酒井雄哉(さかい ゆうさい) ……天台宗の僧侶。比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した行者として知られる。天台宗北嶺大行満大阿闍梨、大僧正、比叡山一山 飯室不動堂長寿院住職を務めた。

ウィキペディアより


千日回峰行とは、京都市内や山の中などを7年かけて千日間約4万キロを歩く荒行で、千年を超す比叡山の歴史で、2度の千日回峰行をやり遂げた人は3人しかいません。


さらに、700日の行を終えると「堂入り」という最終難関に入り、9日間の断食、 断水、不眠、不臥を行います。わかりやすく言うと、食べ物や水を断ち、横にな ることもなく、眠らずにお経を唱え続けるというものです。


この行は途中でやめると自害するという決まりがあり、始めたら必ずやり遂げる、という覚悟を持って始められます。



生前は、「生き仏」とも称された酒井雄哉師の数多くのご著書は、
生き方の指針や人生の知恵を与えてくれるもので、どれも必読です!



そのご著書の中から、不思議な体験を一部、抜粋しました。


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『ムダなことはひとつもない』より


■世の中には、不思議なことが起こる


 北台から西台に向かうと、山の雰囲気や景色、風の具合が、ちょうど五台山の巡礼記とあまり変わらないんだな。
その雰囲気を感じて、「中国は何千年も変わらないスタイルで、いろんなものが残っていくんだな」と思ったんだ。
 西台から中台に入って、一泊した後、明け方には車台へご来光を拝みに行って、そこでお加持をした。ものすごくきれいでね、みんな感動していたね。
なかには、太陽のパワーを吸い込むように、呼吸をしていた人もいたな。
 東台から南台ではかなり離れていて、一日じゃたどり着けないということで、途中にある金に泊まることになった。
金閣寺は中国でも古いお寺で、そこには日本の金閣寺と違って、すべて金でつくられた観音さまがあるんだけど、当時はその観音さまを修復している最中だったな。

 金閣寺の中でも一番いい部屋に泊めてもらったんだけど、石畳の台がベッドになっていて、ガラッとした部屋に障子がついているような部屋だった。ドアも、開けようとするとガタガタガタッと音がするような部屋なんだな。
それで、夜になると、中国のお坊さんが、何もないところで一生懸命拝んでいる姿が見えるんだ。

 夜も更けてきたので、僕らはそろそろ寝ようと思って、蝋燭を消して寝てたんだ。
すると、真夜中に、雨がザーっと降っている音が聞こえてきてね、しばらくすると、雨の音が聞こえなくなったんだ。
ドアが閉まっているはず心のに、どこからかなんとも言えないお香の作りが、風に乗ってフワーっと漂ってきたんだ。

 「なんていい匂いなんだろう……」と思ってパッと目を開いたんだ。
そしたら、扉のそばに、楊貴妃みたいなきれいな女の人がスッと立っているように見えたんだ。

香りも素晴らしいし、薄暗いから余計きれいに見えたのかも知れない。
食事をつくるために、お供で来てくれていたお坊さんが二人いたから、自分一人で見てるのがもったいなくて、起こしたんだ。だけど、お尻をぺんぺんと叩いても、
一人は「もうこれ以上食べられないよ……」と寝言をけって起きないし、
もう一人は阿闍梨さん、なんかあったんですか?」なんて言って、寝ぼけてるの。

 それで、フッと扉のほうを見たら、女の人の姿はもう消えていて、香りも消えちゃった。
「おかしいな」と思って、ドアの外へ出たら、コスモスが中庭一面にパーツと咲いていたんだな。
そして、雨上がりの空にきれいな満月が青々としていて、あたりはシーツとしているんだ。
お寺の下段まで捜しに行ったんだけど、女の人はどこにも見当たらない。見えたのは、中国のお坊さんたちが二人、部屋の中で勉強している姿が、影絵のように障子に映っている様子だった。
 僕の勘違いだったかも知れないけど、すごいべっぴんさんだったんだな。
世の中には常識でははかれないおもしろいことがあるのかもわかんないな。





■どんな時もなるようにしかならない


 千日回峯行の中で、赤山苦行というものがある。「赤山苦行の口伝」と言って、昔からの言い伝えでは、赤山苦行は山の中での「一人大廻り」と言われて、いかなる事態が起きても、どんな事態に追い込まれても、必ず一人でやり遂げなさいという ケガをしようが、病気になろうが、赤山苦行は必ず一人で、人の助けを受けないで、山を行ったり来たりして拝みなさい、いかなる時でも、自分か歩くことに対しては自分白身でもってやりなさいと。昔は、今と違ってものすごく苦しい行だったらしい。
 その赤山苦行に入る前に、猪とぶつかって足がすごく化膿しちゃったの。でも、行を休むわけにはいかないから、足が化膿した状態で歩いていたんだ。そしたら、どんどん悪化してきて、とうとう歩けなくなっちゃったんだな。
 歩けなくなったら行者はおしまい。行ができなくなったら自分で責任を取りなさいという、昔からの約束事がある。責任を取るといったら山を去る・・・山を脱走するか、みんなに「もう続けられませんからやめさせてください」と言ってやめていくか、自分で死んでいかなきゃならないわけだ。
 でも結局、行ができなくなるってことは、仏さまに嘘をついたことになるわけだよ。仏さまと自分との約束で行をするわけだから。慈悲とか誠実という言葉に反した状態になったら、お坊さんの価値がない。それじゃみなさん方に申し訳が立たないから、仏さまにお詫びをするためにあの世へ行って、もし仏さまがいたら、「どうもすみませんでした」と言うんだな。だから、自分で命を絶とうということになったんだ。
 別に「ダメだから死になさい」と言うんじゃなくて、仏さまとの約束事を守ろうと思ったら、仏さまには嘘をつけないから、一番いいのは、自分で命を捧げてお詫びをすることになるんだ。
 自分は歩きたいと思っていても歩けないから、もうどうしようもない。最終的にはノイローゼと同じような状態になっちゃった。歩けなくなったら、行ができない。行ができないということは、行で生きてる人間だったら死を宣告されたと同じ。
だから、自分で足を切って、仏さまにお詫びをしようとした。
 でも、足を切って死ぬつもりが、足を切っても死なないで生きてたんだよ、気を失っただけで。
やっぱり寿命というのは別個なんだね。
 普通だったら、誰もいない山の中で足を切って、刀を待った状態で気を失ったらバランスを崩してびっくり返って、体のどこかに刀が刺さって死ぬとか、出血多量で死ぬだろう。
 ところが、びっくり返らないで刀を抱えて、足を切った状態でじっと動かなかった。
そして、傷ついた体に向かって風が吹いてきて、夜露が落ちてきたものだから、ゾーっと寒さを感じて、それでハッと気がついたんだ。
 
その時点で、早くも死に損なっちゃった。そしたら、もういっぺん死のうなんていう気持ちなんか起きないよな。「もう一度、行かなきゃいけないな」と思って。それで手巾を包帯にして、足に巻いてずっと下りていった。
 そんな状況でも、周りの人に助けを求められない。周りの人も助けちゃいけないことになっていて、それを承知してる。そこで野垂れ死にしようが、黙ってみんなは見てなきゃならない。自分もそれを敢えて承知して、ずっとやってる行なんだ。
 だから、寿命がきたら、その時は死ぬだろうと。すると、しまいには図々しくなっちゃって、「人間というのはなるようにしかならねえんだなあ」と思ったんだ。足を切らなくても、ご縁がなかったら死んじゃうかも知れない。そう考えたら、「足を切っちゃったって、それを治してくれるとこがなくたって、寿命があったら行を続けられるのとちがう?」ということ。
だから、どんな時も、なるようにしかならないのとちがうかな。





『幸せはすべて脳の中にある』より

※この本は脳科学者である茂木健一郎さんとの対談形式となっています。

■夢について。

茂木 印象に残っている夢はありますか。


酒井 おばさんに連れられて比叡山に来るようになって、お堂の庫裏に泊めてもらったことがあって、その晩に見た夢なのだけど、無動寺の明王堂というお不動さんの石の祠の前で老婆が座って何かを拝んでいる。すると、そのおばあさんがふっと振り向いた。そのときの人相といったら、ものすごく恐ろしい顔だった。妖気が漂う、噛み殺されてしまいそうな顔をしていたの。


茂木 山姥みたいですね。


酒井 はっと見たら、そのおばあさんが居なくなった。すると、天井に真っ黒なでかい大蛇が現れ旋回していて、ぼくに噛みつこうとシャーシャーと声を上げながら急降下してくる。
すると、祠の扉がぱっと開き、何かが飛び出してきた。それは宙をくるくるくるくる回って、ぽくは手にお不動さんの剣をしっかり持っていた。そこへ蛇が飛び掛かってきて、大太刀回りが始まるんです。
そのときの、剣がガッッ、ガッツと蛇の胴体に当たる感触がしっかり残っているんだ。
やがてお堂の中が明るくなってきて、ひょっと自分の腕を見たら、剣を持って立っている。
すると、腕から血が流れていてね。あっと思った瞬間に、剣が手から抜けて天井をくるくるって回って祠の中に入っていった。
ふと気が付くと、さっきのおばあさんが、また同じ場所に座って拝んでる。また僕の方に振り返った。
すると、今度はさっきとはまるで別人のなんともいえない優しいお顔をしていて。神々しいおばあさんの姿だったんです。
もう50年以上も前の話なんだけど、いまだにはっきり覚えていて忘れられないんです。




■仏を見るということ。


茂木 仏様か観音様か、そのお姿を見ないとその行を達成したことにならない、そんな行があると聞いたのですが。


酒井 好相行かな。


茂木 仏を見る、というのはどういう感じなのですか。


酒井 ぽくの場合は常行三昧という行をしているときに、こんなことがありましたな。お堂の中で念仏を唱えながらひたすらぐるぐる回る行なんだけど、行をしていると、ろうそくの灯で薄暗いお堂がなにやらいぶし金のような光に包まれてきた。
すると、阿弥陀さんがばーんと現れたんです。
黒光りするような鈍い金色で。もう感激しちゃってね。それで、お堂の中を一回りしてきても、まだその姿がある。三度回る間、その姿を拝んだんだ。
 あまり不思議だったから、後でぼくを指導していてくれた堀沢祖門先生に話しに行ったわけよ。
「時間にしたら何時ごろかな」と聞かれ、
「明け方の二時くらいだと思います」と答えると、
先生がちょうどそのときに洗面所で手を洗っていたという。
そこからぼくが拝んでいるお堂が見える。
お堂の上にお月さまが煌々として照っていて、白夜のような感じだったっていうんだ。
その中から念仏の声がなんとも透き通った声で肺到と聞こえてきていたという。
「これは、今日はなにかあたんじゃないかなと思って帰ってきたんだ。おそらく仏様を感じとったんだな」
というわけだよ。
でも先生はこう言う。
「これが好相行の行だったらば、これでもって満行です。でも、残念ながら、これは常行三昧という行ですから、行は続けてください」と。




『一日一生』より



■仏はいったいどこにいるのか


 三年故山をしている時、こんな歳で山に来て若い人たちに混じって修行させてもらえるんだから、人より早く起きてお勤めしようと思った。そこで、夜中から起き出してお参りするようになった。
滝に打たれてお清めして、西塔から根本中堂まで歩いていって、お参りして阿弥陀堂から西塔まで帰ってくる。それをずっと続けていた。
 ある明け方、とても美しい光景に出くわしたんだね。阿弥陀堂の近く、眼下に琵琶湖が見えるところがある。
 そこに東から朝日が上がってきて、輝きながら空をあかね色に染めていた。なんとも美しいなあと思いながら、朝日を拝んで浄上院の手前の山王院というところまでやってきた。
 すると今度は、白夜のようなほの明るい空に、お月さんがさえざえと照っている。ものすごく澄んだ青い光だった。太陽の赤い光と月の青い光。青と赤の光を感動しながら眺めていて、ふと思った。
 
そういえば、毎日毎日、根本中堂をお参りしている。根本中堂のご本尊はお薬師さんだ。お薬師さんのわきに日光と月光の菩薩が脇を固めている。赤いのは日光菩薩で、青いのは月光菩薩だなあと。
こりゃ、すごいと。 
お薬師さんが真ん中に座して、日光菩薩、月光菩薩で三尊仏。お薬師さんが、いままさにぼくに、そういう光景を見せてくれている。
 そして、ふっと思った。
「それならば、お薬師さんご自身はどこにいるんだろう?」つて。
キョロキョロしてみたんだけれども、どこにも見あたらない。
 そしてハッとした。
こちら側にあかね色に照る日光、反対側にさえざえと青い月光。仏さんはその真ん中にいるはずだ。だとしたら、いまぼくが立っているここにいるのじゃないか!。
 
自分の心の中に如来様がいて、日光と月光が自然のなかに立っている。その真ん中にいるのが仏なんだ。なるほどそうか、仏さんなんて探したっていないんだな、自分の心の中にあるんだな。
そう気づいて、しばらく時間の経つのを忘れて突っ立っていた。
 仏さんはいつも心の中にいる。自分の心の中に仏さんを見て、歩いていくことなんだな。



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