2023年07月01日
「叡山納涼パラダイス」の空中観覧車(現京都市動物園の観覧車)
拙ブログ「京都市動物園の観覧車が京都市有形文化財に」(2023年1月29日)でお知らせしたように、京都市動物園にある観覧車が、京都市の有形文化財に指定されました。京都市情報館に掲載された同観覧車の説明書によると、同観覧車は昭和31(1956)年に比叡山山頂で開催された「叡山納涼パラダイス」会場に設置され、イベント終了後に動物園に移設されたとあります。
そこで、納涼パラダイス当時の観覧車を調べるため、京都府立図書館に出かけました。マイクロフィルム化された地元紙の京都新聞を丹念に読みましたが、1日ではなかなか調べきれず、2日間、通いました。
府立図書館は岡崎公園にあり、平安神宮の赤い大鳥居のすぐそばです。動物園にも近いので、文化財に指定後の観覧車にも搭乗してきました。きれいに整備され、動物園からプレゼントされたお祝いの横断幕が飾られていました。以前は回転時にギアの音が少し気になったのですが、それもなくなり、乗り心地もよくなりました。
ここでこの観覧車の歴史を紹介しましょう。
昭和31(1956)年3月
比叡山山頂に設置。製造したのは、現在は大阪府阪南市にある朝日科学模型遊園株式会社です。創始者は佐原茂さん。日本における遊戯機械産業のパイオニアの1人です。すでに亡くなられています。現在、観覧車がある京都市立動物園内の遊園地は、朝日科学模型から独立した日本科学遊園株式会社が運営しています。
昭和31(1956)年7月
比叡山山頂で「叡山納涼パラダイス」が開催されました。このとき、観覧車は開業したと思われます。3月に「竣工」していたので、観覧車はすでに完成していたと思われますが、京都新聞の3月には、開業を伝える記事は掲載されていませんでした。
叡山納涼パラダイスは京都新聞社の主催で、昭和3(1928)年に初めて開催され、以後、戦争中を除き、毎年開催されました。戦後は昭和22(1947)年7月15日に復活しました。蛇足ですが、私はこの翌日の昭和22年7月16日に誕生しています。
観覧車が設置されたのは、昭和31年の開催時が初と思われます。この年、同時期に比叡山ロープウェイも開通したので、この2大スターの登場で、イベントは大いに盛り上がりました。観覧車は「空中観覧車」と呼ばれ、「大観覧車」ともてはやされます。高さ12メートルですから、現在では豆観覧車なのですが、当時は大観覧車だったのです。「大輪の花のように空に咲いた空中観覧車」と評されています。
パラダイス終了後、観覧車は京都市動物園からの要請で動物園に移設され、現在に至っています。京都新聞(昭和31年8月30日・夕刊)によると、パラダイス終了と同時に分解し、さらにシートとその他を改装して動物園でお目見えすることになっているーとあります。当時の写真を見ると、「回転輪」の周囲に輪がなく、ゴンドラの形も異なっていますが、動物園に移設されたときに、円い輪が付き、ゴンドラも現在のものと替わったと推察されます。
*今のところ、はっきりとした根拠が見つかっていないのですが、おそらくこの空中観覧車は、京都府初の観覧車なのでは、と勝手に推察しています。
ほぼ同時期に、朝日科学模型遊園は、徳島市の児童遊園に観覧車を設置しています。高さ42尺ですから、約12.7メートルで、京都の観覧車よりは少しだけ大きいでしたが、形はそっくりでした。この徳島市児童遊園の観覧車については別の機会にお話しします。現在のところ、徳島県初の観覧車だったのではと、これも勝手に推察しています。こちらはすでに存在しません。
「叡山納涼パラダイス」の観覧車と、後に開園した「比叡山頂遊園地」の観覧車を混同されることが多いので、比叡山頂遊園地についても調査したいと思います。が、この暑さ。大阪も暑いですが、京都の蒸し暑さは特別です。頃を見計らって図書館通いする予定です。
*その後、明治39(1906)年7月に、新京極において「レボルリングホイル(観覧車の名称はまだなかった)」が設置された記事が見つかりましたので、この観覧車が「京都初かもしれない」と推察したことは取り消します。「明治期の観覧車ビッグニュース in 京都!」をご参照ください。
写真説明
3枚目:京都市動物園の観覧車からの眺望
5枚目:京都府立図書館
6枚目:京都新聞(昭和31年8月26日夕刊)
そこで、納涼パラダイス当時の観覧車を調べるため、京都府立図書館に出かけました。マイクロフィルム化された地元紙の京都新聞を丹念に読みましたが、1日ではなかなか調べきれず、2日間、通いました。
府立図書館は岡崎公園にあり、平安神宮の赤い大鳥居のすぐそばです。動物園にも近いので、文化財に指定後の観覧車にも搭乗してきました。きれいに整備され、動物園からプレゼントされたお祝いの横断幕が飾られていました。以前は回転時にギアの音が少し気になったのですが、それもなくなり、乗り心地もよくなりました。
ここでこの観覧車の歴史を紹介しましょう。
昭和31(1956)年3月
比叡山山頂に設置。製造したのは、現在は大阪府阪南市にある朝日科学模型遊園株式会社です。創始者は佐原茂さん。日本における遊戯機械産業のパイオニアの1人です。すでに亡くなられています。現在、観覧車がある京都市立動物園内の遊園地は、朝日科学模型から独立した日本科学遊園株式会社が運営しています。
昭和31(1956)年7月
比叡山山頂で「叡山納涼パラダイス」が開催されました。このとき、観覧車は開業したと思われます。3月に「竣工」していたので、観覧車はすでに完成していたと思われますが、京都新聞の3月には、開業を伝える記事は掲載されていませんでした。
叡山納涼パラダイスは京都新聞社の主催で、昭和3(1928)年に初めて開催され、以後、戦争中を除き、毎年開催されました。戦後は昭和22(1947)年7月15日に復活しました。蛇足ですが、私はこの翌日の昭和22年7月16日に誕生しています。
観覧車が設置されたのは、昭和31年の開催時が初と思われます。この年、同時期に比叡山ロープウェイも開通したので、この2大スターの登場で、イベントは大いに盛り上がりました。観覧車は「空中観覧車」と呼ばれ、「大観覧車」ともてはやされます。高さ12メートルですから、現在では豆観覧車なのですが、当時は大観覧車だったのです。「大輪の花のように空に咲いた空中観覧車」と評されています。
パラダイス終了後、観覧車は京都市動物園からの要請で動物園に移設され、現在に至っています。京都新聞(昭和31年8月30日・夕刊)によると、パラダイス終了と同時に分解し、さらにシートとその他を改装して動物園でお目見えすることになっているーとあります。当時の写真を見ると、「回転輪」の周囲に輪がなく、ゴンドラの形も異なっていますが、動物園に移設されたときに、円い輪が付き、ゴンドラも現在のものと替わったと推察されます。
*今のところ、はっきりとした根拠が見つかっていないのですが、おそらくこの空中観覧車は、京都府初の観覧車なのでは、と勝手に推察しています。
ほぼ同時期に、朝日科学模型遊園は、徳島市の児童遊園に観覧車を設置しています。高さ42尺ですから、約12.7メートルで、京都の観覧車よりは少しだけ大きいでしたが、形はそっくりでした。この徳島市児童遊園の観覧車については別の機会にお話しします。現在のところ、徳島県初の観覧車だったのではと、これも勝手に推察しています。こちらはすでに存在しません。
「叡山納涼パラダイス」の観覧車と、後に開園した「比叡山頂遊園地」の観覧車を混同されることが多いので、比叡山頂遊園地についても調査したいと思います。が、この暑さ。大阪も暑いですが、京都の蒸し暑さは特別です。頃を見計らって図書館通いする予定です。
*その後、明治39(1906)年7月に、新京極において「レボルリングホイル(観覧車の名称はまだなかった)」が設置された記事が見つかりましたので、この観覧車が「京都初かもしれない」と推察したことは取り消します。「明治期の観覧車ビッグニュース in 京都!」をご参照ください。
写真説明
3枚目:京都市動物園の観覧車からの眺望
5枚目:京都府立図書館
6枚目:京都新聞(昭和31年8月26日夕刊)





