『「弱者」とはだれか』
 私の弟はダウン症。3歳年下だ。
 弟に初めて会い、いきなりほめる人がいる。「おりこうさんだね」とか「仏様のよう」とか。会話も交わさないうちから、何故ほめる?

 疑念を解き明かしてくれたのが、評論家・小浜逸郎の『「弱者」とはだれか』。マイノリティについて語られる際の欺瞞性(嘘くささ)を、真っ向から論じている。
 障害者の努力を紹介する新聞記事、障害を持つ子供の親を取材した女性週刊誌…盲目的な賛美の構造を、著者は冷徹に分析する。
 苦しい現実を背負った人々に対し、恵まれた立場にある読者は“負い目意識”を抱いている。そこに「この障害者(親)は偉い」と報じる。「その通り」と賛同することで、読者は安心。その先の面倒な思考をせずに済む。

 私の弟をいきなりほめる人も同じこと。障害者に理解がなくても(理解する気がなくても)、とにかくほめていれば、少なくとも非難されることはない。

 著者の舌鋒は、マイノリティの側にも向けられる。
 弱者であることに固執する連中がいる。当事者集団でなれ合い、理解しようと歩み寄る人を「この苦しみは我々にしか分からない」と拒む。そのくせ、無理解な者を厳しく糾弾する。…弱者自らが差別を助長する現実もあるのだ。

 弱者は、相互理解を拒む人たちが生み出している。私はそう思う。