『ごくらくちんみ』
 カミさんと酒を呑んでいると、必ず私が先に酔う。
 潰れたことも少なくない。1時間ほど経って意識が戻ったら、カミさんが「情けない」と泣きながら呑み続けていたこともあった。

 そんな私だが、酒は好きだ。
 平日の真昼間から、街を千鳥足で歩くのが好きだ。夜の公園の冷たいベンチに、ほてった体で寝転がっているのが好きだ。…酔うのが好きなのか。

 本書は、無類の酒好きとして知られる杉浦日向子による、68種の酒肴にちなんだ掌編小説集。
 「たたみいわし」「からすみ」「たてがみさしみ」「あんきも」…いずれも味わいの表現が的確にして絶妙。口にしたことがあっても、改めて食べたくなる。そして、酒が呑みたくなる。
 本書に教わるまで存在さえ知らなかった「かつおのへそ」「ばくらい」「リエット」などは、もはやこの世の物とは思えず、ただひたすらうまそうだ。

 各掌編は3ページ足らずだが、いろんな人々の喜怒哀楽に絡んだ局面を鮮やかに切り取っており、読ませる。
 とことんドライな筆致。その視点は本物の“大人”だと思う。

 著者と呑んだら、きっと「情けない」と言われるな、私は。

 (追記:この年、著者は亡くなってしまった。合掌)