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寝る間も惜しんで読んだノンフィクション作品ベスト3を教えて! に参加中!
去年もやったのだけどあれから素晴らしい本に出会えたので今年もノンフィクション3冊を紹介したい。

もちろんお求めやすいし、かさばらない文庫で、







バーミヤンの大仏が破壊されたことはタリバンの蛮行として記憶されてる方も多いと思う。

しかし、当時の多くのタリバン幹部ですら大仏の破壊には異を唱えるものが多かった。

これはそれが何故破壊されてしまったのかをたどるノンフィクションである。



元々タリバンは地元の有志によって設立され、誘拐された少女らを助けたことにより住民の信頼を得て大きくなった組織であった。

無論、急に銃を握った者たちが立ち上げた組織なので戦闘は弱い。

そこに入りこんだサウジアラビア育ちの一人のアラブ人が居た。ウサマ・ビンラディンである。

元々ビンラディンがジハーディストたちの中で名を上げたのもソ連によるアフガン侵攻の際であった。

その際も多くのムスリムたちがアフガンの同胞を助けようと世界から集まった。しかし彼らはもちろんアフガニスタンに伝手など持っていない。そんな彼らに宿を提供したのが富豪のウサマ・ビンラディンであった。彼はこの時に多くの軍事技術を持つ者達とのコネを作る。

やがてアメリカに指名手配されたビンラディンがアフガニスタンへと逃げこむ。そんな彼をムスリムの同胞として庇護したのが当時のタリバンの指導者オマル氏であった。

タリバンは民衆の支持を得た大きな組織ではあったが、軍事的な顧問もおらず武装勢力のいる地域などアフガニスタン全土を支配できているわけではなかった。

そのタリバンは後にアフガニスタンを平定することに成功する。ビンラディンとアルカイダの協力によってである。

それによってタリバンに対するビンラディンなどのアラブ人の発言力も高まることとなった。

イスラム教では偶像崇拝が禁止されているとはいえ、すべてのアフガニスタン人が偶像を破壊するべきと考えているわけでは無かった。

当時のタリバンの文部大臣もその1人であった。

元教師である彼はバーミヤンの大仏はアフガニスタンの人の象徴や誇りとして、国家のアイデンティティとなりうる重要な文化遺産であると認識していた。

そのような人物がアフガニスタンにも居たのである。

しかしアフガニスタンは情勢は動いていた。

当時アフガニスタンには勧善懲悪省という部署がありこれはイスラムの決まりを守らないものを取り締まる部署ではあるのだが、そこで働いているのはイスラム法を学んだ人間というわけではなく特に知識があるわけでもないアラブ人らであった。

アラブ人らのおかげで軍事的な成功を収めたタリバンには、アラブ人に意見しにくい空気があったのである。

それでもオマル氏が認めないうちは大仏が破壊されることはなかったのだが、

当時のタリバンはアルカイダを匿っていることのみならず、女子の教育禁止など極端な人権侵害を行っていたため、国際的にも非難され孤立していた。

オマル氏が取れる手段は2つあった。

国際社会の要求を受け入れ、比較的穏健な方向にシフトしていくか。

または同じムスリムの仲間であるアルカイダとの協力を深め、現状を維持、強化していくのか。

オマル氏は後者を選んだ。



この本、めちゃ面白いくせに絶版でキンドルも出てねえんだよな。まぁ、中古で安くで買えるんだけどさ。







米原万里は共産党幹部の子女が教育される東欧の学校で幼いころを過ごした。

同級生のアーニャはすごくませた女の子で、アーニャのいう恋愛話に米原はひたすら驚かされるばかりであった。

やがて米原は日本へ戻り、日本の大学を出て日本で就職する。

ある日、米原は思い立ってあの時の友達に会いに行くために飛行機に乗る。

しかし学校は閉鎖され、多くの旧友は行方も分からなくなっていた。

だが米原は少ない手がかりを頼りに旧友を見つけることに成功する。

ギリシャ人のアーニャとはドイツに住んでいた。

久々に再開に二人は思い出話に花を咲かせるが、幼いころアーニャが語った恋愛話は見栄によるつくり話だったのだ。

一度は自分のルーツであるギリシャに住んだのだが、気質が合わなかったそうである。

更に旧友を探して米原はヨーロッパを旅していく。



旧友の一人の実家があるルーマニアに米原万里は寄る。

そこで旧友の両親と会うのだが、チャウシェスク政権が倒れても自分の特権は維持したまま、多くの国民が飢えに苦しむ国家の停滞を特権階級でありながらただ嘆く旧友の親を米原嫌悪した。

そのさまは正に反骨の人、米原万里の面目躍如というところであろうか。

その旧友も祖国から離れた場所で暮らしており、彼女はイギリスで暮らしていた。

イギリスまで会いに行った米原に旧友はジェンダーフリーの運動について熱く語る。自分の祖国に関することではなく。



更に別の友だちは絵を描くのが好きな女の子だった。

彼女はどうやら自分の祖国に居るようだった。

しかしその友達の祖国に入国しようとしたところ米原は止められる。

彼女の祖国は内戦のまっ最中であった。

何とか友達とは電話で連絡を取ることが出来る。

彼女は祖国で父の手伝いをしていた。

外交官の仕事をしていた友達の父は内戦まっ最中の国の首相となっていたのである。



この本に出会えたのは偉大なる幸福だった。



米原万里さんは惜しむらくも06年に癌で逝去された。

彼女は自分の意志で第三の医療で治療を試みる道を選ぶのだけど、

その際、彼女は第三の医療を行っていた医者に疑問に思ったことを質問をしまくって治療を拒否されたこともあったらしい。よほど鬱陶しかったのだろう。

笑ってはいかんが笑ってしまう。

惜しい人をなくした。





ステーキ! - 世界一の牛肉を探す旅 (中公文庫)
マーク・シャツカー
中央公論新社
2015-01-23


何度か紹介しているが文庫版が出たので紹介する。

上記2つがちょっとヘビーだったので軽いものも入れたかった。しかしこの本の面白さは本物である。



タイトル通りの内容で著者であるフランス系アメリカ人であるマーク・シャッカーは世界各地の有名な牛肉を求めて回り、各地で見た牛の飼育方法を個人の主観で描写していくのだけど

赤身の旨さを追求するために穀物肥育ではない肉を求め、完全な牧草肥育の自然な牛肉の不味さに閉口したり、

アメリカでは効率のよい牛の肥育がいかに素晴らしいか(しかし不味い)を愚痴混じりに説く畜産家の言葉を感慨もなく聞き流したり

日本の牛はビールを与えられ音楽を聞かされとんでもない高待遇で暮らしていると筆者は信じていたが、

実際にはそうでないことを認識するも「牛は幸せであれば幸せであるほど美味しくなる」という言葉にやたら感銘を受けてたり

因みに脂の旨味が主体である日本の牛肉は筆者には食傷であまり合わなかった。

メキシコでは牛たちの環境の余りの劣悪さが描かれる。

食べた植物のせいで体内でガスが発生して死にかけてる牛を、牛飼いがナイフで刺してガスを抜いたら普通に歩いて行くシーンは圧巻である。

筆者は「メキシコは世界で唯一現地民より旅行者のほうが美味しい店を知ってる国」とこき下ろした上で先に寄った日本の畜産家の言葉を引用して牛飼いに「ここに居る牛たちは幸せなんでしょうか?」と問いかけたり、

回っていく場所が全部カオスでなかなか楽しい。



最終的には自分で最高の牛を育ててみようと思いたち、自分のルーツであるフランスの品種を取り寄せて育て始めるのだけど

やはり食べ物というのはナショナリスティックな感情を呼び起こすのは万国共通らしい。

最初は牧草のみで育てて赤身の旨味を引き出そうと頑張るのだけど、

信頼する畜産家に写真で牛の出来上がりを見てもらったら、身びいきで最高の仕上がりになってるはずと思っていた牛を畜産家にぼろくそに言われてちょっとヘコむ辺りは心が和んだ。

筆者はできうる限り自然な環境で牛の旨さを引き出そうと試み、牛の原種であるオーロックスは元来森で色んな物を食べていたはずだと果樹園に牛を放しりんごも与えるのだけど

自然信仰みたいなものは万国共通のようである。

まぁ、何でも食べてるなら別に穀物食べてたっておかしくはないけどな。オーロックスの時代に現代のような穀物はないけど。

最後は牛に好物のりんごを食べさせつつ泣きながら屠殺してみんなで食べてこの本は終わる。



なんでも西欧では牛タンは食べないらしくてアジアのみで食べられてる部位なんだそうだが、筆者は美味しいのでもっとみんな牛タンを食べるべきと書いていた。

楽しめる本である。

ちょっと問題があるとすればこの本、文庫なのに千円超えるんだよな。


 


以上三冊。

非常に面白かったよ。 

(追記)国名を間違えてました。チャウシェスクはルーマニアだった。 ユーゴスラビアならチトーだな。