『ディファレンス・エンジン』
 ずっと昔の幼少時代、近所の商店に、機械式の古いレジスターがあった。
 店のおばさんが、キーを打ち、レジの横に付いているハンドルを回す。ガチャガチャと歯車の回る音がして、レジ上部の小窓に計算結果が表示される。

 機械が作動して計算結果を出す…という点では、私が文章を入力しているこのパソコンと、道具としての性質は同じ。性能の差はケタ違いに大きいけれど。
 ただ、電子の流れは得体が知れないが、歯車の動きなら目と耳で確かめられる。確かめられるものは、安心だ。…あの機械式レジには、ショベルカーや鉄道列車などと同じ次元の、“働く機械”の安心感や頼もしさがあったように思える。
 本書は、そんな機械式の計算機が高度化・普及した、“架空”の19世紀イギリスが舞台。ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共著で、SFに「スチームパンク」というジャンルを確立した作品として知られる。

 謎のプログラム(パンチカードが詰まった木箱)をめぐり、欲望や陰謀が交錯する冒険譚。けれど、物語の重点は、現実と異なる方向へ成長した文化や歴史そのものにあるようで、情景描写の背後に、緻密に創作された“世界”がうかがえる。

 史実では1822年、数学者のチャールズ・バベッジが、差分機関(ディファレンス・エンジン)という、歯車を組み合わせた機械式計算機を設計した。さらに、プログラム機能を備えた、蒸気駆動の計算機も考案。これらは資金難などで完成に至らなかったが、近年になって試作され、正確に作動することが確認されたそうな。

 もしも、バベッジの計算機が実用化され、バージョンアップを重ねていたら…あり得たかも知れない「もしも」で構築された世界。架空ではあるものの、「まったくの絵空事」と言い切れないあたりに、ロマンを感じます。

 ちなみに、物語世界における日本は、イギリス艦隊によって、実際より10年ほど早く開国。坂本龍馬ら英傑たちの出番を待たずに文明開化を迎えている。
 物語には、渡英した福沢諭吉らが登場する。…この人選、ちとビミョーだなぁ。

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