2005年11月04日

チャレンジド考

典型的チャレンジド(?)
 「チャレンジド」という言葉がある。チャレンジの受身形。
 近ごろ、「障害者」の別称として、よく見かけるようになった。

 アメリカで考案された。「(神から)『挑戦』という使命や課題、チャンスや資格を与えられた人」との意味が込められているそうな。
 国内でも、文字や語感がネガティブな「障害者」に代わる呼び方として、普及を進める動きがある。一種のイメージ戦略。

 この「チャレンジド」、私はイマイチ好きになれない。言葉自体ではなく、込められた意味に、納得できないところがあるから。

 「チャレンジド」の“反対側”にあるものが、言外に否定されている気がするのだ。「『挑戦』という使命や課題、チャンスや資格」があると決め付けることで、それをクリアできない人やクリアしたくない人を、差別することに繋がりはしないか? 「チャレンジドにふさわしい人」と「チャレンジドにふさわしくない人」を生み出す恐れはないか?
 呼称の工夫も結構だが、無自覚な使用は“危険”だと思う。要注意。

 誰だって…健常者にも障害者にも、弱くて愚かな面がある。落ち込んだり、怠けたり、疲弊したり、無気力になったりする。当然だ。人間だもの(byみつを?)。
 なのに、ある種の人たちは「チャレンジド」と呼ばれることで、何事かに対して前向きな挑戦を求められる訳だ。神様から。あるいは運命から。…キツいなぁ。

 一方的に文句を言っても仕方がないので、粗末な頭で対案を考えてみた。
 「当事者」。この言葉は健常者をも包括する。…けど、誤解されやすいかな?

 ダウン症の我が弟は、30歳を過ぎて老化が早まった。授産施設で手織り作業に従事しているが、最も幸福なのは自室に籠もって夢想している時のようだ。
 「お前には使命があるんだから、頑張れ」なんて私は言えない。言いたくもない。

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1. 「チャレンジド」再考  [ カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル ]   2007年04月01日 09:52
■「チャレンジド」再考 ★「チャレンジド」という概念により「否定」される存在?  前回の記事で、私が「チャレンジド」について書いた記事を紹介したところ、S嬢さんからTrackbackで、以下の記事の紹介を受けました。 ・天竺堂通信:チャレンジド考 http://blog...

この記事へのコメント

1. Posted by utako   2005年11月04日 14:02
 以前講演会で、「チャレンジパーソン」の話を聞きました。「神様がこの人だったら大変な障害にでも立ち向かっていける、と選んだ人が障害者(チャレンジパーソン)なんだ」というような話でした。「地球上での学びの最終的な段階(すみません、話飛んじゃいますが)が障害にチャレンジするということだ」ということで、夫と一緒にとても納得した記憶があります。「チャレンジド」という言葉は、たぶんそのチャレンジパーソンと語源は一緒じゃないかと思います。私は、チャレンジドという呼び方が出てきているのは知ってたのですが、その講演会の話がすごくよかったので、チャレンジドという言葉について悪い印象はあまりありませんでした。もしかしたらもともとの意味はもっと違ってたのかなぁ。名前とかになっていくと、違った意味が含まれたりするのかもしれませんね。オチがありませんが、思い出したことを書き連ねてみました。
2. Posted by ぼたん   2005年11月04日 21:11
障がい者”だから”かばってあげなくちゃいけない
障がい者”だから”力貸してあげなきゃいけない
そう言うのは障がい者を持ったことがない人の自己満足であり
それは障がい者の人たちへのプレッシャーになったりはしないんだろうか

もっと普通に例えば数学が苦手な人に数学を教えてあげるように
料理が苦手な人に味付けを教えてあげるように
人としてお互いに足りないところを補うような そんな自然な感覚で
助け合いが当たり前になるように

すみません まとまりがなくなりました(汗)
3. Posted by カおル   2005年11月05日 14:43
トラックバックしていただきありがとうございました。
そうですか。チャレンジドという言葉の意味をチャレンジを強いることだと思ってしまっていました。神から課題を与えられているという意味だったのですか。それが肉体的欠陥だったり、精神的欠陥だということなのですね。
わたし本人その障害者ではあるのですが、それをきいて少し心が洗われました。みんなそれぞれ違った課題をもって生きていくのでしょうね。しかし、障害だけがチャレンジドというのはその人生を特殊化してるみたいで、ヘンですね。
失礼かもしれませんが「当事者」ときいてわたしは林檎ちゃん(東京事変)の「群青日和」の歌詞♪当事者を回避している〜が思い浮かんでしまいました。
4. Posted by 天竺堂   2005年11月06日 06:49
>utakoさん
 「チャレンジパーソン」も「チャレンジド」と同様、障害者のイメージを変えるべく考案された言葉のようです。
 私が引っかかるのは、イメージの押し付け。「神様が選んだ」ことを考え付いたのは人間であり、健常者でしょう。
 それにしても、「地球上での学びの最終的な段階」ってオカルトっぽい感じが(^ ^;) 最終段階を過ぎたら…どうなっちゃうのかな?
5. Posted by 天竺堂   2005年11月06日 06:50
>ぼたんさん
 「『手伝おうか?』と言われるとムカつく」と言う身障者がいます。ぼたさんがおっしゃる「プレッシャー」の裏返しかも知れませんね。
 ニーズがあればフォローをし、ニーズがなければ(基本的に)構わない。無言のニーズを察することも大切ですが。
6. Posted by 天竺堂   2005年11月06日 06:51
>カおルさん
 おっしゃるとおり。人生の課題なんて、人それぞれにあるはず。だから障害者だけをチャレンジドと呼ぶのは特殊化であり、それは形を変えた差別ではないか…と私は思うのです。
 「人間みんなチャレンジドなんだ!」とか熱く言ってる人もいるみたいですが、だったら、わざわざややこしい意味なんて持ち出さず、初めから「みんな人間だ!」と言ってればいいのに。
7. Posted by もにか   2005年11月06日 18:01
チャレンジドねえ、いかにもアメリカ人が好きそうな発想ですね。「環境破壊が進めば宇宙にコロニー作ればいいじゃない」みたいなムダにポジティブなメンタリティ。国民健康保険のような制度がなく、生命保険に加入できない貧困層は医者にかかることもできない国、薬局で気軽に抗鬱剤が買えて
「今日はパーティがあるから明るくなれる薬飲まなきゃ」「明日は会議だからテンションのあがる薬飲んどこう」と自分の感情までも薬剤でコントロールしないと生きていけない国アメリカの人の意見は話半分、あるいはまゆツバもんだと思って聞くのがよかろうかと思いますがいかがでせうか。
8. Posted by 天竺堂   2005年11月09日 12:16
>もにかさん
 えらく嫌っておられますね、アメリカ。
 確かに、高らかに「自由」を謳う裏で、貧困層を置き去りにする政策が進められていたりする国ではあります。
 保護として束縛してしまうことはいけませんが、自助努力を促す為として弱者を厳しく扱うのも怖い。アメリカはしばしば後者に走りがちな国であり、そこで「チャレンジド」という言葉が生まれたことには、因縁があるような気もします。
9. Posted by かるとーしゅか   2005年11月11日 09:49
 こんにちは。ずっと反応しようと思ってたんですが、書いては消しを繰り返していたら、なかなかできず。時間は光ファイバーの如くですね。
 しかし今度は「チャレンジドかあ」!と思いました。うーぬ、おそるべしP.P.! 私はその用語があることをまったく知りませんでした。次々とあたらしい言葉が開発されるものですね。
 よく、障害者にやたら一般就労をさせたがる親とかいますけれど、そんなのも思い出しました。一般企業で働くのが障害者のステイタス?みたいなトコがあって。。。ちなみにうちの弟はチャレンジドとはまるで無縁です。マイペースそのもの。やればできるのに何もしない、ウチでは「気力障害」って名づけました!
10. Posted by 天竺堂   2005年11月12日 00:21
>かるとーしゅかさん
 音声として耳にしたことはありませんが、結構広がっていますよ「チャレンジド」。試しに検索してみて下さい。
 「やたら一般就労をさせたがる親」、いますね。あと、普通学校に進学させたがる親も。就労や進学の是非はともかく、“我が子の障害を認めたくない”という心理が働いているケースが少なくないように思えます。
11. Posted by カおル   2005年12月07日 16:19
おひさしぶりです。

以前トラックバックしていただいていたのですが
最近、風俗系のトラックバックやコメントが増えて
しばらくトラックバック機能を隠すことにしました。
なので、ひょっとして覗いてくださったときなくなってるのにお気を悪くされるかな・・・と申し訳ないですが。
12. Posted by 天竺堂   2005年12月07日 20:17
>カおルさん
お気になさらぬように。
スパムTBは当ブログにもたまに来ますよ。いちいち気にしていても仕方がないので、さっさと削除しています。
13. Posted by いしだ   2006年08月27日 03:53
はじめまして、障害者ですが、チャレンジドという言葉が大嫌いです。
えーい、勝手にチャレンジなんてされたくないわい。と当事者にはかなり評判悪いですね。「障害者」という言葉に違和感がある健常者、それも当事者事情に詳しくない人が好んで使う傾向にあります。上っ面で理解している風の人を見分けるのには最適ですね。

障害者って言葉を嫌って当事者でも障碍者、障がい者を使う人も若干いますが、大抵の人は障害者を使っています。
それで堂々と暮らせる世の中でさえあればよいのです。
14. Posted by 天竺堂   2006年08月27日 10:47
>いしださん
おっしゃるとおりだと思います。
そして、不快に感じている障害者が、「いやだ」「やめてくれ」と声を上げることも必要だと思います。当事者の主張が最も効果的なのです。そうしない限り、健常者の余計な“期待”が増大し続け、障害者の人生を窮屈にしていくような気がします。
15. Posted by 村恵   2008年08月27日 10:31
3 障害者です
不愉快という言葉にはいやな気持があります
嫌いな言葉です
人のこころをダメにする言葉です
相手の気持ちになって考えれば
禁句出ないでしょうか

16. Posted by 天竺堂   2008年08月27日 14:23
>村恵さん
私はコメントで「不快」という言葉を使っていますが、村恵さんは「不愉快」という言葉に不愉快な思い出があるのですね。
私にも、過敏に反応してムカついてしまう言葉があります。ヒトサマにとっては些細なことでしょうが。
17. Posted by ささん   2009年10月26日 00:56
確かにチャレンジドを重荷に感じる人もいると思う.
常に試練に立ち向かえる人なんていないだろうし
ただ私は.人の悩みがそれぞれあるよぅに.試練も人それぞれあるから.障害をマイナス思考に考えないで.みんな同じだという意味にとればいいと思う.
18. Posted by 天竺堂   2009年10月26日 17:43
>ささんさん
多種多様な試練が人それぞれにあるのでしょう。なのに、わざわざ障害者に限定して「チャレンジド」というレッテルを貼りたがる。そんな動きに、私は不自然さや危うさを覚えるのです。
19. Posted by とおりすがり   2009年11月07日 21:58
今同名ドラマで大間違いな台詞があり、NエチKに抗議しますが。どうして皆さん取り違えるのか?
他の人の代わりに、神から困難な仕事を請け負った、勇敢な人達。というニュアンス感じとれないかな…。(受動態だし。単に挑戦するならチャレンジャーの間違いです)
20. Posted by 天竺堂   2009年11月09日 15:18
>とおりすがりさん
「他の人の代わりに、神から困難な仕事を請け負った、勇敢な人達」と決めたのは誰でしょう? 少なくとも「神様がそう言った」なんて事実はないようです。
21. Posted by とおりすがり   2009年11月09日 19:16
>ある種の人たちは「チャレンジド」と呼ばれることで、何事かに対して前向きな挑戦を求められる訳だ。神様から。あるいは運命から。

挑戦することを求められるのではなくて、
与えられるのですよね?

ちょっとニュアンスの取り方が違いませんか。(って、全体的にでこちらの方がというのではないですが)

”神が”、オラ挑戦して来い!というのではなくて、
他の人が受けるべきことを換わりに受け取ったということで、

”他の人から”(つまり実際に神様が言ったのではなくて、その言葉を作った文化の中にある人々から)”社会的に”感謝され尊敬されるというニュアンスだと思いますよ。。。
その人が、何かに挑戦して前向きかということではなく、人より難しい課題を受けたということですが・・・。

でも、”挑戦しろ”といわれてる気がすると感じる方が多いみたいですね。
それは、(チャレンジ)の語感だけの意味を取った取り違えだと思うのですが。。。
22. Posted by 天竺堂   2009年11月09日 23:18
>とおりすがりさん
私は熊本県民ですが、例えば東京都民から「あなたたちは、私たち都民の代わりに、神から困難な熊本県民という仕事を請け負った、勇敢な人達なんですね」なんてほめられたところで、嬉しくも何ともないでしょう。そればかりか、熊本県民であるというだけで感謝され尊敬されたりしようものなら、「オマエら、熊本県民をバカにしてんのかっ!?」なんて腹が立つかも知れません。
このニュアンス、お分かりでしょうか?

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