパーク美浜SKY MAX60」が営業を終了したというのだ。そのホームページを見ると、長いあいさつが掲示されていた。おそらく広報担当だったユウコさんが書かれたのだろう。fwgpさんと同様に、12月から休業していたことも知らなかった。どんなにか無念だったことだろう。読んでいて涙が流れた。

沖縄県北谷町のアメリカンビレッジにあるカーニバルパーク美浜を訪れたのは、2009年1月だった。『ニッポンの観覧車』(イカロス出版刊)の取材のために訪れたのだが、スタッフ全員で大歓迎してくださった。『観覧車物語』を手にしてスタッフと一緒に記念撮影もした。熱心でまじめな方ばかりで、観覧車をとても大切にしていた。ゴンドラがホームに戻るたびに窓ガラスをピカピカに磨き、海からの潮風で鉄骨が傷まないようにと、特製のシャワーホースが取り付けられていた。台風が来たら、真っ先に観覧車が気になったそうだ。みんな一丸となって、観覧車を守ろうとしていた。その折のことは、拙ブログでも紹介した。もう一度読みたいひとはココをクリック。

あいさつ文によると、業者(サノヤス・ライド)が観覧車の部品を交換した際に点検し、もっと重要な箇所に問題があることが判明した。その部品を取り寄せるのに半年かかり、そのあいだ営業を停止して、賃貸料(観覧車やフロア)をビルオーナーに払い続けることに無理があるので終了することになったという。あいさつ文は次のように締めくくられている。

*****
12年の観覧車の歴史に一旦幕を下ろしますが、また違った形で運行がなされることを
期待しております。 実際、できるだけ早い運行再開に関しての話合いも、並行して行なっております。
またこれからも観覧車SKYMAX60が皆様に愛され 続けますように。
関わった一員として切に願います。
*****

オーナーチェンジしてまた再開される可能性があるのかもしれません。観覧車を愛したスタッフ全員がカムバックでき、また働き続けられることを、私も切に願っています。

補足
その後の調べですが、地元紙によると、ビルを所有するダイムトラストアイランドが3月1日付で運営を引き継ぎ、同社は「乗りながら飲食などができる新たな営業スタイルを実現していく」として、活用のアイデアや出店企業を募集しているそうです。いまはSKYMAX60の新たな出発を待ちたいと思います。

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by Yuko Higashionna   2012年03月22日 14:37
観覧車「SKYMAX60」について、記事を取り上げて下さって
本当に感謝しております。
記事を書いてくださった福井さん。お元気しているでしょうか?

各地の「観覧車」が、個性的で素敵な乗り物として
親しまれ続けているというのは、携わっている者として
励みになっており、本当に嬉しく思います。

いつも全国各地の観覧車について、熱心に取り組んで
いただいている皆様がいるおかげですね。

沖縄唯一の観覧車が、また新たな運営再開を迎える日が
一日でも早く訪れますように。。。

このような形での撤退になりましたことを、
お詫び申し上げると共に、今までご愛顧頂きましたことを
感謝申し上げます。

観覧車SKYMAX60
総務:東恩納
2. Posted by 福井優子   2012年03月22日 17:50
東恩納さん

お久しぶりです。
私は元気です。お忙しいときにブログを読んでくださり、コメントまでいただいて、ありがとうございます。
山本さんとは電話で少しお話ししました。本当に残念でしたね。
コカコーラグッズのコレクションはどうされるのですか? そのままSKYMAX60と残るのでしょうか?
またいつの日か、お目にかかれる機会があるといいですね。どうかお元気で。

福井優子

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
最新記事
livedoor プロフィール

tenbosenkaisha

by FUKUI Yuko(福井優子)
「観覧車通信」日本支局長
『観覧車物語』(平凡社)、『ニッポンの観覧車』(イカロス出版)、『たくさんのふしぎ─観覧車をたずねて』(福音館書店)、『観覧車の時代』(「建築設備&昇降機」連載)

tenbosenkaisha(展望旋回車)とは、1906年(明治39年)に初めて日本に登場した観覧車の呼び名。まだ観覧車とは呼ばれていなかった。

記事検索
お問い合わせの窓口

お名前、アドレス、内容などは公開されませんので、ご安心ください。

名前
メール
本文